Übungsplatz〔練習場〕 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2038-10-02

Nobuhiro Fukui | web exhibition

MD et / und GR [MD_et_und_GR]

Feburary 18, 2014 - October 2, 2038

on the internet

http://j.mp/MD_et_und_GR_03

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2014-10-25 “自分は自分でない自分になりゆくところの自分である。”=“I am

自分自分でない自分になりゆくところの自分である。”=“I am "I" who is becoming "I" who is not I.”


f:id:n-291:20141025012436j:image

The show that made Harald Szeemann a star | Art | Agenda | Phaidon

Harald Szeemann, curator of Live In Your Head. When Attitudes Become Form: Works - Concepts - Processes - Situations - Information

http://uk.phaidon.com/agenda/art/articles/2013/february/08/the-show-that-made-harald-szeemann-a-star/

ハラルド・ゼーマン写真が、、

Wade Guyton - Standard - N°37, October/December 2012 - Timothée Chaillou

http://www.timotheechaillou.com/conversations/wade-guyton/

W.J.T. ミッチェル『イコノロジー ― イメージテクストイデオロギー』(訳:鈴木聡・藤巻明 勁草書房

http://www.amazon.co.jp/dp/4326100990


◇ イコノロジー - 株式会社 勁草書房

絵画彫刻美術作品などのイメージが、心的な言語的/文学的イメージと、又イメージをつくり出す人間とどう関わるのか。ゴンブリッチ等歴史的重要テクストから考察

序論 イコノロジー

第一部 イメジャリーの観念

 第1章 イメージとはなにか

第二部 イメージテクスト 差異比喩

 第2章 絵画文章 ネルソングッドマン差異の文法

 第3章 自然と因襲 ゴンブリッチの幻覚

 第4章 空間時間 レッシングの『ラオコーン』とジャンル政治学

 第5章 眼と耳 エドマンド・バーク感受性政治学

第三部 イメージイデオロギー

 第6章 偶像破壊の修辞学 マルクス主義イデオロギー、物神崇拝

原註

訳註

訳者あとがき

文献目

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b26607.html

Jasper Johns: set elements for Walkaround Time — Collections — Walker Art Center

Title

set elements for Walkaround Time


Artist

Jasper Johns


Date

1968

Type

Sculpture


Accession Number

2000.404.1-.14


Edition

N.A.


Physical Description

A set of seven inflatalble plastic pillows that are painted wilth images taken from Duchamp’s The Bride Stripped Bare by her Bachelors, Even (The Large Glass) 1915-1923 that were created for Merce Cunningham’s Walkaround Time dance performance 1968. Exhibition copy acquired with Cunningham collection, 2011.

http://www.walkerart.org/collections/artworks/set-elements-for-walkaround-time


◇ duchamp with cage, cunningham, rauschenberg, and johns | beccahall

https://raptorarms.wordpress.com/tag/duchamp/

デュシャンにおけるコピーの問題――レディ・メイドを中心に 熊谷薫 文学部美術史学 - 真贋のはざま

■レディ・メイド一覧(第一版にエディションがないもの、1921年まで)

1913『自転車車輪』手を加えたレディ・メイド自転車車輪、白色に塗られた台所用スツールに天地逆に取り付け/作者自ら回しては眺め、瞑想にふけるために製造/炎にも例えられる視覚効果オリジナル紛失/レプリカ:1916(作者)、1951(シドニージャニス)、1963(ウルフリンデ、ストックホルム)、1964(ガレリアシュヴァルツミラノ、製造数13)

1914『薬局』手を加えたレディ・メイド印刷物にグワッシュでペイント/記入:薬局 マルセル・デュシャンオリジナル三点中一点現存

1914『瓶乾燥機パリ製、百貨店にて購入。レディ・メイド。何も手を加えていない/鉄製瓶掛け、亜鉛メッキテキスト記入、内容は現在不明/レデイ・メイドオリジナル紛失/レプリカ:1921頃(作者)、1961(マン・レイ)、1963、1964(製造数8)

1915『折れる腕に備えて』ニューヨーク製、レディ・メイド。何も手を加えていない。/亜鉛メッキ性鉄製シャベル、柄は木製/つり下げて展示/記入:折れた腕の前に マルセル・デュシャン(より)1915年オリジナル紛失/レプリカ:1945 3月(作者、キャサリンドライア―の為に購入)、1963、1964(製造数12)

1916『櫛』レディ・メイド灰色の鉄製犬用櫛/美しくも醜くも無い理想的レディ・メイドとの発言あり/記入:高さ三、四滴は野生とはなんの関係もない M.D.1916年2月17日午前11時/レプリカ:1963、1964(製造数12)

1916『旅行者用折り畳み用品』ニューヨーク製 レディ・メイド/アンダーウッド・タイプライターのカヴァー1916年4月の、ニューヨーク ブルジョワギャラリーでの「近代美術展」に出品の二点のうちの一点と推定される/オリジナル紛失/レプリカ:1963、1964(製造数12)

1916『秘めたる音に』幇助されたレディ・メイド/より紐の玉の中にアレンズバーグによるデュシャンも知らないオブジェ、二枚の真鍮板に挟み込み四本の長いボルトで固定/記入:(テキスト省略)ソフィー・マルセル 1916年 イースターレプリカ:1963、1964(製造数8)

1917『エナメルを塗られたアポリネールニューヨーク 修正されたレディ・メイド、/厚紙とペイントされたブリキ(サポリンエナメル看板)に鉛筆とペイント/記入:マルセル・デュシャン(から)1916 1917/レプリカ:1965(ガレリアシュヴァルツ、製造数8)

1917『泉』レディ・メイド男性用便器を90度回転させて展示/記入:R.Mutt/オリジナル紛失/レプリカ:1951(シドニージャニスニューヨーク)、1953(作者、パリ)、1963、1964

1917『帽子掛け』ニューヨーク、レディ・メイド/木製帽子掛け/つり下げて展示/オリジナル紛失/レプリカ:1921(作者、パリ)、1961(マン・レイパリ)、1961(ロバート・ラウシェンバーグニューヨーク)、1963、1964(製造数8)

1919『L.H.O.O.Q』パリ、修正されたレディ・メイドレオナルド・ダ・ヴィンチモナ・リザの複製に口ひげ、顎ひげ、タイトルを記入/レプリカ:1920(ピカビアによって雑誌『391』に収録)、1930(作者、ルイ・アラゴンのために)、1941(作者『トランクの箱』のために)、1955(作者、マックス・エルンストのために)、1965(ピエール・ド・マッソ著作のために 35部)

1919パリ空気』レディ・メイドガラスアンプル/レプリカ:1949(作者、ウォルター・アレンズバーグのために)、1963、1964(製造数12)

1920『フレッシュ・ウィドウ』ニューヨーク職人発注のレディ・メイドフランス窓のミニチュア(ペイントされた木製窓枠、黒い革で覆われた八枚の窓ガラス、木製の台座)/記入:フレッシュ・ウィドウ 著作権ローズセラヴィ 1920年レプリカ:1961(ウルフリンデ、P.O.ウルフヴェト、ストックホルム)、1964(製造数12)

1921『なぜくしゃみをしない、ローズセラヴィ?』ニューヨーク セミ・レディメイド/角砂糖形態をした大理石立方体152個、体温計、イカの甲、鳥篭、木製の棒4本/記入:なぜくしゃみをしない、ローズセラヴィ? 1921年レプリカ:1963、1964(製造数13)

1921『ベル・アレーヌ(美しき吐息)、ヴェール水』ニューヨーク幇助されたレディ・メイド/リゴー香水瓶にデュシャンマン・レイの模造したラベル、ケース/記入:ローズセラヴィ 1921年

Dalia Judovovitz, Unpacking Duchamp, University of Chicago Press, Los Angels, 1995

Arturo Schwarts, The complete works of Marcel Duchamp, Delaco Greenidge Edition, New York,1997

Francis Naumann, Marcel Duchamp, The Art of Making Art in the Age of Mechanical Reproduction, Abrams, New York, 1999


1963年レプリカはすべてウルフリンデ、ストックホルム1964年はすべてガレリアシュヴァルツミラノによる。

http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2001Hazama/03/3200.html


マルセル・デュシャン年譜 − レディ・メイドを中心に −

http://ha5.seikyou.ne.jp/home/seamew/profile/duchamp1.htm

Helen Frankenthaler - September 11 - October 18, 2014 - Images - Gagosian Gallery

http://www.gagosian.com/exhibitions/helen-frankenthaler--september-11-2014/exhibition-images


◇ helen frankenthaler - Google 検索

http://j.mp/1tgobLj

古谷利裕さんのブログ経由で改めて。

【告知】個展「最高速でぶれる崖」(札幌/CAI02) | KAWAMURA Motonori

http://cai-net.jp/exhibition_next/


会期:2014年11月8日(土) 〜 11月29日(土) ※日曜休館

時間:13:00〜23:00

会場:CAI02 (札幌市中央区大通西5 昭和ビルB2)

さっぽろアートステージ2014美術部門との合同オープニングレセプション 11/8(土)19:00-21:00


キュレーション:大下裕司

主催:CAI現代芸術研究所/CAI02

http://kawamuramotonori.com/?p=608

Z-Trash Diary(@osamukanemura)さん | Twitter

https://twitter.com/osamukanemura

Akio Nagasawa - Gallery & Publishing

AKIO NAGASAWA Gallery | Publishingオープンのお知らせ

2014年11月5日(水)、銀座4丁目に「Akio Nagasawa Gallery/Publishing」がオープン致します。

オープニングは国内外の20名の作家によるグループ展

『AKIO NAGASAWA Inaugural Exhibition』を開催いたします。

皆さまのお越しを心よりお待ちしております。

『AKIO NAGASAWA Inaugural Exhibition』

猪瀬光、小川隆之、加納典明杵島隆倉田精二坂田栄一郎沢渡朔柴田敏雄須田一政瀬戸正人、立木義浩内藤正敏野村佐紀子、細江英公森山大道吉永マサユキ吉増剛造、吉行耕平、サラ・ムーン、ウィリアム・クライン

会期:2014.11.5 (Wed.) – 11.30 (Sun.)

中央区銀座4−9−5 銀昭ビル6F

www.akionagasawa.com

http://www.akionagasawa.com/

なぜバンクシーけが壁に描くことを許されるのか | VICE Japan | The Definitive Guide to Enlightening Information

http://jp.vice.com/program/vice-com-original-program/7931

from Susto (1981)

◇ Masabumi Kikuchi - Circle/Line - YouTube

http://youtu.be/0kPzaKaId4I


◇ Masabumi Kikuchi - New Native - YouTube

http://youtu.be/Gp9_HwbYXUM

2014-10-24 zou-gyo

2006年10月 : 撮れ撮れダイアリー

http://ohtoretore.exblog.jp/m2006-10-01/


2011-09-05 - 新しい展示のお知らせ STREET PHOTOGRAPHS - TAP gallery

http://d.hatena.ne.jp/tapgallery/20110905


◇ 斎藤明彦/林隆文/山方伸 写真展『STREET PHOTOGRAPHS』 - TAP

http://tapgallery.jp/exhibition/201109street02.html


◇ 斎藤明彦/林隆文/山方伸 写真展インタビュー: 反省芸術・糸崎公朗blog3

http://itozaki.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post.html

アール・ブリュットコレクション - Wikipedia

アール・ブリュットコレクション (Collection de l'art brut) は、アール・ブリュットの概念を提唱したフランスの画家、ジャン・デュビュッフェが蒐集したコレクションをもとに発足した、スイスローザンヌにあるアウトサイダーアート美術館

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

去年のバーゼル滞在時には訪問できなかったものの、いずれ訪れることができればと思っています。


ジャン・デュビュッフェ - Wikipedia

ジャン・デュビュフェ(Jean Dubuffet, 1901年7月31日 - 1985年5月12日)は、20世紀フランスの画家。アンフォルメル先駆者と見なされ、従来の西洋美術の伝統的価値観を否定して、「生の芸術」を提唱した。

デュビュフェフォートリエ、ヴォルスらとともに、アンフォルメル(「非定形」の意。1950年代に盛んになった前衛美術運動)の先駆者と見なされ、20世紀美術の流れをたどる上で重要な画家の一人である。彼は、若い頃にパリで絵画を学んだこともあったが、やがてワイン商をしていた父の仕事を継いだ。本格的に画家として立つことを決意したのはかなり遅く、40歳を過ぎてからのことであった。

彼は1946年、パリのルネ・ドゥルーアン画廊で「ミロボリュス・マカダム商会、厚塗り」という奇妙な題名の個展を開く。マカダムとは、道路のアスファルト舗装工法の基礎を築いた人物の名前である。実際、この個展に展示された作品群は、砂、アスファルトガラス片などを混入した、まるで道路の表面のような厚塗りの画面に子供の落書きのような筆致で描かれたもので、見る人を困惑させた。この「厚塗り」展は、同じ頃にドゥルーアン画廊で相次いで開かれたフォートリエの「人質(オタージュ)」展(1945年)やヴォルスの個展 (1947年) とともに、第二次大戦後の西洋美術の新たな出発を告げるとともに、アンフォルメルなどの1950年以降の新たな美術の流れの原点に位置するものと言える。

デュビュフェは従来の西洋美術の洗練された技法や様式、巨匠の名人芸といったものに価値を認めなかったばかりか、西洋文明そのものを痛烈に批判し、子供、「未開」人、精神障害者などによる絵画をアール・ブリュット=生の芸術と呼んで賛美した。彼は精神障害者らの絵画を収集し、展示したこともある。1976年、デュビュフェの蒐集した作品をベースに、スイスローザンヌアウトサイダー・アート美術館であるアール・ブリュットコレクションが開設された。1985年にパリで死去。

アール・ブリュットコレクションは、全世界からアウトサイダーアートの作品を蒐集、展示しており、文字通りアウトサイダーアート美術館として機能しているが、その名称に美術館(Musée)という言葉は用いられていない。これはこれまでの美術や文化の伝統的価値観を否定したジャン・デュビュッフェ美術館という言葉を嫌い、コレクション(Collection)を用いることにしたことによる[8]。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%83%95%E3%82%A7


アウトサイダー・アート - Wikipedia

日本においては、1993年世田谷美術館における「パラレルヴィジョン」という企画によって、本格的に紹介されている。また、デュビュッフェはこれらの作品を収集し、このコレクションは現在スイスローザンヌ市でアール・ブリュットコレクションとして所蔵されている。

また、オーストリアのウイーン郊外にあるマリア・グギング国立精神病院内のグギング芸術家の家[3]は、入院患者のうち絵画の才能のある人たちが居住して創作活動を行っており、アウトサイダー・アートの拠点となっている。

2007年には日本各地でアール・ブリュット展が行われた。 そして、2008年にはスイスローザンヌ市で日本人12人によるのアール・ブリュット展が行われた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88


◇ 日本のアウトサイダー・アート - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88

Ashik Kerib - YouTube

A 1988 film by Soviet-Armenian film-maker Sergei Parajanov based on a short story by Mikhail Lermontov

http://youtu.be/HzNOrHe97hU

ヒューリスティクス - Wikipedia

ヒューリスティック(英: heuristic, 独: Heuristik[1])とは、必ず正しい答えを導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得ることが出来る方法である。また、答えの精度は保証されないが、回答に至るまでの時間が少なくて済む。主に計算機科学心理学の世界で使われる語。どちらの分野での用法も根本的な意味は一緒だが、指示対象が違う。計算機科学ではプログラミングの方法を、心理学では人間の思考方法を指して使われる。論理学では仮説形成法と呼ばれている。

計算機科学ではコンピューターに計算やシミュレーションをさせる際、ヒューリスティックを用いることがある。大抵の計算は計算結果の正しさが保証されるアルゴリズム、または計算結果が間違っているかもしれないが誤差がある範囲内に収まっていることが保証されている近似アルゴリズムを用いて計算する。しかし、そのような方法だと計算時間が爆発的に増加してしまうような場合に、妥協策としてヒューリスティックを用いる。ヒューリスティックは精度の保証はないが、平均的には近似アルゴリズムより解の精度が高いことが多い。ヒューリスティックの中でも任意の問題に対応するように設計されたものはメタヒューリスティックという。

心理学におけるヒューリスティックは、人が複雑な問題解決等のために何らかの意思決定を行う際、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のことを指す。これらは経験に基づく為、経験則と同義で扱われる。判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断結果に一定の偏り(バイアス)を含んでいることが多い。ヒューリスティックの使用によって生まれている認識上の偏りを、認知バイアスと呼ぶ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B9


アブダクション - Wikipedia

仮説形成や仮説的推論などと訳されている。古くはアリストテレスがアパゴーゲー(古代ギリシア語: ἀπαγωγή、apagōgē)について議論している[1]。のちにアパゴーゲーはアブダクション(abduction)と英訳された。チャールズ・サンダース・パースは演繹(deduction)、帰納(induction)に対する第三の方法としてアブダクションの語を用いた。

結果や結論を説明するための仮説を形成することを言うこともある。哲学やコンピュータの分野でも定義づけされた言葉として使われている。アブダクションの意味や思考法は、演繹法帰納法ともまた異なるものであり、失敗の原因を探ったり、計画を立案したり、暗黙的な仮説を形成したりすることにも応用できる。例えば、プログラム論理的な誤りを探し出し直すという過程では、アブダクティヴな解釈と推論が行われており、一般的な立証論理の手法と通じるものがある。

アブダクションは、関連する証拠を――真である場合に――最もよく説明する仮説を選択する推論法であるアブダクションは観察された事実の集合から出発し、それらの事実についての最も尤もらしい、ないしは最良の説明へと推論する。アブダクションという用語はまた、たんに観察結果や結論を説明する仮説が発生することを意味するためにもときおり使われる。だが哲学やコンピュータ研究においては、前者の定義がより一般的である心理学などではヒューリスティクスと呼ばれている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%80%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

チャールズ・サンダース・パースによる記号の要素とクラス - Wikipedia

論理学者、数学者哲学者および科学者であったチャールズ・サンダース・パース(1839 - 1914)は、記号論もしくは記号関係の理論についての著作を、1860年代に始めた。その頃には、彼は三つのカテゴリーに関するシステムを考案していた。彼は記号過程(semiosis)を最終的に以下のように定義した。"action, or influence, which is, or involves, a cooperation of three subjects, such as a sign, its object, and its interpretant, this tri-relative influence not being in any way resolvable into actions between pairs"(Houser 1998, 411)。つまり、記号・対象・解釈内容(解釈項)という3つの主題が、相互に協力し合う活動もしくは作用と定義した。この三項関係の作用は、2項間の活動にはどのようにしても分解できないものである。 このように定式化された三項関係は、「形式的記号論としての論理学」をパースが理解するにあたっても、根本となるものである。彼は「論理学」を哲学的論理学という意味で使用した。最終的に、彼は(哲学的論理学すなわち形式的記号論を以下のように分類した。 (1)思弁的文法学、または stechiologyとは、記号学の要素(記号、オブジェクト、解釈内容)にかんして、記号がどのように特定するか、以下の事柄と関連付けながら考える。どのような種類の記号や対象や解釈内容があるか、またどのように記号が結びついて行くか、どのようにある記号が具体化したり、他の記号を取り込んだりしていくか。(2)批判的論理学、または論理学そのものとは、推論の様式に関すること。(3)思弁的修辞学、または methodeutic とは、探求の哲学的理論であり、これは彼によるプラグマティズムを含むものである。彼の思弁的文法学 またはstechiology (つまり(1)の項目)が、この記事の主題である

パースは、表象・解釈・広義の主張のような事柄を、心理学言語学社会科学的見地からよりも、むしろ哲学的論理学の見地から、広範に考えるとともに議論した。彼は哲学を、一般性のレベルに置いた。それは、数学と、自然や心などに関する特殊科学との中間に位置する。[1]例えば、数学からは諸原則を引き出し、特殊科学へは諸原則を供給するようなものである。一方で、彼の記号学は、問題を解決するために、特定の経験や特定の実験に頼らないのだが、他方で、共通の経験から実例を常に引き出しており、彼の記号論は、数学や演繹的体系には含まれないし、また、純粋の仮説的な対象や事例についての必然的な結論を導き出すようには進まない。哲学的論理学としては、演繹・帰納・仮説的説明のいずれかの結論を引き出すことであるパース記号論は、その分類、推論の種類の批判的分析、探求の理論などにおける、哲学的論理学なのである。その論理学は、一般に明白な現象としての記号とその三項関係から研究される。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%A8%98%E5%8F%B7%E3%81%AE%E8%A6%81%E7%B4%A0%E3%81%A8%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B9

エンジニアのための記号論入門ノート −分析ツールとしての記号論− 田沼正也

http://www.wind.sannet.ne.jp/masa-t/isej/index.html


◇ Semiotics for Beginners -初心者のための記号論- Daniel Chandler (University of Wales) 田沼正也 訳

http://www.wind.sannet.ne.jp/masa-t/

『情報学事典』での「記号論記号学)」の解説(NULPTYX:石田英敬研究室

http://www.nulptyx.com/jyohoziten.html

記号学記号論 | 現代美術用語辞典ver.2.0

記号学記号論

Semiology/Semiotics

さまざまな「記号(sign)」を分析対象とする学問分野の総称。「記号学(仏:sémiologie)」という名称はスイス言語学者フェルディナン・ド・ソシュールに、「記号論(英:semiotics)」という名称はアメリカ哲学者チャールズ・サンダース・パースに由来する。両者はほぼ同時代人であるが、その記号学記号論の創出に関して相互の影響関係は存在しない。ソシュール記号学に関する体系的な著作を残していないが、学生の講義ノートに基づく『一般言語学講義』によれば、記号は「シニフィアン(意味するもの、記号表現)」と「シニフィエ(意味されるもの、記号内容)」という二つの構成要素から成り立つとされる。この両者の恣意的な結びつきからなる諸記号が言語における差異の体系として存在する、というのがソシュール記号学の根底にある考え方である。また、言語を(諸単語の集積としてではなく)差異の体系と捉えるソシュールの思想は、20世紀半ばに流行した構造主義の源流でもある。他方、パースは記号を類似、指標、象徴の三種類に分類し、それぞれ順に「イコン」「インデックス」「シンボル」という呼称を与えた。パースは生前に複数の論文を発表しているが、死後に彼が残した草稿が膨大であるという事情もあり、現在でも彼の思想の全貌が明らかになっているとは言いがたい。しかし、上述の記号の三分類をはじめとする彼の記号論が、R・クラウスをはじめとする後代の批評家たちに与えた影響は小さくない。この両者に源流を持つ記号学記号論は、20世紀半ばに哲学者批評家のU・エーコやR・バルトらの手によって広く文化現象の分析手法へと適用されることになる。70年代から80年代にかけてその流行は頂点に達し、20世紀後半における最も大きな思想的動向のひとつとなった。

著者: 星野太


参考文献

ソシュール一般言語学講義 コンスタンタンのノート』,フェルディナン・ド・ソシュール影浦峡田中久美子訳),東京大学出版会,2007

記号論(1・2)』,ウンベルト・エーコ池上嘉彦訳),岩波書店,1996

パース著作集2 記号学』,Ch・S・パース(内田種臣編訳),勁草書房,1986

モードの体系 その言語表現による記号学的分析』,ロラン・バルト佐藤信夫訳),みすず書房,1972

記号学 意味作用とコミュニケイション』,ピエール・ギロー(佐藤信夫訳),白水社,1972

http://artscape.jp/artword/index.php/%E8%A8%98%E5%8F%B7%E5%AD%A6%EF%BC%8F%E8%A8%98%E5%8F%B7%E8%AB%96

米盛裕二 - Wikipedia

米盛 裕二(よねもり ゆうじ、1932年3月10日 - 2008年3月19日)は日本の哲学者琉球大学名誉教授

略歴

沖縄県生まれ。1955年琉球大学卒業。1960年オハイオ州立大学大学院博士課程修了。チャールズ・サンダース・パースの哲学を日本に紹介した。


著書

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E7%9B%9B%E8%A3%95%E4%BA%8C


パース記号学 - 株式会社 勁草書房

パースは現代記号学(記号に関する一般理論)の創設者の一人であり、我々の認識と思考を本質的に「記号過程」ととらえた。難解なパース理論を分りやすく紹介する。

まえがき

第一章 記号主義

 一 記号学認識論

 二 直感的認識の否定

 三 思考――推論的表意作用

 四 記号、人間、存在

 五 スコラ実在論

 六 パース哲学について

第二章 現象学カテゴリー

 一 科学的哲学

 二 現象、記号、現象学

 三 三つのカテゴリー――その多面性と不還元性

 四 第一次性

 五 第二次性

 六 第三次

第三章 記号の概念と分類

 一 規範科学としての記号学

 二 記号学の体系

 三 記号の概念

 四 記号分析の原理と方法

第四章 諸記号の概説

 一 記号それ自体の在り方――性質記号、個別記号、法則記号

 二 記号の表意様式――類似記号、指標記号、象徴記号

 三 記号の言明様式――名辞、命題、論証

 四 論証の三分法――演繹、帰納、アブダクション

 五 アブダクション

第五章 プラグマティシズム――論理的解釈内容、習慣、実際的結果

 一 解釈内容の概念

 二 論理的解釈内容

 三 習慣と実際的結果

 四 パースとジェイムズ

 五 プラグマティシズムの意味論

索引

http://www.keisoshobo.co.jp/book/b26742.html

記号学 - Wikipedia

記号学(きごうがく、英語:semiology)は、言語を始めとして、何らかの事象を別の事象で代替して表現する手段について研究する学問を指す。記号論(きごうろん、英語:semiotics)ともいう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%98%E5%8F%B7%E5%AD%A6

フォトジェニーとは - コトバンク

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フォトジェニー

フォトジェニー

photogénie


映画用語。「光」の意の photoと,「精霊」の意の génieが結びついた映画の表現概念。本来は写真的表現効果をさす写真用語。フランスの映画理論家リッチョット・カニュードが,映画は劇的な真実よりフォトジェニーな真実を目指すべきだと主張したことに始まり,次いでフランスのルイ・デリュックが,映画を光と精霊の神秘的な一致,光と影のシンフォニーであると考えた。

デジタル大辞泉の解説

フォトジェニー 【(フランス)photognie】


映画の特質を表す語。レンズを通すことで、対象の本質がつかまれ、さらけ出されるということ。1920年代フランスで用いられ、現代に至るまで多くの映画人が影響を受けた。

世界大百科事典 第2版の解説

フォトジェニー【photogénie[フランス]】


写真うつりがいいことを意味するフランス語で,〈フォトジェニックphotogénique(写真うつりがいい)〉という形容詞一般的に使われるが,映画用語としてはカメラうつりがいい俳優(とくに女優)の美しさを意味するとともに,サイレント時代の映画美学としての映面史的な意味をもつ。 かつて世界の市場を支配したフランス映画が,第1次世界大戦を機にハリウッド映画に圧倒されていた当時,フランスもっとも先駆的な映画人の1人であったルイ・デリュックLouis Delluc(1890‐1924)は,映画の本質を〈フォトジェニー〉ということばであらわし,《フォトジェニー》(1920)と題する著書も出した。

https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%83%BC-123513


フランス ルイ・デリュックによる「フォトジェニー論」 - 映画中毒者の映画の歴史

 フランスのルイ・デリュックは、著書「フォトジェニー」の中でフォトジェニー論を唱えて、注目を集めている。

 この「フォトジェニー」について少し詳しく書いておきたい。定義すると、「映画の本質や特質を規定する概念で、映画特有の映像美や美的効果といった『映画的なるもの』のこと」ということになり、幅が広い。ジャン・エプスタンらに影響を与えていくこの理論は、多くの人によって独自の解釈が施されて、内容は微妙に変化していく。

 デリュック自身が考えた元々のフォトジェニーとは、写真的な映像美のことであったという。とはいっても、技巧を凝らした作為性の強い芸術写真のことではなく、偶然に自然にキャメラが捉えたスナップショットニュース映画の類を指していた。

 「沈黙」は、フィルムダール社のために監督された作品である。1人の男がベッドの上で過去を回想し、最後には自殺するという物語だった。観客を現在や過去へと導くために、フラッシュ・バックやクロス・カッティングを大々的に使用し、1人の登場人物の中で高揚しているように演出されているという。デリュックは、デリュッククロス・カッティングの重要性を理解していたと言われ、次のようにも述べている。

 「映像による現在と過去、現実と想い出という対照は、映画芸術の最も魅力的な議論の一つである。(中略)私は、数々の想い出についての妄想や過去への根源的な回帰を映画に転写する以上に魅力的なものは何も知らない」

 また、「沈黙」では、セット、照明、撮影が雰囲気を生み出し、字幕のような「説明文」がなくても成り立つようになっていたという。しかし、興行的には失敗した。美しい映像や、豪華な描写がなかったためとも言われている。

 デリュックは「沈黙」以後も、カメラが生み出す「フォトジェニー」を映画美の本質と捕らえ、フォトジェニー論を実践した作品を以後監督していき、1920年代のフランス映画界に大きな影響を与えていく。

http://d.hatena.ne.jp/cinedict/20090722/1248273335


フォトジェニックとは - はてなキーワード

photogenic 英語

形容詞。写真うつりの良いこと。

原義はphoto- + -genic(〜によって作られた)すなわち「光によって生じた」の意味で、19世紀中頃に"photogenic drawing"(「写真」を意味する初期の表現)として用いられたのが最初。写真映りがよい、の意味が加わったのは1928年

なお英語としては、ほかにphotogenic cell(発光細胞)など「光を生じる」の意味もある。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D5%A5%A9%A5%C8%A5%B8%A5%A7%A5%CB%A5%C3%A5%AF

何を根拠に“写真映りがよい、の意味が加わった”のが1928年としているのかが気になるところ。

CiNii 論文 - 現前という狂気 : ロラン・バルト『明るい部屋』再読

現前という狂気 : ロラン・バルト『明るい部屋』再読

Les mots craches : sur l'economie de l'acte de parole chez Celine


梅木 達郎

UMEKI Tatsuro

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004811973


◇ 小池隆太 ロラン・バルト『明るい部屋』における「写真論」の意味

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:M0K7GlaFAoAJ:repo.lib.yamagata-u.ac.jp/bitstream/123456789/5676/1/ywjcyp-44-04.pdf+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

器官なき身体 - Wikipedia

官なき身体(きかんなきしんたい)とはジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリがアントナン・アルトーの言葉をもとに自らの哲学的概念として展開した概念である

身体には有機体的サイクルとは別個の欲望する身体とでもいうべき「器官なき身体」が存在し、それにとって個体の生存を維持する諸器官は必要とされない。植物における成長サイクルと生殖サイクルをたとえにすれば、人間にとっては生殖器という器官は性行動にとって結果として使われるものに過ぎず、五感、全身を使って生殖活動があらゆる社交活動、創造活動へと広がってゆく。それは女性的な身体と言えるかもしれない。器官ある身体が、男性的身体、生存してゆく身体、個体を形成する身体だとすれば、器官なき身体とは、女性的な、包み込む、癒しの身体、対象を欲望し、また生み出す身体ということがいえるかもしれない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%99%A8%E5%AE%98%E3%81%AA%E3%81%8D%E8%BA%AB%E4%BD%93


◇ La poupée qui fait: 器官なき身体 Corps sans organes

http://lapoupeequifait.blogspot.jp/2013/10/corps-sans-organes.html


◇ BOOKSTEADY Lesson.1 8/13「ドゥルーズレッスン器官なき身体、欲望する機械について」 PART.1 - donner le mot

http://donnerlemot.com/2011/03/04000869.html


◇ 「器官なき身体」覚え書き - Arisanのノート

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20070504/p1

スラヴォイ・ジジェク『身体なき器官』(書評)小泉義之 - 立命館大学大学院 先端総合学術研究科 | 背負ったものを賭けるに値する研究のために

 本書での大きな構図はこうである。異教信仰−ユダヤ教キリスト教の三幅対は、歴史的に二度繰り返された。すなわち、スピノザカントヘーゲルと、ドゥルーズデリダラカンである。これら三幅対において、ドゥルーズは、異教信仰とスピノザに相当するわけだが、本書でジジェクは、実はドゥルーズヘーゲルラカンにも相当すると主張する。

 この主張の賭け金はこうである。近年ドゥルーズは現代哲学の中心的参照点になってきた。政治的にも「反グローバリズムを掲げる現代の左派や資本主義への抵抗の理論的基礎として役立っている」。そして、ジジェクの診断によれば、ドゥルーズのいう「器官なき身体」は「生産の場としての潜勢的なもの」であり、これが自己組織化するマルティテュードと読みかえられ、観念論的主観主義と結びついた左翼急進主義の理論的支柱となってきた。こうした「アングロ・サクソン化」「ガタリ化」されたドゥルーズヤッピー的に読まれた後期資本主義イデオローグとしてのドゥルーズ浅田彰構造と力』を想起しておこう)に対して、「もう一人別なるドゥルーズ精神分析ヘーゲルにより近いドゥルーズ、その帰結がより破壊的なドゥルーズ」を際立たせること、これがジジェクの賭け金である

 別なるドゥルーズとは、とりわけ『意味の論理学』のドゥルーズであるジジェクの解釈によれば、純粋な出来事=意味の発生器である無意味、言いかえるなら、不毛な場としての潜勢的なものを静的に発生させる準原因や暗き先触れ、これはヘーゲルの否定性やラカンファルス=身体なき器官に相当するのであって、これが構造化する「影の劇場」こそが、昨今の政治左翼以上に、現実の変革においては決定的に重要なのであるドゥルーズ自身はそのことに気づいていなかったからこそ、「内的に行き詰まって」ガタリの下へ走ったというわけである

 以上のドゥルーズ解釈に対してはさまざまな異論が思い浮かぶがそれは措いて、ジジェクの賭け金に対して疑問を一つだけ記しておく。別なるドゥルーズ、言いかえるなら、ヘーゲルラカンの現実破壊性は、ジジェクの卓抜なヘーゲルである『厄介なる主体』を参照してもそれほど明確ではないし、最近のジジェクの旺盛なパウロ論やレーニン論と整合するとはとても思えない。別に悪いことではないが、ジジェクにしても、二人のジジェクがいるような気がする

週刊読書人』第2562号 2004/11/12

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/s/ky01/041112.htm

2014-10-23 モードの提携(あるいは定型)

マーシャルマクルーハン機械花嫁産業社会フォークロア』(訳:井坂学 竹内書店新社)

http://www.amazon.co.jp/dp/4803500401


マーシャルマクルーハン - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%B3

10+1 web site|磯崎新をどのように読み継ぐか──批評手法歴史をめぐって|テンプラスワン・ウェブサイト

浅田彰京都造形芸術大学教授)×岡粼乾二郎美術家批評家)×日埜直彦(建築家

http://10plus1.jp/monthly/2014/10/issue-01.php

ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハ - Wikipedia

ルートヴィヒ・アンドレアス・フォイエルバッハLudwig Andreas Feuerbach, 1804年7月28日 - 1872年9月13日)は、ドイツ哲学者青年ヘーゲル派の代表的存在である刑法学者のアンゼルムフォイエルバッハの四男。

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒヘーゲル哲学から出発し、のちに決別。唯物論的な立場から、特に当時のキリスト教に対して激しい批判を行った。また現世的な幸福を説くその思想は、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスらに多大な影響を与えた。マルクス観点から見た哲学史では、ヘーゲルマルクスの橋渡しをした人物としてその名を見ることができるが、近年[いつ?]のフォイエルバッハ研究では、マルクスには解消されないフォイエルバッハ独自の可能性が指摘されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F

青年ヘーゲル派 - Wikipedia

歴史は、1814年に成立したウィーン体制王政復古)から、1848年革命に到り、旧勢力(封建制社会)から新勢力(自由主義社会主義)へと転換した時期でもあった。 このように、青年ヘーゲル派の足跡は、この後にマルクス主義哲学と、実存主義哲学とに受け継がれていくこととなる。

青年ヘーゲル派の哲学者として、ダーフィト・シュトラウス、フォイエルバハ、ブルーノ・バウアー、マックス・シュティルナーなどがいるが、さらにこの青年ヘーゲル学派の影響下にあった人物としてカール・マルクスキルケゴールアナキストバクーニン詩人ハイネが挙げられるだろう。

ヘーゲル左派の詳しいメンバーは、ヘーゲル主義者の一覧#青年ヘーゲル派の項を参照されたい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%B9%B4%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB%E6%B4%BE


ヘーゲル主義者の一覧 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

Photography Unlimited by Susan Sontag | The New York Review of Books

JUNE 23, 1977 ISSUE

Such images are indeed able to usurp reality because a photograph is not only an image (as a painting is an image), an interpretation of the real; it is also a trace, something directly stenciled off the real, like a footprint or a death mask.

http://www.nybooks.com/articles/archives/1977/jun/23/photography-unlimited/

"Six Photographs": René Burri on Vimeo

https://vimeo.com/68146128

2014-10-22 「タイムトラベラー」by ノーター

2014-10-19 shall i stay and shall i go

shall i stay and shall i go


f:id:n-291:20141019133658j:image

ソースティン・ヴェブレン - Wikipedia

  • ヴェブレンの、自分が生きた時代への批判は、マルクスとは異なった視点からの現代産業社会への分析となっている。
  • 1899年の最初の著作『有閑階級の理論(The Theory of the Leisure Class)』では、いわゆる「金ぴか時代」(Gilded Age)の富豪たちの生活様式が人類学の言葉で説明され、彼らの邸宅・贅沢な調度品とパーティー・豪華な衣装は、野蛮人たちのポトラッチ・羽根飾り・狩猟・祭祀と同列に見なされている。ヴェブレンの超然とした記述は、客観的で抑制されているだけ、皮肉を鋭く感じさせる。この本が当時の読書界に反響をおこしたのは、『誇示的消費(衒示消費、Conspicuous Consumption)』『誇示的余暇(衒示余暇、Conspicuous Leisure)』『金銭的競争(Pecuniary Emulation)』『代行消費(Vicarious Consumption)』などの新奇で印象深い用語とともに、こうした特異な文体に負うところが大きい。さらにヴェブレンが「見せびらかし」と断じた奢侈や余暇は、悪趣味と怠惰の汚名をかぶり、アメリカであからさまには享受できなくなってしまった。
  • ヴェブレンは『営利企業の理論』(1904年)において、現代の産業を二分して分析している。すなわち、物を作る目的の産業(Industry)と、金儲けの手段としての営利企業(Busines)との二分である。ビジネスは産業を推進せずに、むしろ産業を侵食していくというのが、ヴェブレンの資本主義論である。
  • 『技術者と価格体制』(1921年)では、さらに進んで技術者の集団(Technocrat)のソヴィエトによって、生産を統制すべきであると主張した。社会資本は決して利潤追求の対象として市場の条件によって左右されてはならない。社会資本の各部門は、専門的知見にもとづき管理されなければならない。このような具体的な提言は、ヴェブレンの抱いていた急進的な改革思想をもっともよくあらわす。さらに、後のアドルフ・バーリやガーディナー・ミーンズによって採りあげられた「所有と経営の分離」の問題(1932年)が、すでにこの本で提出されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%B3


◇ ソースティン ヴェブレン『有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究』(訳:高哲男 ちくま学芸文庫

http://www.amazon.co.jp/dp/4480084169


◇ 有閑階級の理論 / ソースティン・ヴェブレン 著, 高 哲男 著 - 筑摩書房

この本の内容

制度の進化論的プロセスを記述して、ガルブレイスなどに大きな影響を及ぼし、現代の経済人類学・消費社会論的思考の先駆者業績ともなった、ヴェブレンの主著の画期的新訳。


この本の目次

第1章 序説

第2章 金銭的な競争心

第3章 顕示的閑暇

第4章 顕示的消費

第5章 生活様式の金銭的な標準

第6章 好みの金銭的な規準

第7章 金銭的な文化の表現としての衣装

第8章 産業からの免除と保守主義

第9章 古代的特質の保存

第10章 現代における武勇の存続

第11章 幸運を信じる心

第12章 信心深い儀式

第13章 競争心にもとづかない関心の存続

第14章 金銭的な文化の表現としての高等教育

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480084163/


◇ 橋本努・講義「経済思想」ヴェブレン「有閑階級の理論」

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Resume%20on%20Veblen%20Leisure%20Class.htm


◇ 有閑階級の理論

http://note.masm.jp/%CD%AD%B4%D7%B3%AC%B5%E9%A4%CE%CD%FD%CF%C0/

ジョン・ケネス・ガルブレイス - Wikipedia

ガルブレイスの著作は多くの経済学者にとって批判的議論の対象となっているといわれる。特に古典的自由主義の立場をとる者、あるいはオーストリア学派の流れを汲む者はガルブレイスの主張に反対し、その研究の正確性に疑問を提起している。

1952年に刊行された『アメリカ資本主義(邦題)』においてガルブレイスは、将来のアメリカ経済が三頭政治的、すなわち大企業、大規模労働組合および政府による支配を受けるであろうことを、大恐慌以前には大企業のみが経済に対する支配力を持っていたことと対比して論じている。

1958年に著された彼の最も有名なベストセラー『ゆたかな社会(邦題)』では、アメリカ経済が成功に向かうためには大規模な公共事業、例えば高速道路、教育といった分野への投資が必要になるであろうとの彼の考えを述べている。また生産者側の宣伝によって消費者の本来意識されない欲望がかき立てられるとする依存効果(dependence effect)を説き、また彼は、それまで疑われることのなかった前提、すなわち物質生産の持続的増大が経済的・社会的健全性の証である、とする考えに対して疑問を投げかけている。この立場から彼はしばしば、最初の脱物質主義者の一人と考えられている。この著作は(ガルブレイスケネディ大統領への影響力からみて)ケネディジョンソン両政権で実施された公共投資政策、いわゆる「貧困との戦い」に大きく貢献したと考えられている。

尚、同著書は大きな論争の的となり、リバータリアニズムの立場からは、アイン・ランドがこの著を評して「ガルブレイスが主張しているのは、中世の封建主義に過ぎない」と述べ、マレー・ロスバードが「(『ゆたかな社会』は)錯誤、ドグマ的前提、昔ながらのレトリック技法に満ち溢れ、そこには筋道立った議論は存在しない」と批評した。

1967年の『新しい産業国家』で彼は、アメリカにおいて完全競争の仮定に当てはまるような産業は実際には殆ど存在しないことを述べている。ガルブレイス自身は『ゆたかな社会』・『新しい産業国家』・『経済学と公共目的』を三部作と呼んでおり、ガルブレイス自身は『ゆたかな社会』および『新しい産業国家』を自己の最良の著作と考えている。

1977年の"The Age of Uncertainty"は英国では13回のBBCテレビドキュメンタリーになった。また邦訳の『不確実性の時代』は日本で1978年のベストセラーになった。『不確実性の時代』に対するマネタリストの反発は強く、特にミルトン・フリードマンの反論は激しかった。フリードマンテレビ番組選択の自由』を作成し、その著作もベストセラーとなった。フリードマンの『選択の自由』で示された政策は新保守主義の経済政策の支柱であり、英国のサッチャー政権や米国のレーガン政権において実施され、日本でも中曽根政権から小泉政権での「聖域なき構造改革」にいたる政策で実施された。『選択の自由』は影響力の点では一時的には『不確実性の時代』を凌ぐものとなったが、サブプライムローン問題に端を発する2008年の世界同時株安によってその評価は急落した。2008年のノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは、ネオケインジアンの立場から、「変動為替相場では、投機家の思惑が自己成就的な相場の変動を作り出し、変動為替相場が本質的に不安定である」ことを示し論争に終止符を打った。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B9

アドルノ、複製技術へのまなざし | 青弓社

目次

凡例

序論

第1章 「流行歌を叩き潰せ」

 1 流行歌とプロパガンダ

 2 文化産業──?類似性の殴打

 3 音符の起源

第2章 物象化と救済

 1 たがいに引き裂かれた半身

 2 暗号文字としてのオドラデク

 3 無声映画の身振り

 4 シヨック・哄笑・モンタージュ

第3章 複製技術時代のファンタスマゴリー

 1 ヴァーグナーの精神からの映画の誕生

 2 文化産業──?偶像崇拝

 3 ヒエログリフ文字としての映像

 4 中間休止──映像から文字へ

第4章 闘う映画音楽

 1 ハリウッドアドルノ

 2 〈ロックフェラー映画音楽プロジェクト

 3 ハンドルングの中断

 4 新たな機能と素材

 5 ウイット・幽霊・プラン

 6 文化産業にたいするゲリラ戦

補論1 啓蒙とプロパガンダの弁証法──一九四〇年代の社会研究所の大衆メディアとの取り組みをめぐって

 1 批判理論の戦時動員

 2 カウンタープロパガンダの勧め──アドルノのラジオ・プロパガンダ

 3 『ビロウ・ザ・サーフェイス』──ホルクハイマーによる実験映画計画

 4 終わりに──体制内での批判的実践

補論2 楽園の黄昏──戦後のアドルノ、アイスラー、ラング

 1 望まれぬ書物の運命

 2 カバとアナグマの友情

第5章 いかにテレビを見るか

 1 テレビ──アウシュヴイッツのあとの表象メディア

 2 ブラウン管の小人の男女

 3 反転した精神分析──テレビとファシズム

 4 テレビ視聴者への予防接種

第6章 解放された映画

 1 〈ニュー・ジャーマン・シネマ〉とアドルノ

 2 映像・自然美・文字

 3 イデオロギーモンタージュ

 4 幼年期の知覚の再生

参考文献

あとがき

http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-1042-5


◇ 新刊紹介 - 表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉

竹峰 義和

アドルノ、複製技術へのまなざし――〈知覚〉のアクチュアリティ』

青弓社、2007年07月


複製技術メディアをめぐるアドルノの理論と実践とが本書のテーマである。このテーマについては、すでに紋切り型となったアドルノ像がある。複製技術メディアを積極的に評価していたベンヤミンに対して、それを文化産業の手段として退けていたアドルノモダニズムに極まる「自律的な芸術」だけを認めていたアドルノ……。こうした紋切り型にアドルノが収まりはしないことを本書は明らかにしている。これまで広く読まれてきたテクストが改めて綿密に読解されるとともに、最近公刊され始めた新たな史料がその読解作業を支える。この極めて正統的な研究態度でもって本書が浮き彫りにしてゆくのは、徹底的な批判のなかに複製技術メディアの積極的な可能性を認めていたアドルノの姿であり、それも、ラジオ・映画・テレビのコンテンツ制作に実践的に関わるなかで自らの理論的省察を練り直し続けていたアドルノの姿である。思えば、これまで「アドルノが何を考えていたか」はよく論じられてきたが、「アドルノが何をしていたか」はあまり論じられてこなかった。先行するアドルノ研究の積み上げに基づきながら、アドルノの実践からその理論を再検討し、また逆にその理論から実践の意義を照らし出すこと、ここに本書の画期的な意義がある。さらに本書は、最後の二つの章で、いわば「アドルノ以後におけるアドルノの可能性」を描き出してさえいる。すなわち、アレクサンダー・クルーゲを中心とする「ニュー・ジャーマン・シネマ」の理論と実践とである。本書でアドルノ研究に新たな一歩をもたらした著者・竹峰が今後このテーマをどう展開してみせてくれるのか。本書を再読しながら、刮目して待ちたい。(清水一浩)

http://www.repre.org/repre/vol4/books/02.html


◇ 第2回研究発表集会報告:レクチャーセミナー - 表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉

レクチャーセミナー「現代文化理論の射程:竹峰義和『アドルノ、複製技術へのまなざし』を端緒に」


【著者】竹峰義和(埼玉工業大学・武蔵大学ほか非常勤)

コメンテーター】清水一浩(日本学術振興会特別研究員)・杉橋陽一(東京大学

【司会&コメンテーター】堀潤之(関西大学

http://www.repre.org/repre/vol5/meeting02/lecture.html


ハリウッドの精神からの全体主義の誕生──アドルノ「文化産業」論をめぐって (人間学ブログ NINGENGAKU Blog)

第3回 新潟哲学思想セミナー〔NiiPhiS〕


ハリウッドの精神からの全体主義の誕生

──アドルノ「文化産業」論をめぐって


講師: 竹峰 義和(日本大学法学部)


日時:2009年11月27日(金)18:15〜20:00

場所:新潟大学 五十嵐キャンパス

   人文社会科学系棟 F - 161


 ジャズやハリウッド映画を管理社会による大衆欺瞞の手段として容赦なく批判したアドルノの「文化産業」論は、エリート主義者によるポピュラー文化への侮蔑的反応として揶揄されてきた。だが、そこでアドルノが企図していたのは、実のところ「現代の野蛮」としてのファシズムという現象を、商品資本主義の必然的な帰結として説明することであった。とすれば、かつて全体主義を誕生させた諸条件は、〈アウシュヴィッツのあと〉の戦後社会でも、なおも密かに存続しているのではないだろうか。そして、現代においてもまた……。


 第3回新潟哲学思想セミナーでは、講師に、竹峰義和さんをお迎えします。竹峰さんは、新進気鋭のアドルノ研究者として一昨年著書を公刊した後(本書は日本独文学会賞受賞)、文学、思想、映画、音楽、メディア論等の諸分野で幅広く活躍されています。本セミナーでは、難解なアドルノの思想を「文化産業論」という切り口から分かりやすく入門レクチャーしていただくとともに、竹峰さんとの討議を深めることを通じて、アドルノ思想の新たな可能性を探ってみたいと思います。

http://www2.human.niigata-u.ac.jp/~mt/ningen/2009/11/post_42.php

文芸評論家・加藤弘一の書評ブログ : 『物の体系』 ボードリヤール (法政大学出版局)/『消費社会の神話と構造』 (紀伊国屋書店)

http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2013/05/post_347.html


ジャン・ボードリヤール - Wikipedia

ジャン・ボードリヤール(Jean Baudrillard, 1929年7月27日 - 2007年3月6日)は、フランスの哲学者、思想家である。『消費社会の神話と構造』(La Société de Consommation 1970)は現代思想に大きな影響を与えた。ポストモダンの代表的な思想家とされる。

1929年7月27日、マルヌ県ランスの小作農の家に生まれる。父親は下級官吏。

1948年、ソルボンヌ大学に入学。当初の専攻はドイツ語

1962年、フェリックス・ガタリとともにフランス中国人民協会を設立。このころより、カール・マルクスベルトルト・ブレヒトの翻訳を発表する。

1966年、博士号を取得。博士論文は『物の体系』で、審査員はロラン・バルトピエール・ブルデューアンリ・ルフェーブル。パリ大学ナンテール校でルフェーブルの助手となる。その後、『対象のシステム』を発表し、フェルディナン・ド・ソシュールの記号論を「貨幣は一定の諸機能においてそれ自身のたんなる記号によって置き換える事が出来る」と言ったマルクスの価値理論に取り入れた画期的な視点で脚光を浴びる。

1977年、『誘惑論序説――フーコーを忘れよう』を発表。ミッシェルフーコーの怒りを買う。

1986年、ナンテール教授を辞任。

2007年3月6日、パリの自宅で死去。77歳。

大量消費時代を迎え、商品が使用価値としてだけでなく、記号として立ち現れることを説いた。アラン・ソーカルらによって、数学・科学用語を不適切に使用しているとの批判を受ける(→ソーカル事件参照)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%BC%E3%83%AB

社会学感覚16消費社会論 - ソキウス(Socius)

http://www.socius.jp/lec/16.html

顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面 - CiNii 論文

顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面

Conspicuous Consumption and Simulacra : One Section of Semiotic Consumer Theory

白石 哲郎

SHIRAISHI Tetsurou

現代のモノは,ライフスタイル社会的地位といった「コノテーション(connotation)」の誇示によって自己を他者と差異化する「差異表示記号」として,あらゆる社会的階級に消費されている。他者への優越を志向する「顕示的消費(conspicuous consumption)」の民主化は,資本主義的生産様式の漸進に伴って進展してきた。本稿では,ジャン・ボードリヤールによる「シミュラークル(simulacra)」の変遷に関する議論と,フレドリック・ジェイムソンによる資本主義生産様式の発展段階の三類型とを相関させながら,近代以降の顕示的消費の歴史過程を明らかにする。また,このアプローチを足掛かりとして,コードの潜在化とその強制的な読解という現代における記号の政治的機能が,記号消費社会特有の文化的病理にどのように関与しているのかについて考察する。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007974688


◇ 白石哲郎 - BAKER(佛教大学論文目録リポジトリ)検索結果一覧画面

ふたつの記号理論と文化の社会学に関する試論 I

An essay on two semiotics and the sociology of culture I

白石哲郎

佛大社会学 ( 36 ) 2012年03月25日


グローバル社会における「文化的なもの」の共時性

Synchronicity of the cultural on a Global Society

白石哲郎

佛大社会学 ( 35 ) 2011年03月25日


記号消費社会の特性

Symbolic Character of the Consumer Society

白石哲郎

佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 39 ) 2011年03月01日


シミュラークルグローバル

Globality of Simulacra

白石哲郎

佛大社会学 ( 34 ) 2010年03月25日


顕示的消費とシミュラークル : 記号消費論の一断面

Conspicuous Consumption and Simulacra : One Section of Semiotic Consumer Theory

白石哲郎

佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 38 ) 2010年03月01日


モノの記号性の近代史

The Modern history of semiotic on commdity

白石哲郎

佛大社会学 ( 33 ) 2009年03月25日


ハイパー現実とイメージ消費のグローバル化

Hyper-Reality and the Globalization of Image Consumption

白石哲郎

佛教大学大学院紀要. 社会学研究科篇 ( 37 ) 2009年03月01日


グローバル化の時代における文化概念

Cultural concept in the Glovbalization Era

白石哲郎

佛大社会学 ( 32 ) 2008年03月25日


グローバル化のなかの文化

白石哲郎

佛教大學大學院紀要 ( 36 ) 2008年03月01日

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/search-G0000019ronshu?q=&author=%E7%99%BD%E7%9F%B3%E5%93%B2%E9%83%8E&count=20


◇ 記号消費社会の特性 白石哲郎

 ジャン・ボードリヤールは物を言語的な存在,すなわち「記号(signe)」と捉え,フェルデ

ィナン・ド・ソシュールを祖とする「文化記号論(Cultural Semiotics)」の知見に依拠して

消費社会を体系的に分析した代表的な社会学者としても知られている。本稿では,ボードリヤ

ールの消費社会論にただ準拠するだけでなく,消費現象の研鑽に先鞭をつけた理論家や記号論

者の思想とも交差させながら,現代という記号消費社会の特性を体系的に論考していく。

啓蒙思想に支えられて近代国民社会が成熟していくなかで,物が生存を維持するための必要

性という合目的的な論理を超越して,「地位」や「個性」という「社会的な意味」(Baudrillard

1970=1995 : 95)を表現する記号として消費されるようになってきた。このような生産至上

主義社会から消費社会への変化という脈絡についてボードリヤールは,「かつての製鉄業(メ

タリュジー)は,今では記号製造業(セミユルジー)となった」(Baudrillard 1976=1992 :

185)と形容している。本論に入る前に確認しておきたいが,記号とは曖昧なかたちで濫用し

てはならない「学術用語」である。ボードリヤールが物を記号と見做すとき,「物品さえもが,

何かを意味するなら,ことばとなれる」(Barthes 1957=1967 : 142)と道破したロラン・バ

ルトの「記号学(sémiology)」に倣って,基本的には「記号表現(signifiant)」(物の外形部

分である色・かたち・デザイン・付属品・ブランドアイコン)と「記号内容(signifié)」(物

の意味内容である地位・個性)の「連合的総体」(Barthes)を指示していると考えられる。

ボードリヤールは,「物はもはやはっきりと規定された機能や欲求にはまったく結びついて

いない」(Baudrillard 1970=1995 : 93)と指摘し,その「記号性」(所有されることによっ

て,ある実在およびその表象を表現する性質)に焦点を当てる。後期近代の大衆は,機能(使

用価値)と直結した「道具」としてではなく,「理想的な準拠としてとらえられた自己の集団

への所属を示すために,あるいはより高い地位の集団をめざして……自分を他者と区別する記

号として(最も広い意味での)物を常に操作している」(Baudrillard 1970=1995 : 68)ので

ある。

 ただ,「物の機能からの解放」,つまり「物の記号性」という視座は,ボードリヤール以前に

ヴァルター・ベンヤミンとソースティン・ヴェブレンが既に提示していたものである。

http://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DS/0039/DS00390L001.pdf

The Great Family of Man [plus excerpts from Myth Today] From Mythologies, Roland Barthes 1957

http://www.arts.ucsb.edu/faculty/budgett/classes/art19/familyman.pdf


Roland Barthes: Mythologies - Art History Unstuffed – Art/History/Criticism/Theory

http://www.arthistoryunstuffed.com/roland-barthes-mythologies/

ベンヤミン「翻訳者の使命」を読みなおす(1)――「常識的な翻訳観を疑う」 - 翻訳論その他

http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20121009/1349762903


ベンヤミン「翻訳者の使命」を読みなおす(2)――ウィトゲンシュタインの中動態 - 翻訳論その他

http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20121022/1350885571


ベンヤミン「翻訳者の使命」を読みなおす(3)――パンの件 - 翻訳論その他

http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20130124/1358994620


◇ 誤訳は何故なくならないのか――ポール・ド・マンジャック・デリダヴァルター・ベンヤミン山城むつみの交点 - 翻訳論その他

http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20110116/1295160616

技術者の倫理と技術の倫理 −ラングドン・ウィナーを出発点として−: Nagoya Institute of Technology Repository System

タイトル : 技術者の倫理と技術の倫理 −ラングドン・ウィナーを出発点として−

タイトル : Engineers' Ethics or Engineering Ethics? A Critical Analysis of Langdon Winner's View

著者 : 中島, 秀人

著者別名 : Nakajima, Hideto

作成日 : 2008-12-25

要約(Abstract) : 本稿では、ラングドン・ウィナーの「人工物の政治」という観点を批判的に発展させ、「技術者倫理」が「技術倫理」へとさらに展開されるべきことを論じる。古代において、プラトンアリストテレスは技術と政治を相関するものと捉えた。だが、産業革命期にこの視点は失われ、技術、そして科学技術が人間を支配する傾向が生じた。さらに、冷戦によりリニア・モデルが優勢になると、人工物は必然的な知識としての科学の成果であるという理解がなされた。しかし、1980年代以降、リニア・モデルの限界が理解され始めた。近年では、科学を担う科学者だけでなく、技術者の役割の重要性が認知されるようになった。このような変化は、作られた人工物の社会的影響だけでなく、どのような人工物を作り出すのかを倫理的に検討する条件を生み出している。

http://repo.lib.nitech.ac.jp/handle/123456789/3680


◇ ラングドン・ウィナー 「サイバーリバタリアニズム神話と共同体の展望」 - 『情報倫理学研究資料集 II』

http://www.fine.bun.kyoto-u.ac.jp/tr2/hayashi.html


◇ 1448夜『鯨と原子炉』ラングトン・ウィナー|松岡正剛の千夜千冊

http://1000ya.isis.ne.jp/1448.html


◇ 書評:鯨と原子炉 - 林真理 Web Page

http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~ft12153/doc/whale.htm


◇ ラングドン・ウィナー『鯨と原子炉:技術の限界を求めて』紀伊国屋書店、2000. - Cerebral secreta: 某科学史家の冒言録

http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/20090403/p4


Amazon.co.jp: 鯨と原子炉―技術の限界を求めて: ラングドン ウィナー, Langdon Winner, 吉岡 斉, 若松 征男: 本

内容紹介

The questions he poses about the relationship between technical change and political power are pressing ones that can no longer be ignored, and identifying them is perhaps the most a nascent 'philosophy of technology' can expect to achieve at the present time.--David Dickson, New York Times Book Review The Whale and the Reactor is the philosopher's equivalent of superb public history. In its pages an analytically trained mind confronts some of the most pressing political issues of our day.--Ruth Schwartz Cowan, Isis

内容(「BOOK」データベースより)

原子炉に代表される暴走するテクノロジーの発展は止めようがないのか。私たちはいかなる技術的世界を創造しようというのか。著者は技術に絶対の信頼を置く「技術的夢遊病」からの脱却を求め、技術文明のあり方についてはさまざまな選択肢があることを問いかけ、その選択決定のための「技術の政治哲学」の構築をはかろうとする。といっても、著者はいわゆる自然論者の立場ではない。技術と人間の未来をめぐる二十世紀のさまざまな思想・思想家たち、運動や流行を批判的に検証し、技術を論じる際によく使われる「利害得失」「効果・効率」「自然」「リスク」などの概念に、重大な落とし穴が潜んでいることを解き明かす。


内容(「MARC」データベースより)

技術に「NO!」と言えるための哲学の構築を。技術に絶対の信頼を置く技術的夢遊病からの脱却を求め、適正技術運動や自然・リスク・価値などに関する技術論議に潜む重大な落とし穴を指摘する。

http://www.amazon.co.jp/%E9%AF%A8%E3%81%A8%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89%E2%80%95%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%81%AE%E9%99%90%E7%95%8C%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%A6-%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%89%E3%83%B3-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%BC/dp/product-description/4314008172/

Cerebral secreta: 某科学史家の冒言録

http://d.hatena.ne.jp/kenjiito/


◎ 科学史家・伊藤憲二の仮想研究室 - 科学史、技術史、STS、ゲーム研究、その他の事

http://kenjiito.org/xoops_jp/

JOSHIBI CATP BLOG: 芸術表象論特講#16

西村さんは、映像や現代美術の評論を執筆されています。最近は、アニメーションの論文を執筆されたりしているそうです。

今回のレクチャーでは、「日本におけるアニメーションの概念」というテーマでお話してくださいました。

現在では当たり前のように使っている「アニメーション」という言葉ですが、日本で使われるようになったのは、おおよそ1960年代以降からでした。では、それ以前にアニメーションがなかったのかというと、そういうことではなく、アニメーションに該当する作品は存在しました。呼び方も別の言葉を使用していたのですが、アニメーションという言葉が使われないということは、その概念がないのと同じことです。

つまり簡単に言ってしまえば、戦前と戦後では価値観が違っているということなのです。

1960年代アニメーションという言葉が使われだしたとき、それは何を指していたのか。森卓也『アニメーション入門』(1966)では、アニメーションとはコマ撮りによって作られた映画であると規定されています。それがこの時代に定着したアニメーションの概念でした。

そもそも、アニメーションはいつからあるのでしょうか。これには2つの考え方があるそうです。

ひとつは、エミール・レイノー「テアトル・オプティーク」(フランス、1882)からとする考え方と、もうひとつはスチュワートブラックトン「愉快な百面相」(アメリカ、1906)からとする考え方です。エミール・レイノーからとすると、アニメーションは映画よりも早く誕生したことになります(映画は、リミュエール兄弟が1885年に発明しました)。となると、スチュワートブラックトンが最初という捉え方になりますが・・・。この「愉快な百面相」は1907年に日本へ「奇妙なるボールト」というタイトルで入ってきました。日本はかなり早い時期、ほとんど同時代的に欧米のアニメーションが入ってきます。

初期のアニメーションは、舞台上で実際に絵を描いていく「ライトニング・スケッチ」の延長からきており、スチュワートが実際にトーマス・エジソンの似顔絵をスケッチしている映像を見せていただきました。

「愉快な百面相」は、黒板にチョークで描いているのをコマ撮りしたものです。切り絵なども用いて、動きをつけました。

漫画絵のようなアニメーションよりも先に、実写によるアニメーションの方がさかんに公開されていました。漫画のアニメーションで日本に最初に入ってきたのは、エミール・コール「The Musical Maniacs」(フランス、1910)でした。この作品は「凸坊新画帖」というタイトルで公開されました。ちなみに、タイトルは内容と関係ないそうです。その後に公開されたC・アームストロング「Isn't Wonderful?」(アメリカ、1914)も「凸坊の新画帖」というタイトルで、漫画アニメを公開する際にこのタイトルで公開することが一般化してしまったそうです。一度話題になると、同じ名前を使ったりする発想からきているようですが、制作された国や作家が違っていても全て同じタイトルなので、区別をつけるときは、サブタイトルに例えば「悪戯小僧の巻」と入れて変化を付けていました。「凸坊」とか「新画帖」だけでも漫画アニメであるということになり、また当時は漫画と言えば喜劇ものだったので線画喜劇とも言ったそうです。

他に、人形映画というのもありました。1930年に公開されたラディスラス・スタレビッチ「魔法の時計」(フランス、1930年)は、当時評判になった人形映画です。この作家の「カメラマンの逆襲」という作品を実際に見せていただきました。ラディスラス・スタレビッチが手掛ける映像に出演しているのは虫ですが、社会風刺の作品も多かったそうです。手法としては現代で言うクレイアニメに似ている気がしました。

http://joshibi-catp.blogspot.jp/2014/10/16.html


◎ 西村智弘ウェブサイト

http://nishimuratomohiro.web.fc2.com/

ロジカル・エモーション―日本現代美術展 日本・スイス国交樹立150周年記念 - 国際交流基金

ロジカル・エモーション―日本現代美術展

日本・スイス国交樹立150周年記念

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、日本・スイス国交樹立150周年を記念し、両国キュレーターによる共同企画「ロジカル・エモーション」展を開催します。10月よりハウス・コンストルクティヴ美術館(スイス、チューリッヒ)で開催され、その後ポーランド、ドイツへの巡回を予定しています。


13名の美術家、建築家、デザイナーが参加する本展では、会場にあわせて制作される新作や大型インスタレーションを含む80点を超える作品により構成します。「ロジカル・エモーション」という一見矛盾したタイトルの下で、論理的な要素と情動的な要素とを内在する作品をジャンル横断的に展示することにより、日本の現代美術の新たな側面を紹介します。

スイス

会期 2014年10月2日(木曜日)〜2015年1月11日(日曜日)

会場 ハウス・コンストルクティヴ美術館(Museum Haus Konstruktiv, Zurich)


ポーランド

会期 2015年2月12日(木曜日)〜4月26日(日曜日)

会場 クラコフ現代美術館(Museum of Contemporary Art in Krakow MOCAK)


ドイツ

会期 2015年5月22日(金曜日)〜7月26日(日曜日)

会場 ザクセンアンハルト州立美術館(Kunstmuseum Moritzburg Halle (Saale))


キュレーター 保坂健二朗(東京国立近代美術館主任研究員)、サビーネ・シャシュル (ハウス・コンストルクティヴ美術館ディレクター


主催 国際交流基金、開催会場美術館


スイス展協賛 スイス インターナショナル エアライン


スイス展協力 Culturescapes


参加作家 青木野枝、池田亮司、榎倉康二、金氏徹平、草間彌生、杉戸洋、服部一成、平田晃久、松江泰治、見附正康、宮島達男、横山裕一、渡辺豪

http://www.jpf.go.jp/j/culture/j_sw_2014/1409/09-01.html

Crash: Homage to JG Ballard | Gagosian Gallery | Artsy

Feb. 11th – Apr. 1st 2010

London, 6-24 Britannia Street

https://artsy.net/show/gagosian-gallery-crash-homage-to-jg-ballard

Artistes :: Cyprien Gaillard :: Portfolio - Bugada & Cargnel

http://www.bugadacargnel.com/en/pages/artistes.php?name=6564&page=portfolio


◇ Cyprien Gaillard - Works - Gladstone Gallery

http://www.gladstonegallery.com/artist/cyprien-gaillard/


◇ Sprueth Magers :: Artists :: Cyprien Gaillard

http://www.spruethmagers.com/artists/cyprien_gaillard


※過去のCyprien Gaillard関連

http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=Cyprien%20Gaillard

Sarah Charlesworth: Stills | The Art Institute of Chicago

http://www.artic.edu/exhibition/sarah-charlesworth-stills


※過去のSarah Charlesworth関連

http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=Sarah%20Charlesworth%20

A Brief History Of Modern Architecture Through Movies - Architizer

Just visiting the new Architizer for the first time? Feeling a little lost in the architectural references: Art Deco, Modernism, Parametric? We may have a fun and easy solution for you, especially if you're a film buff. For your architectural edification and enjoyment we've gathered all the motion pictures that help exemplify modern architectural styles—from the turn-of-the-century Art Nouveau all the way to today's digital designs. So grab your popcorn and check out our list below.

http://architizer.com/blog/history-of-modern-architecture-through-movies/

http://d.hatena.ne.jp/nakaii/20110116/1295160616

1998-5 - Keizo Hori's Home Page(in Japanese)

counter: (1998/8/25から)

筒井康隆文学部唯野教授岩波書店(1990) 書評とは

T.イーグルトン『 新版 文学とは何か−現代批評理論への招待−』岩波書店(1997) ポストモダン

マイクル・ヤング(窪田・山元訳)『メリトクラシー』至誠堂(1982) 能力主義社会のいきつく先

小谷敏『若者たちの変貌−世代をめぐる社会学物語』世界思想社(1998) 社会環境と若者の各世代の心の習慣(心性)

山口勧編著『社会心理学−アジア的視点から』3訂版 放送大学振興会(1998) 文化と心理過程(心性)

草場安子『現代フランス情報辞典−キーワードで読むフランス社会』大修館書店(1998) フランス事情

http://fourier.ec.kagawa-u.ac.jp/~hori/books/1998_5.html

日本小説技術史 渡部直己 2012.12.21. - HirooMikes

著者 渡部直己 1952年東京生まれ。 早大文学学術院教授

発行日 2012.9.30. 発行

発行所 新潮社

初出 2007.12.〜2011.12.各6月号と12月号 『新潮』

小説を、個人的な思い込みや既成の風評にしたがって読むのではなく、書かれた文章を徹底的に読み込んだ上で、作家の無意識の領域にまで想像力を馳せていく著者が、馬琴から逍遥、紅葉、二葉亭、鴎外、一葉、藤村、漱石、秋声、芥川、谷崎、横光、尾崎翠たちの代表作を、「技術」の視点から論じた、日本文芸評論の記念碑的大作。

http://hiroomikes20120501.blogspot.jp/2012/12/20121221.html

山端庸介 - Wikipedia

山端 庸介(やまはた ようすけ、1917年8月6日 - 1966年4月18日)は日本の写真家、従軍カメラマン法政大学中退。英領シンガポール生まれ。

長崎市への原子爆弾投下直後の1945年8月10日に市内へ入り、被害の状況を撮影した。

1955年 - ニューヨーク近代美術館で開催された写真展「ザ・ファミリー・オブ・マン」に山端の原爆写真「おにぎりを持つ少年」が展示される。

同展は翌年日本の会場でも開催されるが、山端はニューヨークで展示したものとは別の、黒焦げになった少年の死体写真を引き延ばしたものを展示したため、昭和天皇の参観に際し主催者が同作品をカーテンで覆い数日後には撤去され、名取洋之助らが抗議した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%AB%AF%E5%BA%B8%E4%BB%8B


◇ 第44回例会レビュー : 写真研究会

「写真と語り:「人間家族」展(1955年)における原水爆写真の展示を巡って」というタイトルの報告でした。最初に、土山さんの博士論文の構成が示され、その第二章「1956年・東京展「ザ・ファミリー・オブ・マン、われらみな人間家族」を中心に報告がありました。

ここで、今までの写真研究会での土山さんの報告を簡単にふりかえっておくと、一作年は、現在では冷戦期のアメリカの文化戦略として(批判的に)位置づけられるようになったスタイケンの「人間家族=The Family of Man」展を、ロシア・アヴァンギャルドバウハウスの展示デザインの思想の継承という観点から捉え直そうという報告でした。報道写真を美術館で展示し、写真パネルをインスタレーションとして観客に体験させるという彼の展示方法が、当時にあっては画期的なものだったということが、よくわかりました。

昨年は1956年の東京高島屋の展示と山端庸介の被爆写真撤去事件についての報告でした。丹下健三が会場を設計し、河野鷹司がカタログをつくり、木村伊兵衛や渡辺義雄、金丸重鎮が関わった日本側の顔ぶれは、いわば戦前日本のモダニズムが戦争の時代を通過して戦後までつながっている証しとしても興味深かったのですが、会場を訪れた昭和天皇の目から山端庸介の被爆写真がカーテンで隠された事件についても、同時代のメディアの反応などを中心に詳細に紹介されました。

今年は、以上の報告を綜合しながら、昭和天皇の来場は当時のアメリカ大使アリソンの招待だったこと、その際に大使の側から被爆写真の存在が問題とされたことなど、新たに調査された事実を踏まえて問題が整理されました。

NY展では「戦争と顔」のセクションに「おにぎりをもつ少年」の顔が他の人物の顔と一緒にレイアウトされて(つまり原爆被害という特定の文脈から切り離され)展示され、最後の部屋には水爆実験のきのこ雲がカラー写真で展示されたのに対して、東京展では原爆の表現については日本側に編集権が委ねられ、その結果が長崎の原子野の写真だったそうです。また、水爆実験の写真が展示されなかったのは、1954年の第五福竜丸被災事件を契機に日本で原水爆禁止運動が盛り上がったという時代背景があったのではないか、こうした展示の差異はすなわち日米の原爆認識の差異を示すのではないかと指摘されました。

写真撤去事件については、従来は天皇に対する日本側の自粛という語りがなされてきたのに対して、土山さんはアメリカ大使への配慮(どちらも「自粛」し,「配慮」したのは、最終的には企画の日本経済新聞社)という日米関係の視点を打ち出したように思われました。当時にあっては写真家の著作権よりも強い編集権をもっていたスタイケンの意志で、山端の写真はスタイケンの意図した物語の文脈(ヒューマニズムにもとづく普遍的な人類の物語)にふさわしくないものとされ、また日本側実行委員会からも「あの長崎の被災写真は、事実としての興味が強すぎて、他の写真とくらべてみると、その表現が調和していない・・・ことを感じるようになった」(渡辺義雄「天皇陛下に関係はない」『サンケイカメラ』)といった発言がなされたそうです。

この問題については、報告後にもいろいろと発言や質問がつづきました。戦後の日米関係と両者の原爆認識の相違、スタイケンの「人間家族」の意図、そして日本における天皇への過剰反応、これらは別々のものではなくて、相互に関わっているのだという視点が必要なのかもしれません。

また、同時代にあっては「人間家族」展は必ずしも冷戦の片方の側のプロパガンダとみなされていたわけではなく(そうした批評自体が、ポスト冷戦の時代の産物といえるでしょう)、また、そうした批判を含めてそれでも今なお、多くの人びとが「人間家族」の写真を見つづけている(美術館の売店には写真集が置かれ、いまだに増刷されている)ことの意味をどう考えるかという質問が出されました。これは、なぜ「人間家族」をとりあげるのかという、土山さんの最初のモチーフと重なるものかも知れませんね。

他にも、1950年代の巡回展、現在のルクセンブルグでの保存展示、1990年代の巡回展、縮小版、簡易版等についてのプリントの違いが話題になりました。ここら辺は写真を専門としない私としては、なるほどそういう問題もあるのかと興味深く拝聴しました。


*     *     *

以上が大ざっぱなまとめですが、蛇足ながら、私の個人的な関心を二つほど付け加えます。

一つは、土山さんが、山端庸介の父・祥玉のG.T.SUN商会の戦中の大壁画「撃ちてし止まん」の制作などについても紹介、またアラン・レネの「ヒロシマ・モナムール」での山端庸介の写真の引用などを例に挙げられたことに関して。山端祥玉・庸介とつづく写真史のなかでの位置づけについて考えさせられ、そして、山端の写真を、恐らくは最も有名な原爆の表象の一つとして改めて捉え返す、つまり写真という枠組みを越えて捉え返すことの必要性を感じました。

私は原民喜の「夏の花」を読むたびに、まるで網膜→脳に焼きついた惨劇の様を記録したような、作者自身がカメラと化したような文章だと思わずにはいられないのですが、昨日、また読み返していたら被爆翌朝の光景についての一節が目に留まりました。

「・・・常磐橋まで来ると、兵隊は疲れはて、もう一歩も歩けないから置き去りにしてくれという。そこで私は彼と別れ、一人で饒津(にぎつ)公園の方へ進んだ。ところどころ崩れたままで焼け残っている家屋もあったが、至る処、光の爪跡が印されているようであった」(岩波文庫判92頁)。

ああ、原爆は写真だったんだ・・・と改めて思ったことです。

もう一つは、以前から気になっていたテッサ・モーリス・スズキさんの「おにぎりを持つ少年」の写真について次のような指摘です。

「・・・おそらく放射能のせいだろう、損傷を受けている。・・・フィルムに影が入って下のほうがぼやけていることが、いっそう暗い雰囲気をかもしている。・・・フィルムに焼け焦げのような小さな傷がついている。そこで、これらの写真を展示するにあたっては、現在の技術を使ってこうした傷を”修正”すべきか否か、あるいは、どこまでそうすべきか・・・修復すれば、山端が見た通りに見ることになるのだろうか?それとも、影や焼け焦げそのものがこの写真固有のリアリティの一部なのか(以下略)」(『過去は死なない』岩波書店、2004年、110頁)。

そしてテッサさん自身は、影が写り込み、傷がついた修復前の山端の写真を、同書に掲載しています。

私自身は写真の技術的なことについては全く理解が不十分なので、テッサさんのこの文章を、<山端の写真に写り込んだ放射能の痕跡こそが重要なのだ、そこ

にこれらの写真の「真性性」があるのだから、安易に修復にたよってはいけないという意味なのかしら。でも、何だか変な気もするな>と漠然と思っていたの

でした(自分の本では「父が見たままの情景が甦った」とご子息の祥吾さんが言う修復版を使ったので、なおさら、ずっと引っかかってきました)。

今回、金子先生に、この影は単に撮影した状況の中で何かが写り込んだか、シャッターの送り、フィルム自体の問題(効果)、ネガの劣化の問題として捉えるべきだと言う指摘を受けて、すっきりとするとともに、写真を論じるということの技術的な側面の重要性と、何をオリジナルと考えるかという問題についてもあらためて考えさせられましたありがとうございます

http://shashinken.exblog.jp/i6

東日本大震災もあってか、次回開催のメールもまわってこなくなっていますが、その後どうなっているんでしょうか?会は自然消滅?


◇ 『人間家族(ファミリー・オブ・マン)』展の日本における受容

犬伏雅一

教授

芸術計画学科

平成 24 年度

 日本における受容問題を考察するにあたり、ま

ずは『人間家族』展が周知のごとく政治性を帯び

ていたという主張の中身を概括しておく。表層的

ヒューマニズム賛歌を掲げる『人間家族』展は、

第二次世界大戦後、すでに、本格的な冷戦が始まっ

て久しい 50 年代半ばにニューヨーク近代美術館

の当時の写真部長であるエドワード・スタイケン

によって企画、実現された。1955 年に展覧会が

開催されて世界に向かって巡回していく。この展

覧会そのもの、そしてその世界巡回展のサポート

には、財政面では米国の大企業が絡んでいる。た

とえば、コカ・コーラ社である。販促効果醸成

を狙った協力であることは自明であろう。また、

ニューヨーク近代美術館ロックフェラー家の大

きな影響下にあり、資本の論理が関与している

ことも見やすい。さらに、USIA(United States

Information Agency)という対外文化政策機関が

世界巡回の推進に能動的に加わっている。例えば、

アメリカ展の後、直ちにいまだ壁のないベルリン

での展覧会が実施されており、同展の開催は、当

然ながら東独市民を展覧会場へ誘導して米国の文

化的価値の普遍性と優位性をアピールしようとす

る対ソ文化戦の一環である。

 報告者は、日本における主催者の中心に位置

する日本経済新聞の記事、また、当時の主要な

写真雑誌の記事等をまずは足掛かりにして、受

容の分析に取り組んだ。その過程で、京都、大阪、

名古屋、広島、福岡などでの同展の開催が地元

紙などでどのように論じられたのかの言説分析

を継続的に実施した。この作業のなかから受容

の実相が次第に読み取られてきた。多くの場合、

ロラン・バルトのような反応は皆無であり、い

わばスタイケンの意に即して展覧会は解釈受容

されている。その無批判な態度にいささか呆れ

てしまうのであるが、そうした思いで受容言説

を追跡している過程で、同展の政治性について、

いっそう重層的にアプローチすることの必要性

を痛感させられる事実に気づいたのである。お

そらくそれは受容分析にもフィードバックする

はずである。福岡でのマイクロフィルムによる

調査で同展関係の記事を探査中に、この展覧会

と並行して開催されている『原子力平和利用博

覧会』(1956 年、7 月 6 日、福岡市因幡町福岡ス

ポーツセンター会場)に遭遇したのである。『人

間家族』展が原爆写真の展示、加えて昭和天皇

会場訪問に際しての同写真の展示をめぐりいろ

いろな議論を惹起してきたが、この展覧会を布

置せしめるべきコンテクストの中に原子力平和

利用のキャンペーンが組み込まれていたことに

我々は気づかなかったのではないかと思う。そ

の推進者は、USIS(USIA の海外での活動名称)、

福岡県、福岡市教育委員会西日本新聞社、後

援には、内閣原子力委員会科学技術庁、福岡

県 PTA 連絡協議会、九州電力が名を連ねている。

 USIS、つまりは USIA の対外宣伝性、しかも、

アメリカにとって、この時点において、事実上

疑似支配地域である日本におけるこの博覧会が

『人間家族』展と抱き合わせに推進されているこ

と、また、その後援に資本と政府機関のみでなく、

地方自治体に加えてメディアや PTA が絡んでい

る事実をどのように考察するかは、受容分析の

前提に波及する、政治性の異なった位相の存在

を示唆している。

http://www.osaka-geidai.ac.jp/geidai/research/tsukamoto/pdf/report/2012_17.pdf


デモクラシーの写真、写真のデモクラシー : 〈here is new york〉展と〈The Family of Man〉展を中心に (アメリカン・セルフ・イメージ) 日高 優

Photographs of Democracy, Democracy of Photographs : Focusing on here is new york Exhibition and The Family of Man Exhibition (American Self Image) Hidaka Yu

https://www.rikkyo.ac.jp/research/laboratory/IAS/ras/26/hidaka.pdf


ヴィクター・バーギン:Burgin art,commonsense,photography - photographology

 ベルトルト・ブレヒトはカメラを政治的には欠陥のある道具とみなしていた。彼が指摘するには、1枚の工場の写真は、そこで働いている人々の生活を支配している経済的諸力について何も語ってはくれない。ロラン・バルトは、『人間家族』展を論評する際に同様の指摘をしている。たしかに全世界において赤ん坊が生まれて母親が養育をしている、しかしその写真は、その子の生存率や出産後の母の死亡率について何も語ってはくれないのである。

 そうした論者――目立ったところではヴァルター・ベンヤミンを含めた――は、言語自体が政治的に特定の陳述を行なうためにもっとも巧く調整される道具であるのだから、写真はテクストに仕えることができるだけであると結論づけている。この想定は正しいのではあるが、結論のほうは、必ずしもそこから引き出されてくるとはかぎらない。「大人間家族」というエッセイで、バルトは写真が政治的な陳述を行なうことができないという点を非難しているが、同じエッセイの中で彼はその展覧会のことをまさにそうした(神秘化する)政治的陳述を行なっているという理由で非難しているのであるのである。

 スイスの養育院で母の胸に抱かれた赤ん坊の写真は、インドの田舎の村にいる母と子どもという人物像から同様のしかたで構成された写真の隣に置かれるかもしれない。一方で貧困を示し、他方で特権的な生活を示す明瞭な記号は存在しないとすれば、この2つのイメージはどちらも「母とその赤ん坊はどこにおいても同じである」ということを言っていることになるであろう。そうした独りよがりに人々を安心させるメッセージが、実際のところ『人間家族』展によって伝えられていたのである。キャプション、展覧会のタイトルが主に、すでに言われていたことを強調するのに役立っていたのである。この場合では、テクストが写真に仕えているのである。

 ここではイデオロギー的内容が形式的な工夫によって生み出されている。「母性の条件は、世界中で同じものである」というメッセージは、これらの写真のどちらかのみによっては容易に伝えることはできなかったであろう。2つの写真の並置のみがそうした内容を、これほどの明瞭さと目にされる自然の真実の直接性をともなって、生み出しているのである。このメッセージイデオロギー的であるのは、たんにそれが述べていることが間違っているからというだけではない――たんに取り違えられているということは必ずしも虚偽意識の状態にあるということではない――、それがイデオロギー的であるのは、それが、「そこに投入されたある特定の利益関心に役立つように」世界の現実的な物質的条件を誤って表象している〔misrepresent〕からである。

 私たちは「形式」と「内容」という別々の語を有しているから、それらがまったく異なる経験の領域を表していると思い込む方向へと誤って導かれがちである。しかし、形式なくしては内容はなく、内容を形作ることのない形式は存在しないのである。「芸術家」と「活動家」は、どちらも言語によって私たちに与えられた世界像によって誤って導かれているという点で、同様に同じ美的イデオロギーに住まっている。芸術家は、自分たちがまったく内容の無い純粋な形式の世界を提示することができると思い込み、活動家は、形式的な考察に関わりなく圧倒的に迫ってくる「真実」の自律的な力を信じ込んでいる。もし私たちが写真家の「言っている」ことに携わるなら、写真が何事かを言うことを可能にしているさまざまな工夫――目立たぬまま通り過ぎるほど私たちにはなじみの工夫――を検討することは私たちには甲斐のあることであろう。

http://homepage1.nifty.com/osamumaekawa/Burginartcommon.htm

Burgin:ThinkingPhotography, Introduction - photographology

 1930年代の始めにはソヴィエトの社会主義的フォーマリズムへの知的、芸術的熱狂がすっかり抑圧されてしまうのだが、それでもなお、この時期のこれら諸概念は、西欧で継続して展開された。1960年代フランスの「構造主義」の開花は、東からのこの知的潮流から広く滋養を得ている(少なからずローマン・ヤコブソンやツヴェタン・トドロフといった亡命者の物理的存在をつうじて)。ロラン・バルトの初期の『記号学原理』が1964年の『コミュニカシオン』誌に載った際、それには「イメージの修辞学」が付けられていた。それは、彼のもっと長大な論文の企図を写真という問題的領域へと拡張したのである。今では英訳で広く知られているこの後者の論文では(この理由だけで、この論文集には収録されていない)、バルトは、イメージとの関係におけるキャプションを、「投錨地点」や「中継地点」の機能をもつとみなしている。しかし、イメージそのものは、バルトにとっては「コードなきメッセージ」という逆説でありつづけるのだ(『明るい部屋』という最後の著書で彼が強調しつつ回帰する主張)。ウンベルト・エーコは、映画についての長い論文に由来する、短いが影響的な論文で(第2章)、写真イメージには単一のコードは作用していないかもしれないが−均質な「写真言語」は存在しない−、それにもかかわらず、多元的コードが存在し、そのたいていが写真に先行して存在し、写真において複雑な仕方で相互作用を及ぼしている、と論じている。私自身の論文「写真実践と芸術理論」(第3章)は、エーコの洞察をバルトの記号論に統合しようと試みているが、その際に、他のどんな記号学の「古典的な」仕事が、その当時(1975年)の写真イメージに適用できるのかを示してみたい。

http://homepage1.nifty.com/osamumaekawa/burgin.htm


◇ Burgin:ThinkingPhotography, ch3 - photographology

 対象を意味論化し、そしてまた自分の伝達的意図を隠すという人間の矛盾した衝動は、ロラン・バルトの多くの著作での主要テーマである。『神話作用』ではバルトは、マルクス主義に着想を得た、市民社会の集合的表象−写 真、見世物、料理、報道など−への批判を呈示している。市民階級、つまり「名指されることを望まない社会階級」は、自らのイデオロギーを「自然」として−この本では「神話」と呼ばれている−示しているのである。バルトはこの「自然」の体系的な脱神秘化を試みている。「体系的」であるのは、神話が、バルトによれば、伝達の体系、ひとつの形式となっているからである。それゆえ、神話的対象をその実体に基づいて差異区分する試みは重要ではないことになるだろう。「神話的対象」というまさに概念は、それが仕えている体系についての知識なくしては基礎づけられないのだ。だから、「神話には形式的な限界はあるが、実体的な限界はない…世界のいかなる対象も、閉ざされ沈黙した存在から、言語的状態へと、社会による専有に開かれた状態へと移行するのである」。

 バルトが神話的ことば[speech]について与える例のひとつが、フランス軍の軍服を着た若い黒人がまなじりを上げて敬礼している−「おそらく翻る三色旗に注目しているのだろう」−様子を示した『パリ・マッチ』誌の表紙である。バルトはこのイメージの文字どおりの意味は明白だと述べる。それは黒人がフランス式の敬礼をしているということだ。「しかし、素朴であろうとなかろうと、私はそれが私に意味している事柄をよく分かっている。フランスは偉大な国家で、その民は肌の色の区別 なくその国旗に忠誠に仕えているのであり、いわゆる植民地主義と中傷する者にたいしては、いわゆる圧制者に奉仕する際にこの黒人が示す熱意が最良の答えなのだ」。

 文字どおりの意味は、バルトが言うには、神話にとっての「アリバイ」として役立つ。

 「アリバイ」、「回転木戸」、「かくれんぼ」といった、直観を保持するためのこの山盛りの比喩は、お馴染みの戦略である。しかしバルトはこれを越えてさらに、比喩的ではない言い方で意味の生産作用を把握し、神話が個々の現象とは独立した構造的な関係において作用する方法を記述しようとする。この目的のために彼は言語学の提供する図式に目を向けるのだ。

 言語的モデルにしたがった社会現象の構造的記述の形成、これは「構造主義的」戦略とみなされるかもしれない。ここでは、いわゆる構造主義の領野を概観する場所ではない。明らかなことだが、いかなる現象も、それが完全に不定形のものではないとすれば、構造的な観点で記述されるかもしれないのだ。だから「構造」という言葉についての思弁によって得られるべき、構造主義についての洞察はほとんどないのである。事実私たちは、「構造主義はそれに関与しない人々にとってのみ存在する」という意見に同意するかもしれない。だから強調しておくべきなのは、以下に続くのが、構造主義についての記述ではなく、構造主義的分析の一側面 の、ひとつのタイプの記述だということである。とくに、主としてロラン・バルトと結びついた分析タイプ、もっと特定すれば『神話学』、『記号学原理』、『モードの体系』のバルトが記述される。構造主義1960年代に少なくともフランスではそのような流行を享受したのだから、今ではなおさら、これらのテキストにはほとんど注意を払わなかった人々には、それをまず「時代遅れのもの」として片づける誘惑が大きいものになっている。しかし、他の科学的公準と同様、構造主義的分析の古典的枠組みは、もっと多くを約束する一連の仮説に取って代わられるまでは「危なっかしくも生きている」のだ。バルト自身が述べるように、

http://homepage1.nifty.com/osamumaekawa/burginarttheory.htm

NOTES on 『明るい部屋』再読(ヴィクター・バーギン)vol.1 - another field

『神話作用』(1956)(収録:『神話作用』):一人の黒人兵士がフランス軍式の敬礼をしている<パリ・ マッチ>誌の表紙写真

意味豊かな、重みのある、作り物でない、素朴な、否定のしようのない映像

植民地主義などと中傷する連中に対しては、彼らが言うところの圧政者たちに仕えるこの黒人が見せる熱意にまさる返事はないはずだ。


映像をその映像を流用する概念から区別する方法


『写真のメッセージ』(1961)(収録:『映像の修辞学』)

「なまの現実」=外示(デノテーション)= ex.「敬礼する黒人兵士」

外示に寄生するメッセージ=共示(コノテーション)= ex.「原住民は搾取されているのではない」


「共示の(あるいは、コードに組まれた)メッセージが、コードのないメッセージを基にして展開する」という「二つのメッセージの共 存」、つまり、「写真のパラドックス


外示は第一の意味ではなく、……それは、結局は共示の最後のも のでしかない(『S/Z』)しかし、それでもなお、文字通り意味作用をもたない「純粋な」事実という観念はしぶとくバルトの裡に生き続ける。(=鈍い意 味)バルトの言う「コードのないメッセージ」のもつ「写真のパラドックス」に関してわれわれが覚えておくことは、現実には何のパラドックスrもないという こと、パラドックスは現実が記述されるそのされ方によってのみ生じるだけだということである。つまり、パラドックスは、純粋に言語的(より厳密に言えば、 論理的)実体であるということである。

http://another-field.blogspot.jp/2010/01/notes-on-vol1.html

[]『映画における意味作用に関する試論 映画記号学の基本問題』クリスチャン・メッツ | 現代美術用語辞典ver.2.0

『映画における意味作用に関する試論 映画記号学の基本問題』クリスチャン・メッツ

Essai sur la signification au cinéma(仏), Christian Metz

フランスの映画理論家クリスチャン・メッツの初期の代表的著作。1964年から68年に書かれた論文を収める。それらはR・バルトの試みを引き継ぎ、映画に構造言語学の概念を導入することで「映画記号学」を創始しようとするものであった。メッツ以前にも映画を言語活動とみなそうとする試みは存在していたが、その多くは映画を「言語(ラング)」と同一視して、映像を語に、その連なりを文に対応させようとする類いのものであった。これに対してメッツは64年の「映画 言語か言語活動か」で、映画は音素にも語にも分節できず「二重分節」を欠いているのであって、厳密な意味での「言語」ではなく、「言語なき言語活動(ラングなきランガージュ)」であるというテーゼを提出した。映像はそれ自体がすでにひとつないし複数の文なのであって、それらが集まってより大きな集合体が構成される。こうして映画の記号学は、映像の形態論ではなく連辞論を探求することになる。それは映像の配列を八つのカテゴリーに分類した、名高い「大連辞関係」へと結実し、ジャック・ロジェの『アデュー・フィリピーヌ』(1962)の分析に適用されている。こうした試みは『言語活動と映画』(1971)や『映画記号学の諸問題』(1972)へと引き継がれる。その後メッツは映画の精神分析や映画における言表行為の問題にも取り組んだ。G・ドゥルーズらによって批判されることもあったが、メッツの著作はフランス本国のみならず世界の映画研究に大きな影響を与え、その基礎となっている。

著者: 角井誠

http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%80%8E%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%84%8F%E5%91%B3%E4%BD%9C%E7%94%A8%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E8%A9%A6%E8%AB%96%E3%80%80%E6%98%A0%E7%94%BB%E8%A8%98%E5%8F%B7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%80%8F%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%84

エクリチュールについて (内田樹の研究室)

ご存じのように、エクリチュールというのはロラン・バルトが提出した概念である。

バルトは人間の言語活動を三つの層にわけて考察した。

第一の層がラング(langue)

これは国語あるいは母語のことである。

私たちはある言語集団の中に生まれおち、そこで言語というものを学ぶ。ここに選択の余地はない。私は日本に生まれたので、日本語話者として言語活動を開始する。

「国際共通性とか考えると英語のほうが有利だから、英語圏に生まれたい」というようなことを言うことはできない。

第二の層が「スティル」(style)。

これは言語運用における「パーソナルな偏り」のことである。

文の長さ、リズム、音韻、文字の画像的印象、改行、頁の余白、漢字の使い方などなど、言語活動が身体を媒介とするものである以上、そこには生理的・心理的な個人的偏差が生じることは避けがたい。

ある音韻や忌避し、ある文字を選好し、あるリズムを心地よく感じる・・・といった反応はほとんど生得的なものであり、決断によってこれを操作することはできない。

例えば、私は中学生の頃、とつぜん「た」行で始まる単語を言おうとすると吃音になるという時期があった。

「たかだのばば」と言おうとすると単語が出てこないのである。

駅の窓口で「う・・・」とうめいたきり立ち尽くすということが何度もあった(当時は自動販売機がなく、窓口で行く先を告げて切符を購入したのである・・・というようなことを説明しないといけない時代が来ようとは)。

しかたがなく、高田馬場へ行くときは「目白」とか「池袋」といって切符を購入した。

このような言語活動上の「偏り」は主体的決断でどうこうできるものではない。

それが「スティル」である。

『若草物語』のジョー(Jo)は「ジョゼフィーン(Josephine)」という名前が大嫌いであった。『赤毛のアン』は「私はAn じゃなくて、Anneよ」としばしば主張していた。

音韻について、あるいは表記についての、個人的好悪は誰にもある。

それについて「正しい」とか「間違っている」とかいう判断は誰にもできない。

「あ、そう」という他ない。

それが「スティル」。

それに対して第三の層として「エクリチュール」というものが存在する。

これは「社会的に規定された言葉の使い方」である。

ある社会的立場にある人間は、それに相応しい言葉の使い方をしなければならない。

発声法も語彙もイントネーションもピッチも音量も制式化される。

さらに言語運用に準じて、表情、感情表現、服装、髪型、身のこなし、生活習慣、さらには政治イデオロギー、信教、死生観、宇宙観にいたるまでが影響される。

中学生2年生が「やんきいのエクリチュール」を選択した場合、彼は語彙や発声法のみならず、表情も、服装も、社会観もそっくり「パッケージ」で「やんきい」的に入れ替えることを求められる。

「やんきい」だけれど、日曜日には教会に通っているとか、「やんきい」だけれど、マルクス主義者であるとか、「やんきい」だけれど白川静を愛読しているとかいうことはない。

そのような選択は個人の恣意によって決することはできないからである。

エクリチュールと生き方は「セット」になっているからである。

バルトが言うように、私たちは「どのエクリチュールを選択するか」という最初の選択においては自由である。けれども、一度エクリチュールを選択したら、もう自由はない。

私たちは「自分が選択したエクリチュール」の虜囚となるのである。

つまり、私たちの自由に委ねられているのは「どの監獄に入るか」の選択だけなのである。

私たちの前には「ちょい悪おやじのエクリチュール」「小役人のエクリチュール」「お笑い芸人エクリチュール」「キャッチセールスエクリチュール」などなど無数の選択肢が広がっているけれど、一度選んだら「終わり」なのである。

なぜ、そのような制式化された社会的言語が存在するのか。

これについては、バルトはとくに踏み込んだ分析をしていない。

そういうものがあって、現に活発に機能していることを指摘するだけで批評的価値は十分だと思ったのだろう。

しかし、社会的言語運用がきびしく制式化されており、自分が所属する社会集団に許されたエクリチュール以外の使用が禁止されているのは階層社会の際立った特徴である。

http://blog.tatsuru.com/2010/11/05_1132.php


◇ 内田樹『街場の文体論』(2012) - 國枝孝弘研究室

 三つ目は内田が引用しているロラン・バルトの言うstyleである。日本語にすれば文体であり、上述の「クセ」に多少似ているが、内田の指摘によればもっと身体化されている言語表現である。「個人的な好悪」、ある音やある文字に対する「パーソナルな好み」であって、これは「自分でもどうにもならない」(p.120.)。血液の流れや心臓の鼓動といった身体活動を、いくら自分の体だと言っても何の制御もできない。それと同じ意味で「自由意思」でどうにもできないものが「文体」である。

 内田によるバルトの言語理論の概説はきわめて明快に切れ渡っている。バルトによれば言語は3層にわかれる。スティル(style)、ラング(langue)、エクリチュール(écriture)である。ラングも気づいたときには話しているという意味で、私たちの自由意思では選択不可能なものである。「ラングは外的な規制、スティルは内的な規制」と整理した上で、内田は「エクリチュールはこの二つの規制の中間に位置する」とする(p.121.)。

 大事なことは、エクリチュールは「局所的に形成された方言」のようなもので、これには選択の自由があるということだ。しかし、それでも一度選択すると、私たちはエクリチュールの檻に閉じ込められ、社会的なふるまいを規定されてしまう。どんなイデオロギー、どんな主観性をも排除したエクリチュールが「零度」の地点だが、そのようなエクリチュールが現実に達成されることはまずありえない。

 私たちにことばは、選択してはいるが、その選択が、社会身分や、嗜好や、他者への態度など、あらゆることを私たちの意図いかんによらず反映してしまう。そしてその網から抜け出して、新しいエクリチュールを獲得することは、きわめて困難である。

 実は『街場の文体論』で問われているのは、こうした文体、および文体によって規定される言語使用とは対極的な言葉のあり方である。問いはひとつ。「生成的な言葉とは何か」。

 確かに「思いついたことをだらだら話して」はいるが、最初から最後まで生成的な言葉をめぐって考えが述べられているという点では一貫している。例えばエクリチュールの零度は、社会的な規制から逃れること、自由になること。その意味で生成的な言葉が生まれる可能性への問いであり、同時にそうした言葉でさえ再びエクリチュールに回収されることのあきらめでもある。内田は次のバルトの言葉を引用する。

作家が仮に自由な話法を創造したとしても、それは既製品という形で彼のところに差し戻されてくる(p.148.)。

 たとえ自由な話法がみずみずしい生命をもたらしたとしても、それはすぐに枯れてしまう。新たなメタファーを創造したときから、すでにそのメタファーが紋切り型となり、流通してしまうことと等しい。生命とは私たち個の存在の根拠にも関わらず、言葉はすぐにこの個の固有性を抹消してしまう。

 生成とは何か。生成とは単に私たちが生きているという事実ではない。単に生きていることは、既成のコードに従って言葉を発し、世界を惰性で眺め、そして他者を「こんなものだろう」となめてかかることに過ぎない。

http://kunieda.sfc.keio.ac.jp/2012/10/2012.html

文芸評論家・加藤弘一の書評ブログ : 『ロラン・バルト』 アレン (青土社)

 本書では時代状況に即すという点が重要である。バルトは変貌をくりかえし、「エクリチュール」のような基本的な語の意味も初期と後期ではずいぶん異なるが、時代状況を考慮しないとどのように変わったかが本当にはわからないからだ。

 『零度のエクリチュール』の頃のエクリチュールは選択不可能な二つの条件(国語と文体)と対比される選択可能な書き方、表現様式のことだったが、その背景には本書で詳しく解説されているようにサルトルのアンガジュマン文学論がある。初期のバルトはサルトルの圧倒的な影響下にいたのである(アンガジュマン文学論からはすぐに離脱するが、サルトルの想像力論の影響は最晩年の『明るい部屋』までつづいている)。

 若い人は内田樹氏の『寝ながら学べる構造主義』を通してバルトとエクリチュールを知るケースが多いようである。内田氏の解説は非常にわかりやすくすぐれているとは思うが、単純化しすぎている部分もあるのである。

 バルトがエクリチュールを選択可能な書き方という意味で使っていたのはアンガジュマン文学論の影響下にあった初期の話であって、ポスト構造主義の時代になると異なる意味あいがあたえられるようになるのだ(エクリヴァンスと対比されたエクリチュール)。またバルトは人間を「エクリチュールの囚人」ではなく「言語の囚人」と考えていたはずである。内田氏の影響はきわめて大きいので、あえて一言ふれておく。

 『ラシーヌ論』をめぐるレイモン・ピカールとの論争についてはカルヴェの『ロラン・バルト伝』の後に出たにもかかわらず、従来通りバルト側から挑発したような記述になっているのは残念だ。距離を置いてみればバルトが一方的に得をしたように見えるが、同時代的にはそんな甘い状況ではなかったようである。

 あるいはアレンはカルヴェの描きだした弱いバルトに反発したのかもしれない。カルヴェはバルトの亡くなった3週間後にサルトルが亡くなったためにバルトの死がかすんでしまったと書いたが、アレンは「しかしながらカルヴェの報告を額面通りに受け止めて、バルトの死を悲喜劇のアフター・ピースに翻訳してしまえば、わたしたちは間違いを犯すことになるだろう」と反論している。

 科学を標榜していた構造主義時代から、テクスト論を標榜するするポスト構造主義時代への変わり目は「物語の構造分析序説」と『S/Z』の間の時期とする見方が多かったと思うが、アレンは「物語の構造分析序説」の段階ですでにポスト構造主義への移行がはじまっており、『S/Z』はテクスト論の「もっとも完全な報告」と位置づけている。アレンが指標とするのは間テクスト性だが、この見方は十分説得力があると思う。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2013/06/post_350.html


ロラン・バルト(シリーズ現代思想ガイドブック) その1 - KnoNの学び部屋

(1)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/16/125805

(2)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/17/131018

(3a)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/21/121022

(3b)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/22/154008

(4)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/23/144052

(5)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/24/151122

(6)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/27/150900

(7a)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/30/131601

(7b)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/05/31/231906

(7c)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/06/01/151439

(8)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/06/04/150321

(9)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/06/05/185122

(終)http://knon.hatenablog.com/entry/2014/06/06/153828

リチャード・ウェントワース(Richard Wentworth)とウィル・ローガン(Will Rogan)のかぶり

◇ Richard Wentworth: Chinese Whispers - London Evening Standard

http://www.standard.co.uk/news/london/tunnel-of-love-iconic-tube-logo-reimagined-for-its-100th-birthday-8230210.html?action=gallery&ino=8


◇ Will Rogan | e-flux

http://j.mp/1vN408U

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[]Mystery and Imagination: Unit 2 Exam - Ella Jones Photography

http://ellajones1.weebly.com/unit-2-exam.html

どうかな?と思う部分も少なからずありますが、扱われている写真を題材にすればいろいろと考えられそうです。


◇ Combinations and Alliances: Unit 4 Exam - Ella Jones Photography

http://ellajones1.weebly.com/unit-4-exam.html

同上。

2014-10-18 2K7*2

2K7*2


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2014-10-17

弐キ参スケ - Wikipedia

弐キ参スケ(にキさんスケ、2キ3スケ)とは、満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人の実力者のこと。


メンバー

以下の5人の実力者を指す。「弐キ参スケ」は彼らの名前の末尾からつけられた。

東條英機(とうじょう ひでキ、在満期間:1935年1938年 離満前役職:関東軍参謀長

星野直樹(ほしの なおキ、在満期間:1932年1940年 離満前役職:国務院総務長官

鮎川義介あいかわ よしスケ、在満期間:1937年1942年 満業(満州重工業開発株式会社社長

岸信介(きし のぶスケ、在満期間:1936年1939年 離満前役職:総務庁次長

松岡洋右(まつおか ようスケ、在満期間:1921年1930年1935年1939年 離満前役職:満鉄総裁


概要

5人のうち、鮎川義介岸信介松岡洋右の3人は満州三角同盟とも称された。

第二次世界大戦終結後、5人ともA級戦犯容疑者として逮捕された。鮎川・岸の2人は不起訴となったが、東條・星野松岡の3人は起訴された。東京裁判において、松岡公判中に病死し、東條には死刑星野には終身刑判決が下った(星野は後に釈放)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%90%E3%82%AD%E5%8F%82%E3%82%B9%E3%82%B1