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児島宮歴研会考古学講義

2016-05-11 筑前第11代藩主黒田長溥(児島宮)登城馬

筑前第11代藩主黒田長溥女キンの(児島宮)登城馬

側室・牧野千佐との間に重豪の十三男として生まれる。

文政5年(1822年)、第10代福岡藩主・黒田斉清の娘、純姫と婚姻。婿嗣子となり、養父同様、将軍徳川家斉偏諱を賜って黒田斉溥と称した(家斉は斉溥からみて養父の伯父、また姉の広大院が家斉の御台所であることから義兄にあたる)。

黒田長溥 - Wikipedia

・長溥姉の茂子が11代将徳川家斉(いえなり)の正室だった縁もあって、長溥は強い公武合体派で、彼の言う「天幕一和」に終始したので、結局は佐幕派という

乙丑の獄のために明治になって新政府に通用する人材がいなくなり、藩の人材を時代の変革の中で活かせなかった黒田藩最後の殿様・長溥

理玖姫

養子:黒田長知、?姫(四条隆謌室・奥平昌高の娘)、儀姫(松平慶倫室・奥平昌暢の娘)

島津藩主重豪(しげひで)の子

筑前第11代藩主黒田長溥(ながひろ)側室砥上女ーキン(児島宮)

佐幕派に近かった藩主・黒田長溥(ながひろ)に対し、勤王派に変節してほしいとの建白書を出したため怒りを買い、幕末期の福岡藩家老 加藤司書切腹させられた。

黒田長政ー黒田長興ー黒田一貫室ー鶴子(野村祐春室)ー黒田長貞ー秋月種実室ー秋月種茂ー黒田長舒ー黒田斉清ー純(黒田長溥室)ー理玖(黒田長知室)ー黒田長成ー黒田長礼ー黒田長久

黒田斉清、官兵衛の死後200年経って、衰勢してしまった黒田家と福岡藩を何とか再生しようと、目を付けたのが「黒田二十四騎図」でした。

江戸時代中期以降、多くの二十四騎図が制作され、普及していきました

、「黒田二十四騎画帖」(福岡博物館所蔵)で、その後の黒田二十四騎図のもととなり、尾形洞谷の孫にあたる尾形探香(たんこう)も「黒田二十四騎図」(福岡博物館所蔵)を描いています。


黒田継高の娘為姫(出羽庄内藩主酒井忠温室)が直候の祖母に当たる。

筑前福岡藩黒田家の男系男子が絶えた1763年、その後一橋家から迎えた養子の治高にも

子がなく断絶した1771年に黒田直候はまだ生まれていない。

直候が生まれてから久留里藩を継ぐまでは一橋家から迎えられた斉隆とその子斉清が

福岡藩主を勤めていたため、以前の黒田家の血を女系で引く女に婿黒田斉清ー純(黒田長溥室)となった。

黒田長溥の娘長女キンが、宮家、児島宮家に嫁いでいたのが、 きっかけ、だそうです。 島津家では、扇に日の丸、をしていたのは? 児島宮家児島高徳に因み、天文学を、島津家、石清水家、平山了清、との縁があったという事です。日の丸国旗は児島宮家が夜須中津屋村の田代紺屋で染めさせて、黒田長溥の娘、女キンの夫、儀平から、黒田長溥に託させてから、孝明天皇へ託されていた。

児島宮家頼任親王の長子、道乗は藤原関白祖家、良実の子となり、東寺長者になって、東寺高野山を仕切っていたとある。

藤原関白祖家は後鳥羽上皇に列す。

又坊門家と繋がる藤原関白祖家の藤原信孝の裔が、佐久間信盛の女が佐々家の室になっていた。

佐久間信盛の女が狩野孝信の室となり探幽が生まれた。探幽弟が秋月長興の画を描いている。

又秋月長興の子の鎧には、十六葉菊紋が書かれてある。

十六葉菊紋は幕府により御法度であった。

篠隈の児島宮元宮には、扉に朱塗が施されており、社殿には極彩色の吉兆彫刻が、施されており、格調の高いてんのう児島宮が浮かんでいる、日光東照宮と児島宮にしか無い御法度になっていた模様。

又全国でも、ここだけの、

社殿には、右大臣が列している。

御配神は、てんのう、祖の、天満天神宇宙神)、平山大明神(ウガヤ丑越王)桓武天皇後鳥羽上皇児島高徳の五神と菅原道真が祀られて、日本の租神となっています。

今年3月に朝倉郡夜須下高場、の小隈窯の調査で、(ウガヤ丑越王)の象の布江、が、発見され、ペルシャ石の装身具が、出土して、奈良につながる、装身具のガラス製品の装事が解りました。これは、てんのうの原点が、日本の紀元前年の、大元が華夏国の越国に結びついて、いた事が解明できました。


てんのお、家の児島宮の先祖

黒田長溥側室砥上女ーキン(児島宮)登城馬

黒田藩登城の馬

写真はキン子、と馬と甚九郎文八

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黒田長溥女ーキン(児島宮)

キンの夫儀平は、日の丸国旗を、祖父黒田長溥に、託して、孝明天皇の元へ届けた。

日の丸国旗を染めさせたのは、中津屋村の田代紺屋だった。

写真は黒田長溥女ーキン

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平山キン(児島宮)の家族

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キン(児島宮)と夫の甚九郎儀平

児島宮は十六葉菊紋章

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甚九郎文八の母キンが孫の文五郎を、おぶっている。

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平山キンと孫

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黒田長溥公

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