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01/15/2006

豪雪の被害がたいへん……でも、なんであんなところに人が住む? (余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋)

http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1310380191/E20060110214546/index.html

雪国の連中は都市に引っ越せ、というスバラしいご提案。。。。「東京脳」と呼ばれてるらしいです:

今晩の「クローズアップ現代」。何十年に一度の大災害だという。でも何百年のスパンで考えてみれば、あの辺りはもともとそういう地域。それを覚悟の上お住みになってきた。もともと不便なところだし、社会インフラの効率から考えて人はやはり都市部に集中させるべきだと思う。

(略)

こうなった以上、みんなあんなところに住むのは止めて都市部に出てくるのが、その人にとっても楽だし、日本経済全体の費用節減にもなる(社会インフラへの投資を拡散させるのではなく集中させることが出来るからだ)。実際そういう方向で地方自治体は努力をしているが、そういう動きを促進するのが、国家の役目ではないか? 人がそれぞれ好きなところに住みながら、最低限のシビル・ミニマムを主張するのは、富士山の頂上に住みながら、郵便物をその日に届けろと要求するのに似ている。

自衛隊が国費の負担で民家の雪掻きなどしている。一見美しい話だ。でも自衛隊の本分は、一義的には外敵の侵略から国を守ることだ。雪が降ったからと言って、外敵侵入の危険が減ったわけでではない。雪掻きなら地方自治体の経費での消防主体で十分出来るはずだし、やるべきだ。 大災害とは訳が違う。

山奥にみんなが分散して住むというライフスタイルが、日本経済の高コスト体質をますます悪化させている

via http://d.hatena.ne.jp/utushi/20060114/a2

ミコミコナースのナンバガアレンジ

http://kingdom.loser.lolipop.jp/?cid=23433

すげぇ。アレンジがヨイ。

ニュー速:結城浩だけど何か質問ある?

http://d.hatena.ne.jp/hyuki/20051221#newsoku

ツンデレなPythonの本は書かないのですか?

あ、あんたのためにインデントそろえたんじゃないんだからねっ!

[]「韓国の歴史教科書は世界史的解釈が欠如」(朝鮮日報

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/15/20060115000017.html

韓国歴史学の重鎮・崔文衡教授に聞く(上)

 崔文衡(70)漢陽大学史学部名誉教授は先月16日、ひっきりなしにかかってくる激励電話の応対に追われていた。大学在学中に崔教授を指導した84歳の恩師は「崔教授、あなたのやっていることは本当に重要なことだ」と激励した。

 崔教授は先月15日、ソウル歴史博物館で開かれた教科書フォーラムで「到底がまんすることができず、この場に出てきた」という言葉で、沸き起こる感情を吐露した。そして、現行の高校近現代史教科書の問題点を辛辣に批判した。崔教授は「高校の近現代史教科書が民衆民族主義を至上とする特定の理念に偏るあまり、我々が直面していた客観的現実を正しく把握できないでいる」とし、「民族・民衆を語るあまり、我々は今、国益を追求する能力さえも失ってしまった」と語った。

 崔教授は4年前に定年退職した後、ソウル道谷(トゴク)洞に2坪余りの小さな研究室を構え、毎日午前9時から午後6時まで韓国近現代史の研究に没頭している。次は崔文衡教授との一問一答。

―高校の近現代史教科書について民衆・民族理念に偏った教科書だと評価していらっしゃいますね。

 「開港後、朝鮮がどのように亡んでいったのか、国際関係の観点からはほとんど言及されていません。外部の衝撃(impact)がなかったならば、民族・民衆運動が起きたでしょうか。教科書を読みながら、腹が立ってどうしようもありませんでした。民衆・民族・改革だけに偏ったあまり、韓国史を世界史的観点から解釈しようとするする努力が見当たりません。歴史を理念に無理やり合わせたら、それはもはや歴史ではありません

―具体的にはどのような点が問題なのでしょうか。

 「金星(クムソン)出版社の教科書をご覧になってください。1850年からの60年間に約60ページを割いて説明しています。東学農民運動(1894年、東学という新興宗教を中心に全羅地域ではじまった外部勢力排除を叫んだ農民運動)に関しては何と9ページも費やしているのに、いざ日清戦争と日露戦争に関しては記述がまったくありません。“日本が日露戦争に勝利することにより、大韓帝国政府の改革は中断した”というたった一節が全部です。日清戦争と日露戦争は韓国の国権を侵害した決定的な契機です。戦場も厳密に言えば韓国の領土でした。ところが、教科書は民衆運動に執着するあまり、このような重大な事件から目をそらしています。その結果、侵略戦争を侵略戦争と言えない教科書になってしまいました。明成皇后殺害も“日露戦争の序曲”という国際的な観点から見ることで、本質に接近することができるのです」

―しかし、歴史教育はある程度民族主義的にならざるを得ないのではないでしょうか。

 「民族史学者である李基白先生は他界する2週間前に病院を訪れた後輩の歴史学者らに、遺言ともとれる言葉を残しました。“今日、民族を至上とする傾向が広く流布している。しかし、民族は至上ではない。この点に関しては民衆も同じだ。学問では真理が『至上』だ。真理に背ければ、民族であれ民衆であれ破滅を免れない。”最近の韓国史学界が胸に刻まなければならない言葉だと思います」

ケロロ軍曹

買ったであります。

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[]黄禹錫神話の崩壊を契機に、最古・最高に執着する集団強迫観念から脱しよう。日本とは違う [01/12] (韓国日報)

http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1137258213/

1 :犇@犇φ ★ :2006/01/15(日) 02:03:33 ID:??? ?

「黄禹錫神話」の崩壊を見て心穏やかな人がいようか。落胆と失望を感じる、虚脱と困惑の

心境に浸る、失笑を禁じえない、怒りを感じるなど、各々感慨は違うが、少なくとも笑って拍

手する人はいない、「黄禹錫神話」は、恍惚とした甘い夢だった。<略>「黄禹錫神話」の、

どのような要素が、これほどまでの熱気を引き出したのだろうか。

代表的なものは、いわゆる「御箸の技術」だ。ヒトの卵子は他の動物の卵子と違って膜の表

面が滑らかではなく、膜が薄くべたついて扱いにくいという。そんなヒト卵子を自由に扱う腕

前に驚嘆した外国人たちに対して黄教授は、韓国人は幼い頃から鉄箸を使うから特別に手

先が器用なのだ、と言った。

(略)

「御箸技術論」だけではない。優秀な食品であるには違いないが、どうして敢えてキムチが世

界の発酵食品をすべて押しのけて一人きり聳え立つのでなければ気が済まないのか。豆を

醗酵させた味噌や醤油は、原料である豆の植生と直接的関係があり、大陸から半島を経て

日本に伝わったことは明らかなのに、どうして我が国の醤油類が一番優秀ではなければなら

ないのか。

最古・最高に執着する同様の思考方式は、かろうじて日本で見出されるぐらいだ。2000年に

日本を揺るがせた旧石器遺物捏造事件も、日本列島の旧石器年代を北東アジア最古水準

である70万年以前に引き上げたいという集団コンプレックスから始まった。

長いあいだ中国中心の北東アジア文化圏の辺境で暮らしてきた日本はそうだとしても、

文化の通路として、また中間加工者としての利益を享受してきた我が国は、そんな意識に染まる理由はない。

最高・一等などに対する強迫観念さえ捨てれば、普遍的文化・科学技術で劣る

ことのない幸福な市民になることができる。たとえ2等でも下は遥かに多いのだ

「黄禹錫神話」の崩壊とともに、我々の強迫観念も一緒に解消するよう期待する。現在のよう

な土壌での「作られた伝統」は、ポピュリストも利用する。それを今度の事態の教訓にしたい。

(黄ヨンシク論説委員)

▽ソース:韓国日報(韓国語)(2006/01/12 19:09)

http://news.hankooki.com/lpage/opinion/200601/h2006011219101024380.htm

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