Odilon RedonとFranz Kafka
「誰もが掟を求めているというのに」
と、男は言った。
「この永い年月のあいだ、どうして私以外の誰ひとり、中に入れてくださいといってこなかったのです?」
いのちの火が消えかけていた。うすれていく意識を呼び戻すかのように門番がどなった。
「ほかの誰ひとり、ここには入れない。この門は、おまえひとりのためのものだった。さあ、もうおれは行く。この門を閉めるぞ」
『掟の門』フランツ・カフカ
ルドンの「crying spider」を見つめていたら、グレーゴル・ザムザを思い出したので、久しぶりにカフカを読み直していました。平凡なセールスマンが、ある朝目を覚ますと虫になっていた。
初めて『変身』を読んだ十代の頃、カフカ=不条理=意味不明くらいにしか思っていなかったので、その不明っぷりを楽しんで終わったんだけれど、後にこれが比喩であったことを知ったときには全身が慄いたんだった。何年か前にユーロスペースかどこかでみたロシア映画『変身』もまた、“虫”の本質をとても分かりやすい形で、なおかつ衝撃的な手法で演出されていたなぁとか、ちょっとだけ思い出した。
家族を背負って働くごくありふれたセールスマン、ザムザ氏。彼はある朝起きて、自らの異変に気づく。虫になった、つまりは変身してしまったのは彼の内部なのだ。ある日をさかいに突然に欝や引きこもりになってしまった男と、彼を取り囲む家族の戸惑いや、名もない市井の人間たちの関係性の話。疎んじられる疎外者と、変容してしまった彼を抱え込みながらも受け入れられない家族たち。残酷なまでに鋭く現実を突く。「表紙には毒虫の絵を描くな」とカフカ。
『城』の乾いた遣る瀬無さは、悪夢のようでありながら、おぞましい位に現実的。すごい、すごい本だ!と思うけれど、そうは何度も読みたいと思えない。「一体これは何のためなのか」。ごくありふれた日常に身を置いていても、時々ふと思う。自分は『城』に出てくる測量士ではないのか。で、即座に考え直す。「考えちゃダメだ」って。元気な時に読むべき本。
私がとりわけ好きなのは、『審判』の中の一編で、短編集にも収められている『掟の門』という4ページもないくらいの短編。やっぱり好きだなぁカフカ。
The Graphic Works of Odilon Redon (Dover Fine Art, History of Art)
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カフカというと、ドイツ文学者でありカフカ研究者として名高い池内紀。この人のカフカ本は非常に読みやすく明快な文章なので、カフカ=分からないと思う人こそ読んだら面白いと思います。まずは『隣のカフカ』がお勧めです。この人のベストセラー『ゲーテさんこんばんは (集英社文庫)』も、なかなか面白かったです。「もっと光を!」
別にルドンとカフカの関係がどうというわけではありませんでした。ルドン『crying spider』拡大