投げヤリズム RSSフィード

2017-07-24

スイーツはアイドルである

どうもハトヤです。一応社会人的には「サラリーマン」が肩書きなのですが、自分にはもう一つ「田中義剛ウォッチャー」というどうでもいい肩書きがあります。世界で自分だけしか名乗っていないでしょう。たぶん。


自分は田中義剛が好きではありません。なんのひねりもなく言えば嫌いです。ただ、嫌いというのは好きの裏返しであり、自分のような捻くれた性癖になると「田中義剛を観察することで、嫌いな部分を再確認できて超楽しい」なんてことがあるわけです。だから自分はテレビに出てくる(主に花畑牧場関連の)田中義剛を愛でて、唾棄する。年中行事みたいなもんです。かつての義剛は「ソロモン流」「ザ・ノンフィクション」で確認してほしい。


「がっちりマンデー!」で花畑牧場を取材してました。「あの店は今」という新企画で登場。先週から知ってはいたんだけども、放送まではどんな取り上げ方をしているかちょっと不安だったのですが、自分の思い描いている以上の放送だったので、ここにしたためておきたいと思います。


まずはVTRの初め。生キャラメルが大ヒットし、社会現象に。そして当時ノリノリすぎて笑いが止まらない義剛のVTRが。もうこの数秒だけで嫌いになれるインパクト。いやあ改めて存在の邪悪さに惚れ惚れする。


現在の花畑牧場を取材しに、スタッフは帯広へ。VTRでは「帯広市」となっていたが、正確には花畑牧場の所在地は中札内村(なかさつないむら)であり、もうここらへんから「がっちりマンデー」スタッフの「本当はさほど興味がない感」が満載。自分にはちょっと不服である。きちんと取材してくれないと、こっちもきちんとイヤな部分を指摘できないじゃないか。ちゃんとやれよ。


牧場を尋ねるとこれみよがしにヒツジに餌をあげているオッサンが。誰がどう見ても義剛。そしてこのしょうもない演出を考えたのも絶対に義剛。わずか数十秒で発揮される義剛イズム。そして来年60歳になることをアピールする義剛。「見えない」という茶の間の声を期待しているのだろうが、見える。大丈夫だ。来年還暦だ安心してほしい。


花畑牧場が10年前と比べて広くなったことをアピールする義剛。これに関しては3年前の「ソロモン流」(今とても大変な船越英一郎がナビゲーターをしていた番組)でも確認済みなのでどうということはない。キャラメル資金で拡張しているのだから、3年前と変わっているわけがない。


そして直営店で相変わらず販売されている生キャラメルをアピール。以前に比べ味が10種に増え、直営店でのみ販売されている「極」という商品を紹介。黒地に金という物凄く下品なデザインが義剛イズムを感じずにはいられない。とっても牧場の素朴なイメージとかけ離れていて最高である。誰も指摘してあげない優しさ。


そして疑惑の映像へ。現在の生キャラメルの販売数に触れるのだが、ナレーションでは「月に30万個」と言っているのだけど、テロップでは「30万箱」となっている。これはVTR冒頭から感心のなさを窺わせたスタッフの手抜きの賜物なのか、それとも意図的に「30万個」と「30万箱」を交錯させたのか。真偽のほどは分からないが、自分は「製造数が30万個」なのだと思った。ひと箱に生キャラメルが8粒くらい入っているので、大雑把に計算して実売数は4万弱なんじゃね?と。まあこれは穿った見方であることは否定しない。けど、敢えて声を大にして言いたい。


義剛はこのくらいのこと、するよ。


義剛は数字にうるさい。経営者として間違っていないのだけど、この後のVTRでもしょっちゅう登場するのだが、やたら数を強調する。以前「年商〇〇億円の社長」と呼ばれるのがイヤだから年商を非公開にした、なんてエピソードを披露していた人物とは思えない。まあこの話はウソなので別に問題ないんだけど。


そしてこのVTR最大のウソ登場。「最近メディアで名前を聞かなくなったのでは?」という質問に対して「敢えてメディアに出ない。メディアに出なくても売れる商品を作ろうという戦略」という答え。取材を受ける数週間前からずっと考えていたんだろうなあ、このセリフ。泣けてくる。泣かないけど。


このセリフの何がウソなのか。「メディアに出なくなったのは戦略ではなくて負け惜しみだろ」と指摘したあなた、ダメ義剛ウォッチャー。正解は「義剛の戦略なんて『その時いいものを安易に堂々とパクろう』しかないに決まってるだろうが!」である。こうもなぜ義剛は分かりやすい嘘をポンポン吐くのか。理由は簡単。「誰も以前の義剛の発言なんか覚えてないし、本人もさほど覚えていない」からだ。しかし自分は覚えている。


義剛ウォッチを続けていると、明らかに「ウソつけよ」と思う部分がたくさん登場する。けど世間は誰も何も言いませんよね。そう、無関心だから。だから義剛も適当にその場(あるいはちょっと前)で思いついた事言ってしまうし、周りも流す。無関心だから。全くもって世間の在り方が正しいが、自分はそういうとこに義剛イズムを感じずにはいられない。


まあもっとも「今の方が経営が安定している」は本当の話だろう。3年前の「ソロモン流」でも同じこと言っていたし、バブルで浮き足立っていたところを踏みとどまったのは少し褒められてもいいのかもしれない。あとメディアから姿を消したのは百歩譲って戦略だったとしても、アンテナショップや直営店がたくさん姿を消したのはただの業績不振ですよね?


それはともかく、毎回毎回名言を残す義剛。今回も出ました。「スイーツってアイドルなんですね」だって。短期間で浮き沈みが激しいと。そして「アイドルだけだと会社として無理だなと」と続ける。義剛の所属するアップフロントはモーニング娘。を抱えるアイドル事務所でもあるんだけど、これは不問にされるんだろうか。続いて商品の多様化を掲げる義剛。言い方はカッコイイが、義剛お得意の「節操がない」がここで登場するわけだ。


モッツァレラチーズが3000店舗、1日6000個と、分かり易い数字アピール。そしてチーズ工場で「徹底した手作り」を猛アピール。あれ、自分の記憶が確かならば、このモッツァレラは「ソロモン流」で海外の機械を購入することでロスを少なくしたやつですよね。んまあ、一応手作りってことにしておくか。したらすぐさま機械の映像紹介されてやんの。形成は機械でいいってこと?いや別にいいんだけど。


そして現在一番儲かっているのが業務用の卸しであると紹介。月15トンと、実際問題多いんだか少ないんだか分からない数字で紹介。2年前の「ザ・ノンフィクション」で紹介されていた「ブッラータ」も今でも卸しているようだ。そして卸しにヒットしている要因として「包丁いらずというニーズに応えられているのは機械じゃないから!」と言っている後ろでは機械が頑張って動いていました。義剛後ろ!と全員叫んでいたんじゃなかろうか。ローソンのタルトの話は初耳だった。それこそ「ザ・ノンフィクション」でポップコーンを売り込んでいたのは見たが、タルトにまで食い込んでいたのか。


さすがに30分番組のVTRのひとつだったので、義剛VTRはここでおしまい。もう少し尺があれば「品質に厳しい男義剛」が挟み込まれたはずなのに、非常に惜しい。出来れば「今パクりたいもの」の紹介してほしかった。

(追記:どうやら番組facebookにて「今パクリたい商品」はメグミルクの商品でお馴染みの「さけるチーズ」であることが発覚。てかもうパクり終わった後で、商品化されていた。確かに本編でも義剛がチーズさいていた。あんな超有名商品を堂々とパクるとはさすが義剛、そこにシビレる憧れない!)


毎度締めは同じになってしまうけど、まあ相変わらずブレないですよね。2017年も嫌いにさせてくれた。しかし今回の長さでは完全に消化不良なので、経営が安定しているなら、そろそろ「カンブリア宮殿」さん、特集どうですか?まあ村上龍が首を縦に振らない気がするけど。

2017-07-20

心霊写真に許可を取る

TBSの番組で取り上げた心霊写真が、ネット上で合成だったと話題に。


毎度のごとくワーワーマスコミ批判している方々がいますが、論点がとっちらかっている気がするので、自分なりにまとめて考えてみたいと思います。

心霊写真そのものの在り方は議論しなくていい

放送で霊媒師みたいな人が「これは女性の怨念が」みたいなことを言っていたらしいので、その点に関して「嘘じゃねえか!」と怒る意見はあってもいいですよね。今回は心霊写真が「加工されたニセモノ」*1だからこそそんな話になってしまうのだけど、今や「そういう胡散臭いのも全部ひっくるめてのオカルトというエンタテインメント」という認識の人も多く、「ありもしない霊をでっちあげたこと」に対する怒りはそんなに大きくないのではないだろうか。だから、心霊写真そのものの在り方は今回考えなくていいんじゃないか。考えるだけ仕方ない話ですし。


どうしてこうなった

では何が問題か。「元々心霊写真じゃないものを撮影者(らしき人)の許可なく心霊写真として取りあげた」あたりが批判の中心ではなかろうか。となれば、どうしてこんなことになってるのか考えてみたい。


実際の経緯が分からんので、それこそTBSが詳細を詳らかにしてほしいくらいなのですが、考えられるパターンとして

1:TBS側が元画像を加工して心霊写真に「仕立てた」。それを放送したら元画像の撮影者がたまたま見つけて加工だとバレた。

2:心霊写真をネット上で探していたTBS側がそれっぽい画像を見つけて、それを無断で使用したら、心霊写真でもなんでもない元画像を持っている人間がたまたまそれに気づいてしまったので、それが合成だとバレた。

のどちらかだと思います。なんだかネットでは1であること前提で話が進んでいるように思いますが、個人的には2のような気がします。1であれば大変お粗末であり、そりゃ批判されるだろうねとは思うのですが、2のパターンであれば自分はちょっと分かる気がします。以下その前提で話を進めてみたい。


ネット上の心霊写真に許諾を取るという雲を掴む話

もちろん前提としては「他人の写真を使うのであれば許諾が必要」ですよね。もし1のパターンだとして、写真もそのtwitterから無断借用したのであれば「取ろうと思えば取れた許可」ということになり、やはり批判されるべき事案になってしまうのでしょう。しかし2のパターンだった場合、これってどうやって許可を取るのでしょうか。「許可取るべきだろ」と思った人は「あなたならどう許可を取る」のか考えてほしい。


もし2のパターンで「既に(加工されていて)心霊写真として出来上がった写真」がネット上に落ちていたならば、多少ニセモノ臭くても「これこのまま使えるんじゃないか」と思うのは、仕事の締切に追われた社会人ならば陥っても不思議ではない思考回路。そしてもう一歩踏み込めば「どうせ顔はボカシかけて映らないんだから、放送しても大丈夫だろ」となる。出所が分からない心霊写真だったとするなら、そもそも撮影者に許可を取ろうなんて考えにはならない。だって探すのが超大変なのだから。ネットでお手軽に探している時点で「出所が分からんけども頑張って撮影者探して許可もらう!」なんて発想になるわけがない。そこらへんの考えが甘い、という批判は甘んじて受け入れるべきだろうが、これを「マスゴミはすぐ捏造する!許可も取らない非常識な奴ら!」と叫ぶ人間だって、思慮の浅さはどっこいどっこいだろう。断言してやろう。オマエでも同じことやるって。


ネットの批判はド正論を上から目線で突きつける「聖人」があまりに多すぎるが「自分が同じ立場だったらどうなんだ」という視線があまりに欠落している。今回のような騒動は実は誰でも起こすような類のものなんじゃないか。あの心霊写真に「許可を取る」なんて発想の人間は本当に存在するのだろうか?あくまで2のパターンだったら、という話だけど、自分は「そこまで批判されるような話なのかね?」と思ってしまう。ネット上の情報にウラを取るのは必要だ。しかし、そもそもが「ホンモノである」かどうか疑わしい存在である心霊写真にウラを取るという発想は自分にはない。取ってどうする。


ましてやその撮影者も分からんのに「この心霊写真使っていいですかー」なんて聞こうとはしないでしょう。だって、なまじウラ取れて「それ心霊写真じゃないですから」なんて言われたら逆に使えないんだもん。ウラもなく、許可もない。その状態で使うしかないって。それがダメだと分かっているなら、ネットで心霊写真探さないんだから。そもそもがそういう話になるでしょうよ。


「最近のマスコミがお手軽にネットから情報を探すという怠慢」は指摘されても仕方ないだろう。けど「ネットで見つけた心霊写真にも許可取れよ」という批判は、ちょっと違うような気がしてしまう。まあそれもこれもTBSがこの件に関して黙っているのが一番良くないんですけどね。言うべきところは言わないと余計な批判されるだけだ。

*1:本当に霊が映っているものを黒く加工した、という考え方も出来るけども、それを言い出すと水掛け論

2017-07-16

制度化

「ワイドナショー」でとにかく明るい安村が自身の不倫の話をしていました。


発端は映画の宣伝の囲み取材のときに、なぜか聞かれた松居一代の話にうまいことコメント返したと思ったら、そこを松居一代にブログで噛みつかれるという不幸な展開に。その説明やら釈明やらを「ワイドナショー」でしていたのだけど、松居に噛みつかれたのは過去の不倫報道があったからでは、という話になり、「じゃあ本当に不倫はしていたのか?」という話題に当然なります。


安村本人は報道当初から「ホテルには行ったけど、何もしていない」を通していたわけですが、東野松本の「今本当の事を言っても誰も気にしないし怒らない」という悪魔のささやきに唆され、思わず「2回」と言ってしまうわけです。まあ言うしかないところですよね。


自分はこれを見ながら素直に笑ってしまったわけです。世間的には今「不倫に厳しい風当たり」なので、こんなもん笑えないし許されないんでしょうけど、不倫がどう頑張っても生活の枠外にしかない自分からすればただただ面白いだけです。「結局やってんじゃねえか」という点と「時間が経ったことによってある程度風化される」という点において、面白に転化される(と少なくとも自分は思える)んであれば、これアリなのではないでしょうか。


というわけで、芸能人に関しては「とりあえず言い訳を用意しておけば、当座はそれ以上追及されない権」を与えるべきだと思うんですよね。その代わりある程度の時間が経てば(1年とか2年とか)「絶対に本当のことを言わなければいけない」という「制度」にしてしまえばいいと思うんですよ。機密文書と同じような感じにすりゃあいいんです。そうすればとりあえず「不倫はしていない!」と一番ややこしい時期は少なくともマスコミに対して抗弁はできるわけです。それ以上追及してはいかんことにする。当人同士でそれは通じないんですけど、それは当人同士の問題ですから仕方ない。んである程度色々片付いてから、「あの時はこうでした」と必ず言うし、聞かれたことには包み隠さず答えるようにすれば、それはそれで当人にとってもマスコミにとっても悪い話じゃないと思うんだけどなあ。


とまあそれっぽいことを書いておいて、自分がただ言いたかったのは「で、あの時プレステは何回したんですか?」と安倍なつみさんにゲス丸出しの顔で聞いてみたいというだけの話です。ザキヤマ(山崎育三郎)にぶん殴られるんでしょうけどね。

2017-07-15

角度がえぐい

「脱力タイムズ」の古坂大魔王回が素晴らしかったです。


「脱力タイムズ」とはくりぃむしちゅー有田がキャスター「アリタ哲平」に扮し(といってもまんま有田なんだけど)、ゲストコメンテーターとして呼ばれた芸人(および芸人に準じる人)をターゲットに本物の文化人とゲストタレント(今回は満島ひかり)とともに徹底的にボケ倒すという、現在のバラエティの中でも1、2を争う「クレイジー」な番組である。


今回古坂大魔王は「ピコ太郎が出演できなくなった代わりにプロデューサーの古坂が出演」という紹介。もちろん古坂とピコ太郎は同一人物であるが、様々な番組で古坂は頑なに「ピコ太郎と古坂は別人」と貫き通している。それを出演者が「同一人物なんでしょ?」と聞くひとつの形が出来上がっているのだが、ボキャブラ時代からの盟友であり、古坂の面白さをよく知る有田はそんなイジり方をしない。「あくまで古坂とピコ太郎は別人」というスタンスのもと、出演者に「ピコ太郎がこなくて露骨にガッカリ」をさせるのだ。古坂を知り尽くしている有田だからこそ、相手の懐に入って仕掛ける。


さらには「人生に影響を与えた人」として、次から次へと大物芸能人を真似するモノマネ芸人をVTR出演させる。まるで「ピコ太郎が古坂じゃないと言い張るのはこういうことですよ」と言わんばかりに。勿論それは嫌がらせではなく、ちぐはぐな面白さの手段として用いているのだ。一方でBOOMERやX-GUNといったボキャブラ同世代芸人はそのまま出演させ、古坂の正解すぎるツッコミを待つ。これは有田の古坂のみならずボキャブラ同世代芸人に対する愛だ。


そして最後には、「満島さんにピコ太郎さんからVTRが届いてます!」と振る。そんなVTRを撮った覚えがない古坂は「いや、届いてないと思いますよ」と否定。「古坂さんじゃなくてピコ太郎さんだから分からないじゃないですか」と満島。こんなもん笑うしかない。そして流れたVTRには「コーラを一気飲みした後でPPAPをやります」というハイキングウォーキングQ太郎(もちろん“太郎”つながり)が登場し、会場の笑いを誘う。全てがトリッキーでありかつ効果的に笑いを誘う。30分の番組に「俺なら古坂大魔王をこう使う」という有田の笑いが凝縮されていた。見事としか言いようがない。


この番組が生み出す有田の笑いは、他の番組の目線とはちょっと違う。古坂がピコ太郎VTR紹介のときに思わず「角度がエグい」と発言したのだが、まさにその通り。今こんなエグいお笑い番組を見ることが出来るのは、たぶんここだけ。もっともっともっと話題になっていい番組なんだけどなあ。

DINOSAUR TANKDINOSAUR TANK 2017/07/15 22:58 ハトヤさん、「古坂」です。

nageyarismnageyarism 2017/07/16 00:15 仕事前に急いで書いたとはいえ、大変恥ずかしい!
恥ずかしいんで訂正ついでに文章の変な部分もちょっと直しました。
ご指摘ありがとうございます。これからもどうぞよろしく。

2017-07-14

不遜

思いっきり独断と偏見で書いてみる。北海道ローカルにおけるタカアンドトシの在り方が、自分にはとても不遜に思える。悲しいことである。


タカトシといえば北海道出身の漫才師。元々北海道よしもとの一期生であり、「オンエアバトル」などの活躍を機に東京へ進出。「欧米か!」のツッコミで一世を風靡し、今では番組の司会もこなすいわば「一流の芸人」である。そんな彼らの活動拠点は既に東京ではあるが、常に北海道でもレギュラー番組を抱えている。特にUHB(フジテレビ系列)との関係が強く、かつては日曜昼の生放送の番組を持っていたり*1したこともある。現在UHBでは「タカトシランド」という、いわゆる街歩きの番組を持っている。ローカルながら金曜19時というゴールデンの時間帯だ。


またここでも以前に話題にしたが「ジンギス談」という深夜番組をHBC(TBS系列)にも持っている。こちらは吉本の芸人をゲストに迎え、北海道ローカルの深夜番組をいいことに、結構言いたい放題やりたい放題やっている。いい言い方をすれば「肩の力が抜けていて、リラックスしている」のだが、悪い言い方をすれば「地方ローカルの深夜に対するあからさまな手抜き」である。これはもう断言していい。やる気がないわけではないのだろうけど。


まあ心情として地方ローカルの深夜くらい多少手を抜いて気を抜いてやってしまうのは無理もないのかもしれない。リラックスした番組があってもいい。しかし、自分が今も以前も北海道ローカルのタカトシの番組全般に思うことは「完全に地元(地方)であることをいいことに、テキトーにしかやってない(ようにしか見えない)」のだ。言い換えると「番組に、ローカルに対する愛が希薄なのが透けて見える」という感じだろうか。


地方ローカルの街歩き番組なんてきっちり真剣に見ている人間はそう多くない。そう多くないからこそ、タカトシが表面上きっちりこなしているように見えてしまう人も多い。しかし、少しでもちゃんと見れば、あらゆる場面でタカトシの雑さを垣間見る。「東京から来たスター様が番組やるんだから、こんなもんでいいんでしょ?」感がアリアリと見える。本人たちが否定しても、少なくとも自分にはそう見えるんだから仕方ない。そう見せてる「何か」があることを自覚したほうがいい。


今回の放送でいけば、以前取材で訪れた店を全く覚えていなかったこと。まあ全ての店を覚えているなんてことは無理なのだけど、彼らの場合はもう本当に覚えてない。たぶん覚える気がないんだろう。駅前に結構前からあるコーヒー店なんて一回行けば行ったことくらいは覚えていそうなもんだが、まあ覚えてない。同じローカルスターの華丸大吉では考えられないと思う。


北海道ローカルの番組はいくらでもある。いまや全国区になった俳優集団チームナックスも番組を持っている。全員忙しいはずなのに、しっかりロケ時間も取って地方ローカルとして充分楽しめるレベルのクオリティを維持している。芸人で言えば、なぜか北海道に縁のないサンドウィッチマンまで番組を持っている。しかもこっちは普通に面白い。タカトシの80倍くらい面白いし好感が持てる。同じ芸人のローカル番組だし同じようなことやってるのに、この差は何だろうか。


最近のタカトシのローカル番組は、見る度にどこかしら彼らの「イヤな部分」ばかり目につく。まあ自分がそのような目で見るようになったということもあるのだろうが、ここ半年から1年くらいで、自分における彼らの好感度は滑り台くらい下がり続けている。北海道から東京へ進出して売れたときには本当に嬉しかった。面白い人たちはちゃんと売れるのだと。しかし今彼らを見ても思うことは「なんだろうねえ」でしかない。


一時期の東京での出ずっぱりの時期を終え、地方での活動もまた盛んにし始めたタカトシ。北海道関連のCMもここ最近また増えた。それはそれで良いことではあると思う。しかしこんな態度を続けてローカル番組を「こなしている」ようでは、いずれ北海道での居場所はなくなるんじゃないかと自分は思う。これを読んだ人は是非北海道に来たらタカトシのローカル番組を見てほしい。

*1:今ではその枠は千原ジュニアとベッキーがやってるんですけども