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茗荷バレーで働く編集長兼社長からの手紙―ルネッサンス・パブリッシャー宣言、再び。 Twitter

2010-10-15 3代存在した須原屋市兵衛 このエントリーを含むブックマーク

先日、一橋大学の若尾先生と小川先生が主催している「日本における書物・出版と社会」に参加しました。


いつも一人目の方の発表が終わった時に全員が自己紹介、近況報告を行います。その時、私は学術出版の祖といってもいいのではないだろうかと思っている須原屋市兵衛の墓を探しに行って、違う人のお墓の前、嵩山房の墓の前で写真を撮ってしまったということを報告しました。


その話しをしたところ、京都大学経済研究所図書館の松田泰代さんが善龍寺にも行っているし、市兵衛に関して論文も書いているということを教えて下さった。


松田さんの論文「『重訂解体新書』の出版に関する一つの考察 」によると須原屋市兵衛は3代存在したということ。今田洋三さんのいうように幕府罰金により、業が失われたのではなく、火災の方が被害は甚大で、影響が大きかったのではないか、とのこと。1811年に無くなったのは2代目で、その後にももう1代いたということです。


どうも3代目はあまり出版社としての能力がなかったらしい。