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nagaimichikoの日記 RSSフィード

2008-05-31

はじめてのドラッガー

「何はともあれドラッガーは読んどけ」という、尊敬する人からのお達しにより、今ごろなのですがP・F・ドラッガーの本を読んでいます。

いま読んでいるのは「はじめて読むドラッガー」シリーズの社会編「amazon:イノベーターの条件」。

まだ40ページしか読んでないのですが、これが自分的に大ヒット。ドッグイヤーがワンワン言いながら読んでます(=読み返したいところのページの角を折りまくってます)。


いまの自分の最大の関心事は、クリス・アンダーソンが提唱した「フリーエコノミー」の行方とその位置づけ。その上で、いままでの米国を中心とした経済至上主義、資本主義って何だったんだろうなぁとか、お金以外に価値を図る指標+目盛りってどういうものだろうなぁとか、そんなものをいろいろ探してます。


そんな自分にヒットしたのがこれ。

ヨーロッパの秩序が、キリスト教を基盤とするがゆえに自由と平等を追求せざるをえないとすれば、新しい秩序は、当然のこととして、それが社会の中心に位置づける領域において自由と平等を追求することになる。(中略)経済的な平等は、それが社会にとってもっとも重要なことではなくなり、新しい領域における自由と平等が新しい秩序のもたらす約束となったとき、初めて可能となる。






・・・・という続きを書き上げて、UPしようとしたときに別のページを間違って開いてしまい、バックアップで復元できたのがここまで。もうやだ。なんでバックアップが30分も前なんだよう。








えーっと、もう1回同じことを書くのが面倒くさいので、言いたかったことをざくっとまとめて書いておく。

・「資本主義」とか「社会主義」とか、みんな「自由と平等」の名のもとに登場した

・でもそれはうまくいかなかった

・古くは「宗教」こそが「自由と平等」をもたらすといってた。でもうまくいかなかった。そうして「「政治」や「経済」が「自由と平等」をもたらす」という考えに移行した後、宗教上の自由と平等が訪れた。

・それは私の理解では、どの宗教を信じても信じなくても自由、どの宗教を信じる人も信じない人も平等、ということ。


・いまは「資本主義」から別の「主義」への移行期。資本主義の限界が見えてきている感じがする。

・その筆頭が、グーグルを筆頭とした、「知」や「情報」のオープン&フリー(自由&無料)化。梅田望夫さんの本によれば、シリコンバレー全体がそれを善として動いている。

・もしくはニコニコ動画のMADに見られるような、「面白いものはみんなで共有化してもっと面白くしちゃおう」的動き。


・どの「主義」もそれ以前の「主義」で解決できなかったもの、実現できなかったものを可能にするという名目で登場し、それゆえに今の「主義」に限界や不満を感じている人には魅力的に映る

・そしてその「主義」はキリスト教圏から出てくる限り、「自由と平等」を大義名分に掲げている可能性が高い

・そしてその「主義」が社会的に受け入れられたとき、経済上の「自由と平等」が訪れる

・そしてその「主義」は、その主義に従わないものを排除する限りにおいて、真の「自由と平等」をもたらすことはない


【自分のすべきこと】

・その「主義」は既存の問題を解決するために登場したことを理解する

・その「主義」がどんなに美しく見えても、完璧ではないことに注意する

・新しい「主義」を評価しつつ、既存の「主義」の良い点も残して現実に落とし込む手法を考える



うーん、なんて愛のないまとめ。ま、いっか。

代わりに愛のある写真を載せておこう。おいらの愛猫。きゃー♪

f:id:nagaimichiko:20080531221216j:image

2008-01-27

この人が好きだ。この人のことをもっと知りたい

と思える本に出会ったのは田口ランディ以来。

(最近はもう田口ランディは読んでない)



私はいつもふらっと本屋に入る。

さして大きくない、けれど決して狭くはない駅前の本屋を

雑誌コーナーから漫画コーナーまで、すべての列を歩く。



基本的には平積みされている書籍の表紙を、歩きながらざーっと眺めて、

面白そうだな、と思った本を手にとって、一気にめくる。

数秒で目に入った文章の文体や単語を見て、その人の言葉を自分が素直に受け入れられそうだなと思ったら買う。



この本も、そうやって出会った。

神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く

神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く

舞台は中東、東南アジア。

浮浪者とか、ストリートチルドレンとか、売春婦とか、そんな話。

気軽に「面白いよ」とか薦められる内容ではないことはわかってるけど、それでも書く。





私が惹かれたのは、その文章の構成力。

旅で出会った相手の会話、仕草、眼差し。そんなディテールをひたすら細かく積み重ねることで、1つの物語を織り上げていく。最後に彼らの心情を読み解く言葉を1行、2行そっと差し出すことで、読む人に登場人物の心情を焼き付ける。


丁寧で、緻密で、何気ない日常をドラマティックに仕上げている。




書籍の最後のほうになるほど著者の「個人」の感覚が強く書かれていて、そのあたりは感情移入しにくい(「なんでもっとがんばんないんだよ」とか思う)部分もあるんだけど、それは多分、著者が書きたかった自分自身の葛藤や何も出来なかった無力感によるもので、それこそが現実だし、著者に本を書かせた義務感なんだろうと思う。





なんてことを下書きで放っておいているうちに、同じ著者の前作(処女作?)も読み終えてしまった。

物乞う仏陀

物乞う仏陀

「神の〜」を買ったときにはこの本の著者だということは知らなかった。こちらは大宅壮一ノンフィクション賞の候補になった作品。私は賞に関心がないのだけど、それでもこの本の名前は覚えているから、当時かなり話題になったんだと思う。

こちらはアジアの障害者が中心。内容の衝撃度合いではこっちのほうが「神の〜」よりも強いけど、文章の巧さは「神の〜」のほうがいい。

しかし、去年インドに行ったときはこの本に載っているような悲惨な障害者(どのくらい悲惨かは書籍を読んでいただきたい。私も読み終わったばかりなので自分で消化できてない)にあまり出会わなかったんだけど、それは自分が見えていなかっただけなのかな。国が豊かになったことで状況が改善されつつあると信じたい、けど。






はまると一気に突き詰めたい性分なので、著者のサイト&ブログを読破+推薦本をひたすら購入してしまった。これでまたしばらく読む本に困らない(でも収納場所には困る)。

http://www.kotaism.com/

http://kotaism.livedoor.biz/

文章の書き方とか取材の仕方が書かれていて、ものすごく参考になる。

自分の好きな作家の言葉がこんなに身近に読めるなんて、いい時代だなぁ。

おいらももう少し、ほかの人の参考になることを書いておかないといけないな。


3月に日本で講演会があるみたいなので行ってみよう。

今度は彼が見たアフリカの話を、ぜひ聞いてみたい。私の愛するアフリカの話を。