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茗荷バレーで働く編集長兼社長からの手紙―ルネッサンス・パブリッシャー宣言、再び。 Twitter

2007-12-27 国立国語研究所図書館廃止? このエントリーを含むブックマーク

myougadani2007-12-27

国立国語研究所図書館廃止か。最終の正式決定が報じられていないのでよくわからない。

しかし、行革推進会議が図書館の廃止を求めたということが24日の資料には書いてあるので、政府の見解を探しつつ、このことについて述べたい。


以下の文科省の部分です。

http://www.gyoukaku.go.jp/siryou/tokusyu/h191224/index_dokuhou.html


図書館の廃止には、国研の図書館としての意味の前に2つのことがあるだろう。

1 研究図書館というものの必要性

2 図書館というものの必要性

まず、2についていうと、これは図書館情報学の人さえも図書館の必要性を学問的に主張できていないという問題がある。ネット社会になってとても大きな誤解は、情報はネットにあるという間違った認識である。作られたものはあるが、作られていない情報はないということを確認してほしい。図書館があることによって、図書館が情報を作り出すのだ。

図書館情報学は、元々、図書館学だったのを図書館の館を捨てて、情報に逃げたので、かれらはもともと、館が情報を作ると言うことを理解できていない。それゆえ、図書館情報学は情報工学の亜流になってしまって、自己解体を歩んでいる。

その上で、1である。図書館は複数のことを行っている。図書館が選別し、収集した専門的な図書の群の存在。次にその群の中のネットワーク。さらにその群について2次的な情報を付加し、その情報を使えるようにするということ。選別・収集、ネットワーク、参照・取り出し可能な情報を付加するという3つのことを行っているということである。

情報は埋もれていたら、それは単なる文字列、ビットの集合にすぎない。それはもやは情報ではない。収集して、群になって意味を持たせること、それは図書館の役割であり、それがなければ、人間はアクセスできない。

2次情報を尊重しないということがここにも現れているかもしれない。アメリカでは小学校の学校図書館でも調べ物用の参考図書があり、その中には件名索引(こういうことを調べたかったらこういうことを言っている雑誌があるよと教えてくれるもの。)があって、研究者用には研究者用にあるジャンルの研究の概要だけを読むことができると聞いたことがある。こういうのは専門家がいてサマリーを作っていかないと行けないので、手間が掛かるが、そういうものがあるとその土台の上から調べることを始めることができ、社会的な知的な土台のような機能を果たすものである。

もちろん、ITの技術を最大限使うわけだが、使った上で特別なジャンルの情報に対し、ヒューマンな技能を高めた人間が、図書館活動を行っていくこと、それは人の知性である。

つまり、図書館がなくなるということは、情報が文字列になってしまうということだ。


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誰も気にとめない「文字・活字文化振興法」第十条を推進する会 副代表 松本功

(学術的出版物の普及)

第十条  国は、学術的出版物の普及が一般に困難であることにかんがみ、学術研究の成果についての出版の支援その他の必要な施策を講ずるものとする。