リグレット

晩秋のリグレット

ロビーのソファに座っていたその女性は、ブライダル関係のパンフレットを読んでいた。
前に一度だけ彼女を見た時は、宴会支配人と短時間話をしていた。時期的な忘年会の打ち合わせだろうと、チラと見ていたけれど、来年春あたりにの結婚式の打ち合わせだな、と時計を見た。
年のころ30歳少し過ぎたような、色白で鼻筋が通った理知的に見える美人だった。


支配人はまだ来ない、そちら方面担当の出勤時間は午前11時であった。


チェックアウトの客が全て帰り、フロント担当と前日の売上、売掛金、paid(現金)照合をしていた時、その女性がソファから立ち上がり、こちらにやってきた。



フロントは若いが優秀な酒井くん。


時間に激しい支配人である、彼と約束していたとは思えず、勤務しているだろうと思い来館したのだろう。



「あのう・・・××××・・・」
「はい?」と酒井くん。
「え?」と聞き返す自分。
刹那、自分と女性は目が合った。





しまったっ!!



女性の瞳が開いて、陰りを帯び変化したのを感じた。
「それでは×××支配人の小貫さんがこられたら、×××また来ま・・・」
女性はそう言い残し、去っていった。


慣れない場所で金銭照合などするものでは、ない。
その日は客が少なく、安易に前に出てしまったけれど、フロントの後ろの後ろにある経理室でいつも通りにやればよかった!



そう、



女性は



一瞬の自分の顔の変化を見逃さなかったのだ。



よく聞き取れなかった・・・
彼女は軽い聾唖者だったのだ。
ゆっくり聞くか、後方に戻ればよかった。
相対する通常者の表情には敏感であることが当たり前だ。
酒井くんはフロントマンだけあり、
そのあたりは自分より、なれていた。



決して差別したわけでは、ないんだ!
そうではないんだけれど、彼女は自分の表情から何かを掴み取ったはずだ。



「気にする事ないですよ、自分も一瞬以外な顔をしたと思います。
○田さんは背も高く僕なんかより見栄えがいいし、見惚れたのでしょう」
と優しいフロントの酒井くんが冗談めかして笑う。
「冗談は嬉しいが違う。そうは思ってないけれど、彼女は見下された、卑下されたと思ったはずだ。直感で解ったよ・・・ゴメンな、もうここで照合はやめよう・・・」





以後女性は



勤務していたホテルに



二度と現れる事がなかった・・・



「○田くん、彼女は近くの美容室に勤務してる方です。今度こられたら謝罪したいという気持ちは解るが、より傷つける事になるからやめなさい。それに君も差別した事ではない、君の性格は充分解っている。これからは後方で今までのように仕事をしてくれればいい。誰だってそんな表情が出る時はある。増してやあんな美人だ、以外だったと言う驚きがね・・・」


宴会支配人のフォロー・・・


でも自分の心は、永遠の霧雨が降るように、全く晴れなかった。


結婚式という幸せの象徴の打ち合わせ。
彼女の心は弾んでいたに違いない。



なのに・・・




彼女がどういう想いで帰ったのかを想像すると、
胸が潰れそうに、なった・・・









その後半年あまりで、自分はそこを自主退職することになる。


勿論女性の事が理由ではないけれども、
ひとつの要因を構成していたのは確かだった。



幸せに、なってください・・・





霧雨のリグレット。



そう祈り懺悔するのが精一杯の晩秋のことだった。





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