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2009-09-28 えっ!二代目タイガー・ウッズを襲名!?

えっ!二代目タイガー・ウッズ襲名!?


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Circulation 

アートフェア・シーズン@ベルリン

◇ Art Forum Berlin 2009 / Art Forum Berlin 2009 Highlights - VernissageTV art tv

http://vernissage.tv/blog/2009/09/25/art-forum-berlin-2009/

http://vernissage.tv/blog/2009/09/27/art-forum-berlin-2009-highlights/


◇ Preview Berlin 2009 - VernissageTV art tv

http://vernissage.tv/blog/2009/09/26/preview-berlin-2009/


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◇ art forum berlin

http://www.art-forum-berlin.de/


◇ PREVIEW BERLIN – THE EMERGING ART FAIR

http://www.previewberlin.de/


◇ Berliner Liste - Messe fuer aktuelle Kunst

http://www.berliner-liste.org/

Friedrich Kittler『Aufschreibesysteme 1800/1900』(1985)の翻訳

◇ インスクリプト出版案内 - INSCRIPT

■以下、続刊予定

F・キットラーメディアシステム 1800-1900』

http://www.inscript.co.jp/inscript/pr.html

http://www.inscript.co.jp/

フリードリッヒキットラー『Aufschreibesysteme 1800/1900』の翻訳ですが、

延び延びになってしまってるようです。

タイトルは、『書き取りシステム〜』(or 書き込み〜 or 書き留め〜)ではなく『メディアシステム〜』。

「ウラゲツ☆ブログ : インスクリプトさんの近刊情報」(http://urag.exblog.jp/3469076/)によると、

訳者大宮勘一郎さんと石田雄一さんのようです。


◇ Friedrich A. Kittler 'Discourse Networks, 1800/1900'

http://www.amazon.co.jp/Discourse-Networks-1800-Friedrich-Kittler/dp/0804720991


◇ Friedrich A. Kittler 'Aufschreibesysteme 1800/1900'

http://www.amazon.co.jp/Aufschreibesysteme-1800-1900-Friedrich-Kittler/dp/3770528816

前川修さん(http://homepage1.nifty.com/osamumaekawa/)のはてなダイアリーよりフリードリッヒキットラー関連

媒体 - はてなStereo Diary

 キットラーメディア概念は、その史的メディア学の企図の枠組みの中で明瞭な輪郭を得る。彼がメディア概念に関心を示すのは、この概念が従来とは少々異なるメディア史の境界を浮かび上がらせるからである。つまり、従来のメディア史において常套句となっている、三つの区分――アルファベット発明活版印刷発明コンピュータ発明――とは異なる区分をこの概念は可能にするのである。

 キットラーの区分は、アルファベットアナログメディア(グラモフォン、シネマトグラフ)、デジタル技術となる。手書き文字や活字の時代は「象徴界」に結び付られていたのに対して、アナログメディア以降の技術は、「リアルなもの」の保管と加工と伝達を目的としている。言い換えれば、文字の時代においてはすでに象徴界の要素であるものが書き留められ、いわば記号の「自然」がそこでは重要であったのに対し、アナログメディアによって、象徴界の外にあるもの、つまり自然そのものが書き留められることになる。ちなみに、写真にもこのことは当てはまることは言うまでもない。

 キットラーのこうした区分、あるいはそれを組み立てとしたメディア学の試みのひとつの意図とは、解釈学的な精神科学をメディア史学と交差させることにある。もっと強く言うならば、これまで象徴界でもっぱら紡がれていた人文科学、その、意味と解釈を統御している当のメディアそのものについて考察し、メディアを通じてその硬直性を解除することにある。

http://d.hatena.ne.jp/photographology/20070205


媒体 - はてなStereo Diary

 彼の技術概念には、私たちの時間に対する関わり方が含まれている。流れゆく時間の不可逆性、それを操作可能にするのがこうした技術なのである。それは別に映像の記録可能性や録音可能な時代以後のことではない。文字と書物の時代においてすでに、象徴界の線状化された時間は、書物の頁状の文字を見れば明らかなように、すでに空間化を被り、反復可能で、置換可能となっていた。しかし、アナログ技術メディアの時代には、カオティックでもあるリアルなものの時間が保存可能になり、操作可能にもなる。技術的メディアによるデータの加工は、空間化を通じて時間的順序が移しかえられ、可逆的にもなるプロセスなのである。

 そしてディスクール分析の変容とともに、そこで用いられるメディア概念自体も変容させられる。メディアデータの保存、伝達、加工を行う領野を構造化している。データがあり、それを伝達する担い手としてのメディアがあるわけではない。むしろある時代においてそもそもデータと見なされるものを予め形成している諸技術や諸制度の成すネットワーク、それが彼の言うメディアであり、書記システムの場所なのである。

http://d.hatena.ne.jp/photographology/20070206


◇ 逆回し - はてなStereo Diary

 連続的、継起的な時間の流れのなかでは、先ほどの盤上ゲームの場合のように「填められた場所と空の場所の並存」は与件ではない。それゆえ、流れゆく時間の秩序は不可逆的でありつづける。ここで登場するのがアルファベット文字である。それは「時系列に並んだ発話の連鎖の各要素に空間上の位置」を割り当てる技術であった、とキットラーは言う。もちろんそこには空所(Leerzeichen、スペースないしゼロ記号)が存在しなければならない。ここが線状化のみを指摘するマクルーハンとの違いである。

 キットラー特異点は、通常のメディア論でなされるグーテンベルク銀河系以後/以前という区分を採らないことにある。彼は両手で持ち、次々と繰り広げる巻物からページに区切られた写本という形態への移行こそが切断面になると考える。読みの経験が連続的な秩序のもとから離れ、空間的に分割されたものへと移る。テクストのどの場所が指し示されているのかが明示可能になる構造、それが以後の印刷可能性において「ステレオタイプ」化されたのである。もちろん上記のことは印刷技術によって可能になった図版複製にもあてはまる。

http://d.hatena.ne.jp/photographology/20070209

再録(http://d.hatena.ne.jp/n-291/20080715#p5

フリードリヒキットラー『グラモフォン・フィルムタイプライター(上)』より

 テープレコーダーによる革命は、いわゆる聴衆における体験というレヴェルですむはずがなく、とうぜんスパイによる通信にまで及んでいった。モールス信号の受信機を扱う者は、ピンチョンによれば、「送り手の手の個性を聴き分けることができる」という。それと同じ考え方で、国防指令総本部の防諜部門は、とりあえずハンブルク近郊のヴォードルフ放送局において、「スパイ外国での秘密任務を与えるまえに、すべてのスパイのモールス信号における『手跡』を記録しておく」ことにした。カナリスの部下達は、自分たちの側の「スパイこそがたしかにモールス信号機の電鍵のまえに座っているのであって、敵側の通信員ではない」という保証を、彼らの打音を記録したテープレコーダーと照合することによって得ていたのである。

 現在音楽音響は、世界大戦のときのテープレコーダーによって開発されたものである。テープレコーダーは録音と放送、蓄音機とラジオをこえて、シミュレーション帝国をつくりだした。押収したドイツ軍マグネットフォンを、計画中の大きなコンピューターのなかにデータ保存装置として組み込もうとしたのは、ほかならぬイギリステューリングであった。テープレコーダーには書き込み用のヘッド、読み出し用のヘッド、消去ヘッドがあり、再生と巻き戻しができるから、万能テューリング機械(UDM)のペーパーロールとまったく同様に、データをいかようにも操作できるのである。

http://www.amazon.co.jp/dp/4480090347


松岡正剛の千夜千冊『グラモフォン・フィルムタイプライター』フリードリヒキットラー

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0529.html


>>>“デジタルテクノロジーはひょっとしたら

http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070424#p2


>>>コンピュータグラフィックス 半ば技術的な入門  フリードリッヒキットラー

http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070503#p4


>>>ナイーブに「デジタルケミカル」を論じてみたり、「デジタル=新しい」とみなすような態度は、

http://d.hatena.ne.jp/n-291/20070729#p12

対談 瞬間の山――〈写真〉の映像人類学 港千尋×管啓次郎 - INSCRIPT

JUNKU連続トークセッション

2001年12月8日土曜日) 16:00〜17:30

場所:池袋ジュンク堂

http://www.inscript.co.jp/minato/01.html

再録(http://d.hatena.ne.jp/n-291/20071109#p9

■『現代思想 2007年11月号』特集=偽装の時代

http://www.seidosha.co.jp/index.php?%B5%B6%C1%F5%A4%CE%BB%FE%C2%E5

「【討議】偽装の時代/長原豊+港千尋」の部分だけ立ち読み

ユーロについての議論がおもしろかったです。

しかし、少し話が出ていた、写真の「銀塩デジタル」については、

遅れているというか、スタート地点にすら立っていない議論のように思いました。

想定読者層を意識しての寸止め*1ということなのかもしれませんが。。。

Decoding Jackson Pollock | Arts & Culture - Smithsonian Magazine

Did the Abstract Expressionist hide his name amid the swirls and torrents of a legendary 1943 mural? An art historian makes the case for a signature gesture

By Henry Adams

Smithsonian magazine, October 2009

http://www.smithsonianmag.com/arts-culture/Decoding-Jackson-Pollock.html#


◇ Find Pollock's Name - Smithsonian.com

http://microsite.smithsonianmag.com/content/jackson-pollock/pollock.html\

政権交代でも思考停止日本メディア | TOKYO EYE - ニューズウィーク日本オフィシャルサイト

 トイレを修理してもらうために呼んだ業者にこんなことを言われたら、どうだろう。「うーん。ちょっと待ってください。セカンドオピニオンを聞かないと」。さらに悪いことに、医者にこう言われたら?「おかしな病気ですね。医者を呼んできます!」

 8月30日の総選挙民主党本部に詰めていたとき、私の頭に浮かんだのはこんなバカげた光景だった。日本ジャーナリスト5人に、次々と同じ質問をされたのだ。「政権交代をどう思いますか」

 そういう疑問に答えるのが、ジャーナリストの役目ではないのか。そもそもそのために給料をもらっているのでは。その場に居合わせイギリス人ジャーナリストが私に言った。「よくあんな質問に答えましたね。あんなものはジャーナリズムじゃない。日本記者はただ騒いでいるだけ。今夜、この国が根本から変わったことを理解していない」

 われわれが新聞に期待するのは世の中の出来事を解き明かしてくれることであって、理解の妨げになることではない。だが日本報道機関がやっているのはまさに後者インフルエンザ騒動がいい例だ。新政権にとって新型インフルエンザは最も憂慮すべき問題の1つだと朝日新聞は書いたが、それはちがう。多くの報道機関と同じで、朝日も危険性と感染力を混同している。新型インフルエンザはたしかに感染力がとても強い。だが致死率は通常のインフルエンザとそれほど変わらず、重病ではない。

 新聞仕事は、今後の政治の見通しを読者に理解させること。そのためには、自らの立場を明らかにしなければならない。客観性を口実にどっちつかずの態度を取ることは許されない。八ッ場ダム建設は中止するべきなのか。霞が関の「埋蔵金」はどこにあるのか。真に自立した外交政策は、どうしたら打ち立てられるのか。

http://newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2009/09/post-63.php


過去の「記者クラブ」関連

http://d.hatena.ne.jp/n-291/searchdiary?word=%b5%ad%bc%d4%a5%af%a5%e9%a5%d6

十六茶

大沢屋〜商品紹介−お茶− - 秩父 長瀞 豆の大沢

原材料(全て無農薬です)

紅花、アロエ、ギムネマ、杜仲葉、クコどくだみ熊笹、はと麦、ハブグアバ柿の葉、びわ、よもぎ、オオバコ、ウコンモロヘイヤタンポポ、マオウ、キハダ、コクケイ、あけび、ウラジガシ、ルイボスティ、銀杏甜茶赤松月見草桑の葉、延命草、桃の葉、明日葉、あまちゃづる、ローズマリー、おとぎり草、くちなし、たらの葉・茎

http://www.mameya-osawa.com/s_ocha/index.htm

http://www.mameya-osawa.com/

CDを2度がけすると誰にでも分かるほどハッキリ音質が向上する?/オーディオの作法-麻倉怜士 - matsu & take

スピーカーの間にテレビを置かない」「床へのベタ置きは禁物」「プレーヤーに振動を与えない」「オーディオにも慣らし運転が必要」といったオーディオを扱う上で必ず押さえるべき基礎知識を「作法」として、難しい専門用語スペックの話を極力避けて、分かりやすく実践的なものを中心に紹介しています。オーディオ無作法者の自分にとって大いに参考になる作法もあれば、「そりゃそうなんだろうけど、そこまで気を使ってどこまで効果があるものなの?」と感じてしまう作法もあり、総合的にはそこそこ楽しんで読みました。

が、紹介されている作法のひとつが、にわかには信じがたい内容で、しかもそれがオーディオ界のプロやマニアレコーディングエンジニアの間では広く知られたテクニックだと書かれており、驚愕しました。その作法は「CDは必ず『2度がけ』する」というものです。以下に引用します。

■ 作法三十四・CDは必ず「2度がけ」する(p.136)

まずは一度CDを入れて再生し、「何もしなければ、こんな音です」と確認します。そしてイジェクトボタンでCDを取り出し、再度 CDをインサートして「プレイボタンを押す ー必要な動作はこれだけです。一回読み込んだものを取り出して、再度読み込んだだけなのに、音質は誰にでも分かるほどハッキリ向上します。1回目はいかにも CDらしい硬い音であっても、2回目はキンキンしたところがほぐれて、しなやかになり、音に豊潤さが出てくるんですね。私の感触で言うと、そのCDプレイヤーの実力を「価格の倍くらい」にアップさせてくれます。

CDを入れ直すだけで音が豊潤になって、価格の倍の実力を発揮する!誰にでも分かるほどハッキリ向上!にわかには信じがたい。早速実践しましたが、自分の持っている安物のCDプレイヤーオーディオ環境ではまったく体感することが出来ませんでした。しかしネットを検索すると「効果ありました」なんていう声もちらほら見つかりました。

仮に「2度がけ」がCDプレイヤーの読み込み精度の繊細さが原因だとするなら、高級CDプレイヤーを買うよりも、その金で高品位なオーディオ出力を増設したパソコン自作して、そのハードディスクWAVE形式でCDを取り込んでそのまま聴いたらいいのに、なんならネット配信でダウンロード購入した WAVEデータが一番きれいなデータなのかも?などと考えてしまう自分は、完全にパソコンマニア側でしょう。こういう意見に対するデフォルトの反論も用意されているはず。

ハードディスクの聴き比べ(→Link)」「オーディオ専用LANケーブル(→Link)」なんていうのが始まっている現状、今後ネット舞台オーディオマニアパソコンマニアの間で様々な抗争が勃発することは間違いないでしょう。

http://www.spotlight-jp.com/matsutake/mt/archives/2009/08/cd.html


麻倉怜士デジタル閻魔帳:記事一覧 - ITmedia +D LifeStyle

http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/column/asakura.html

*1ボードリヤールの些細なエピソード(いったい何年の話でしょう。ややシチュエーションが不自然)を盛り込んで
  間接的にケミカルデジタルという落としどころに持っていっていました。
  そもそも真贋ということでいえば、写真それ自体が「贋」です。