ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足


20世紀は戦争の世紀であり、
一国の命運はしばしば独裁者の手に委ねられた。
だが、独裁者の多くが晩年「神経の病」に冒されて
指導力を発揮できず、国民を絶望的状況へ
追いやったことはあまり知られていない・・・紹介文より



日本の政治はダメだ、対外的に弱虫だ、と政府は批判されつづけている。
リーダーシップのある政治家不在を、いつもマスコミは嘆いている。


しかし、歴史をみてみると、なまじリーダーシップの強い政治家は
いないほうがよいようだ。少なくとも平和な時代はそのように思える。
一個人の個性が強く発揮されると、ネガティブな方向に
走ったときに抑制がきかない、と 神経内科医で、著者の小長谷正明氏は
「ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足―神経内科からみた20世紀 」の
なかで述べている。


そして最高権力者のままで重い病気にかかると、荒廃をもたらす、とも
1999年本書発行時のあとがきのなかで言っている。


少し例を引くと・・・


※ヒトラーのパーキンソン病
 1941年の映像から、すでに動作の障害など症状が出始め、
 その後、パーキンソン病の典型的な症状が悪化していったことが、
 検証されている。


※レーニンの脳梗塞
 1922年から脳梗塞の前触れの症状が表われ、
 医者の勧めを聞かず休養を取れなかった、という。


スターリンの精神疾患と脳梗塞


毛沢東の晩年はパーキンソン病と言われていたが、
 侍医の回想録によるとALS(筋萎縮性側索硬化症)。


※ウッドロー・ウイルソン(第28代米国大統領で国際連盟の提唱者)は
 脳梗塞で、執務不能の状態になった。


※F.D.ルーズベルトは深刻な高血圧による動脈硬化と脳出血で、
 ヤルタ会談のあたりでは討議にほとんど参加できない状態だった。


からだの動きが悪くなるパーキンソン病では
病気自体や治療薬によって精神症状を起こすことがある。
脳の血管障害ではマヒだけでなく、言葉を失なったり、痴呆に
なることもあり、ときには精神異常もきたす。


だからリーダーたちが神経疾患にかかってしまったとき
問題は、手足のマヒや震えだけでは、すまなかった。


カーター大統領の特別補佐官だったブレジンスキーが、1993年に
出したある計算では20世紀に、人による命令あるいは
決定によって殺された人々の数は1億6700万人にのぼるという。
この数字に、前に述べたそれらのひとの大部分が関わっていた。


ある場合は、指導者たちの病気によって混乱はさらに深まり
より悲惨な将来をもたらすこともあったし、別のケースでは
独裁者の死でマイナスの歴史を断ち切ることができることもあった。
これらの人たちがかかった神経疾患は直接の死因であったり
そうでなかったりするが、世界の流れを大きく変えたということができる
と、作者は言っている。


当時の独裁者たちを診る医者は命がけであり、
彼らの運命に同情せざるを得ない、とも言っている。


スターリンの主治医のヴィノグラードや陰謀のかどで逮捕され
20年以上も毛沢東の侍医だった李志綏は不審死し、
モレルやカール・ブランドなどのヒトラーの侍医たちは
ニュンベルクの国際軍事法廷戦争犯罪人として断罪されている。
フランクリン・ルーズベルトのマッキンタイヤーは
大統領の健康管理が不適切だったと指弾された。


著者は、20世紀後半に生きて本当によかった、と結んでいる。


20世紀のリーダーたちがどのような疾患になり
影響を及ぼしたのか・・・
恐ろしいほどの事実が書かれており興味深い。