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茗荷バレーで働く編集長兼社長からの手紙―ルネッサンス・パブリッシャー宣言、再び。 Twitter

2012-06-27 活字もどきを作る このエントリーを含むブックマーク

【出版・編集講座のアイディア】

印刷博物館に活字印刷のことが分かる展示がないので、自分で作ってしまおうとの考えに基づいて考えました。

新人を教える時、あるいは、出版概論1の授業での案。

活字もどきを作るの方法の一案。消しゴムに正方形の印をつけて、文字を書く。その文字のかたちを残して、文字の回りを削る。それを50個つくって、文章を作る。それから、糸でぐるぐるまきにして、インクを塗って、その上に紙を置いて押す。活字の活版のもどきですね。

一度、実験をしてみよう。来年の授業の開始より前に。

出版・編集ワークショップとかやってみてもいいかなとひそかに思っています。

2012-06-25 印刷博物館に印刷がない このエントリーを含むブックマーク

昨日、新人さんを連れて、印刷博物館へ。

驚いたのは、以前はあった印刷史の展示がなくなっていた。展示は、歴史ではなくトピックになっていた。「印刷を歴史を通して、理解しよう」という考えが消え失せていた。昨日は版画について展示してあり、それはそれで面白いが、印刷史がなくなっていた。トピック的に知りたいことを見に行くにはいいけれども、新人に印刷の歴史を知ってもらうために連れて行くということはできなくなっていた。

活字はあったが、紙型の説明がなかった。紙型が生まれて、重版ができるようなったわけで、おおきなターニングポイントだったはずだ。印刷と言っても、紙型の前までは、その都度ページを組んでいたわけで、複製ということでいうと、不完全なものであった、といえるだろう。紙型は複製物を生産していくという印刷の胆であるはずなのに、なかった。紙型の説明がないと木版と活字印刷の違いの意味がわからないだろう。

紙への印刷の実際がなかったこと。活版印刷機もないし、オフセット印刷機もない。さらにオフセットの説明もない。紙への印刷という歴史を抹殺しようとしているのか>凸版印刷

活版印刷の経験のできるコーナー「印刷の家」があるのではないか、というかもしれないが、あれは伝統工芸の味わい。実際の歴史ではない。しかも、やっているのは1ページものの工芸的印刷。ページモノでは意味が違う。芸術・工芸と商売としての印刷・事業は違う。工芸としての体験はできるけれども、それは社会的な存在としての印刷ではない。

著者から赤字がたくさん入ったら、たいへんなんだということがわからない。思想や考えや理論の表明は、ページモノでないと難しいだろう。(ページモノといっているのは、複数のページモノという意味です。)チラシという存在も面白いが、なぜグーテンベルグの42行聖書なのか、というと書籍を印刷したということが重要なのではないか。印刷博物館には、思想考えの入れ物を作る印刷という視点がない。

印刷美術館、という名前に変更するべきではないだろうか。

2012-06-21 大阪府立中之島図書館のメモ このエントリーを含むブックマーク

中之島図書館の歴史

http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/rekishi.html


ビジネス支援サービス - 大阪府中之島図書館

大阪府中之島図書館ビジネス支援サービス。ビジネスでの調査に役立つ図書・雑誌・Web情報の紹介や、調査ガイド・ビジネスセミナー情報を提供。」

http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/busi_top.html

2012-06-20 出版概論1の授業 このエントリーを含むブックマーク

私は、現在、日野にある女子短期大学で、「出版概論」の授業を受け持っている。

(このことはきちんと報告したいので、ここは書きかけです。)

15回の授業の前3分の2で、小冊子を作った。グループを作り、グループを会社と考え、社長と編集長と営業部長を設け、雑誌名と特集名を考え、コンテを作り、下原稿を作って、コメントし、原稿を仕上げて、そして、コピー機で印刷して、中綴じホチキスで製本する。

それを10回目の授業で、それぞれの冊子に値段を付け、そして、心付けを交わし、その心付けの1人当たりの平均で順位を付ける...

複数の人数で、企画を立て、原案を作り、コメントし、作り上げて、売り、買う、というところまで。

ささやかなものだが、みなが冊子を作った。

その後の3分の1の授業は実際の現場を見たり、現場で働いている人の話を聞く。昨日は、平凡社さんにみんなで訪問した。



その後は、別の出版社の文芸編集者の方に話をしていただき、その後は、地元(立川)のフリーペーパーを去年作った方にも話をしていただく予定。

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シラバスを載せます。

第1週 2人組で自己紹介

第2週 クラスで自己紹介、どういうものを作りたいかを公開

第3週 グループ作り 会社名、社長、編集長、営業部長を決める

第4週 小冊子の作成 会社発表、会社ごとにテーマの議論

第5週 小冊子の作成 目次・構成→発表

第6週 小冊子の作成 コンテの発表・本の仕組み1(紙)

第7週 小冊子の作成 下原稿

第8週 小冊子の作成 原稿を完成させる

第9週 小冊子の作成 実際に印刷できるようにする

第10週 発表、合評会(売りと買い、ゲストのコメント)

第11週 出版社訪問(神保町 平凡社

第12週 企画・編集の実際 女性編集者の話

第13週 企画を書く課題の説明 

第14週 企画・編集の実際 地元のフリーペーパーを創った方(〒190)

第15週 企画書を提出する+授業のアンケート

並行して池上彰『新聞勉強術』(ダイアモンド社)を読んで、章ごとにキーワードを抜き出すことと、実際の新聞の切り抜きとコメント書き、担当者が発表を行っています。

2012-05-21 ギデンズの本を読んで考えたこと。 このエントリーを含むブックマーク

ギデンズの本を読んで考えたこと。

モダニティの時代は、考え方として、所有から共有、固定から流動へとのシフトが起こった。私は、実態としてそうなのではなくて、考え方としてそうなのだと思う。そういう時代に、知識は所有するより、必要な時にとってくればいいという「引き出し」的知識観に変化した。

本当は、知識は自分自身に蓄えていないと使えないのが実際だが、知識を蓄えていた方が偉いという発言が時代遅れのように見えてしまうのがギデンズのいうところのモダニティの時代の特徴だ。

そういう時代に、保存性、無変化性、固定制という考えに基づいて作られる書籍という存在は、会わない。しかし、実際には保存性、無変化性、固定制は、今でも重要だが、重要だということを発言することが時代遅れと捉えられてしまうということだ。

そういう認識であれば、書籍は、草双紙化するということだが、学術書は書物なので、矛盾する。とすると、章ごとに草双紙化しつつ、一冊の保存物は、別に保持しておける方法を模索するしかないか。それは芸術的なオーラをつけるしかないか。

あるいは、芸事のように参加する人が負担するか。学芸化。趣味の高度化ともいえる文学研究は可能かも知れないが、科学を志向している言語学のようなものの場合、学芸化は科研費主義とは矛盾するので、科学主義とは相容れないか?

しかし、科学コミュニケーターというものが、本当になりたつとしたら、科学芸人というものが生まれることだから、科学の学芸化というものも不可能ではないか?

これは、お分かりだと思うが、ネット時代の編集者というもののあり方についての考察なのです。