魅惑的な異世界の文明:「コンスタンティノープル千年」 渡辺金一

コンスタンティノープル千年―革命劇場 (1985年) (岩波新書)

コンスタンティノープル千年―革命劇場 (1985年) (岩波新書)

ギリシャやトルコ周辺の東地中海で1000年以上にわたって勢力を保ったビザンツ帝国は、そこに住んでいた人々の意識では純然たる「ローマ帝国」であった。同時期に「ローマ帝国」を名乗っていた中世西欧の国もどきに比べ、こちらではまさに「古代ローマ帝国」の正当な後継者たる「中世ローマ帝国」というにふさわしい堅固な統治組織の実体が存在した。

昔から、「中世ローマ帝国」に強く魅かれるところがあった。5世紀にローマ帝国の西半分が消滅した後も生き残り、6世紀のユスティニアヌス1世時代には西半部をとりかえしさえする。その後、積年の敵であったぺルシア帝国や新興のイスラム帝国と抗争して衰微するが、9−11世紀には再び強国として復活し、その後も紆余曲折ありながら15世紀まで命脈を保った不思議な国である。いまの日本とはほとんど何の接点もない、まったくの異世界文明である。

本書ではこの異世界の様子を、二人の主役である「市民」と「皇帝」のせめぎあいを軸にしながら生き生きと描き出している。本書を読むと、あの古代ローマ共和制の政治文化は様々に変化しつつも「中世ローマ帝国」滅亡そのときまで続いていたのだということがわかる。13世紀のニカイア帝国のように、「市民」と「皇帝」さえいれば、「中世ローマ帝国」は首都コンスタンティノープルを失ってさえも生き延びることができた。

「中世ローマ帝国」は、固定した身分制社会ではなく、きわめて社会的流動性が高く、上層から下層までタテ社会的に結合した様々な社会集団が皇帝権の獲得をめぐって激しく争うダイナミックな社会であった。またどのような出自の皇帝のもとであっても、堅固な法制度と官僚制によって統治の安定性がそれなりに維持された。こうしたダイナミックさと安定性の絶妙なバランスが、帝国の命脈を1000年にわたって保たせた活力の源であったのだ。