Misson 05 -ICKX攻撃ミッション-


[MISSON]


「―――レーダーに感有り。捉えました、アラン」

純白のノーバディを先頭に、何十機もの漆黒の無人機が飛んでいく。
先日の奇襲の時とは正反対の悪天候だ。空には灰色の厚い雨雲が隙間なく広がり、昼間だというのに辺りは薄暗い。
風はそれほどでもないが、雨の量は尋常ではなかった。大粒の雨がカーテンのように降りしきる。視界はあまり良くない。
が、もちろん視界を遮られるの可視光域しか感知することのできない人間に限っての話であり、ドロレスやゴースト部隊には何の障害にもならない。
その証拠に、ドロレスの望遠カメラには空にそびえる大艦隊がしっかりと映っていた。

「敵艦、フォートクォート付近に複数の急襲機を確認。こちらに向かって来る様子はありません。
 ………どうやら艦隊と共にこちらを迎撃する気でいるようですね」
『艦隊の陣形はどうだ?』
「フォートクォートを中心に五角形を描く形でいます。重防御態勢ですね。動く気配はありません」
『ターゲットの姿は?』
「ここからでは確認できません。もう少し待ってください」

ターゲットとは、もちろんY1のことだ。
ノーバディの望遠カメラは一昔前の天体望遠鏡並みの倍率を誇る。だが、さすがにこれだけの距離から高速で飛ぶ急襲機を見分けることは出来ない。
艦隊に近づくにつれてドロレスは望遠カメラの倍率を落としていく。そうすることで視野を広げ、全体を見渡す。
どうやら目的のY1はまだ出撃していないようだ。

『ナメられたものだな。Y1無しでドロレスを墜とせるとでも思っているのか?』
「いえ、そもそも向こうはこちらの正体を知らない訳ですし………
 それに、もしもこの時点で出撃していれば、きっと空雷爆撃の巻き添えになっていたでしょう」
『そういう意味では悪運の強い奴と言えるな。だが所詮は偶然だ。奴らは上空の空雷爆撃機にまでは気付いていないらしい。
 ま、気付いたところで手出しはできないだろうがな。予定通り、トールの援護爆撃を使って艦隊を牽制しつつ、ターゲットを誘き出す』
「了解です」
『それとドロレス』
「はい?」
『命令違反を見逃すのは1度だけだ。いいな?』
「………………はい」
『よし。では、交戦を許可する。作戦開始だ! マーキングミサイルを発射し、艦隊を一気に切り崩せ!!』
「了解!」

編隊を組んでいたゴースト部隊が一斉に散開、数機ごとの単位で戦闘態勢に入る。
と同時に、その隙間を貫くようにして眩い光線が飛んできた。フォートクォートの艦砲射撃だ。
極太のレーザー光線は編隊のど真ん中を貫き、空の彼方へと消えていく。相変わらず常識外のレーザーだ。

「先日は油断しましたが、今回はそう簡単には当たりませんよ!」

ノーバディの戦術カメラがフォートクォートの砲台を捉える。射線の確認。今回はしっかりと避けてみせる。
続いて飛んできたラバーズのビーム砲を避けながら、ドロレスはたった1発だけ、細長い小型のミサイルを艦隊に向けて発射した。
ゴースト部隊にも何発か長距離ミサイルを撃たせる。カムフラージュのつもりだが、恐らくすぐにバレるだろう。
だが、バレたところで高速で飛来するミサイルを撃墜するのは難しいだろう。たとえそのミサイルが、悪夢を呼ぶ鐘だと分かっても。

『ドロレス、空中爆雷は投下から着弾まで少し時間が掛かる。その辺りも上手く計算しておけ』
「分かっています。―――――マーキングミサイル、起動!」

艦隊の中心、フォートクォートの真横まで辿り着いたマーキングミサイルは、ドロレスの指示に従って噴射を中断する。
それと同時にミサイルは開傘、パラシュートで減速しながら、火薬の代わりに弾頭に積まれた装置を起動させた。誘導信号発信。

『信号の発信を確認した! マーク完了、爆撃開始!』

戦闘空域の上空にて待機していた巨大な爆撃機が動いた。
既に開いていた弾薬庫の扉、その中で今か今かと出番を待つ無数の悪夢の塊。ミサイルが発する信号に向けて、その悪夢が今、解き放たれた。

『空雷爆撃機トールより空中爆雷投下! エンジェル3、高度3000フィートで起爆する! 着弾まで残り50秒!』

巨大な船体から幾つもの鉄塊が投下された。空中爆雷ミョルニル
雷神の名を持つ爆撃機から放たれたその雷は、ICKXの艦隊へ―――フォートクォートへ向かって正確に落ちていく。
ドロレス達ゴースト部隊は艦隊を包み込むように散開。しかし決して艦隊には近づこうとしない。
ただ遠目に艦隊から離れてくる敵機を牽制するだけだ。

『着弾10秒前! 5、4、3、2、1―――!』

空に舞う空中爆雷が、一斉に炸裂した。

インパクト!!』



―――そして、空が燃え上がった。

空雷から撒き散らされた燃料は空を、そして艦隊を焼き尽くしにかかる。
爆風によって傾ぐラバーズ、フォートクォート。その周りを飛んでいた急襲機群は、火の玉となって海へと吸い込まれていく。
艦隊から離れた位置で待機していたゴースト部隊にも、その余波が伝わってきた。凄まじい爆風だ。

「空雷の着弾を確認。命中です。待ち構えていた艦載機は約50パーセントが撃墜。戦艦の方もダメージを負ったようです」

爆撃効果判定のマネごとをしながら、ドロレスは戦慄していた。
―――すごい。目の前の光景が、全て炎で埋め尽くされてしまった。

「空中爆雷………データベースにはありましたが、実際に見ると驚かされますね」
爆雷と言うよりは、燃料気化爆弾に近いな。起爆高度を任意に設定することで、対地・対空両方を担うことができる兵器だ。
 ………だが、急襲機の被害がたったの半数だと? こちらの計算よりもひどく少ないな?』
「起爆直前に多数の敵機が起爆高度から離れたようです。流石はICKXといったところですか」
『咄嗟に危険を察知した訳か。なるほど、上手くいけば全滅させられるほどの威力だったが、そう簡単にはいかないか』
「ところでアラン。この空中爆雷もあなたが開発を?」
『いや。確かにミョルニルは私の設計局で作られたものだが、私自身はほとんど携わっていない。
 私はただ基礎設計をしたまでだ。それをカタチにしてくれたのは、我が優秀な設計局の職員達だ』

………相変わらずアランの設計局は空恐ろしい。ドロレスは思った。
対消滅砲にも驚かされたが、それと違って空中爆雷は完全な実戦兵器である以上、より現実味を持ってその脅威を感じることができてしまう。
空中爆雷は広範囲に散らばった密度の薄い燃料を爆発させるため、ラバーズのような堅牢な装甲を持つ兵器にはあまり効果が無い。
しかし自動車ほどの大きさしかない急襲機にとっては、その強力な爆風は致命的な一打となり得る。
急襲機は現代の空の主役だ。それを一掃することのできる兵器とは、一体どれほどの価値を持つのだろうか。

『ドロレス、ラバーズが散開を始めている。まずは作戦の第一段階は成功だな』
「そのようですね。それとアラン、追加の艦載機が続々と発艦されています」
『発艦された急襲機の中にターゲットの姿は?』
「いいえ、ありません。どれも量産型機ばかりです。ターゲットは未だに出てきていないようですね」
『ならヤツがフォートクォートから出てくるまでノックし続けるだけだ。
 ドロレス、ラバーズが散ったことによって艦隊の脅威は分散した。以降、お前はフォートクォートを中心に攻めろ。他はゴースト部隊でやる!』
「了解です」

フォートクォートから離れる5隻のラバーズに続いて、ゴースト部隊の黒い無人機が後を追って別れていく。
まるで生者に纏わりつく亡霊のような光景だ。空に浮かぶラバーズを暗い海中へと引きずり込もうとする、漆黒の亡霊達。

『アルファ分隊及びベータ分隊をフォートクォートに回す。操作権限はお前が上位だ、ドロレス。
 残りの分隊はラバーズとその周辺の急襲機を相手にするが、余裕があれば援護に向かわせる』
「ありがとうございます。ですが、援護は必要ありませんよ。このぐらいの戦力なら私だけで十分です!」

宣言通り、ドロレスは早速1機撃墜した。続けて機銃でもう1機。
反転したところで、自身を追っていた敵機の背後に回り込んで機銃掃射。更に1機撃墜する。
この間、わずか30秒にも満たない。一瞬の間に3機もの味方機が撃墜されたICKXの部隊に動揺が走る。
確かにICKX製の急襲機は全体的に性能が高い。ICKX独自の技術が加えられた結果、原型機を遥かに上回るものも存在する。
が、所詮は旧世代の量産型だ。現存するあらゆる急襲機を超越するノーバディを相手にするには、あまりにも役者が不足している。

「アラン、ゴースト部隊の戦果はどうです?」
『快調とは言い難いが、よくやっている。個々の性能でいけば若干劣るが、チーム戦ならこちらの方が圧倒的に上だ』

ドロレスの前を3機の急襲機が横切っていく。1機のICKX機を2機の無人機が追っているカタチだ。
無人機は一糸乱れぬ動きでICKX機に張り付いている。空母のセントラルAIユリックが算出した最適攻撃コースを、個々の無人機に搭載されたフライトコンピュータが現場の状況に合わせて正確に機体を飛ばしているのだ。
そして更に2機は互いのFCSをリンクさせることによって、機銃の攻撃範囲を互いに重ね合わせる。敵機の動きを予測し、射程に入る寸前から発砲を開始。
一切の無駄が排除された連携攻撃。今はまだ人間に及ぬ無人機だが、それでも勝る部分は少なからず存在している。

ドロレスは全方位カメラで周囲に散開したラバーズとその周辺の戦況を把握する。
凄まじい数の急襲機達が入り乱れる状況は、まさに『戦争』だ。
撃って、撃たれて。討たれた仇を更に討つ。あちこちで爆音が鳴り響き、そこかしこで殺意が打ち鳴らされる。
ICKXのドライバー達から発せられる『怒り』を、ドロレスはしっかりと感じていた。傍受した無線から聞こえてくるのは、怒号の嵐だ。

「………機械に怒鳴ったところで何の意味もないのですがね」

ユリックに操られたゴースト部隊は、ただ黙々と着実に戦闘をこなしていく。
複数のICKX機から同時攻撃を確認。AAM‐322。多弾頭対空ミサイルから放たれた小型弾頭が空を舞い、無人機へと襲い掛かる。
そのミサイルの雨を巧みに躱しながら、無人機達は爆風を背景に再び編隊を組む。ICKXも同様に個々の急襲機が寄り集まる。
そうしてある程度の大きさとなった編隊は、タイミングを計って互いにぶつかっていく。攻撃を仕掛けた後は散開し、また次の攻撃のタイミングを窺う。

『ゴースト部隊の戦況は今のところ問題無いな。それでどうだ、ドロレス。Y1が出てくる気配はあるか?』
「いえ、現時点では確認できていません。……………こちらの挑発に乗るつもりはない、ということでしょうか」
『それは無いだろうな。ICKXが切り札を温存する訳がない。追い込んでやれば絶対にY1を出してくるはずだ。
 なに、焦ることはない。メインデッシュは後のお楽しみだ。まずはその辺りを飛んでいる前菜をいただくとしよう!』
「了解です」

アランとの会話の片手間に、ドロレスは既に1機撃墜していた。
フォートクォートからの艦砲射撃も飛んできているが、ドロレスに当たることはまず無かった。
ゴースト部隊の何れかの機体、若しくはドロレス自身が常にフォートクォートの射線を監視している。この状況ではまず当たることは無いだろう。
―――天下のICKXも、蓋を開けてみればこんなものですか。ドロレスはICKXの真の実力に少しばかり落胆する。

ちょうどノーバディの戦術カメラに敵機が映り込んだ。R−21のカスタム機だ。
ドロレスは次のターゲットとして何気無しにその機体を選択した。武器選択。今回はノーバディではなく、他の遠隔操作機の武装を使う。
ノーバディにもミサイルは搭載されているが、自身の兵装はY1との戦闘までなるべく温存しておきたい。
ドロレスはアルファ分隊所属のゴースト3のミサイルを遠隔発射する。セミアクティヴ・レーダーホーミング。
ミサイルを発射したゴースト3は、敵機を自機の射線上に捉え続けることによってミサイルを誘導している。
ミサイル自身にレーダー波発振器を搭載しないため、安価ではあるものの低性能なミサイルだ。
この程度の敵だ。そんな安物のミサイルで、しかも遠隔操作機からの攻撃でも簡単に撃墜できる。そうドロレスは判断した。

しかし、敵機はドロレスの期待を裏切った。
R−21はロールしたかと思えば、空を縦断するように鋭く急降下していった。慌ててゴースト3はターゲットを追いかけるが、間に合わない。
完全にゴースト3のレーダーから逃げてしまった。ミサイルはターゲットをロスト、自爆する。
ドロレスはすぐさまゴースト3を下へと消えたR−21に追わせた。が、直後にゴースト3とのデータリンクが途絶えてしまった。
どうやらゴースト3は撃墜されたようだった。ドロレスはその様子を見ていた他のゴースト部隊機の映像を閲覧する。
そこに映っていたのは、ゴースト3から噴き出た黒煙を避けるようにして飛ぶR−40だった。

「………なるほど、やりますね。さすがにこちらも無傷という訳にはいきませんか!」

ドロレスは自身に任されたアルファ分隊、ベータ分隊のデータリンクを確かめた。
すると、既にゴースト3も含めて4機もの味方機が撃墜されていることが分かった。
撃墜したのは何れも同じ2機の急襲機。R−21とR−40のカスタム機だった。

『ドロレス、気付いているか?』
「はい。明らかに挙動が違う急襲機が2機、確認済みです。先日、私を追い掛け回してくれた機体と一致しました」
『「流星」に「猟犬」―――どちらもICKXのエース級ドライバーだ。奴らを倒せば、きっとICKXはY1を出してくるはずだ!』
「ですね。優先ターゲットを該当の2機に設定。戦闘を開始します」

先日のミッションの後にドロレスは、自身に手傷を負わせた2機のカスタム機について調査した。
R−21D DIETBALD』及び『R−40MR DELA WELEDA』。それがカスタム機の正式名称だった。
少数の機体をICKXが購入した後、選任のドライバーに合わせてチューンナップすることによって高い性能を引き出すことに成功した機体だ。
なかでもこの2機は無類の強さを誇る。Y1を除けば、恐らくICKXでも最強の機体に数えられるだろう。第2次エイリアン大戦時の功績も少なくない。
その2機がまた1機、ゴースト部隊の無人機を撃墜した。敵ながら素晴らしいコンビネーションプレイで、避ける暇も与えてもらえなかった。

「確かに、ゴースト部隊ではあなた方を墜とすことはできませんね。………では、お相手願いましょうか!」

ドロレスは一気に急加速、周りで飛び交う敵機を完全に無視して『流星』と『猟犬』に迫る。
ノーバディの存在に気付いたのだろう、2機は素早く反応し旋回、こちらに機銃を向けてヘッドオンの体勢に入った。
同一直線上を猛スピードで走り距離を縮めるノーバディと2機のカスタム機。その距離700。
敵機がミサイルをリリースした。小型の短距離ミサイルだ。機体の加速度が加わったミサイルがノーバディへと迫る。
とっさにドロレスはその場でふわりと大きく浮き上がった。クルビットの応用マニューバだ。
前方への運動ベクトルを効率的に上方向へと変換し、ドロレスはミサイルの飛翔コースから瞬時に離れた。と同時に、ミサイルが爆発。その余波がノーバディに伝わった。
そしてすぐさまドロレスはカウンターへと行動を移す。半クルビットによって上下が逆さまになったドロレスは、その姿勢のまま後方へと抜ける2機に攻撃する。
ミサイル発射、AAMTD−01。個別目標選択多弾頭ミサイル。既存の多弾頭ミサイルをマルチロックオンシステムに連動させたN&R社製ミサイルだ。
ミサイルは少し飛翔した後、6ツの小型弾頭に別れた。小型弾頭はそれぞれ『流星』と『番犬』に襲い掛かる。
実質的に3ツのミサイルに同時に追われるカタチとなった2機だが、斜め下方向に旋回することによってわずかに加速、回避行動に入る。
ドロレスには分かった。今のミサイルは躱される。それほどあの2機は適格にミサイルの弾道を読んでいた。
やはり、そう簡単には墜ちてくれなさそうだ。

『さすがはICKXのエース級ドライバー。並みの戦術では手間取りそうだな』
「では、こちらも本気を出せばいいだけのことです」
『………X線検査が必要になるレベルのは勘弁してくれよ?』
「出来る限り努力します」

ドロレスは更にエンジン出力を上げた。双発の大出力エンジンが咆える。
機体の各部センサーから警告信号が届いているが、些細なものだとドロレスは判断し無視する。
目標は『猟犬』だ。R−21Dは旋回半径が従来機よりも僅かに大きい。ミサイル回避に集中しているこのタイミングを狙う。
同時に『流星』に対してはゴースト1、ゴースト2を向かわせた。牽制のためだ。この2人のコンビネーションは脅威となり得る。分散させて叩く作戦だ。
2機の無人機、R−55Uが『流星』に向かうのを確認しながら、ドロレスは『猟犬』へと照準を定める。
『猟犬』も既にミサイルを躱し、迎撃態勢に入ろうとしている。だが遅い。
R−21Dに対して垂直に飛んでいたノーバディは、エアブレーキと動翼を最大限に使って急ブレーキ。そのまま機首を横へ90°回転させた。
ほとんど直角と言っていい旋回によって、ノーバディはR−21Dの後方へと張り付いた。アクチュエータの悲鳴が聞こえる気がする。
もうこうなっては敵機は逃れる術はない。運動性において最高の性能を誇るノーバディを振り切ることなど不可能だ。
『猟犬』は最早狩る側ではない。狩られる側、追い回されるただの哀れな狐だ。

「まずは―――――」

必死に暴れまわる『猟犬』だが、全ての挙動に瞬時に反応するドロレスの視界から離れることはできない。
R−21Dがノーバディの機銃射程内に入る。ドロレスによって砲身が微調整され、銃口がしっかりと獲物を捉える。そして。

「―――――1機目!」

ノーバディの機銃が火を噴いた。数百発の爆裂徹甲弾がR−21Dへと襲い掛かる。
命中。右翼と垂直尾翼が全て消し飛んでしまった。揚力を失ったR−21Dは、海面へと緩やかに墜ちていく。

「アラン、こちらドロレス。『猟犬』を撃墜しました」
『よし、よくやった!』
「ですが、あの様子だと恐らく海面に不時着しますね。エンジンを狙ったつもりでしたが、咄嗟に躱されました」
『本来なら追撃してドライバーも始末するところだが、今はそれどころではないな。
 ドロレス、6時方向からラバーズが接近している! 戦闘を一時中断し、ラバーズをフォートクォートから遠ざけてくれ!』
「了解です」

ノーバディは少し速度を緩めながらターン、後方に迫っているラバーズに機首を向けた。
どうやらゴースト部隊の包囲網を抜けてきたようだ。あれにフォートクォートと合流されるのは些かまずい。
『流星』の相手をそのままR−55Uに任せ、ドロレスはフォートクォートから離れラバーズへと向かった。
途端、ラバーズからビームが飛んできた。この距離で当たることはまずないが、やはり目障りなことこの上ない。

『Y1との戦闘を考えれば、フォートクォート周辺はなるべくクリーンな方がいい。
 ドロレス、マーキングミサイルを使え! 空雷爆撃でラバーズを蹴散らしてしまえ!』
「了解!」

ノーバディの機体下部から再び小型のミサイルが発射された。空雷を呼び込むための目印だ。
ドロレスによって遠隔操作されるそのミサイルは、何とか迎撃しようとするラバーズやICKX機の攻撃を巧みに避け、ラバーズの鼻先へと辿り着いた。
マーキングミサイル、起動。信号の発信を開始。

『信号の発信を確認! 空雷爆撃機トールへ支援爆撃を要請! 高度設定、5000フィート!』

ラバーズに食いついていた漆黒の無人機達が一斉に離れていく。それを見て察したのだろう、ICKXの急襲機もすぐさまラバーズから離れる。
当のラバーズはと言うと、即座に高度を落としていた。起爆高度から離れるつもりだろう。だが、そんな小細工は通用しない。

「ドロレスよりトールへ! 起爆高度変更、エンジェル3! 繰り返します、起爆高度をエンジェル3に訂正!」

遥か上空より飛来した幾つもの鉄槌は、予定していた起爆高度を通り過ぎ、更にその下のラバーズへと落ちていく。
空雷起動。燃料をラバーズへと被せるように撒きながら、空雷はラバーズと同じ高度へと達した。

インパクト!!』

空中爆雷が空に広がった燃料を爆発させた。その爆風をもろに受けたラバーズは、衝撃で艦体の各部が吹き飛んでしまった。

「命中を確認。ICKX機に損害はほとんどありませんが、ラバーズの損傷は甚大のようです」
『よしっ! 見ろ、ドロレス! ラバーズが引き下がっていくぞ!
 いくら堅牢なラバーズと言えど、そう何度も空雷に耐えられる訳ではない! 大人しくそこで見ているんだな!』

ダメージを負ったラバーズはすぐに方向転換しフォートクォートから離れていく。
空雷による膨大な熱と衝撃は敵の士気を挫くのにも非常に有効だ。あれだけの爆炎を間近で見てしまえば、誰もが恐怖に駆られるだろう。

『さて、邪魔者はいなくなったな。ドロレス、戦闘再開だ! 「流星」を海の藻屑にしてやれ!』
「了解!」

ラバーズの撤退を確認したドロレスは、既にフォートクォートのいる戦場へと戻っていた。
が、戦況はあまり上々とは言えなかった。『流星』の足止めをしていたR−55Uが1機、撃墜されてしまっていた。
油断は禁物だ。相手があのICKXという事を忘れてはいけない。

『敵はR−40のカスタム機か………厄介だな。本来は爆撃に使われる機体だが、格闘戦もこなせる万能機としも名高い』
「確かに、旋回性能は高いようですね」

自動戦闘モードのゴースト6が隙を見て『流星』にミサイルを放った。
しかし『流星』は右へ左へ、上へ下へと大きく機体を振り回してミサイルから逃れてしまった。
驚くべき速力だ。旋回時にもほとんど速度を落とすことがない。懐に入れさえすれば撃墜は簡単だが、そもそも機銃の範囲内に収まってくれない。
なかなか見事な状況判断と言える。自身の欠点である機銃攻撃を諦めて大きく動くことにより、同時にこちらの機銃も封じている。
更にノーバディは最高速度においてR−40MRよりもほんの少しだけ劣っている。このままでは負けはしないが勝つこともできない。
消耗戦になれば部隊の総数が少ないこちらが不利だ。意外とあっさり撃墜できた『猟犬』よりも、『流星』は冷静に状況を見ている。

『何とかヤツの機動を制限することができればいいんだが……………』
「簡単に言ってくれますが、こちらはフォートクォートからの艦砲射撃を避けながらの戦闘ですからね。
 むしろこちらの機動が制限されている状況なのですが……………」

そう言いながらドロレスはふいに進路を変更した。すると、直前までドロレスが飛んでいた進路の先にレーザーの束が走った。
偏差攻撃だ。フォートクォートはこちらの動きを先読みして攻撃してくる。敵機に集中したいが、フォートクォートはそうはさせてくれない。

「くっ………ならばこちらも!」

遂にしびれを切らしたドロレスが、マーキングミサイルを発射した。目標、フォートクォート上空。
小さなミサイルが雨を弾きながらクジラの頭上へと飛んでいく。

『おい、何をしているドロレス? あまり過剰にフォートクォートを攻撃すると、海中に逃げられるかもしれないぞ!
 しかもその地点はお前がいる空域だ。一体何を考えている!?』
「フォートクォートを攻撃する訳ではありませんよ。アラン、起爆高度を6000から3000まで縦列設定できますか?」
『何? それはもちろん可能だが………何を考えている?』
「『流星』の撃墜方法です」

空雷爆撃機から空中爆雷が投下された。
空雷が着弾するまでの間、ドロレスは『流星』を牽制し続ける。範囲外に逃げられては意味が無い。
厚い雨雲の中から降ってくる空雷に気が付いたのであろう、ICKXの急襲機が次々とフォートクォートから離れていく。
『流星』も同じように爆撃範囲の外側へ逃げようとするが、ドロレスとゴースト部隊の妨害によって逃げることができない。

黒い鉄塊が幾つも落ちてくる様子が見えた。空雷が到着したようだ。
空雷が7000フィートを超えたあたりで次々と燃料を撒き散らしていく。しかし全てではない。
個々の空雷は時間差を挟んで燃料をバラ撒くことで、一定の空域を燃料で埋め尽くしていく。
その様子を見ていたゴースト部隊と、そして『流星』を含む逃げ遅れたICKXの部隊が一斉にその空域から離れ、高度を下げ始めた。
―――――よし、掛かった。

『空雷着弾まで残り10秒! 5、4、3、2、1………インパクト!』

ドロレス達の頭上で空雷が爆発した。真っ赤な炎で埋め尽くされる空、海面へと吹き荒れる熱風。
全ての急襲機がその衝撃に揺り動かされる中で、ノーバディだけは違った。その爆炎の下を潜り抜けて、体勢が崩れたR−40MRへと一気に近づく。
この衝撃波の中で動くことができるのも、ミェチェーリから盗み取った機体制御プログラムのお陰だ。爆発の余波さえ計算された機動。
そしてさすがの『流星』もこの状況では上手く飛ぶことができていないようだった。近づくノーバディに対して、明らかに旋回が遅れている。
敵機接近。レディ、ガン。

「これで―――――」

ふらふらと頼りなく飛ぶR−40MRが機銃の射程内に入った。ファイア。

「―――――2機目!」

ノーバディから放たれる爆裂徹甲弾が『流星』の機体を貫いた。
しかしやはりと言うか、こちらも『猟犬』同様に寸前で致命傷を回避された。エンジンから逸れた弾丸は、片翼を吹き飛ばすに終わった。

「これで、先日の借りは返させてもらいましたよ」

灰色の海面へと吸い込まれていくR−40MRの上を、ノーバディが飛び去っていく。敵機、撃墜完了。
他の急襲機達も爆発の余波から立ち直ったようだ。ゴースト部隊とICKXの部隊が再び戦闘を始めている。
だが、ドロレスにとってはそんなことはどうでもよかった。

「―――――アラン!!」
『ああ。たった今こちらでも確認した。……………来たぞ、ドロレス』

フォートクォートの甲板から1機の急襲機が飛び立つのが見えた。今までに見たことのない機体だった。
カナード翼の付いた機首部分は平坦。その下には小さな噴射口が見える。
吊り下げ式の大型双発エンジン。かなり外側に傾いた垂直尾翼
そして、何よりも目を引くその独特の形状の主翼「W」の形をした主翼は、前進翼後退翼の両方の利点を併せ持つと言われる。
間違えるはずがない。あんな機体が他に存在するはずがない。
あれこそが、ICKX最強にして世界最強の急襲機――――――――『Y1』だ。

「いよいよ出てきましたね……………」
『ここからが本番だ。抜かるなよ、ドロレス!』

Y1の狙いは恐らくノーバディだ。ノーバディはこの戦闘において最も派手な戦果を挙げている。
もちろん、それはY1の目を引くためだ。ノーバディを無視して他のゴースト部隊を殲滅されては困る。
そしてその思惑通り、Y1はドロレスへと向かってきた。身構えるドロレス。そのまま交戦へ。

―――――そう思われたが。

「………? アラン、Y1が進路を変えました。どうやら上空に向かっているようです」
『何? どういうことだ?』

Y1は目の前のノーバディを無視し、いきなり垂直に上昇し始めた。
いきなりの敵前逃亡に拍子抜けしつつも、逃げるY1を追撃するためにドロレスも後を追う。

『………おい、ちょっと待て。まさか!』

アランの声とほぼ同時に、Y1のエンジンが火を噴いた。
凄まじい出力だ。アフターバーナーではない。なにかもっと、別な機構による加速装置だ。
ぐんぐん速度を上げていくY1に、ノーバディは確実に引き離されていく。

『まずいぞドロレス! 敵の狙いは―――――空雷爆撃機トールだ!』
「な………っ!?」
『すまない、油断していた! トールは急襲機の飛べない高高度を飛んでいる。
 だがどうやらY1は空気の薄いその空域でも飛べる機構を持っていたようだ!!』

ドロレスの脳裏にある単語が浮かんだ。
―――――ACS。Y1が持つ2ツの特殊機動、その片方だ。
敵対企業によってあらゆる角度からその原理が研究されてはいるが、その仕組みは未だに解明できていない。
ドロレスからしてみればただの急加速装置で、それよりももう1ツの特殊起動、RCSの方が脅威だと判断していたが、その認識は誤りだったようだ。

『トールが墜とされるのだけは何としても避けなければならない! ドロレス、Y1を止めろ!!』
「と、止めろと言われましても、この状況では…………!!」
『何でもいい、とにかく爆撃機が逃げる時間を作れ!!』
「は、はいっ!」

ドロレスはありったけのミサイルを放つ。AAMTD−01、多弾頭ミサイルだ。
Y1へと放たれたそれらのミサイルは更に分離し、十数発のミサイルとなってY1に襲い掛かる。
Y1は迫りくるミサイルを避けるために、少しだけ機体を左右へ動かした。1発、2発と、次々に躱されていくミサイル。
そして、あっという間に最後のミサイルが躱された。

「同じ方向に進みながら、あれだけのミサイルを全て躱すなんて………!」

そうドロレスが思った矢先、突然機体が振動した。どうやら限界高度に達したようだ。
失速し、高度を下げていくノーバディ。しかしY1は依然速度を変えないまま、真っ直ぐ雲の中へと入って行こうとしていた。

「くっ! そうは――――させません!」

落ちていくノーバディと入れ替わるように、1発のミサイルがY1へ向かって飛んで行った。
ゴースト6、無人機型のR−55がドロレスの遠隔操作によって放ったミサイルだった。その先端には、高感度カメラが。
万が一の時を考えてドロレスが操作することを想定しゴースト部隊に準備されたものだった。
ドロレスによって操作された無線誘導式ミサイルは、空雷爆撃機を狙うY1を追撃する。
Y1も先程のミサイルとは違うことに気が付いたのだろう、今度は大きく旋回し始めた。

「ピンチは最大のチャンスです。どうせなら、今ここで―――――!」

ミサイルがY1へと近づいていく。だがその速度は緩やかだ。Y1は今、ミサイルとほとんど変わらない速度で飛んでいることになる。
一瞬引き離されるかもしれないと思ったドロレスだったが、若干ではあるがこちらのミサイルの方が速かった。これなら追いつける。
カメラに映るY1の姿が大きくなってきた。と同時に、Y1がカメラの前から消える。どうやら回避しようと動いたらしい。
だがドロレスも負けるつもりはない。ドロレスは瞬時にカメラを動かしY1の位置を確かめ、その方向へミサイルの進路を修正する。
再びミサイルがY1へと接近。回避するY1。素早く反応し、ミサイルを操作するドロレス。そしてまた回避機動をとるY1。
永遠に続くかと思われたY1とミサイルのいたちごっこだったが、遂にミサイルの燃料が切れてしまった。力なく落ちた後に、自爆するミサイル。

『――――ドロレス、なんとか爆撃機は安全圏へ退避することができた。時間稼ぎ、ご苦労だった』

アランの安堵した声が通信機から聞こえてくる。どうやら足止めには成功したようだった。

『だがドロレス、これで空雷爆撃は使えなくなった。先程の「流星」の時のような戦術はもう使えない。
 さらに言えば、ラバーズが援護に来れば追い払うこともできない。もうノンビリと戦っている暇は無さそうだ』

そうだ。本当の戦闘はここからだ。
安定して飛ぶことのできる高度まで戻ったドロレスは、高感度戦術カメラで上空のY1を見る。
退避する爆撃機を見つけることができなかったのか、Y1もまたノーバディと同じように落下していた。

『作戦の内容は覚えているな、ドロレス?』
「はい、もちろんです。私がY1と戦闘をしている間に、空母のユリックがセキュリティを解析。
 そして見つかったホールを足掛かりに、私がY1をハッキングする。ですよね?」
『結構だ。ではドロレス、Y1との戦闘は任せたぞ!』
「了解!」

高速で垂直落下してくるY1をドロレスは待つつもりはなかった。
ドロレスはY1の落下予測地点を弾き出し、自身の進路と丁度交差するようにノーバディの軌道を調節する。
ミサイルは既に撃ち尽くしている。ゴースト部隊からの遠隔発射も考えたが、ここはより確実な方法で仕留めにいく。
レディ、ガン。ドロレスはY1に機銃を向ける。
海面に向かって真っすぐ落ちてくる物体を撃ち抜くのは案外難しい。しかしドロレスからしてみれば単純な計算だ。
たとえY1がいくらかの進路変更をしたとしても、修正するのは容易い。

ノーバディがY1に近づく。既に機動計算は終えた。このコースなら確実にヒットする。
対してY1は微動だにしない。ただ重力に引かれるのに任せて自由落下しているだけだ。
レーダー情報と機銃がFCSを介してリンクする。捉えた。Y1の存在を機銃がしっかりと認識する。

「さて――――それではお手並み拝見といきましょう」

Y1が機銃の射程内に入った。と同時にドロレスは機銃を掃射する。ファイア。
相手が普通の急襲機だったならこれで終わるはずだった。しかし、ドロレスには分かっていた。この機銃は躱される。

突如としてY1が起き上がった。それまで海面を向いていた機首が、いきなり水平方向に戻ったのだ。
続いて突然の急加速。ノーバディのカメラに炎を引くY1のエンジンが映る。
ノーバディの放った弾丸は、その直前で跳ね上がるようして飛び去ったY1の下を空しく潜り抜けるだけだった。

『ほう。ACSと――――そして、RCSだな。噂には聞いていたが、私も見るのは初めてだ。なるほど、これがそうか』
「凄まじい運動性能ですね。私の機銃がここまで簡単に躱されるなんて…………」

RCS。何らかの機構によって急激な機首上げを敢行する、Y1のもう1ツの特殊機動だ。
Y1を眺めるドロレスの感心を余所に、敵は早速反撃を仕掛けてくる。
Y1とは全く違う方向から3条のレーザーが飛んできた。レーザーはノーバディを包囲するように交差する。
そのレーザーを軽々と避けながら、ドロレスはレーザーの飛んできた方向を見た。
ノーバディの戦術カメラに映ったのは、3機の細長い航空機だった。コックピットはなく、現状のどの急襲機にも似ない機体だった。

「情報通りですね。あれがICKXの無人機ですか」

Y1とは対照的に、ドロレスはICKX無人機に対しては冷めた反応を示した。
無人航空機の開発はなにもN&R社だけが行っているのではない。
N&R社ほどの成果は挙げていないものの、無人機の研究は既に世界中の研究機関が始めていることだ。
そしてICKXも例に洩れず、Y1に随伴する3機の遠隔操作型無人機を実戦に投入している。
それがこのレーザーキャリアとでも言うべき機体だった。

『ドロレス、Y1の随伴機に関してはゴースト部隊に任せろ。
 同じ無人機ではあるが、シミュレーションの結果ではこちらが優位だ。お前はY1との戦闘に集中してくれ』
「了解です」

ベータ分隊無人機――――R−55Uがレーザーキャリアへと向かう様子が見えた。
事前情報が正しければ、ICKXの無人機はレーザーしか装備されていないそうだ。
それならばゴースト部隊の何れかの機体を張り付けておけば、カメラ情報を共有することでレーザーキャリアの攻撃はすぐに察知できる。
ICKXの技術は確かに大したものだ。が、無人機に関してはN&R社の方が圧倒的に勝っている。
世界でも5本の指に入るスーパーコンピューターに操られたゴースト部隊が、ただの随伴機に墜とされるようなことは絶対にない。

「……………と言いいながら、コロッとやられてしまったりしませんよね?」
『馬鹿にするな。ユリックはそこまでポンコツではない。それよりもドロレス、Y1が戦闘態勢に入っている』

ACSにて一時離脱していたY1が、反転して戦闘空域へと向かってきていた。狙いはもちろん―――――ノーバディだ。

『さっきのはただの「エース級」でしかなかった。だが、今度のは正真正銘本物の「エース」だ。油断するなよ、ドロレス!』
「もちろんです!」

交戦開始。いよいよY1との本格的な戦闘が始まる。
ノーバディ自身には既にミサイルは無い。が、ゴースト部隊にはまだまだミサイルを保持した機体が残っている。
それらを遠隔発射できるドロレスにとってミサイルが切れることはまずないだろう。そして機銃の残弾も十分だ。機体損傷も無し。

準備は万全―――――状況を再確認したところで、ドロレスは早速ゴースト8へ遠隔発射指示を出した。
Y1の後ろに偶然居合わせた機体だ。ゴースト8は自動戦闘を中断し、Y1に機首を向けなおしてミサイルを発射した。
AIM−9fr、長距離対空ミサイル。通常のミサイルよりも足が長いそのミサイルを、Y1の隙を付く形でぶつけてみる。

ノーバディとY1が1対1で戦えば、Y1が勝利する。それはユリックが何度もシミュレーションを繰り返して弾き出した答えだ。
Y1の特殊機動はノーバディの人間離れした運動性能を持ってしても超えることはできない。
それならば、こちらはこちらの利点を活かすしかない。そう。無人機同士の連携攻撃だ。

ミサイル接近。しかしY1は全く避ける素振りを見せず、ノーバディに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。
これは恐らく―――――ドロレスがY1の行動を予測した直後、Y1が動いた。Y1のエンジンに再び炎が煌めいたのだ。
ACS起動。急襲機にあるまじき超高速で飛来するY1。その速度はゴースト8の放ったミサイルを振り切ってしまう。
そして、その速度のままノーバディと対峙する。ヘッドオン。ドロレスはもちろん避けるつもりはない。
機銃の保護カバーが開いた。レディ、ガン。ノーバディ自身も加速しながら、Y1と真正面から拮抗する。

敵機接近―――――2機が同時に掃射した。
ノーバディの炸裂徹甲弾に対して、Y1から飛んできたのは実弾ではなかった。断続的にレーザーを照射するレーザー機銃だ。
重力によって軌道の曲がることのないその弾丸は、蒼い軌跡を描いてノーバディへと襲い掛かってきた。
ドロレスはすぐに機体を左へ45°ロールさせる。そしてそのまま機首を引き上げて離脱。
Y1も右へ少しロールしてノーバディの後ろへ抜けていくのが見えた。どうやら機銃はどちらも外れたらしい。
だが、Y1のレーザーガンはこれまで対峙したどのドライバーよりもずっと正確にノーバディを狙ってきていた。躱せはしたが、紙一重だった。

「なるほど。これがICKX最強の急襲機―――――!」

ドロレスは戦術カメラを後方に向けてY1を視界に捉え続けていた。Y1はそのまま飛び去るかと思われたが、その予想は外れた。
Y1の機首下部が突然爆発した。するとY1はその爆発によって機首の向きを一瞬にして反転させた。RCS起動。
さらにY1はエンジン出力を上げて、一気にノーバディの後ろに張り付いてきた。まるで非現実的な戦闘機動だ。

『噂に違わぬ化物だな、Y1は。ここまで簡単に後ろを取られるのは初めての経験じゃないか、ドロレス?』
「あんな動きをされては誰だってこうなるに決まっています。それよりもアラン、あの機体には本当に人間が乗っているのですか?」
『言いたいことは分かるが、Y1は歴とした有人機だ。信じがたいことにな』

アランの苦笑を聞き流しながら、ドロレスはY1の放ったミサイルに集中する。
04式対空ミサイル。これまで何度も目にしてきたミサイルだが、その動きは今までのものと同一とは思えないほど適格にノーバディを追って来る。
Y1のミサイル発射タイミングが最適だったからだ。一瞬だけ考えた後にドロレスは、フレアを放ってミサイルを撒いた。
だがミサイルの後には、Y1のレーザーガンが待ち構えていた。激しく動いてレーザーを躱すドロレスだったが、Y1は執拗に食らい付いてくる。

「―――――くっ!」

通常機動では逃げ切れない。そう結論したドロレスは、エンジンの推力偏向ノズルを真下に向けて噴射した。
跳ね馬のように後尾を上げる特殊機動だ。そして機首を下へ向けたノーバディは、エンジン出力を一気に最大にしてその場から離脱する。
Y1のACSほどではないが、ノーバディのエンジンも加速性能に優れている。こういった鋭角的な機動に最適なエンジンだ。
一度距離をとって体勢を立て直そうとするドロレスだったが、Y1はさらに追撃してくる。ACSによって爆発的な加速をするY1。
今度は動翼もフルに活かし、ロールしながら右方向へ転がるように避けるドロレス。急加速によってブレーキが利かないY1は、そのまま通り抜けた。

「ノーバディにここまで食らいつくなんて……………!」
『単純な運動性能ならこちらの方が上だ。だがあの特殊機動があるせいで、状況は奴に有利になる。
 ドロレス、この作戦の目的はY1の鹵獲とは言え、絶対に撃墜してはいけないという訳ではない。寧ろ撃墜するくらいで丁度いい筈だろう』
「とっくにそのつもりです!」

アランと話しながら、ドロレスは自身の前へと躍り出たY1の後ろに付く。
速い。Y1の飛行速度はACSを抜きにしてもかなりのものだ。既に機銃が届かない位置にまで逃げられてしまっている。

「―――――なら!」

ドロレスはゴースト8に再び援護を要請する。ミサイル発射、セミアクティヴレーダーホーミング。
と同時に、ゴースト8がレーザーに貫かれた。爆散し墜落していくゴースト8。敵の無人機からの攻撃だった。
だがゴースト8の放ったミサイルはしっかりとY1へ飛んでいた。すぐさまノーバディのレーダー情報とリンクする。
ノーバディから発せられるレーダー波の反射をミサイルが感知し、Y1を執拗に追う。
Y1はレーダーから逃れようと飛び回るが、ノーバディも負けじとY1を機首のレーダーに捉え続ける。
ミサイル接近。強力な急襲機のレーダーに導かれたミサイルが、Y1を喰らいにかかる。
が、ミサイルは突如としてY1から引き離された。Y1は再びACSを起動。その圧倒的な加速を用いてミサイルを躱す。

「まだです! 逃しません!!」

Y1の逃げた先、その右斜め前方に漆黒の急襲機の姿があった。R−55U、ゴースト2
単機でドロレスに挑むY1に対して、こちらは周辺に展開している全無人機を意のままに操ることができる。
ドロレスとしては物量作戦は好きではないが、この際贅沢は言っていられない。ドロレスはゴースト部隊をフルに使い、Y1を追い詰める。

ゴースト2が散弾を放った。急襲機用のショットガンだ。
素早く動き回るY1に対して、ゴースト2は広範囲を攻撃するショットガンを連射し続ける。
しかし当たらない。Y1はRCSを起動、ゴースト2から逃れる。
ならばとゴースト2はメインのミサイルを4発同時に発射する。AAG−308AC改。アランによってファームウェアに手が加えられた対空ミサイルだ。
目標追尾力を飛躍的に高めた改造ミサイルが、Y1を爆散させるに相応しい威力を持ってしてY1へ飛んでいく。
自身を狙うミサイルに対して少しだけ軌道変更をしたY1だが、どういう訳がその動きは鈍い。
Y1の機動は極めてゆるやかだった。あれならミサイルは命中する。そう確信したドロレスだったが―――――

『馬鹿ッ ドロレス! 今すぐ攻撃を中止しろ!!』
「っ!?」

アランの怒声にドロレスはようやく気が付いた。Y1はゴースト2が放ったミサイルを引き連れて、ノーバディへと向かって来ていた。
まずい。軌道計算によると、Y1にミサイルが命中した瞬間、付近にいるノーバディにもその破片が飛んでくる。
すぐさまドロレスはミサイルに停止信号を送った。直後に自爆する対空ミサイル。しかしY1はそのままノーバディへ突進してくる。
Y1がノーバディに向かってレーザーを断続照射するのが見えた。咄嗟にドロレスは動翼を操作、機体全体をふわりと浮かせるようにしてレーザーを避ける。
ノーバディの下を潜り抜けるY1。だがY1は飛び去らずに、RCSによって機体を反転。再びノーバディに機首を向け―――――

「しまっ―――――!?」

レーザーを照射。無防備なノーバディに蒼い光が降り注ぐ。
反射的にドロレスは機体を捻るように操作する。だが無駄だった。機体背面のセンサーから異常信号。被弾を確認。
ドロレスはエンジン出力を最大にして、一旦離脱を図る。しかしY1は更に追撃しようと追って来る。

「アラン!」
『分かっている! 今助ける!!』

ユリックによって操作された無人機がノーバディを追うY1を迎撃にかかる。
R−40U。コールサイン、ファントム4。『流星』の乗る機体の原型となったR−40を、無人化によって更に運動性を増した機体だ。
ラバーズを足止めしていた無人機を、Y1出現に伴って増援に回していたのだ。

ファントム4はその持ち前の運動性能を活かし、あちらこちらへと飛び回るY1へと接近する。
Y1はドロレスを追っている訳だから、そのドロレスの軌道さえ分かれば追うのは難しくない。データリンクによってドロレスと軌道情報を共有する。
ファントム4が後ろにいることをY1はとっくに気付いているはずだ。が、Y1はそれでもノーバディを追い続ける。
あの手この手で振り切ろうとするドロレスだったが、動きが鈍い。レーザーの当たり所が悪かった。どうやら操縦系統の一部がやられたようだった。

ドロレスはY1のレーザーを必死に避けながら、ファントム4のコントロール権限を渡すようユリックに申請する。
リアランスが下りた。ドロレスはファントム4の操作を始めると、すぐに機体の全リミッターを解除した。
途端、先程までとは比べ物にならないほど鋭敏に動き出すファントム4。機体の設計限界を超越した力を発揮する。
敵機接近。Y1の姿がファントム4のカメラにはっきりと映る。その先にいる、ノーバディの姿もだ。
ドロレスは機銃を発射するとともに、センターパイロンに装備されていたチェーンガンを起動する。
まるでレーザーのように連なった弾丸の列がY1へと飛んでいく。
するとY1はエンジンを煌めかせた。ACS起動。Y1はノーバディを追うのを諦め、その場から離脱した。

「あっ……………危なかった、ですね」

ドロレスは改めて機体の損傷を確認する。やはり操縦系統にダメージを受けている。左主翼、エルロンからの反応がない。
幸い他の部分には目立ったダメージはなかったが、この状況で運動性能が落ちるのは手痛い。

「アラン、ノーバディがダメージを負いました。すみません、これ以上Y1と戦闘を続けるのは不可能です」
『心配するな、ドロレス。こちらも準備が整った』
「と言うことは……………!」
『そうだ。待たせてすまなかったな。Y1の通信回線にセキュリティホールが見つかった!』

アランの歓喜がこちらにも伝わってきた。当然だ、これで自分達の勝利が決まったようなものだからだ。
それに対してドロレスは、意外にも早くセキュリティホールが見つかったことで拍子抜けしていた。

もっと時間が掛かるものだと思っていましたが―――――?


『ドロレス、早速データをそちらに送る。すぐに攻撃を仕掛けろ!』
「……………………」
『ドロレス?』
「え? あ、はい。了解です」

なにかもやもやとした感覚の残るドロレスだったが、今は考えている場合ではないとその思考を停止する。

「データの受信を完了。Y1へのハッキングを開始します」

機体制御を一時的に独立したオートパイロットに預け、ドロレスはハッキングに集中する。
戦闘中とは言え、ハッキングは慎重に行わなければならない。途中で相手に気取られて回線を塞がれてはアウトだ。
自分がそんなミスを犯すとは思えなかったが、それでもドロレスは細心の注意を払ってハッキングを行う。

―――――正直に言えば、直接対決で負けてしまったのは悔しい。だが、Y1の制御を奪い取れば結果的にはこちらの勝ちだ。

『……………どうだ、ドロレス?』
「……………成功です、アラン! Y1との回線が繋がりました!」
『よしッ!』

ドロレスの電脳、そこにY1の『全て』が広がった。既にY1はドロレスの手の届くところにあった。
それらは無防備にその全容をドロレスへとさらけ出していた。

『よくやった、ドロレス! そのままY1の制御を奪い取れ!!』
「了解です。では、まずはY1の自動操縦機能を―――――!?」

掌握します。そうドロレスが言いかけたところで、急にドロレスは黙り込んでしまった。

『ドロレス………? おい、どうした?』
「―――――そ、そんな………………!?」
『どうしたんだ、ドロレス! 何があった!?』





―――――そんな。まさか、この私が?
何かの間違いだと思って―――そう信じたくて、ドロレスはもう一度確認する。しかし、現実は残酷だった。





「……………申し訳ありません、アラン。どうやら逆にハッキングをされたようです……………!」
『なッ………何!? お前にハッキングしただと!?』

悔しげな、そしてどこか苦しげなドロレスの言葉を聞き、アランはこれまでにないほどの驚きの声を上げた。

「ダミーを突破……………! 凄まじい速度です! このままでは『私』に到達するのも時間の問題です!」
『馬鹿な! AIであるドロレスを上回るハッカーが存在するはずは………!?』

ドロレスの報告を聞きながらも、アランは未だに信じられないようだった。
それもそのはずだ。AIであるドロレスの攻撃速度は、人間のそれと比較にならない。
その攻撃をY1はブロックしたどころか、あろうことかドロレスの最高峰のセキュリティを破って今まさにドロレスを破壊しようとしている。
―――――とても人間技とは思えなかった。

「複数箇所に不正プログラムを確認! どんどん浸食されて…………っ! 駄目です、アラン! 撃退は諦めて、自己閉鎖モードを使います!」
『い、いや、その前に自動帰還システムを…………設定している暇は無いか…………! 』
「緊急自動回避装置は起動して隔離しましたが、これ以上はもう時間がっ!」
『分かった、後のことはこちらで何とかする! お前はとにかく隔離を急げ!!』
「了解!!」

アランとドロレスの切羽詰まった会話の応酬。全く想定していなかった不測の事態に対応が追い付いていない。
それでもなんとかドロレスは外部との通信を完全に遮断するよう手順を始める。戦闘空域でそんなことをすれば自殺行為だが、他に方法がない。

「プロセスを開始します。通信回線を封鎖!」

次々に回線をシャットアウトしていくドロレス。ゴースト部隊と共有していた情報が、全て途切れた。
データリンク、切断。電子的に孤立することで堀を深めていく―――――だが、一歩遅かった。

「汚染領域スキャン………完了。汚染領域を隔離しま―――――ぁ、がっ!?」

突如、視界が真っ暗になってしまった。おかしい。カメラを切った覚えはない。
いや、それだけではない。高度や速度、気温、さらには機体の損傷具合や残弾数など、およそノーバディから送られてくる信号が次々に途切れていく。
外界との接続が―――――全ての感覚が、闇へと呑まれていく―――――



『お、おい、どうしたドロレス!? 一体何が―――――』
















そして、遂にアランとの通信まで途切れてしまった―――――












To be continued...