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ムイカリエンテ への道

2015/04/27 (Mon) 花街の夕暮れ

[][]宮川町散策 宮川町散策を含むブックマーク

初夏の匂いのする夕暮れの風が、四条大橋のたもとの柳をふわりと揺らして川下に流れていった。


観光客で賑わう四条通の南座の前を過ぎて、大和大路を南に折れると、急に人通りは少なくなり、

細い路地を右に折れ左に折れて宮川町に入ると、人影はほとんどなくなった。


祇園外のこの静かな花街を歩いているうちに、夜の帳がゆっくり下りてきて

家々の灯りがどこからともなくひとつふたつと灯り始めた。

軒先に吊られた白地に紅の三つ輪の紋がついた提灯の灯りが、濡れた石畳のを照らし、

千本格子の隙間から光が漏れ置屋の二階の簾のなかに、鏡台の影が浮かび上がった。

それは、ひっそりと息をひそめていた花街が、午後のまどろみから目覚めていく瞬間なのだ。

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花見小路や白川辺りは何度か歩いたことがあるが、

ここに足を踏み入れたのははじめてのことだった。


 母がいなくなったらこの店も閉めてしまおうと決めていたのに、葬儀を終えた夜、

宮川町の最も南側に建つマンションに帰らず、遺品を整理するために石畳路地に面したこの部屋に泊まった際、

三十年前と少しも変わらない音を耳にして、この家を手離したくないと思った。

 それは幾種類もの足音たった。

 舞妓の底の厚いおこぼと呼ばれる履物の音。芸妓草履の音。酔客の革靴の音。

京都の花街の探訪中に迷い込んだ観光客のウォーキングシューズの音。

 それらは、路地の上に設けられた木の屋根と左右のお茶屋の建物に囲まれて反射し、奇妙なつぶやきと化すのだ。

   − おもて、うら。− 

   − 行きつ、戻りつ。− 

   − 別れる、別れへん。− 

   − 産む、産めへん。− 

 言葉と変じた足音は、最初はひどくわずらわしくて気味が悪かったが、やっと寝入って二、三時間たったころ、

雪子は、「どこに隠れてるのん?」という女の声で目を醒ました。はっきりと、そう聞こえたのだ。。

 枕元の時計を見ると五時だった。

 朝の五時に、こんな狭い路地で何をしているのだ。隠れるところなどどこにもありはしない。

 雪子が腹を立てながらも耳を澄ましていると、それはなの声ではなく、

新川配達員運動靴と路地の前に停めたバイクエンジン音とが混じったものだった。

   宮本輝『田園発 港行き自転車

田園発 港行き自転車 (上)

田園発 港行き自転車 (上)

田園発 港行き自転車 (下)

田園発 港行き自転車 (下)

大阪出張の帰りに、どうしても立ち寄ってみたくなったのは、この文章を読んだからだった。

観光客だらけの花見小路では、きっとこんな音はかき消されてしまうのだ。

宮川町には、いったいどんな匂いが漂っているのだろう...

もちろん、お茶屋にあがれるような身分ではない。

街のなかをふらふらと放浪するだけなのだが...


小さな街なので、隅から隅まで...行き止まりの路地にも入っていった。

「僕は京都の花街好きなんですよ。

 夜あそこを歩いていると、「ああ生きているな」という気がする」


  週刊朝日5月8-15日合併号 『田園発 港行き自転車』について 林真理子氏との対談で...


花街が賑わうのは、まだまだ遅い時間のはずで、舞妓さんも芸妓さんも歩いてはおらず

三味線の音も聴こえてはこないけれど...

夜の花街を歩いているだけで、胸のなかに灯りが点っていくような温かい気持ちになっていく。

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あの足音も、まだ早いな...

でも、きっとこの町家のなかからでないと聴こえない音なのだろう。

それでも、狭い路地の角から登場人物が不意に飛び出してきそうな気がしてならないのだ。


『田園発 港行き自転車』という、読み進めるほどに幸福があふれてくる小説は

この宮川町での様々な人の出会いからはじまったのだ。



屋根ごしに月が見えた。

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幸福気持ちに浸りながら、団栗橋を渡って京都駅に向かった。


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都忘れ都忘れ 2015/05/19 12:23 ムイカリエンテさま

これ程までに美しくて、こんなに作品を愛された文章を読んだことがありません。
『田園発港行き自転車』には、富山と京都の情景がたくさん出てきます。
ただ想像するばかりでしたが、貴方の両地の写真で、舞台の地が浮かび上がりました。
この中の文章はいつもながら、詩のように流れ、短い言葉の奥に秘められた貴方の想いが胸を打ちます。
その上、この静謐な写真の語る世界は、作品をより一層昇華してゆくような気さえします。
人々の幸せ、心良き人たちの繋がりを固く意識する過程で、このブログは確かに私に力を与えてくれました。
しかも激励や諭しのない方法で。
言葉に出来ないくらいの美しい世界を見せて頂き、心から感謝しています。
ありがとうございました。

ムイカリエンテムイカリエンテ 2015/05/31 23:58 ♪都忘れさま

小説の舞台に行くことが必ずしも良いこととは考えておりません
実際に行ってがっかりすることもあるからです。
しかし、宮川町には是非行ってみたかった。
通りを2本ほど隔てたところまで行ったことがあるのに、ここには行っていなかったからです。
果たして...
想像したとおりの、とても風情のある素敵な場所でした。

写真は、読まれる方の想像をかき立てるように...そして、逆に想像の邪魔をしないように...
自分が、見せられる立場だったらと考えながらアップしました。
喜んでいただけて幸いです。

拙い文章ではありますが
読む人に少しでも幸せな気持ちになっていただければと祈りながら
書かせていただきました。

ありがとうございます。

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