隣組

いまだに外山軍治さんの『随唐世界帝国』を読みおえてないんですが…。

脱税や徴兵忌避を防ぐために、唐朝はいかなる努力をしたであろうか。専制的な中央集権国家が考えつきそうなことは、いつの時代でもそう突飛なものではない。常套手段である。第二次大戦中の日本では、国債の割当や配給物の分配のためには隣組が、また警防のためには警防団が、上からの命令として作られ、さらにその上に「上意下達」の中枢となる町内会や部落会がのせられ、それらによって国民の生活が身動きもならぬようにしめあげられていた。このやり方こそ、唐朝がとった方策と軌を一にするものなのである。いわば町内会にあたるのが唐の「里」であり、警防団にあたるのが「村」(都市の中では「坊」)、隣組にあたるのが「隣保」なのであった。
(略)
そこで農家どうしを相互に監視させあうために隣保組織をつくらせ、連帯責任をとらせたのである。人民を思うままに使役するのに一番容易な方法は、隣組をつくらせて連帯責任を持たせることである。租税の徴収も、兵役の徴発も隣組に責任をもたせてやれば、人民同士は互いに他に迷惑をおよぶことを恐れて、何でもお上の命令に従うものなのである。

礪山護さんの担当する「均田制と府兵制」を読んでたら、こんなことが書いてあった。この箇所を読んで、なぜ日本人の主権者意識が希薄なのか、ようやく理解できた気がする。要するに、いまだに帝国臣民であり、隣組の気分なのだろう。

日本人の多くが他律的*1、主権者意識に欠けているのは、日本が革命や独立の戦いを経験していないからだと久しく思っていた。フランスでは王室を倒して国民が政治の主権を勝ちとり、アメリカでも宗主国イギリスを追放して独立を勝ちとった。こういう歴史をもった国の定める国歌は、その権利をめぐる戦いをたたえて激烈な内容になる傾向がある*2。一方、革命や独立を知らない日本では、王室をたたえて優雅で威厳ある国歌となる*3。国歌ひとつをとっても、その国の歴史と、国民の政治への意識がうかがわれる。フランスやアメリカの国民が、その主権を政府によって侵されたときに激しく反発をしめすのに対し、日本の国民が、同じように主権を侵されても唯々諾々と政府の決定にしたがうのは、きっと革命や独立を経験していないから国民主権の価値を理解していないからだろうと思っていた。

しかし、それだけでは、なぜ自分たちのために戦っている同国民に憎悪の焔をすら燃やすのか、なかなかうまく説明できなかった。国民主権の価値を理解してないだけなら、なにも同国民を攻撃する必要はないはずなのに。主権者意識に希薄というよりは、むしろ喜びいさんで政府の側に立ち、積極的に国家の「敵」を攻撃しているがごとき観がある。なぜ、わざわざ自分の首をしめるような振るまいをするのだろうか…。

と、まあそんなことを思ってたわけなんだけど、上の引用箇所を読んで、ああ、現代の日本人はいまだに隣組気分を引きずってんだなと思った次第*4

恥の文化*5というけれど、それは相互監視の言いかえに過ぎないし、規範意識とは隣組への忠誠心のことだし、世間とは隣組のことだし、そのくせ公といってもやっぱり隣組のことなんだよね。

「人権メタボリック」とか「行きすぎた権利意識」とか「みんなが迷惑する」とか言ってる人ね。ありゃー現代人の皮をかぶった古代人だよ。古代や中世の時代にしかれた制度が、いまだに国民の意識を規定していることを何とも思わず、自分では先進国民と思ってるあたりが*6多くの日本人に共通するイタきもさ。知れば知るほど嫌いになる国、それが日本なんだ*7

*1:そういや「自立しろ」と言う人はやたら多いけど「自律しろ」と言う人はほとんどいないよね、他人に自律を説くことがその人の自律性を阻害する行為だということを差っ引いたとしても。しかも自立つっても、それは市場社会に帰依してご褒美にあずかれ、という意味だったりするよね。

*2:というように、革命と国歌とを関連づけて説明している日本語サイトがほとんどないという事実に驚いた。数少ない例外がTOSSかよ(笑)。

*3:TOSSなどは、日本の国歌は攻撃的でなく平和的だからすばらしいと主張する。でも国民が政府に抑圧された状態のまま両者間に衝突が起こらないということが、どういう意味をもつのか、ちょっと想像すれば普通の人なら空恐ろしくなるというもんじゃないか?(笑)それに他国にくらべて攻撃的でないという差違を理由に日本の国歌を讃美するのであれば、他国の国歌でも愛国心を謳っている共通点を肯定的に評価するのは、自家撞着というもの。だいたい諸国のいう「愛国」と日本でいう「愛国」はまったく意味が違うだろ。革命や独立を経験した国民が愛国といえば、それは国民の国家運営に対する「責任感」という意味になるけど、革命も知らん独立も知らん日本国民が愛国といっても、そりゃ国民の為政者に対する「忠誠心」という意味にしかならないッス。

*4:日本でも中世から近世にかけて、国民主権ではなくとも自治独立の志向はあったはずなんだけどね。惣村一揆とか。おそらく明治維新からのごたごたで忘れられちゃったんだろう。民権運動も限定的だったし。

*5:文化なの、それ?文化の名に値しねーぜ。日本にはこの手の僭称が多いような気がするな。

*6:国民が国民主権の意義を知らない近代国家って語義矛盾。ぶっちゃけまじありえねー。

*7:ジョークですよ。と、わざわざ言わなきゃ本気で信じちゃうイタきもい人がいる。