新ジャンル「ぬらりひょん系女子」現る！？ 『たべるダケ』 1巻

たべるダケ 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

この世知辛い世の中、様々な悩みを抱えて日常に疲れてしまった人たち。
そんな人の前に『あのムスメ』は現れる・・・

特に人助けをするわけでもなく、料理について何かを語るわけでもない。
そこにあるのは、空腹で登場して飯を食う、ただそれだけ。
非常に単純明快な話なのに、何故か気が付くとのめり込んでしまう。
食事ってのは言葉じゃないんだよ、美味いか否かなんだよ。
料理ジャンルもの、特にバトル描写がある作品になってくると、
如何に盛大なリアクションをするか、
如何に言葉で味を伝えるか、
程度の多少はあれども誇張しすぎて逆に味が伝わりにくいなんてことがあったりします。
が、本作の場合、そんな大げさな表現など一切皆無。
空腹で飯を食って自然と溢れる笑み。

グルメ番組のリポーターも番組内では独自の表現をしていても、
番組の枠を外れて本当に美味いものを食ったときは
言葉すら出ずにただ『美味い』としか言えないって聞いたこともあります。
非現実的な奇妙な女と食べる、現実的な食事シーン。
飾り気のない、ごく一般的な料理の数々。

誰もが当たり前のように過ごしていることで忘れてしまいがちな、
食べることの楽しみってものが実によく伝わってきます。
嗚呼、飯食ったばかりなのにまた飯が食いたくなってきた・・・

その女は幸せの女神？それともただ飯食いのタカり？
基本的に展開は本作においてのお約束に沿った流れで毎回構成されていて、
無言で腹の虫にて訴えかけ、飯を食ったらどこへともなく去る。
この繰り返しで、一言で言うなら『変な女』。
まさに現代に生きるぬらりひょん。
現実的にはあまり関わり合いになりたくないような存在ですね。
なのについつい食事を食べさせてしまいたくなってしまうのは何でなんだろう。
他意の全く無い食欲って本能に訴えかけてきているからなのかな。
ぃゃ、無言のプレッシャーに押し負けた可能性もなきにしにもあらずですが・・・
そりゃ全力で腹の虫鳴らした女が無言で迫ってくるって普通に考えたら怖すぎだし。
何か言葉では言えないような妙な魅力ってものがありますね。
事実、飯を食ってるときのリアクションがとにかくたまらない。

周りの目を気にすることも無く、ただ己の食欲を満たすためだけに向けられた一点。
見方によっては官能的とすら思えるほどの食べっぷりと、
全てが満たされた桃源郷にでも至るかのような満面の笑みは、
見ているだけでも幸せを分けてもらえるような気がしますね。

確かに彼女になら飯をおごってもいいかも。
『いただきます』以外はほとんど言葉を喋らず、名前すらも不明。
飯を食うことだけに特化させたことが逆にミステリアスさを与え、
結果として魅力を何倍にも増幅させてるんですよ。
ええ、一度たりともその名が明かされることはありません。
描き下ろしの解説コーナーですら『あのムスメ』としか書かれてません。
とは言え、作中で出会う人たちにとっては一期一会の彼女の名前など不要なんです。
『変な女と飯を食った』って事実が大事なんですよ。
こんな経験、絶対忘れることはないだろうし。

決して豪華ではない、何気ない庶民食の中に幸せはある。
作中には色々な食事が出てきますが、
どれもが1000円でお釣りが来るような庶民的なものばかり。
見た目汚い大衆食堂のスタミナ丼に始まり、
小さい子供の手作りハンバーグ、
モツ屋の余りもので作った卵とじ丼、
何てことのないごく普通のカレー。
豪華な食事なんていらなかったんだ。
変に高級食材なんて使われても味に想像なんか付きませんし、
こういう名前だけでも見ただけでも味が想像できるものこそがいいんですよ。
実際に食べた味もその通りで全く当たり障りのないものが。
『あのムスメ』にそれを改めて気付かされてくれるからなのか、
関わった人たちの食後の満たされた表情ってのがまた実にいい笑顔。

美味いものを食えば誰もが幸せ、笑顔になれる。
中には人生観すら変わってしまう人までいる。
就職浪人の若者は再び就職活動への活力を得、
少年は親孝行と努力することを知り、
自分に自身のなかった女性は自分磨きへの一歩を踏み出し、
ギャンブラーのおっちゃんはうどんフィーバー。

一体どれだけの人が彼女に救われたのだろうか。
最近ちょっと日常に疲れ気味だから、
一度飯をたかりに来てくれないかなぁ。
豚野郎(店名)とかであれを食う姿とか見てみたいですよ。
しかし作中のタンパク質率の高いこと。
ほとんど野菜系を食ってねぇ！
おまけページで毎回食べた飯の栄養分析が、
元栄養士である経歴を持つ作者ならではの解説を交えて添えられているのですが、
こんなに偏った食事してたら病気になる系のツッコミ三昧で笑った。