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2013-09-08 アーティストという蛮族がいる

アーティストという蛮族がいる


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チャイナ・コネクション(木村浩之 2010年09月01日号) - 美術館・アート情報 artscape

http://artscape.jp/focus/1219531_1635.html


◇ 798芸術区 - Wikipedia

798芸術区(ななきゅうはちげいじゅつく、中国語: 798艺术区、拼音: 798 Yìshùqū 、英語: 798 Art Zone)は、北京市の朝陽区に位置する地区である。大山子芸術区(Dashanzi Art District)とも呼ばれる。

1950年代初めに東ドイツの技術援助によって建設され、その後他の用途に転用された工廠が集中しており、その中に芸術家のアトリエや住居、中国や日本を始めとした外国から進出したギャラリーが多く立地している。芸術家のコミュニティーということでしばしばニューヨークグリニッジ・ビレッジやソーホーと比較される。

798廠とも呼ばれるが、もともと798廠は718廠の一部でしかない。工場群は酒仙橋路(中国語: 酒仙桥路、英語: Jiǔxiānqiáo Lù)に沿い、大山子橋陸橋(中国語: 大山子桥、英語: Dàshānziqiáo)の南側に位置している。

アートエリア化したのは2000年頃からだが、近年は観光地化やジェントリフィケーションが進んで賃料が高騰しているため、新規に参入する芸術家やギャラリーは、北側の草場地芸術区、東側の環鉄、西側の酒廠に居を構えるケースが増えている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/798%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%8C%BA


◎ 北京798艺术区唯一官方网站

http://www.798art.org/

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◇ n291: RT @yuki_tomi ... - Twitter

RT @yuki_tomi 牛腸はコンポラにおいてどちらかというと特異な存在だと思うし、『SELF AND OTHERS』は、彼にとってコンポラ「以降」の作品だと個人的には考えている。ので、コンポラが牛腸によって象徴されることには違和感が。90年代以降の扱いの偏り。

https://twitter.com/n291/status/13822652082819072


◇ n291: RT @yuki_tomi ... - Twitter

RT @yuki_tomi 〔…〕お話を聞きたい方が沢山います RT @kenkenT: 牛腸茂雄をのぞけば、コンポラ写真まで再評価が進んでいない。去年の鈴木清展がその始まり〔…〕“@yuki_tomi: 下津隆之さんの訃報  http://myb-jp.com/?p=2865

https://twitter.com/n291/status/23246973079392256


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年02月11日 - Twilog

シアトリカルではなくドラマタイズというのが興味深いです。QT @yuki_tomi ドラマタイズされていない写真という意味で、主義主張や起承転結のないコンポラ写真の先駆として見なされていたぽいです。そのあたり、もっとちゃんと追って、文章にまとめたいと思います…

しかしますますコンポラという言葉の意義が謎に…RT @yuki_tomi ドラマタイズされていない写真という意味で、主義主張や起承転結のないコンポラ写真の先駆として見なされていたぽいです。そのあたり、もっとちゃんと追って、文章にまとめたいと思います… @ta_im80 @n291

バウハウス@シカゴと「Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape」の関係はいかに? じゃなければ単なるこじつけというか、いわゆる「コンポラ」は単なるテイストの問題だったのかと… @ta_im80 @yuki_tomi

この間のあれですね。今度また詳しく。RT @rachiakira '72/6の美術手帖アーネスト・サトウさんの文章に「いわゆる<コンポラ>グループは、」という記述がある。これは英語で書かれたものが訳されているので、コンポラが日本写真語だとすれば、この訳し方は少し問題ありそう。

http://twilog.org/n291/date-110211/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月01日 - Twilog

日本で言われている「ニューカラー」「ニュー・カラー」って、「Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape」(1966)が日本で「コンポラ」という言葉になっちゃったのと同じ問題があるように思います。@rachiakira

中平卓馬さんへの注目度の高まりなのか、少し前にやたらRTされていた記事ですが、プロヴォークがコンポラの筆頭(!?)って… “日本では「コンポラ写真」と呼ばれ、日常の風景を撮影した意味性が薄い写真をいう。[略]プロヴォークはその筆頭とされるに至った”http://j.mp/1dNDh2t

http://twilog.org/n291/date-110501/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月02日 - Twilog

良知暁さんの以前のツイート。RT @rachiakira '72/6の美術手帖アーネスト・サトウさんの文章に「いわゆる<コンポラ>グループは、」という記述がある。これは英語で書かれたものが訳されているので、コンポラが日本写真語だとすれば、この訳し方は少し問題ありそう。

良知暁さんの以前のツイート。RT @rachiakira ちなみに先程の抜き出しの部分、全体の文章は特にコンポラに関わるものではなく「美術と写真ーその歴史的展開とこれからのゆくえ」と題されたものです。50ページ近くあります。@n291 @ta_im80 @yuki_tomi

http://twilog.org/n291/date-110502/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月13日 - Twilog

【下津隆之さんの掲載図版】図1と図3 → 縦横比(以下同)が約3:4.1 → 中判68とかコンパクトデジカメとかに近い比率。 図2 → 約2:2.98 → 135フィルムいわゆる35mm判の比率。 図4と図7 → は約4:5つまり大判シノゴに近い比率。@yuki_tomi

「コンポラ」というと、ワイドレンズの使用や白っぽい画面、ノートリミングで黒フチ付きが多いという先入観があったので、下津さんの作品は別の意味でも興味深かったです。機会があれば当時の掲載誌をチェックしてみたいです。@yuki_tomi

また、技術的な面については、論文執筆と作品分析の合間合間に適宜実作者のアドバイスを仰いだほうが良いと思います。あと、下津さんのネガやコンタクトシートを見る機会があれば、そこからかなり多くの情報が得られるはずです。@yuki_tomi

註は読んでます。歪みというかスキャン時にノドの部分が脱落したってことでしょうか?そもそもトリミングの可能性を考えたのは画面内の空間と距離感によります。QT @yuki_tomi 複写の影響で歪みが…『カメラ毎日』掲載のものと同一ではないんです…もとの写真サイズは全頁おそらく均一

清水穣さんの論の影響もあると思います→【本当のところ関口正夫 牛腸茂雄『日々』(1971年4月1日発行)に「黒フチ」付きの写真は何点掲載されているか?】http://p.tl/arBu RT @yuki_tomi コンポラ=黒ふちっていう認識の元は『SELF AND OTHERS

関口正夫 牛腸茂雄『日々』の牛腸さんの最後の見開きの左側が縦位置だったはず(要確認)。RT @yuki_tomi 下津さんは縦位置も使えば二眼レフも使うので、コンポラの定義に再考をうながす面があり興味深いです。(もともと大辻さんのテキストは横位置「が多い」としているだけで、縦位置

ミノルタオートコードですね。どんな内容かも気になります。田村彰英さんの次の写真も66→http://p.tl/sTVl RT @yuki_tomi 下津さんは縦位置も使えば二眼レフも使うので、コンポラの定義に再考をうながす面があり興味深いです。…

「コンポラ写真」というあまり意味のない言葉には正しく成仏していただいて、個別の作家の営みとその可能性を検討したほうが良いかと思われます。これは、いわゆる「ニューカラー」や「女の子写真」についても同じ。QT @yuki_tomi コンポラの定義に再考をうながす

メモ。 「田村彰英は徹底して感性的な作家である。良くも悪くも、思想やイデオロギーはこの感性のフィルターによって排除されてきたと言って良い。それほど感性のアンテナは鋭敏でかつエリアも広い」(重森弘淹の『BASE』評)http://p.tl/1St6

【Akihide Tamura: BASE】http://p.tl/TQpL http://p.tl/xxhZ

メモ。【私と写真と世界を結びつける魔法のような現実は、今どこにあるのだろうか・新倉孝雄『私の写真術』】http://p.tl/hJvC ※上野修さんのレビュー

メモ。【taniguchimiyabi » Blog Archive » 下津隆之さんの訃報 - 谷口雅 写真とことばと日々】http://myb-jp.com/?p=2865

メモ。【桃園に出掛けた - 谷口雅 写真とことばと日々】“VIVOに憧れ、しかしその大仰な身振りへの反撥。装飾的身振りを脱ぎ捨てること、コンポラに傾く必然がそこにあった。さらにミニマルへと向かう必然もそこにすでに用意されていた。”http://p.tl/fNkE

メモ。【犬の写真 - 谷口雅 写真とことばと日々】“同時多発現象でもあったはずの日本のコンテンポラリーの動向の中での時代とシンクロしていた、いまは忘れられた写真たち。技法や手法が前面に出て、空疎なイラストとなりはてていく手前の、コンポラ。”http://p.tl/26TE

【ある時代のある問題設定】http://p.tl/otQJ

【「コンポラ写真」における発表メディア : 写真同人誌「number」を中心に(修士論文要旨) 真部佳織 - 神戸大学学術成果リポジトリhttp://p.tl/_tOs

【第43回例会レビュー - 写真研究会】“レヴュー:スナップと日常性―1970年代の「私写真」再考 発表者 甲斐義明氏”http://shashinken.exblog.jp/14695029/

スナップショットの時間 〜三浦和人と関口正夫〜@三鷹市美術ギャラリーhttp://p.tl/RTZE

http://twilog.org/n291/date-110513/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月15日 - Twilog

関口正夫さんの縦位置は19番目の写真1点のみ、牛腸茂雄さんの縦位置は23番目の写真1点のみでした。http://p.tl/arBu RT @yuki_tomi 『日々』では関口さんも牛腸さんも一枚ずつ縦位置がありますね。清水さんの文章、あとで読みなおしてみます。ありがとうございま

柳沢信さんもですか。柳沢さんはヨーロッパで撮った作品しか見たことがないので他の写真も興味ありです。下津さんの話ですが、今回の論文に初出時キャプションがきちんと掲載されていたほうが良かったように思いました。RT @yuki_tomi 6☓6でコンポラ関連の写真家としては、柳沢信さん

TOMIYAMA Yukiko@yuki_tomi

当時、なんだかぼやーっと明確な輪郭なしに現れてきた潮流を説明するために、何らかの言葉が必要とされた。という面では、写真史的には意味のあるものだと思っています。ただ、RT @n291 「コンポラ写真」というあまり意味のない言葉…

TOMIYAMA Yukiko@yuki_tomi

コンポラを取り上げれば取り上げるほど、コンポラという確たる存在があったかのように取られてしまう危険性があるので、「コンポラがいかにぼんやりした潮流だったか」をしっかり説明しなくては、と思うのですが、これがまだ私には難しくて、四苦八苦しています。。。 @n291

ですね。立木義浩さんの弟・立木三朗さん。しかし、谷口雅さんの「空気感」という言葉をどうとれば良いものか… RT @yuki_tomi 立木三郎→三朗かな? RT @n291 “技法や手法が前面に出て、空疎なイラストとなりはてていく手前の、コンポラ”http://p.tl/26TE

http://twilog.org/n291/date-110515/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月22日 - Twilog

山崎弘義さん(http://p.tl/mzSy)に興松良昌さんの『スナップショット』(http://p.tl/PEQ_)を見せていただきました。70〜80年代前半にかけて船橋で撮影された写真を集成。「コンポラ写真」の世代ということになるんでしょうか。とても興味深い内容でした。

相馬泰さんのブログより。コメント欄に興松良昌さんの話あり。【東京的日乗 : 船橋】http://nitijyou.exblog.jp/3142566/

【興松良昌 / スナップショットhttp://www.book-oga.com/wimages/okimatu.html

興松良昌さんは、『批評空間』の写真を手がけられていた方でもあります。【定本 柄谷行人集】http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/02648+/top.html

で、書いてしまいますが、山崎弘義さん(http://p.tl/mzSy)は秩父の古書店で興松良昌『スナップショット』(http://p.tl/PEQ_)を入手したそうですが、その1冊は先日亡くなられた多木浩二さんにサイン入りで献本されたものでした。そういう意味でもレアでした。

藤井光さんがいわゆる「コンポラ写真」や冨山由紀子さんの下津隆之論文などに言及。生放送中。http://comos-tv.com/archives/11

http://twilog.org/n291/date-110522/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月25日 - Twilog

コンポラ写真メモ。高梨豊さん、牛腸茂雄さん、関口正夫さん、三浦和人さん、潮田登久子さんらを輩出した桑沢デザイン研究所の教育理念のベースにあるのはバウハウス。教員に、石元泰博さん、大辻清司さん。バウハウス+ニュー・バウハウスシュルレアリスム

コンポラ写真メモ。高梨豊さんの「SOMETHIN' ELSE」(1960年)はビューカメラ使用。『カメラ毎日』1963年5月号掲載の「TOMORROW」から小型カメラによるスナップショットに移行。1966年、同誌1月号の巻頭36ページを使って「東京人」を発表(43点掲載)。

http://twilog.org/n291/date-110525/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月29日 - Twilog

ヨーロッパの、ニュー「ニューカラー」を標榜するニック・ワップリントンが” 金子義則(吉田広二)氏のNick Waplington『Wedding』評@スタジオ・ボイスより。金子氏はアメリカン・ニューカラーなる言葉も使っていたと思いますが、こうした積み重ねが後に与えた悪影響は?

ニューカラー(派)なる微妙な言葉がOKなら(エグルストンやショアはこの言葉を使わないようです。さらに要確)、アブラン(派)とかアブラン写真とかいう言葉があっても良かったのでは?コンポラ写真的に。【Absolute Landscape @横浜美術館http://p.tl/QZt3

http://twilog.org/n291/date-110529/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年05月31日 - Twilog

コンポラ写真メモ。山田脩二さんも桑沢デザイン研究所出身。【山田脩二 - Yahoo!百科事典http://p.tl/b3sq ※ Yahoo!百科事典の記述は日本大百科全書(小学館)からの流用のようです。執筆者の名前も表示されているのが良心的です。

ちなみに大辻清司さんの項はこんな感じ。とても充実しています。【大辻清司 - Yahoo!百科事典http://p.tl/PeeG

牛腸茂雄島尾伸三さんの項はありませんが、畠山直哉さんの項目もカリフォルニアの話が載っていたりと、とても充実しています。http://p.tl/xmji <@kenkenT ほんとだ。これはすごい。“@n291: 大辻清司さんの項はこんな感じ。http://p.tl/PeeG

Yahoo!百科事典(日本大百科全書(小学館))ですが、増田玲さん、大日方欣一さん、倉石信乃さん、蔦谷典子さん、暮沢剛巳さん…といった方々が執筆されているようです。石元泰博さんの項目には、重森弘淹さんと平木収さんの名前がクレジットされています。http://p.tl/L68_

で、倉石さん執筆の高梨豊さんに注目。この間から考えていたことの1つが述べられています。つまりコンポラ写真を考えるのなら、1966年12月のジョージ・イーストマンハウスよりも前にロバート・フランクの日本での受容を考えるべきではないか?ということです。http://p.tl/H7Io

大辻清司「主義の時代は遠ざかって」は松濤の図録でしか読んでませんが、読み直してみてもあれが重要文献だとは感じられないんです。むしろあの文章が「コンポラ写真」という無駄なレッテルを拡散させる契機を用意することに逆貢献してしまったような気がしてなりません。@yuki_tomi

.@yuki_tomiというか、「コンポラ写真」については当時の『カメラ毎日』編集部がそれを盛り上げようする方針で誌面を組んでいったのが原因なんでしょうね。そして、後発の者がどんどんそのキャッチフレーズに飛び乗ってくる(と同時にどんどん消費されていく)という。

読めてませんが、美術手帖1968年12月号増刊「写真 いま、ここに」の巻頭、そして1970年のアサヒカメラ別冊か何かのスナップ写真についての文章(15人のコンポラ写真の作家が紹介されている)では、大辻さん自身もムーブメントを後押ししてるんですよね、確か。@yuki_tomi

.@yuki_tomi 森山大道「あたみ」の初出は知らなかったです。その後、この写真はトリミングされて白いフチが見えない状態で使われてますよね。【表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:研究ノート(3) 「カメラ雑誌」をどう読むか 冨山由紀子】http://p.tl/mZoF

なるほど。<@yuki_tomi 『アサヒカメラ教室3 スナップ写真』ですね。特集のテキストから少し意見が変わっていたりもする(コンポラに対して、より肯定的な見方になっている)ので面白いですよ。後押しというか、現象として見逃すわけにはいかなかったのだと思います。教え子たちの動向

こんな古書を発見。【アサヒカメラ編 / 日本の写真史に何があったか アサヒカメラ半世紀の歩み / 朝日新聞社, 1978 - SO BOOKS】http://www.book-oga.com/wimages/nanigahtml

山城大督さんの昔の読んだことのある論文に行きあたる。【私写真/プライベートフォトの系譜 京都造形芸術大学 芸術表現・アートプロデュース学科 10211909 山城大督】http://p.tl/M5-o

“山岸は1960年代後半「私的世界の作品化」に関心を寄せる森山大道牛腸茂雄深瀬昌久荒木経惟らを積極的に紹介…大辻清司も「“私性”への回帰 1970年代「現代写真」の位置」(『アサヒカメラ増刊 日本の写真史に何があったのか』)という文章を発表”http://p.tl/M5-o

Obinata Kinichi@IHCINIK

@n291大辻「主義の時代は遠ざかって」> 松濤の図録にあの文章を入れたのは、『遊』連載の「事物と写真」とあわせて読んでもらうことを願いつつ、でした。たしかにあの文章で示された「定義」(と、言ってしまう人が多いのだけど)が、実態とずれて言説上で安易に繰り返されすぎた、と思います。

.@IHCINIK 大日方欣一さん、そろそろ単著を出版するというか、表舞台に立たったりしないんですか。救世主的に。講義録だけでも、どなたかが記録していて、何らかの形でまとまると良いと思うんですが。。。

http://twilog.org/n291/date-110531/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年06月03日 - Twilog

“若い意欲的な写真家の作品に、共通したある種の傾向が、最近になって特に目立ちはじめたように思える。どのような傾向か一口に説明するのはむずかしいのだが[略]それらはロバート・フランク、高梨豊、柳沢信、下津隆之に似ていないこともない”大辻清司「主義の時代は遠ざかって」(一九六八)より

“そもそも写真家たちは自然とだけ向かい合って生きてきたわけではなく、われわれが自ら作り出した日常の事物と自己との関係や、自己と他者との関係を知覚しようと生きてきたのだ、と、ライアンズは言う”日高優『現代アメリカ写真を読む──デモクラシーの眺望』より

「Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape」の原文を読んでみないと…ですが、R.D.レインの著作に加えて「日常の事物と自己との関係や、自己と他者との関係」のような言葉が、牛腸茂雄に影響を与えていたという可能性は?

スナップショットの時間 〜三浦和人と関口正夫〜」図録所収の飯沢耕太郎さんの文章。ブレッソンへのアンチとしてのフランクと同様に、木村伊兵衛へのアンチとしての関口・三浦・牛腸だったのではないか?と推測。美手帖増刊ではなく「アサヒカメラ教室3」に言及。甲斐さんのバッチェン訳も。

重森弘淹さんが1972年に指摘。“しかし当時の日本の「社会的風景」派は現在写真から遠ざかってしまったスイス生まれのアメリカの写真家、ロバート・フランクの影響によるものと考えてよく、またわたしなども、従来のイベント中心のいわゆる報道写真にあきたらな”http://p.tl/YjKb

“しかし、コンポラを「既存の表現に対するカウンター」として据えてしまうのは、あまりに安易な二項対立であろう。それは、「コマーシャル」や「ドキュメンタリー」といった従来の写真界的な枠組、” @yuki_tomi さんの「関口正夫の写真について」表象文化論研究7(2008年)所収より

飯沢耕太郎さんの文章は長めの力の入ったものでも、データの部分は使えるんですが、やっぱり飯沢さん自身の思いが勝ち過ぎるというか。。。冨山さんの「関口正夫の写真について」も最初から読み直してみます。しかし、重森弘淹の著作が未だに集成されてないのはなんとも。。。

ある二次会で、関口正夫さんには少しだけお話を伺ったことがあります。職人さんという感じで、何だかシャイな方でした。冨山さんの論文ではHCBの話が出てきますね。重森弘淹は以前ネットで何冊か著作を読めたんですが、今は消えてしまったようです。岸哲男の本は重要ですか?<@yuki_tomi

.@yuki_tomi そういえば、「コンポラ写真」(60年代後半〜)と漫画『コンポラ先生』(もとはしまさひでさん 80年代前半)の「コンポラ」という言葉が、1960年代に流行したコンテンポラリースーツ(すなわちコンポラ)に由来するということを最近になって初めて知りました。

コンテンポラリースーツ(コンポラスーツ) → 【テ−ラ−K・ブラザ−ズ】http://p.tl/hQqL http://p.tl/_2E7 http://p.tl/BSKR

【コンポラ (こんぽら)又は、コンテンポラリートラディショナル・ルック】http://p.tl/oLle 【コンテンポラリースーツ(コンポラスーツ)スタイル:オーダースーツ注文紳士服アベ】http://p.tl/FRl9

「0011ナポレオン・ソロ」は深夜の再放送で見たことがあります。そこから『日々』につながるというのは、とても興味深いです。僕がコンポラスーツに辿り着いたのは(続く)<@IHCINIK コンポラ・スーツ〜ナポレオン・ソロ〜関口正夫さんの『日々』、という繋がり、ありそうです。

(続き)「イケてる」(2000年)とか「トレンド」(1990年)とか「ナウい」(1980年?)みたいな感じで、当時の流行語とか文化的な現象に関係あるんじゃないかという推測からです。あと、大日方さんの以前のツイートを発見しました。http://p.tl/bOoX @IHCINIK

Obinata Kinichi@IHCINIK

コンポラ写真という昔の言葉について知りたい方は、草森紳一「off 帰巣の習性」という文章、橋本治・糸井重里対談本「悔いあらためて」を読み、福生の街をフィールドワークしてください。おすすめします。

.@IHCINIK 僕は未読ですが橋本治さんの『桃尻娘』とかに、コンポラスーツで夜遊びみたいな話が出てくるんでしょうか?…と思って調べてみたら、浅田次郎さんの『霞町物語』という小説が出てきました。http://p.tl/5irH

メモ。上野修さんのブックレビューより。【私と写真と世界を結びつける魔法のような現実は、今どこにあるのだろうか・新倉孝雄『私の写真術』 - texture : ueno osamu】http://p.tl/hJvC

メモ。震災と原発危機を追ってて読めてませんでしたが読んでおかないと。【Togetter - 「「日常」と現代美術、その後、「日常」の初出をめぐるTL」】http://togetter.com/li/117936

http://twilog.org/n291/date-110603/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年06月05日 - Twilog

当時の雑誌等をひっくり返して要検証ですが、60年代からコンテンポラリーを「コンポラ」と略す文化は一部で定着していたようです。また、1951年設立の米西海岸の「Contemporary Records」はジャズ・ファンから「コンポラ」と呼ばれてきたのだとか。@yuki_tomi

Sonny Rollins - Alone Together http://p.tl/fmNf ※『Sonny Rollins and the Contemporary Leaders』は「コンポラのロリンズ」とか「ロリンズのコンポラ盤」と呼ばれるようです。

Obinata Kinichi@IHCINIK

@n291 25年くらい前に読んだきりの『悔いあらためて』ですが、情熱のペンギンごはんの視座から、コンポラ写真と呼ばれる現象がどう見えたか糸井さんがコメントしているはずです。一面を鋭く衝き、辛辣なことを云っていて、「そういわれてもしかたないなあ」と思った。という憶えがあるのです。

.@IHCINIK 草森紳一『ナンセンスの練習』をディグしたので、「OFF 帰巣の習性」から読んでみます。糸井重里×橋本治『悔いあらためて』もいずれ。

古谷利裕さんのはてなダイアリーより。【『悔いあらためて』(橋本治・糸井重里) - 偽日記@はてな】http://p.tl/MDeM

長船恒利『在るもの』http://p.tl/yjWR 先日、RさんとのMTGにて拝見。長船さんは、清水穣さんがちょくちょくトーマス・ シュトゥルートと比して言及することもある作家です。http://p.tl/zCRf もっとたくさんの作品を見てみたいものです。

春日昌昭『街の軌跡』http://p.tl/n62Z 以前から興味がありますが未読です。春日昌昭さんも純粋に作品を見せるための厚めの写真集が出版されても良いと思うのですが。。。http://p.tl/7K2c

【写真誌「視覚の現在」No.1】http://36ex.com/book/003.html ※住友博さんも気になる作家です。

可能であれば、春日昌昭→長船恒利→渡辺兼人→金村修→加藤康成→山方伸→横澤進一みたいな流れで語ることができれば、山方さん(http://p.tl/Uqiz )や横澤さん(http://p.tl/XK1s )が何をやっているのか、もっとわかりやすい形で伝えられるのかもしれません。

70年以降の日本写真史に問題ありでしょうか?メディアに載るか(おもねるか)、写真集を出すかしないと、半ばなかったことにされてしまうという。<@rachiakira 今度聞きたいです。RT 可能であれば、春日昌昭→長船恒利→渡辺兼人→金村修→加藤康成→山方伸→横澤進一みたいな流れで

.@offtrap @rachiakira 飯沢さんは良知さんが答えてくれた通りです。書庫さえ解放してもらえれば、あとは勇退していただいて、危ない写真とか少女趣味とかでやっていただければOKというか。比較的力の入っていた初期の著作も今となっては綻びが多そうです。近年のは……以下略

.@offtrap @rachiakira 鳥原さんは確か広告写真などにも言及したりしていて、そういう意味でのバランスは良かったと思います。西村さんはプロヴォークに大きくページを割き、あとは野村仁さんとか山中信夫さんとか小山穂太郎さんとか森村泰昌さんとか。70年代以降は手薄です。

.@offtrap @rachiakira 70年代後半からポストバブルまでのインディペンデントな動向は、80年代の美術と同様に(たとえばこちらを http://p.tl/u1Me )スルーされてしまっているような気がします。表現としての写真にまつわる写真史の再構築が必要かと。

rachiakira@rachiakira

時間の有限性と野生の勘により…RT @offtrap: その回答は却下。w RT: 勉強不足で… RT …(と、あえて余計な横槍を) RT @rachiakira: 写真史研究者がある時代よりも増えて…改善… RT @n291: 70年以降の日本写真史に問題ありでしょうか?…

岡井友穂@offtrap

あれはなかったことになってる。w RT @rachiakira: デジャヴュに一時期掲載されていた写真史はもう少しまとまった形で読みたいと思ったものですが…(たぶん返す刀っていうのは、こういうことかなあ…)RT @offtrap: 理解できないこともないけど理解してあげない。w

rachiakira@rachiakira

返す刀を峰打ちにしたばっかりに… orz Who's burning with desire? RT @offtrap: 良知くん、せっかくだし「誰が写真史を欲望するのか?」というテーマで何か書いてみない?

http://twilog.org/n291/date-110605/allasc


◇ n291: もとはしまさひでさんのコンポラ先生(コンポラスーツを着た先生 ... - Twitter

もとはしまさひでさんのコンポラ先生(コンポラスーツを着た先生)が生徒にパソコンを教えるという体裁の本だと思います。すがやみつるさんの名著『こんにちはマイコン』の講談社版的内容では?<@yuki_tomi 国際子ども図書館に『コンポラ先生のらくちんパソコン入門 』という本が収蔵

https://twitter.com/n291/status/77623055538597888


◇ n291: .@IHCINIK こんばんは。先日手に入れた糸井重里×橋本 ... - Twitter

.@IHCINIK こんばんは。先日手に入れた糸井重里×橋本治『悔いあらためて』を半分くらい読んで、後半部分をざっとさらってみたんですが、コンポラに関する記述を発見できませんでした。篠山さんほかについての言及はあったんですが。。。ひょっとして文庫版のほうを読むべきなんでしょうか?

https://twitter.com/n291/status/86016385720926208


◇ n291: “ゲイリー・ウィノグランドらとともに、いわゆるコンポラ写真を ... - Twitter

“ゲイリー・ウィノグランドらとともに、いわゆるコンポラ写真を代表する1人であるとともに、20世紀後半を代表する写真家の1人でもある。”??? 誰が書いてるんでしょう?意味不明です。【リー・フリードランダー - Wikipediahttp://p.tl/V-_g

https://twitter.com/n291/status/107014636364242944


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年09月29日 - Twilog

タカザワケンジ@kenkenT

通俗のなかの凄さ、みたいな。完成度高いです。 RT @n291: 先日のMOTOKOさんとタカザワケンジさんのUSTの最後で、タカザワさんが大倉舜二さんの『Tokyo X』を取り上げていました。非常に通俗的でわかりやすい写真集だと思っていましたが、タカザワさんが語っていた序盤の

機会があれば見直してみます。荒木さんの写真は一コマ漫画にならないのに対して、大倉さんは易々とそうなってしまう(単純な記号的対比や特定の年齢層にしか響かないキッチュさによってオチがついてしまう。しかも先取りしてその効果を見込んでいる)のが大きな違いだと思います。<@kenkenT

東松さん、荒木さん、森山さんと比べてみると、改めて作家性ということを考えてしまいます。<@kenkenT アメリカ礼賛世代の屈折した怨念でしょうか。 RT 『TOKYO X』http://t.co/XZmaS2UM 『Tokyo』http://t.co/46e7T1yQ

メモ: 大倉舜二さん→1937年東京生まれ。 / 新倉孝雄さん→1939年東京生まれ。著書に『私の写真術 コンポラ写真ってなに?』(青弓社)。同時多発テロ(911)後のNYも撮影。

現在の私の考え。【写真】→とにかくやめずに続けさえすれば、そのうち作家として認められるというケース多し。 / 【美術】→とにかくやめずに続けることは重要だけれど、作家として認められるかどうかはまったく別の話。

http://twilog.org/n291/date-110929/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年11月04日 - Twilog

この記事の「コンテンポラリーフォトグラファーズ」展の記述はダニー・ライアンが抜け落ちています。ウィキペディアの「コンポラ写真」の項目と同様に。【Songs inpired Kiyoshi Suzuki | my new notebook】http://t.co/PNFy3QKy

甲斐義明さんの「ジョン・シャーカフスキーの『ニュー・ドキュメンツ』展」(REAR no.26所収)によれば、欧米の写真研究の世界では「コンテンポラリーフォトグラファーズ」展はマイナーで言及が少なく、「ニュー・ドキュメンツ」展のほうがメジャーだと書かれていたと思います(要再読)。

コンテンポラリーフォトグラファーズ」展のカタログが日本国内に流通するのが早かったために、また『カメラ毎日』で特集が組まれたのが早かったために、「コンポラ写真」なる奇妙な言葉が生まれることにつながったのでは?という推論も成り立ちます。

「コンポラ写真」(日本国内でしか通用しない言葉)と同様に、「ニューカラー」という言葉(欧米の言説では基本使われない)もサリー・オークレア企画の展覧会カタログが国内で広く流通したために(80年代の流行現象)、奇妙なかたちで定着してしまったという推論も。当時の写真学生の傍証もいくつか

再囀:ルイス・ボルツの「ニューカラー」批判(サリー・オークレアらが仕掛けようとした流行現象に対する)の出典はこれです。『American Images: Photography 1945-1980』(1985年)http://t.co/5GY7KADy

“ルイス・ボルツは、カラー写真の発展のために献身的に尽力した代表者であるとして、ともに1976年にMoMAで個展を開催したウィリアム・エグルストンスティーブン・ショアの作品の功績を認めていた。しかし、彼はさらに続けて、”http://t.co/2rYnZn3Y

http://twilog.org/n291/date-111104/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2011年11月05日 - Twilog

コンテンポラリー(略)」は展示(1966年)からまもなく図録が輸入されたのに対して、「ニュー・ドキュメンツ」(1967年)はカタログがなく1枚刷りのパンフレットしかなかったとのこと(甲斐義明さんのテキストより)。この差は大きいですね。<@kenkenT 同意します!

「ニューカラー」なる言葉が日本で一人歩きしていった経緯が気になります。http://t.co/8fRCAI63 例えば、80年代の研究者にとってアンチョコ的に使われていた欧米の書物の影響であったりとか。<@kenkenT 出版された、ということの影響は大きいでしょうね、やはり。

「もの派」が半ば蔑称だったことと、「コンポラ」というレッテル貼りには、どこか共通する部分がある思います。特異な存在感を示していた田村さんでさえ、当時、無用に貶められたというのは理解に苦しみます<@akihide_tamura コンポラと言う言葉を聴くと、非常に差別的発言に聞こえる

田村彰英@akihide_tamura

@kenkenT @n291 タカザワさん、福居さん書き込み感謝。旧世代とは、グラフジャナリズム系の写真家達であり、その後グラフ系は崩壊するが。森山さんも中平さんもアレブレと言われ精神の地獄を見たはずさらに山岸章二の自死に象徴される。

.@akihide_tamura こちらこそありがとうございます。コンポラについては西井一夫さんの立ち位置も気になります。プロヴォークやWORKSHOP写真学校、CAMPに近しい方だったという印象ですし、そういう話も聞いています。また機会があればそのあたりのお話も伺わせてください

その話につなげると、よく語られることですが、プロヴォークには多木浩二さんがいましたし、中平さん、森山さんが多くの文章を残しているというのは大きいですね。一方、ようやく福島辰夫さんの論集が出て、当時のVIVOをもう一度考える状況が整ってきてきたという。<@kenkenT 活字信仰。

大辻清司門下というラインですね。牛腸茂雄さんをフィーチャーした飯沢さんが、当時けっこう叩かれたという話ですが、このあたりも要検証ですね。<@kenkenT そういう意味では、「コンポラ写真」という言葉にポジティブな意味を与えたのは飯沢耕太郎さん(雑誌「deja-vu」の編集長)

.@kenkenT 牛腸さんで思い出したんですが、タカザワさんの尽力もあって、「流しの写真屋 渡辺克巳 1965-2000」@ワタリウム美術館が開催されたり、渡辺克巳さん(http://t.co/iRK96n3u)の仕事がもう一度見直されたことは、とても良かったことだと思います。

個人的に今後期待したいのは、長船恒利さん、春日昌昭さん、下津隆之さんが再考されること。あと、写真美術館で小林のりおさんと大西みつぐさんの2人展、もしくはそれぞれの個展が開催されることとか、金村修さんの分厚い写真集が『Daido hysteric』みたいなかたちで出版されることです

今はあまり使われない言葉ですし、もし使われるのだとしてももっとフラットな言葉として使用されていると思います。あの頃のああいったテイストの写真だという意味で、しかも漠然と。<@shirahamamasaya コンポラ風というのは、蔑視的に使われてて、本質が問われてない。直感に依拠し

“直感に依拠して、余計なこと考えず撮りまくれ!という伝統が日本には強いように”と、コンポラはとくに結びつきのない話題だと思います。やはり、「コンポラ」には独特のわかりづらさがあって、難しい言葉ですね。<@shirahamamasaya 脇から筋違いの横ヤリですみませんでした。

http://twilog.org/n291/date-111105/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2012年01月11日 - Twilog

【「構成と装置 新しい写真表現の特性」(伊藤俊治 1985年)より】http://t.co/q7L6MgRR

伊藤俊治さんといえば、去年末に発売されたIan Jeffrey『How to read a photograph』の邦訳、イアン・ジェフリー『写真の読み方』の監修を担当されています。昨晩、青山ブックセンター本店に立ち寄ったついでに資料用に購入しました。そして、エグルストンの項を

イアン・ジェフリー『写真の読み方』のウィリアム・エグルストンの項を卒読したところ、もちろんのことですが、どこにも「ニュー・カラー」なる言葉は見当たりませんでした。ニューカラーという微妙な言葉を「コンポラ」的に蔓延させた一因は伊藤さんにもあるでしょうし、これはなかなか皮肉なことです

せっかく改訂されることですし、日本でしか通用しない用語をまことしやかに流布させるのはおしまいにしたほうが良いかと思われます。【ニュー・カラー | 現代美術用語辞典ver.2.0 β版】http://t.co/BZCfMN9x

再囀:金子隆一さんのテキスト「ニュー・カラー・フォトグラフィー カラー写真の新しい展開」は『パリ・ニューヨーク・東京 つくば写真美術館'85』所収。まだ「ニューカラー」なる言葉は一人歩きしていません。カラー第一世代のエルンスト・ハースに対して第二世代の作家(エグルストン等)を列挙

http://twilog.org/n291/date-120111/allasc


◇ n291: WS第1期・第5回の補足。三浦和人さん → http://t ... - Twitter

WS第1期・第5回の補足。三浦和人さん → http://j.mp/wIOieb  http://j.mp/zUaFve  ※いわゆるコンポラ写真

https://twitter.com/n291/status/167979476293124098


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2012年02月11日 - Twilog

K.S.@jaro050

@n291 この点に関して、日本の写真文化の舞台が主に雑誌であったことに関係していると思います。つまり雑誌的なカテゴリー形成が写真文化を大枠で規定していたという可能性です。「コンポラ」や「ニューカラー」は、今から思えば極めて雑誌的な見出しです。

Unknown@typoa_books

@n291 突然のメッセージすいません。以前高橋恭司に関するレビューを取り上げて頂いた者です。覚えておられるか分りませんが。そこで「ニューカラー」という言葉を巡って、自分が何の躊躇いもなくニューカラーという言葉を使ってきたことに恥ずかしさを覚えました。

いえいえ、そんなそんな。僕も作り手なのでまったくもって荒っぽいレベルだと思います。「コンポラ」という日本的な言葉がありますが、そういう意味での「ニューカラー」なんだと思います。<@typoa_books 突然のメッセージすいません。以前高橋恭司に関するレビューを取り上げて頂い…

しかし、ここで注意したいのは、自分の作品を「ニューカラー」だ、“「ニューカラー」の子供”だと自己規定している写真家はごく少数ではないだろうか?ということです。例えば、鈴木理策さんならオークレアの著作への関心は語っても、自分がそれだとは述べないでしょう。<@typoa_books

http://twilog.org/n291/date-120211/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2012年05月23日 - Twilog

@yuki_tomi @digippox プリズムの件、貴重な証言なのでオーラルヒストリーにも使えるように記録してきてください(僕も話を伺いたいところですが、人数が多くなるのも微妙なのでお願いします)。あと、プリズム終了後の大辻清司さんの自宅サロン(?)についても伺ってください。

@digippox 谷口雅さんにもお話を伺うと良いのでは?谷口さんは確かプリズム創設メンバーですし、平木収さんの遺品の整理にもたずさわっていたと誰かに伺ったように思います。

@yuki_tomi ぜひぜひ。桑原さんとは桑原敏郎さんですか?FBはやられているようですね。あと、プリズム関連では住友博さんの話も気になります。プリズム以降、80年代後半かもしれませんが、金村さんなどによると、一時期、住友さん(がとても輝いていた)の時代もあったという話ですね。

@yuki_tomi 大辻さん関連の資料として参照済みかと思いますが一応→【 “コンポラ”の逡巡:「大辻清司写真実験室」展(谷口雅)より(『インターコミュニケーション28号 特集:We are the ROBOTS』(1999年春)所収)】http://t.co/WvOeAiSw

@yuki_tomi 桑原敏郎さんもプリズムの立ち上げメンバーだったはずなので勘違いしました。あと、桑原甲子雄さんの個展がやはり荒木経惟さんのプリント(とセレクトも?)だったのかどうかも、気になるところですね。住友博さんの作品が展示以外で見られるのは写真集『透間』だけでしょうか。

@digippox @yuki_tomi 僕も断片的な話しか知らないんですが、プリズムには興味があります。あと、その後の大辻サロン。しばらく間が空いて、フロッグ→モール。ってことで、MTGしましょう。

http://twilog.org/n291/date-120523/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2012年05月24日 - Twilog

@yuki_tomi 経緯は気になります。桑原さんは、日常写真の先達=コンポラの可能性を探るとか?(かなりいい加減ですが) 住友博さんは収蔵もされているようです→http://t.co/ScA3dNn7 この展示はカタログもあるんですね→http://t.co/QMETJkQs

@yuki_tomi こんな等式を考えてみました。 コンポラ写真=「コンテンポラリーフォトグラファーズ 社会的風景にむかって」×{桑沢デザイン(バウハウス[教育理念]+ニュー・バウハウス[石元泰博]+シュルレアリスム[大辻清司]⇒牛腸茂雄、関口正夫)+(桑原甲子雄荒木経惟)}

@yuki_tomi まあ、チャート化は単純化しすぎなので単なる思い付きです。そういえば、桑原甲子雄さんは『写真よさようなら』の編集担当だったりと、編集者としても重要ですね。あと、NHK日曜美術館でドガについて語った回もあるようです。http://t.co/DA7ZHDga

『日本写真全集12 ニュ−ウェ−ブ』(編:桑原甲子雄・重森弘淹 小学館 1988/03/10)http://t.co/Qo7IdJC1

【美術と〈フェティシズム〉18─レンズにとって美とは何か 浅井俊裕】http://t.co/zeLb2tSq ※“このテキストは、『WALK』49号掲載文に、加筆・訂正したものです”とのこと。

“重森は先のテキストで次のように分類している、「純粋な写真視覚への模索(渡辺兼人、山崎博他)、古典的スタイルの引用(中川政昭、大阪寛他)、文化的装置としての都市の解読(田原桂一、杉本博司、伊奈英次他)、日常への偏執と非日常的なものへの眼差し(島尾伸三大西みつぐ、吉村晃他)、

(……)現代美術の表現的文脈と交差する試行(白岩登三靖、山本糾他) など」だ。そして「そのどれもが写真神話崩壊後の、改めて写真自体のアイデンティティを求めようとする意識の発露である」という。さらに、重森は同じ『日本写真全集12』の別の箇所で島尾の作品に言及し(……)

(……)「島尾伸三の『毎日の記録』は家庭の日常のなかに限りなく密着し、日常性という虚構を浮上させている」(「総論ニューウェーブ/八〇年代の作家たち」p.56)”http://t.co/zeLb2tSq

http://twilog.org/n291/date-120524/allasc


◇ n291: 2010年。【表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:ト ... - Twitter

2010年。【表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:トピックス (1)】“甲斐さんの発表は、「私写真」や「コンポラ写真」という写真表現を、これまでのような写真史内部の言説ではなく、広く同時代の美術批評の言説と比較した上で再定義”http://j.mp/Pnl10W

https://twitter.com/n291/status/250921226984382464


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2012年10月10日 - Twilog

プリズム(1976-77年)の初期メンバーは、谷口雅、桑原敏郎、住友博、平木収、小部俊裕、阿部棟也、守屋裕司、吉村礼仁、牧田アダン、重松一穂、野村三郎、棟近好一の12人。

“「プリズム」は桑原甲子雄の企画展に始まり、ロバート・フランク、田村シゲル(彰英)、山崎博を経て、〈コンポラ写真〉ということばを普及させた大辻清司の個展で終わる。”『インディペンデント・フォトグラファーズ・イン・ジャパン 1976‐83』金子隆一島尾伸三・永井宏 編より

http://twilog.org/n291/date-121010/allasc


◇ n291: 動向の名称は研究者の方々にとって頭が痛い問題かもしれません。 ... - Twitter

動向の名称は研究者の方々にとって頭が痛い問題かもしれません。昔の話では、峯村敏明さんの「類彫刻」は定着した用語と言えるのか?とか。最近では、清水穣さんの「ネオ・コンポラ」の捩じれっぷりは一体(でも1945以降あるいは明治以降というスパンで考えると逆にクリティカル?)とか。

https://twitter.com/n291/status/266354738415685632


◇ n291: [#291WS 第4期・第2回:キーワード]佐久間元|梅佳代 ... - Twitter

[#291WS 第4期・第2回:キーワード]佐久間元|梅佳代|コンポラ写真|牛腸茂雄|関口正夫|高梨豊|プロヴォーク|中平卓馬森山大道|「コンテンポラリーフォトグラファーズ 社会的風景にむかって」|ジョージ・イーストマン・ハウス|ネイサン・ライアンズ|ゲイリー・ウィノグランド

https://twitter.com/n291/status/276996647005855744


◇ n291: [#291WS 第4期・第8回:キーワード]阿部淳|プロヴォ ... - Twitter

[#291WS 第4期・第8回:キーワード]阿部淳|プロヴォーク系とコンポラ系|牛腸茂雄|山内道雄|佐久間元|アレック・ソス|8×10|アメリカ写真の歴史|ロー・エスリッジ|ウィリアム・エグルストンジェームズ・ウェリング|カルアーツ|マイケル・フリード

https://twitter.com/n291/status/284652947072233472


◇ n291: @WS参加者各位 「291 ... - Twitter

@WS参加者各位 「291 workshop」第5期・第1回は、本日予定通り開催します。ゲストにKNさんとGKさんの参加を予定。よろしくお願いいたします。写真集はVIVO→プロヴォーク→コンポラを“ある角度”から辿れるものを用意しました。http://j.mp/RGPIl8

https://twitter.com/n291/status/291840161770262528


◇ n291: @WS参加者&ゲスト各位 昨晩は約4時間の長丁場&だるまでの ... - Twitter

@WS参加者&ゲスト各位 昨晩は約4時間の長丁場&だるまでの打ち上げ、お疲れさまでした。タイムアップで写真集を見て議論する時間がなかったのは残念でしたが、準備していたVIVO→プロヴォーク→コンポラの件についてはまた改めて考えていきましょう。では引き続きよろしくお願いいたします。

https://twitter.com/n291/status/292114406903525376


◇ n291: [#291WS 第5期・第1回:キーワード]タイポロジー|集 ... - Twitter

[#291WS 第5期・第1回:キーワード]タイポロジー|集める作品の問題点|澤田知子|北野謙|ミヒャエル・ヴェゼリー|ハンス=クリスティアン・シンク|ハイナー・シリング|シークエンス鈴木理策|細川文昌|東松照明|プロヴォーク|高梨豊|コンポラ| 関口正夫と牛腸茂雄ほか

https://twitter.com/n291/status/296909336729489408


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2013年02月16日 - Twilog

それはさておき、やはり「ネオコンポラ」という言葉は謎です。三浦和人さんや島尾伸三さんも、いわゆる「コンポラ写真」を代表する作家だと思います。そう考えると、「コンポラ写真」の中の、特定の作家の、特定の作品のみを論拠に、「ネオコンポラ」という括りが形成されているのかもしれません。

再度:「コンポラ写真」というあまり意味のない言葉には正しく成仏していただいて、個別の作家の営みとその可能性を検討したほうが良いかと思われます。これは、いわゆる「ニューカラー」や「女の子写真」についても同じ。

再度: 日本の「コンポラ写真」=「コンテンポラリーフォトグラファーズ 社会的風景にむかって」×{桑沢デザイン(バウハウス[教育理念]+ニュー・バウハウス[石元泰博]+シュルレアリスム[大辻清司]⇒牛腸茂雄、関口正夫)+(桑原甲子雄荒木経惟)} ※やや単純化した等式

「コンポラ写真」を翻訳と近代化の問題と捉えること。みたいなことを最近は考えていたりします(柄谷行人さん経由の大塚英志さん的なアイデア)。同様に、森山大道中平卓馬のアレブレボケをウィリアム・クラインの翻訳と考えてみること。この2つを合わせて、いろいろと考えることもできそうです。

Contemporary Photographers: Toward a Social Landscape (1966)の出展作家よりも、キュレーターであり、自身も写真家であるネイサン・ライアンズの作品のほうが、むしろ「コンポラ写真」の印象に近かったりすることも興味深い点です。

Contemporary Photographers: The Persistence of Visionが1967年。Private Realities: Recent American Photographyが74年。この頃の作品を流用して志賀利江子さん的な組みを考えたりとか

http://twilog.org/n291/date-130216/allasc


◇ n291: @yuki_tomi もし今晩の「日常」についての話がコンポ ... - Twitter

@yuki_tomi もし今晩の「日常」についての話がコンポラ写真をどう考えるべきかに端を発するものであれば、「生活世界」(社会学の用語かと思ったら最初は現象学?)と、その個々人における分節化を鑑みつつ個別の事例を考察し、そののちに全体を考えるのが良いように思いました。

https://twitter.com/n291/status/306763372500754432


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2013年03月29日 - Twilog

少し前のブログのリファラより。ちょっと笑ってしまいましたが、そもそも誰かに頭を撫でてもらうことを目的に制作しても仕方がないというか。。。【「飯沢耕太郎が評価する作品パターン」の検索結果 - Yahoo!検索】http://j.mp/13zIAh4

プロヴォークの主軸をコミットメント中平卓馬)、コンポラの主軸をディタッチメント牛腸茂雄)と仮定して、主要作家をマッピングしてみるとか。森山大道のデザイン性とパラレルなのが、関口正夫の形式性とか。高梨豊はシュルレアリスムを経由しつつ先行世代との切断、三浦和人は……的に。

去年あたりからぼんやりと考えていることではありますが、あえてざっくりと切り分けて、そこから考えていく感じです。もちろん実作家である私が思いつく程度のことなので、荒っぽい部分があるのは承知の上ですが。。

http://twilog.org/n291/date-130329/allasc


◇ Nobuhiro Fukui(@n291)/2013年07月10日 - Twilog

ARTiT_Tokyo@ARTiT_Tokyo

【連載】清水穣 批評のフィールドワーク:38, 39 プロヴォークとコンポラ ― 「日本写真の1968」展(東京都写真美術館)の余白に(1)http://bit.ly/1aAL6Hf |(2)http://bit.ly/17GWjlU #ARTiT

注釈にある東松照明さんの石内都さんの初期作品評など学びもありましたが、基本的には「どうなんでしょう?」という部分も多いです。日本のいわゆる「コンポラ写真」と「コンテンポラリーフォトグラファーズ 社会的風景に向かって」で展示された5人の作家の当時の作品は等号で結べるようなもので

はありませんし、まずそれを明示しておかないと読み手を混乱させるばかりでは。それに「コンポラ」という言葉自体、それに意味があるのかどうかすらよくわからない謎概念ですし、この言葉について語る人によって定義にズレがあるので、このテクストではこれこれこのように定義していますと書かないと、

不誠実なもののように思われます。しかし、そこを曖昧にするがゆえに、飛躍や危うい論旨のブリッジが可能になって、批評文を読むことのスリルや面白みが生まれるのかもしれませんが。“つまり「社会的風景」とは、写真情報の入出力の結節点とそのネットワークだけが存在する風景である”という言い切り

も非常に大胆なもののように思われます。“つまり「社会的風景」とは、”から始まり、“「自己と他者たち Self and Others」”と牛腸茂雄を持ち出し、“それが「コンポラ」であった。”と結ぶ飛躍。鮮やかですが、どうなんでしょう?あと、清水さん独自のターム「ネオコンポラ」との

「コンポラ」の「結びつき」はどのように処理するのでしょうか?続編に期待です。http://twilog.org/n291/search?wod=%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%A9&ao=a

http://twilog.org/n291/date-130710/allasc

本・写真集 003 - ギャラリー36EX

003 写真誌「視覚の現在」No.1

PUT出版局 1979年4月刊

A4 72頁

モノクロ2色刷

定価 2,100円(税込/送料340円)

1970年代後半、新宿西口で活動していた「フォトギャラリーPUT」の発行。希少本。

今、「見る」ことを問う。

直接性あるいは肉眼への回帰としてではなく、

「見る」ことが、

「見えないもの」を「見る」のではなく、

「見えるもの」を「見る」のでもなく、

「見えるもの」の見えなさをこそ「見る」作業として。

(本書より)


掲載作品

・浜  昇「表層の戲れ」

・長船恒利「在るもの」

・住友 博「十字路」

・田口芳正「地点」

・野田真吾「存在の詩」

・岡 友幸「東京」

http://36ex.com/book/003.html

畠山直哉 - Yahoo!百科事典

写真家。岩手県陸前高田市生まれる。1981年(昭和56)筑波大学芸術専門学群総合造形コース卒業。84年同大学院芸術研究科修士課程修了。大学2年のときより大辻清司(きよじ)に写真を学び、在学中から写真作品を発表しはじめる。以後、日本国内およびフランスイギリスイタリア、ドイツ、アメリカなどで個展を開催、また国内外で数多くのグループ展に参加。94年(平成6)イングランド中央部レイコックのフォックス・タルボット博物館で滞在研究。96年アメリカカリフォルニアのジェラシ・レジデント・アーティストプログラムアーティスト、パメラ・ジェラシPamela Djerassi(1950―78)を記念してその両親により設立されたNPOによる滞在制作プログラム)に参加。写真集『Lime Works』(1996)と個展「都市のマケット」(1996、ギャラリーNWハウス、東京)により97年木村伊兵衛写真賞受賞。写真集『Underground』(2000)により東川(ひがしかわ)町国際写真フェスティバル国内作家賞、毎日芸術賞受賞。2001年、ミレニアムを記念し、1000人のアーティストが全英1000か所で滞在制作するThe Year of ArtistとJapan 2001という二つのプログラムの参加企画として、イギリス、ベッドフォードシャー県ミルトン・キーンズでレジデント・アーティストとして制作、また同年ベネチア・ビエンナーレ日本館「ファスト&スロウ」に出品。2002年には国内(岩手県立美術館国立国際美術館)およびドイツ(クンストフェライン、ハノーバーほか)でそれぞれ大規模な回顧展が巡回した。

1980年代後半に撮影を開始した日本各地の石灰石鉱山をテーマとするカラー作品「ライム・ヒルズ」(1986〜90)で注目される。続いて採掘された石灰石を精製しセメントなどへと加工する工場群を撮影した「ライム・ワークス」(1991〜94、「ライム・ヒルズ」とともに写真集『Lime Works』を構成)、石灰石鉱山の発破(はっぱ)の様子を遠隔操作したカメラで至近距離から撮影した「ブラスト」(1995〜99)を発表。この石灰石をめぐる三部作のほか、石灰石を原料にしたセメントで覆われた都市をテーマに、80年代末から撮影が続けられている高層ビルから街並みを俯瞰した作品や、護岸をコンクリートで固められた都市の川をたどる「川の連作」(1993〜94)、暗渠(あんきょ)内の地下水路を撮影した「アンダーグラウンド」(1998〜99年撮影。1999年同題の個展。2000年写真集『Underground』刊行)によって、「都市を垂直にたどる」試みを続けるなど、写真によってわれわれを取り巻く世界の成り立ち、そのネイチャー(自然/本質)をリサーチする仕事を展開してきた。そのリサーチは、写真というメディアや人間の視覚、それらを通じた認識などの自然/本質にも向けられ、写真における光をテーマに、夜景の中の光をフレーム内に組み込んだ光源によって実際に光らせる作品「光のマケット」(1995〜97)や、カメラ・オブスキュラ(暗い部屋に小穴をあけ、反対側の白い壁や幕に戸外の実像を逆さまに写し出す装置)を用いたドローイング作品「カメラ・オブスクラ・ドローイング」(1996〜97)、レンズとして作用し風景の倒立像を結ぶ無数の水滴に覆われたガラス越しに風景を撮影した「スロー・グラス」(2001)などを発表している。

[ 執筆者:増田 玲 ]

http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%95%A0%E5%B1%B1%E7%9B%B4%E5%93%89/


◇ 高梨豊 - Yahoo!百科事典

写真家。東京・牛込に生まれる。1957年(昭和32)日本大学芸術学部写真学科卒業後、桑沢デザイン研究所の夜間部に入学、大辻清司(きよじ)に師事。1961年日本デザインセンターに入社、まず広告写真の分野で活動を開始する。1963年芸能人が素顔に戻った瞬間を活写した連作「オツカレサマ」を『カメラ毎日』誌1〜12月号に発表。この連作により、翌年日本写真批評家協会新人賞受賞。1966年『カメラ毎日』1月号に「東京人」を掲載、初期の代表作となる。高度経済成長期の大都市の公共空間に集う人々の様態を私的なまなざしによってとらえ、悲哀、孤独、疎外といった感情を巧みに引き出した。この連作にはロバート・フランクの写真集『アメリカ人』The Americansの影響が認められ、『アメリカ人』同様にグラフ・ジャーナリズムにおける「客観的」なメッセージ伝達の失効という時代状況を鋭く衝(つ)いている。「東京人」ともう一つの連作「Tomorrow」を出品した1967年のパリ青年ビエンナーレで国際写真部門最高賞受賞。1968年写真同人誌『プロヴォーク』を写真家中平卓馬(なかひらたくま)、評論家多木浩二(1928―2011)、詩人・美術評論家岡田隆彦(1937―1997)らと発刊する。「東京人」以後高梨が追求した、流動して止まない都市の実相を、高度な叙情性と気象や物質に対する優れた感受性によってとらえる作品は、1974年の初の写真集『都市へ』に結実した。1960年代後半から1970年代前半にかけての高梨の写真は、森山大道(だいどう)、中平らの写真と、印画紙上の粒子の粗(あら)さや、軟焦点の描写において形式的な共通性を示すが、高梨の場合写真に写される形を全面的に破壊することを回避し、人間のいる環境を描写することへの私的な関心を持ちつづけていた。1960年代後半にはじまる一連の作品のもつ内省的な側面によって、アメリカの同時代の新しいドキュメンタリーの動向を日本に翻案・適用した「コンポラ写真」(アメリカニューヨーク州ロチェスターのジョージ・イーストマン・ハウス国際写真博物館におけるグループ展「コンテンポラリーフォトグラファーズ――社会的風景に向かって」(1966)に見られる、明快な社会的メッセージ性を抑制し、撮影対象との物理的な距離感を保ちつつ、プライベートな視線を重視した動向の写真と、類似した傾向を示すと当時理解された一連の日本の写真を指す。この理解は曖昧(あいまい)で必ずしも正確なものではなかった)の先駆的存在とみなされ、後続する写真家の指標となった。

1977年写真集『街』を刊行。このカラーの連作では主に6×7センチメートル、4×5インチといったより大きなフォーマットのカメラを用いて、都市の一隅を丹念に記録した。『街』は、高梨のもう一つの側面である、都市の構造分析への関心を物語る作例であり、こののち『都の貌(かお)』(1988)、『地名論』(2000)といった写真集にまとめられた代表作にも、同様の禁欲的な記録や分析への意思と、都市をテクストとして読解する試みが定着している。『地名論』では、歴史的な記憶を新規の建造物や道路が次々に隠蔽していく東京に、わずかにかいま見られる歴史的痕跡を冷静に拾い上げようとする。一方で、『都市へ』の中にあった湿潤な気候風土を官能的に写し取る仕事は、「Pre-landscape(風景以前)」という副題のついた写真集『初國(はつくに)』(1993)において、近代的な風景の成立から遡(さかのぼ)って、日本の神話や宗教的な記憶の場所をたどる営為に発展した。

日本写真協会年度賞を二度受賞(1985、1994)しているほか、東川(ひがしかわ)町国際写真フェスティバル国内作家賞受賞(1993)。1983〜2000年(平成12)東京造形大学教授。

[ 執筆者:倉石信乃 ]

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◇ 大辻清司 - Yahoo!百科事典

写真家。東京市城東区大島(現東京都江東区大島)生まれ。1942年(昭和17)東京写真専門学校(現東京工芸大学)芸術科に入学(第二次世界大戦後に44年9月付け卒業認定を受ける)。在学中の43年に陸軍に応召。終戦後除隊、写真スタジオや雑誌『家庭文化』編集部勤務を経て47年(昭和22)新宿で写真スタジオを開業。49〜52年美術文化協会に参加。53年実験工房、グラフィック集団に参加。56年雑誌『芸術新潮』嘱託写真家となり、1970年代まで美術雑誌、建築雑誌や企業PR誌などさまざまな出版物のための写真撮影を担当。58〜78年に桑沢デザイン研究所で写真の授業を担当し、以後、東京造形大学(1967〜76)、筑波大学(1976〜87)、九州産業大学(1987〜96)などで教鞭をとる。1960年代から写真雑誌、美術雑誌などにエッセイや写真評論を寄稿、同時代の写真の観察者、批評家としても大きな役割を果たした。

中学時代に写真雑誌『フォトタイムス』に掲載されたヨーロッパの前衛的な写真や滝口修造、美術家阿部展也(のぶや)の論考などに触れて写真家を志した大辻は、戦後、美術家斎藤義重(よししげ)と知り合い、斎藤の所属する美術文化協会に参加。同協会展に出品したシュルレアリスム的な意識や造型感覚の際立つ作品などによって写真家としての評価を得た。また絵画、詩、音楽など多様なジャンルの表現者が集まり、総合的な芸術を目指した実験工房(1951年結成、58年ごろまで活動)や、デザイナーや写真家などグラフィック・デザインに携わる専門家によって結成されたグラフィック集団(1953〜57)のメンバーとして、『アサヒグラフ』誌のコラム「ΑPN」のカット写真(1953〜54。山口勝弘(1928― )らとの共作)や、フィルムに直接書きこみや着色を加えた抽象的映像表現による実験映画「キネカリグラフ」(1955。石元泰博・辻彩子(さいこ)(1929― )との共作。シネカリグラフともいう。音楽・武満(たけみつ)徹、命名・滝口修造。第2回グラフィック集団展で発表)など、さまざまな共同制作を行った。

1960年代以降は教育者としての活動に比重を移し、高梨豊、山田脩二(1939― )、牛腸(ごちょう)茂雄(以上桑沢デザイン研究所)、島尾伸三(1948― )、鈴木秀ヲ(1953― )(以上東京造形大学)、畠山直哉筑波大学)など多くの写真家を育てる。60年代末には日本の若い写真家たちによる日常的光景に淡々とアプローチする傾向の写真を、ジョージ・イーストマン・ハウス国際写真博物館(アメリカニューヨーク州ロチェスター)の「コンテンポラリーフォトグラファーズ――社会的風景に向かって」展(1966)に結びつけて分析し、その新傾向が「コンポラ写真」と通称されるきっかけをつくった。このころから自身も日常的光景のスナップショットを意識的に試みはじめる。事物の存在に鋭く迫る従来の作風に加え、後に自らシュルレアリスムにおける自動筆記と結びつけて分析したスナップショット作品は、写真を介した探究の起点となる主観、自らの意識の立脚点への問いとして大辻の作品世界に広がりを加えた。75年に『アサヒカメラ』誌に連載された写真と文章による「大辻清司実験室」では、自らに実験者、被験者という二重の役割を課し、自分の撮影行為を客観的に分析、写真を介した世界とのかかわり方、そこに現れる主観と客観についての根源的な問いを展開した。

長く教育者、批評家としての業績が評価されてきたが、90年代末より表現者としての仕事が、「大辻清司写真実験室」展(1999、東京国立近代美術館)などを通じて再評価されている。

[ 執筆者:増田 玲 ]

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大谷崩 - Wikipedia

大谷崩(おおやくずれ)は、静岡県静岡市葵区の大谷嶺(おおやれい)の南斜面にある、1707年の宝永地震によってできた山体崩壊跡である。

1858年に富山県で起きた鳶山崩れ、1911年に長野県で起きた稗田山崩れとともに、日本三大崩れのひとつとされる。

大谷嶺は標高1999.7mで、安倍川の水源のひとつだが、この崩壊のときに、崩落した土砂が安倍川を堰き止めて下流に滝を作った。この滝は土砂のために真っ赤な水を流し続けたことから、「赤水の滝」と呼ばれている。

現在でも大雨の後には多量の土砂崩落が見られる。山体崩壊の迫力のある形状とともに、春の新緑、秋の紅葉、冬の雪化粧などの景観にも優れることから、山の麓まで訪れる観光客も見られる。

登場する作品

  • 幸田文『崩れ』

幸田が72歳のときに出会った大谷崩の迫力に圧倒されたことから、全国の崩壊地を訪ね歩いたことを綴ったエッセイ。大谷崩のたもとには「崩れ」の文学碑がある。

  • 青木奈緒『動くとき、動くもの』

幸田の孫である青木が大谷崩ほか、上記「崩れ」の地を訪れて著したエッセイ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E5%B4%A9


◇ 鳶山崩れ - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%B6%E5%B1%B1%E5%B4%A9%E3%82%8C


◇ 稗田山崩れ - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%97%E7%94%B0%E5%B1%B1%E5%B4%A9%E3%82%8C

まもなくマル激・原発篇が上梓されます! - MIYADAI.com Blog(2011-05-18

 震災と原発事故で日本人の自明性に亀裂が生じる可能性を直感した。日本には平時を前提にした行政官僚制しか社会を動かすものがない。民衆も政治家も行政官僚制を掣肘できない。そのことを意識しないまま民衆も政治家も行政官僚制に依存する。キーワードは依存だ。

 行政官僚は既存のプラットフォーム上で最適化の席次争いをするのが責務。そして本来の政治家は社会環境の変化で既存のプラットフォームが不適切になればそれを刷新するのが責務。行政官僚はプラットフォームが適切であれ何であれ、政治家による刷新に抵抗しようとする。

 ご存じの通り冷戦体制終焉後の急速なグローバル化=資本移動の自由化で、経済分野では、どのみち新興国に追いつかれる産業領域で平均利潤率均等化の法則で労働分配率の低下が起こるから、新興国との競争に耐えて経済指標を好転させることに成功すれば勤労者が貧しくなる。

 政治分野では、かつてあり得たような再配分政策は機能しなくなる。再配分の原資を調達すべく所得税率や法人税率を上げれば工場や本社が国外に移転する。もちろん税収が減って財政がいっそう逼迫し、生活の安定や将来に不安を抱く人々は貯蓄に勤しんで消費をしなくなる。

 かくしてデフレが深刻化すると購買力平価の均衡則によって為替レートが円高となり、企業は輸出競争力を低下させ、それに抗おうとすれば国外に工場や本社を移転するしかなくなる。かくして税収が減って財政がいっそう逼迫し、不安になった人々はますます消費を控える。

 こうした循環状況は、経済システムや政治システムがかつて前提とした環境がもはや存在しないという意味で「平時」ならざる「非常時」に近い。従ってプラットフォームが変わらねばならない。つまり、産業構造改革や、租税制度改革や、行政官僚制改革が、必須になるのだ。

 「平時」にしか働かないシステムに依存したヘタレな国が稀代の震災と原発事故に対応できるはずがなかろう。震災と原発事故で日本人の自明性に亀裂が生じと思ったというのはそういう意味だ。日本社会がそれなりのものだといった信頼が木端微塵になるということである。

 「平時」にしか働かないシステムへの依存。あるいは「平時」への依存。こうした依存がいかにもろい前提に支えられているかを震災と原発事故が暴露した。多くの人は津波が何もかも押し流す映像に現実感覚が湧かなかったと言う。「平時」に依存した思考停止のなせる業だ。

 震災と原発事故を契機に思考停止が若い世代に継承されなくなってほしい。可能性は辛うじてあろう。僕のゼミにもやむにやまれずボランティアに出かけ、遺体の数々が木枝に串刺しになっているのを見た学生らがいた。彼らが新たな前提の上で社会を再建することを切に望む。

http://www.miyadai.com/index.php?blogid=1&archive=2011-5-18

福島事故を収拾できない日本政府、自滅する東京電力ー「嘘をつく東電」から「無能の東電」へ/ルモンド紙(9月3日)- フランスねこのNews Watching

http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/93-b740.html