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無名鬼日録

2017-03-29 『無名鬼の妻』

3月20日、山口弘子著『無名鬼の妻』が作品社より上梓された。

無名鬼の妻とは、いうまでもなく自刃した村上一郎の妻、栄美子である。

村上の死から7年後、栄美子は請われて再婚し村上の家を離れた。

以来、長谷えみ子として人形作家の道を歩み、馬場あき子のすすめで

歌人としても活動して現在に至っている。

著者・山口弘子は、昭和21年(1946)千葉県市川市生まれ。

えみ子も属する「りとむ短歌会」の会員である。


村上一郎は、昭和50年(1975)3月29日に武蔵野のすずかけ小路の家で自刃した。

現在では双極性障害と呼ばれる躁鬱病の果ての最後だった。

吉本隆明谷川雁とともに『試行』を創刊した彼の死に、私は衝撃を受けた。

昭和49年春に上京し、村上の寓居に近い吉祥寺本町に所帯を持った私は、

吉祥寺駅前の古書店で村上の姿を見かけたことがある。季節は初夏だったか、

単衣の着流しに、背筋を伸ばして書架を見つめる姿は近寄りがたいものがあった。


三島由紀夫が村上の『北一輝論』を激賞したこともあり、

昭和45年(1970)11月25日の三島事件の折には村上の言動が注目された。

村上がその日市谷の自衛隊駐屯地に駆けつけたのは事実だが、

三島の死の衝撃が村上の躁を極限にまで増幅し、興味本位に様々に語られた。

曰く、村上は海軍大尉の制服で着剣して面会を請うた。また曰く、

「自分も行動を共にする」と言って日本刀を持って出かけた。

『無名鬼の妻』で、えみ子がいちばん冷静で正確と語るのは、関川夏央

NHK歌壇』2002年8月号に掲載された「短歌的日常(14)あわれ幻のため

ーー村上一郎」の一文だ。

「村上一郎は、事件当日、ニュースを聞くなり市谷へ行った。彼は『三島の友人

でもあるから』ぜひ入れてくれと日頃持ち歩いている海軍時代の『履歴書副本』

を見せ、『自分は元海軍主計大尉、正七位の位階をもつあやしいものではない』と

警備官を説得しようと試みて婉曲に断られた。村上一郎はいつも大きな包みや

カバンを持っていた。内容は双眼鏡や地図であったり、草履と硯箱であったり、

ときに日本刀であったりした。」


今日は村上一郎の忌日である。

東京都小平霊園にある村上一郎の墓碑には「風」のひと文字が刻まれている。

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無名鬼の妻

無名鬼の妻



罪深き日々なりしかも春の花みな集めきて風に伝へむ

思ひ切り生きてみよとぞ聴く哀し春の墓辺のきみは風にて

                           長谷えみ子歌集『風に伝へむ』より

2016-09-03 詩集『北山十八間戸』

荒川洋治の新詩集『北山十八間戸』が気争社から上梓された。

平成21年(2009)の『実視連星』以来、7年ぶりの詩集となる。

2010年の発表作から16篇が収められ、書名となった「北山十八間戸」は、

現代詩手帖」2015年1月号に掲載されたものだ。


北山十八間戸


エンジンについて。

表現の組成要素について。


中学の教師「きみは、ことばの選び方があやしいね。」

「はーい」

高校の教師「きみは、判断もおかしいね。」

「はーい」「はーい」なぜ二人もいるのだろうか


いなかの あるいは町はずれの

舗装された道路

ガードレールがつき ただの田畑が見え

誰の写真のなかへも入らない 選ばれない

事実にもいれにくい

背景ともなれない

そんな変哲のない一角は

住宅街にもあり

テンナンショウ属のイモも実らず

わずかな感興も魅力もない

そのような一角は表現に値するのか

カウントされるのか

連れて帰る「縄」はあるのか

そんなとき

エンジンが鳴りひびく


鎌倉期の僧、十八間戸を建てた忍性は

僧衣のまま 用事もないのに橋の上にいて

帰宅しない

奈良・川上町の木造は

白い十八の部屋に、ひとりずつ入れる

暮れはじめた とても重い人たちだけが

よろこびのまま直列する

仏間には

霧雨のように風が吹きつけ

エンジンは位置につく

不屈の位置につく


「大和古寺風物誌」になし

「古寺発掘」「古寺巡礼」になし

「日本の橋」になし 池田小菊「奈良」になし

バス停の角の小さな商店に声をかけ

そこで鍵を借り

テンナンショウ属のない路を

随意みたされた気持ちで

歩いていくと

奈良坂に胸をつく白壁、十八間戸があらわれ

すべての明かりが消える昼さがり

「忍性はでかけています。

いつもの橋の上です。

いなかから人が出てきたから。

でも橋の上では、ひとりです。」

の立て札が夢の土に浮かび

奈良坂の四つ角には

四つ角ごとに人が立つのに

他人の香りはない

人はそこにいるのに風景は

気づいてくれないのだ

忍性は腰をかがめて こぼれた稲をひろい

帰宅から遠い道を選んだことを思う


小枝の落ちた敵地は

濁るばかりだ

話にならない一角

魅力も特徴も性格もない一角で 位置につく

みども みどもの子供は

どこまで小舟のようにゆれていられるだろう

どこにでも小さな商店のある日本

テンナンショウ属のない路

中世の救済院の隣家の明かりが

道を照らし

「なぜ二人もいるのだろうか」

夜空の枝は

窓の外側にも よく群れて甘くひろがり

直列していく



詩とはなんだろうか。

ここに使われている言葉に、耳慣れないことばはあるにしても、

難解なことばはひとつもない。調べれば分かることばばかりだ。


※北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんこ)

 奈良時代、奈良につくられたハンセン病などの重病者を保護・救済した

 福祉施設。寛元元年(1243)、西大寺の忍性によって作られたと伝わる。

 東西に長い棟割長屋で、内部は18室に区切られ、東西に仏間がある。

※テンナンショウ属

 サトイモ科に属する植物で、有毒なものがある。テンナンショウは

 「天南星」の意。代表的な種に「ウラシマソウ」「まむしぐさ」がある。


少し文学に親しんだ人なら、「大和古寺風物誌」は亀井勝一郎

「古寺発掘」は中村真一郎、「古寺巡礼」は和辻哲郎

「日本の橋」は保田与重郎の著作と思い出すはず。

 池田小菊の名はマイナーだが、調べれば志賀直哉に師事した女性作家で、

その作品「奈良」は、家族と死別しひとりで生きると決めた主人公の日々を描く、

私小説作品であることが判る。


詩は散文とは違う。

いくらことばの意味が分かっても、

詩は散文とは違うすがたでぼくらの前に立つ。

  

2016-07-30 「風天」の句

 俳優・渥美清は、2006年(平成18年)8月4日に亡くなった。

今年は没後20周年で、テレビの世界でも追悼番組が企画され、

今夜放映された『寅さん、何考えていたの?〜渥美清・心の旅路』

(BSプレミアム)もそのひとつだ。


渥美清は、1970年(昭和45年)42歳になった年から、

永六輔のすすめで矢崎泰久らが主宰する句会に初めて参加し、

俳号を「風天」と名乗って数々の句を詠んだ。

ゆかりの人たちが、おすすめの一句をあげる。


着ぶくれた乞食 じっと見ているプール (倍賞千恵子・撰)

好きだから つよくぶつけた雪合戦 (前田吟・撰)

赤とんぼじっとしたまま 明日どうする (浅丘ルリ子・撰)

ポトリと言ったような気がする毛虫かな (笹野高史・撰)

鮎塩盛ったまま かたくすね (黒柳徹子・撰)


「風天」の句は、自由自在。スタイルに決まりはない。

初めての煙草覚えし隅田川

うつり香の秘密知ってる春の闇

台所 誰も居なくて浅蜊泣く

お遍路が 一列にいく虹のなか

といった定型句もあれば、

ほうかごピアノ五月の風

村の子が くれた林檎ひとつ 旅いそぐ

毛皮着て靴古き はなみずの人

やわらかく浴衣着る女(ひと)の び熱かな

蟹悪さしたように生き

といった自由律も数多い。


その中には、金子兜太が絶賛するこの句も含まれる。

いま暗殺されて鍋だけくつくつ

鍋が煮える「くつくつ」は、自嘲の嗤いに通じるのだという。

自分を客観視できる器量があったということなのだろう。


「夢千代日記」などで名高い脚本家の早坂暁は、

浅草の銭湯で知り合って以来渥美清との親交が厚く、

俳優としてフーテンの寅しか演じなくなった渥美に、

時には厳しい批判を投げかけた。そして、

結局は実現することはなかったが、尾崎放哉を描くドラマの主役を、

渥美自身が演じる企画もあったという。

 咳をしても一人

 考えごとをしている田螺が歩いている

 こんなよい月を一人で見て寝る


渥美清は、亡くなる前年にこんな句を詠んだ。

花道に 降る春雨や 音もなく

そして、

月踏んで 三番目まで歌う 帰り道


 菅原都々子の「月がとっても青いから」がヒットしたのは、

1955年(昭和30年)。その頃渥美は、前年に肺結核の手術で右肺を切除し、

サナトリウムで療養の日々を送っていた。最後の句が生まれたのは、

きっとこんな体験が彼の脳裏を横切ったのだと思う。

2016-07-28 詩のことば

 荒川洋治の『過去をもつ人』が、みすず書房から上梓された。

これは、『夜のある町で』(1998)、『忘れられる過去』(2003)、

『世に出ないことば』(2005)、『黙読の山』(2007)、『文学の門』(2009)に続く、

みすず書房版としては6冊目となるエッセイ集だ。

 

現代詩! の世界」と題された一篇で、荒川は「戦争期を体験した若い

詩人たちは、戦争が終わったあと、まっ白な紙の上に文字を書くようにして、

詩を書いた。新しい時代にふさわしいことばと表現を求めた」と現代詩を定義し、

田村隆一吉本隆明、堀川正美、石垣りん茨木のり子らの詩片を例示する。

「ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる」

この吉本隆明の「ちひさな群への挨拶」にある一行は、私たちに衝撃を与えた。

いまは小説など「散文」しか読まない人が大多数。「散文」は、

伝達のために生まれた。「詩」は個人の心の奥底の声を示すので、

ことばは人の心の混沌そのもの。いまは社会の圧力が強まり、

個人が希薄になった。詩のことばは、その人自身のことばである。

たったひとりになったときに、心のなかから純粋にわきでるものだ。

詩は一見わかりにくいので、読む人の想像力が必要になる。

読みながらいっしょに考えて、つくっていく。それが詩の世界なのだと思う。

読んだらすぐにわかるようなものはあまりない。でも深いところから

うまれることばは、時間がたっても色褪せない。読む人のなかにとどまり、

今日も明日もひびきつづける。そういう「息の長い」ことばとの関係は、

いまもっとも失われたものではなかろうか。

 荒川は、詩のことばは読む人の想像力が必要になると書く。そして、

私は「詩に関心のない人もいていいが、詩のことばとは何かを知ることは

たいせつだと思う」という荒川のことばに共感する。

過去をもつ人

過去をもつ人

2016-07-25 美乃莉の暑中見舞い

今年の春に小学生になった美乃莉から、はがきが届いた。

「しょちゅうおみまいもうしあげます」

宛名もひらがなで書かれているが、住所のところは、

娘のお手本どおりに「一ノ二十一ノ七」と漢数字混じり。


両親のじじばばや仲良しの従姉妹など、何通か出したようだが、

色鉛筆で描かれた絵は、それぞれに工夫が凝らされているそうだ。

うれしくなったじいさんは、早速返事をしたためた。

「すてきなはがきをありがとう。ばあちゃんもじいちゃんも、

こころがすずしくなりました。」

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2016-07-14 「伯爵夫人」の不可解な選評

蓮実重彦の「伯爵夫人」が「第29回三島由紀夫賞」に決定し、

その作品の内容や受賞会見の蓮實の言動をめぐって、話題を呼んでいる。

「授賞は迷惑だ」という言葉には、どのように迷惑かの理由を並べても、

結果として受賞したのだから、説得力はない。それよりも自明なのは、

新潮」4月号で一挙掲載、授賞、不愉快な受賞会見、単行本刊行という、

著者も巻き込んで周到に準備した新潮社の販促戦術が透けて見えることだ。

受賞会見がメディアで話題になるのに合わせ、朝日新聞文芸欄で

著者インタビューを掲載する念の入れようは尋常ではなく、私などは、

昨今のメディア報道のあり方に疑問を抱いてしまう。


蓮實の小説3作目という「伯爵夫人」は、若き日の著者とおぼしき

帝大生の二朗を主人公に、太平洋戦争開戦前夜の東京を舞台に描かれた、

いうならばポルノグラフィだ。

「傾きかけた西日を受けてばふりばふりとまわっている重そうな回転扉を

小走りにすり抜け、劇場街の雑踏に背を向けて公園に通じる日陰の歩道を

足早に遠ざかって行く和服姿の女は、どう見たって伯爵夫人にちがいない。」

と書き出される小説は、進むにつれて卑猥な言葉の飛び交う色事の連続となり、

私は全体の半分まで読み進むと辟易としてしまった。


いしいしんじ『悪声』

山下澄人『鳥の会議』

三輪太郎『憂国者たち』

亀山郁夫『新カラマーゾフの兄弟(上下)』

蓮実重彦「伯爵夫人」


「新潮」2016年7月号によれば、以上の5作品が今回の三島賞の候補である。

また、同賞の選考対象は、小説、評論、詩歌、戯曲など、文学の前途を拓く新鋭の

作品と規定されている。その意味から、今回の授賞は異例と言えるかも知れないが、

私が驚いたのは、5名の選考委員の選評だった。以下、それぞれの抜粋だ。


辻原登

 回転扉のまわる「ばふりばふり」という音から「ぷへー」という低い(歓喜の)うめきて゜

終わる、語りの妙を尽くした作品、とでも評するより他ないのが『伯爵夫人』である。

性行為で言うなら、「ばふりばふり」は前戯、その間に「見えているはずもない白っぽい

空」が挟まって、最後に「ぷへー」(気をやる)に至る。しかも、これらの行為は、「どこ

でもない場所、何が起ころうと、あたかも何ごとも起こりはしなかったような場所」での

出来事なのである。終わることのない語りの回転扉。

 我々の行為は、語りという行為の中で生じる表層のゆらぎに過ぎないのかも知れない。

たとえそれが、祖父のただ一回の伯爵夫人の中での射精によって生まれたのが語り手

二朗かも知れないとしても、彼が二朗なのか一朗なのか、真実は明らかにされない。

真実などないのである。真の解がなければ、また真の謎もなく、我々は表層のゆらぎに

身を任せる他ない。


高村薫

小説家を生業としていないもう一人、蓮実重彦氏は、まさに「書きたいこと」など

何一つなくても小説は成立すること、一定の言語感覚と一寸した創造の欲望さえ

あればどんな小説でも紡ぎだせること、そして小説は意味や物語を超え出てゆく

ところに立ち上がることを、正確に知っている人ではあるのだろう。また、氏の数多の

評論がなかなか読みにくいのに対して、小説の文章はいずれも独特の言語空間を

滑らかに織り上げるものであり、評者はかねてより、この人はむしろ小説家ではない

のかと密かに思ってきた。

 もっとも候補作の『伯爵夫人』は小説作法や題材に新しさはなく、洒脱で高踏的な

デカダンの空気には強い既視感もある。加えて高級娼婦の身振りや男性たちの視線に、

女性である評者は感興など湧きようもないし、作者の美意識に奉仕させられる一挙手

一投足に特段の面白みも感じない。それでも繰り出される言葉の運動そのものに

一定の快楽を覚えるのは、まさに小説の勝利というものであろうと思い、今回、評者は

本作を推した。


川上弘美

 さて、「伯爵夫人」です。作者の、海を渡るその泳ぎっぷりの、優美で野蛮で

愉快でかつ空っぽな感じ。いいなあ、これ、と読みはじめてすぐ思ったのです。

小説とは、うろんなもの。その言葉どおりの小説を読んだな、と感じました。

意味がないのにみっしりと何かがつまっていて、そのつまったものを分解して

ゆこうとしても割り切れなくて、あれあれっと思っているうちに雪のように溶けて

しまって、あれあれっと驚いていると、いつの間にかまた形をもってしっかりと

目の前にあらわれて。

 言葉の海を泳ぐのは、難儀なことです。まっすぐに実直に泳いでいってもすぐに

溺れてしまうし、かといってめちゃくちゃに適当に泳いでいったなら、これまた溺れて

しまうにちがいないのです。小説は、言葉だけでできている、ということを、わたしは、

「伯爵夫人」の書きぶりによって、久しぶりに実感したのでした。さまざまな海を知り

つつ、作者みずからの新しい海を見せてくれた「伯爵夫人」を、いちばんに推しました。


町田康

 と考えつつ蓮実重彦氏の『伯爵夫人』を読むと、その隅々まで配慮の行き

届いた文章に感心も得心もし、他の人はともかくも、自分はほとんどノリと

気合いだけで書いているのではないか、と思ってしまう。さほど文章にも、

そしてまた構成にも、こうした時代設定にした場合に必ず生じ、読者に脳内

での修正を求めることになるはずの瑕疵や違和感がひとつもなく、全体の

印象としてはなにか、イヤーな気配が漂って楽しい感じがまったくないのだ

けれども、別に楽しくなくてはならないという法はないのだから、これは優れた

小説であるとせざるを得ない。

 その嫌な感じというのは或いは、そうして読者が頭の中でイメージを動かす

余地のない息苦しさによるものかも知れないし、また、その固定されたイメージ

そのものを、古い、ととらえる向きもあるかも知れないが、文章による表現

このように圧迫的な表現をするのは新しさだと私は思った。


平野啓一郎

 『伯爵夫人』は、第二次大戦を背景に、体質的とも言える文体で、

「魔羅」と「睾丸」と「おまんこ」の逸話を綴ってゆくが、ページを捲る

ほどに、生臭い大きな陰嚢に包まれてゆくような息苦しさがあった。

 「活劇」として配置された「金玉潰し」は、ペンチで爪を剥がすといった

類いと同様で、文学とは無関係に強烈な痛みの感覚を引き起こすが、

それに見合う高揚感や象徴性は欠けていた。知的な意味では、読後に

こそ始まる小説なのだろうが、主人公の祖父が射精なしで、「女を狂喜

させる」ことに徹していた理由が、「『近代』への絶望」と仄めかされる点など、

私は、つきあいきれないものを感じた。

 本作を推した委員の一人は、自分はこの小説が好きではなく、新しいとも

思わず、内容的にも無意味だが、この趣味の世界の完成度には頭を垂れ

ざるを得ないとの意見だったが、私は全く賛同出来なかった。


「我々の行為は、語りという行為の中で生じる表層のゆらぎに過ぎないのかも知れない。」

という辻原はともかく、高村や川上、そして町田の選評には「ほんとうかね?」と

半畳を入れたくなった。

 私は、「自分はこの小説が好きではなく、新しいとも思わず、内容的にも無意味だが、

この趣味の世界の完成度には頭を垂れざるを得ないとの意見だったが、私は全く

賛同出来なかった。」と書く、平野啓一郎に共感した。

伯爵夫人

伯爵夫人

2016-06-24 木山捷平『酔いざめ日記』

誕生日を迎えたので、昭和7年から昭和43年まで綴られた(空白の年もあり)

木山捷平の『酔いざめ日記』を引っ張りだしてきた。

6月24日を調べると、昭和31年、昭和40年、昭和43年に記載がある。


昭和43年(1968年)6月24日 月、晴。

 点滴、川口医師、胃の手当も。

 中山教授回診。朝八時すぎ。杉浦老人に、「来週は口から食べられる

ようにする。ビフテキでも食べられる。」小生の所では遠藤主治医に

「・・・をとってからかける。」コバルトのことか。

 遠藤医師「今日から肩にもコバルトをかけることにしている」と三時

半頃来室。そして、木曜日に手術のことを知らさる。左、肩下のふくれ

ている為に水曜日まではレントゲンはつづける。(中略)

 夕方風呂で下半身を妻に洗ってもらった。妻は今夜八時に帰宅。

 昨日網野菊さん来訪され、早生水桃、もらった白文鳥を一寸よんだ。

夜はねむれぬまま、背中を後にもたせたままで一時間ねむり、又青い袋

の薬をのみ十二時から二時二十分までねむった。(後略)



木山捷平は、この日記を書いた2カ月後、8月23日に食道癌で亡くなった。

東京女子医科大学付属消化器センターでの闘病も甲斐なく、享年64歳だった。

詩人として出発し、戦前は短編小説の書き手として太宰治井伏鱒二などとの

交流も深かったが、作家木山の名を知らしめたのは、昭和37年(1962年)に

発表した、満州での戦争体験をもとに書かれた『大陸の細道』だ。初期詩集

含め、亡くなった年に上梓された晩年の傑作『長春五馬路』まで、彼の主要な

作品は講談社文芸文庫に収められている。

酔いざめ日記 (講談社文芸文庫)

酔いざめ日記 (講談社文芸文庫)

2015-03-30 ぼくの終戦テーゼ

 昭和50年(1975)3月29日に自刃した村上一郎は、

『明治維新の精神過程〈増補版〉』(春秋社 1971年刊)に収めた

「戦中派の条理と不条理」に、“ぼくの終戦テーゼ”という一文を付した。

それは、敗戦の日に以下の通り五箇条にまとめられていた。


一、米国ヲ以テ終生ノ敵トシ、米国的資本主義勢力ヲ日本社会ヨリ駆逐スルコトヲ念願トス

一、米国的労働運動ノ導入ヲ防ギ、協調ヲ排シ、上カラノ妥協ヲ徹底的ニ排撃ス

一、資本主義的快楽主義及其ヨリ派生スル一切ノ虚無的遊惰ヲ除去シ東洋的ストイシズムヲ社会主義的ニ訓練ス

一、社会ニ対スル愛情ト誇ヲ保持高揚シ、之ヲ以テ一切ノ宗教及宗教的民族意識ニ対抗ス。

  特ニキリスト教的ヒューマニズムノ安易ナル妥協精神ヲ排除ス

一、究極ニ於テ社会主義革命ノ速カナル着手ニ邁進シ之ヲ共産主義革命ニ高揚スル基礎トス


米国的資本主義勢力を「新自由主義」や「市場原理主義」と置き換えれば、

70年を経た現在でも、正鵠を射た指摘と言えるのではないだろうか。

白井聡の『永続敗戦論』での指摘を待つまでもなく、

私たちは戦後日本の問題の核心を棚上げにして、無責任の体系に甘んじてきた。

長年の鬱屈を晴らすかのように歴史修正や反知性の言説が跳梁跋扈する現在こそ、

あらためて戦後責任の在処を自身の問題として、問い直したいと思う。


 辺見庸は、旧著を改訂増補した『反逆する風景』(鉄筆文庫版)の中で、

古希の日の遺書(佳き日に浮かんだ埒もないおもい・・・予感と期待)として、

守り抜くべき憲法第九条にかけた九箇条の警句を記している。


一、現自民党政権はかならず、ひとびとにかつてない災厄をもたらす。

一、死んでも憲法第九条をまもりぬくこと。憲法第九条がすでにズタズタになっていても、

  再生させること。

一、新しい戦争がくる。あるいは、新しい戦争がすでにきた。

一、時間は原始にむかい逆にながれている。

一、また核爆発がある。

一、原爆投下直後のヒロシマ、ナガサキを、いまいちど切実に、切実におもうこと。

  ことばはそこから練りなおされなければならなかったのだ。

一、憲法第一条[天皇の地位・国民主権]の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の

  象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という文言

  「日本国民の総意」は虚偽であり、この「総意」にわたしはふくまれない。

  したがって影響もされない。

一、死刑を即時やめること。

一、希望はない。絶望をふかめること。

2015-01-03 2014年の一冊

暮れの読書会で、恒例の「私の今年の一冊」を発表しあった。

その年の新刊だけではなく、初めて出会った旧刊も含めるのがルールだ。


読書会メンバー・9名の今年の一冊は以下の通りになった。


加藤聖文『「大日本帝国」崩壊ー東アジアの1945年』(中公新書

鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書

西川長夫、ハンナ・アーレントの著作

渡邉格『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社

P.L.トラヴァース『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(岩波少年文庫

安岡章太郎『流離譚上・下』(講談社)

小川和也『儒学殺人事件 堀田正俊と徳川家綱』(講談社)

小林秀雄『学生との対話』(新潮社

河野裕子永田和宏・その家族『家族の歌』(文春文庫

大西巨人『日本人論争 大西巨人回想』(左右社


私は、文藝春秋から刊行されている高橋橋源一郎の小説論『ニッポンの小説』シリーズが

気になっていた。

『ニッポンの小説 百年の孤独』(2007年)

『さよなら、ニッポン ニッポンの小説2』(2011年)

『「あの戦争」から「この戦争」へ ニッポンの小説3」(2014年)

あらためて3冊を通読すると、高橋源一郎の思考の過程が実感される。

ここで取り上げられているのは小説家だけではない。

高橋の視野は詩人歌人、批評家、思想家、犯罪者にまでおよぶ。

あらためて振り返ると、この10年近くの私の読書は、

中でも小説については高橋の小説論に導かれていたと思う。

ニッポンの小説―百年の孤独

ニッポンの小説―百年の孤独

さよなら、ニッポン

さよなら、ニッポン

2014-11-20 『エヴリシング・フロウズ』

 60年代までのジャズならともかく、音楽に疎い私には縁遠いものだが、

ロック音楽の世界には、オルタナティブ・ロックというジャンルがあるらしい。

“エヴリシング・フロウズ”という曲は、そのオルタナ・ロックバンドである

ティーンエイジ・ファンクラブが、1990年に発表した初のスタジオアルバム

『カソリック・エデュケイション』に収められている。

YouTubeで聞いてみると、音質が悪いその一方で、

ノスタルジックな既視(聴?)感にとらわれるのも事実だ。


津村記久子の『エヴリシング・フロウズ』は、大阪の大正区を舞台に

高校受験を控えた中学3年生の少年少女たちの1年を描いた作品だ。

『ウエストウイング』(朝日新聞出版、2012年)では小学生だったヒロシは、

思春期を迎えて年相応の悩みを抱えているが、少年らしい正義感も併せ持つ。

口数の少ないヤザワや、絵の上手な増田、ソフトボール部の野末などの

女子たちも、大人びた雰囲気のある、それぞれが魅力的な存在だ。

津村はこれまでも、『まともな家の子供はいない』(筑摩書房、2011年)や

『とにかくうちに帰ります』(新潮社、2012年)で少年少女たちを描いてきた。

津村は東京新聞Webのインタビューに答えて、本作について「自分の小説の中で、

一番出来がいいように思う」と手応えを話し、こう続けている。


 この作品で、初めて挑戦したことの一つが「かっこいい男の子を書くこと」。

いじめの標的になったヤザワがそうだ。嫉妬が元で、悪意ある噂を流されても、

無口でわが道を行く。器の大きさを感じさせる魅力的な存在に仕上がった。

「これまでは、かっこいい男の子が一人も出てこなかったんです。女の子なら

いると思いますけど。でも書けば書くほど普通の子になったなあ、と」。


津村は、『君は永遠にそいつらより若い』(原題はマンイーター)でデビュー以来、

理不尽な暴力や弱いものいじめに対する怒りを表現してきた作家だ。

本作でも、いじめや幼児虐待に立ち向かう少年少女たちの日常を、

時にはユーモアたっぷりに優しい眼差しを持って描く。爽やかな読後感の快作だ。

エヴリシング・フロウズ

エヴリシング・フロウズ

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