投げヤリズム RSSフィード

2017-10-19

痺れる配役

「刑事ゆがみ」が期待以上でした。とても面白い。


漫画原作であり、いわゆる「刑事バディもの」ではあるので、そうそう捻った設定とかがあるわけではないけど、もうストレートに面白い。浅野忠信と神木隆之介という演技に抜群の安定感がある二人が主演に加え、ゲストとして出演する役者の選び方から、単なる人気俳優を並べているわけではない制作側の意気込みを感じる。


初回のゲストかつ犯人役として杉咲花は絶妙だった。朝ドラで伸ばした知名度とイメージを逆手に、神木演じる羽生との恋愛関係をミスリードさせる存在としては完璧。その逆に犯人を疑われ視聴者をミスリードする被害者の友人役には大後寿々花。言わずと知れた(と自分の中では思っているが)「セクシーボイスアンドロボ」のニコであり、神木とは共演も多くドラマ好きをニヤリとさせる配役。


被害者役だった小倉優香は今売り出しまくりのグラビアアイドルであり、また同じ回に「幸せな妻」役として小倉優子を配置したのは、もう完全に遊び心ありまくり。ツッコまれるためだけにキャスティングしたみたいなもんだ。


2話では水野美紀と中川大志、そして斎藤工が登場。水野美紀はまさか15年越しで処女の役を演じるとは思っていなかっただろうなあ*1。斎藤工は「プロの下着泥棒」という、完全に「らしい」役で登場。今後再登場の可能性もあるが、これだけのために出演したとなれば、斎藤工がそういう役者であることを差し置いても、とっても豪華なワンポイントリリーフですよ。


レギュラーの稲森いずみも山本美月もなかなか。特に山本美月は最初誰か分からないくらいだったけども、今後ストーリーに関わっていくような感じもするし、とてもオイシイ役回り。「嘘の戦争」よりは確実に良いです。あれはあれで良かったけど。


ドラマの楽しみ方は色々あるわけで、どんな楽しみ方をしてもよいと思う。個人的にこのドラマは「ゲストのチョイスが豪華ながらも実力ありき」という点でとっても楽しめる。もちろん変に通ぶったことを言わずとも、普通に楽しめるドラマ。自信を持って今期のオススメとして紹介できる。1話完結なのでまだ見てない人も是非。

*1:15年前にフジで「初体験」というドラマに主演していたのが水野美紀でした

2017-09-21

救わない

ドラマ「僕たちがやりました」が面白かったです。原作は未読なので、原作との比較どうこうは出来ないのですけども、ドラマ単品で感想を述べれば「よくこの結末で終わらせたなあ。やるなあ」である。


事件から10年後、腹違いの弟を刺殺し服役したパイセンが仮出所したことにより再会した4人。伊佐美は今宵と結婚し、マルはキャバクラのオーナーに。トビオだけがその日暮らしのフリーターとして生活していた。それなりに楽しい再会を果たすも、解散後「もう会わないと思う」と今宵に告げる伊佐美、自身の体験を厭わず金払いの良い客をカモにするマル。この描写から「過去は過去、現在は現在」といった元仲間の二人が描かれる。


一方でトビオは偶然元恋人の蓮子と再会するも、別の男性と結婚し妊娠していたことを知る。そして自殺した市橋を投影した「自殺願望」の陰に苦しむ描写で終わる。


ただ結末を書いただけでも悲しいくらいに全く救いがない。普通ドラマってのは、物語ってのは多少の救いがあるもんだろ、と自分は思ってしまう。そっちのほうが後味がいいし、やっぱドラマだよなという気分にさせられるが、そういうの一切なし。軽い気持ちのイタズラ心が人生を狂わせたことにより、真正面から「人生は狂うし、そんなに簡単に許されるもんではない」という事実を残酷に突きつける。


一番真正面から事件と向き合ったトビオが一番苦しみ、爆破事件のきっかけを作ったという意味では一番真正面から向き合わなければいけないはずのマルが一番成功している、という皮肉。「人間ある程度クズなほうが楽しく、成功する」という強烈なメッセージであるようにも思える。トビオのように真面目に受け取ることも大事であると同時に、過去を引きずらなければいけないことの不幸も知るべきなのだろう。


ドラマに込められた強烈なメッセージは、大人であればあるほど「生きているうちに何か味わったことのある感覚」だと思うのだ。だから自分なんかは「ドラマでこんな現実じみたこと見せなくても…」と思ってしまうのだが、それは間違いなのだろう。なぜなら、このドラマは少年漫画が原作ということもあるが、確実にターゲットは若者なのだ。若い人が見てどう思うか、そこに主眼を絞っているように思える。


そりゃ原作にある程度忠実ではあるだろうし、ドラマ作っているほうも説教じみた意図で作っているわけじゃあないだろう。しかしそれでもなおこのドラマが放った強烈なメッセージが誰かに刺さっているのだとすれば、それはそれで素晴らしいことなのかもしれない。


あとずっと言いたかったこととして、トビオが蓮子と結ばれたあとにベッドで蓮子に腕を回すシーンがあったのだけど、その時のトビオこと窪田正孝の腕のムキムキっぷりが尋常じゃなくてちょっと笑いました。あと永野芽郁と川栄李奈はこのドラマでかなりファンが増えたんじゃないかと。


安室奈美恵、引退

芸能人に引退に関しては、以前書いたこの記事以降考えが変わってないので、改めてこちらを。


まあ安室さんが所さんの言うところの「よっぽどすごい人」に該当するか、という議論はあって、自分は「該当する」とは思うのですね。ただまあそれでもやっぱり「芸能人の引退ってなんだろうか」という気持ちが自分の中で拭えないわけではないですけども。

2017-09-02

再放送かな

今年の「高校生クイズ」の感想を。


ここ数年は「ウルトラクイズ縮小再生産」を軸とした構成なんだけど、ウルトラから受け継ぐべきだったことを微塵も感じることができず、今年はただただ海外でカップルの思い出づくりに寄与するという愚かな構成になっていました。「愚か」とは言い過ぎなのかもしれませんが、何年も同じ作りしか出来ないのは「愚か」ですよやっぱり。


番組をちょっと見ただけでどこのチームが勝ち残るのか分かってしまう「露骨な演出」は本当にいただけない。出国10チームを決める早押しで瞬殺された残り50チームの気持ちとか、出国してそこそこ勝ち進んでいるにも関わらず殆どナレーションベースで済まされるチームとか、放送時間が短いことを言い訳に無視するんでしょう。だったら結果的に優勝チームになるカップルが「3年間の努力を積み重ねて」云々のくだりをもっと短くすればいくらでも放送できるでしょうよ。そういうことじゃねえんだよ。


今回一番酷かったのが前回も行われた寝起き奇襲。一番早かった女子チームに与えられたアドバンテージは「ご当地問題」だって。しかも正解が「伊達正宗」という他のチームだって容易に正解出来てしまうような大したアドバンテージでもなし。結果的に彼女らのチームはここで敗退してしまうという非道。もっと言えば優勝したカップルチームは一番遅く集合したのだけど、それに関して不利なことは何もなかったんですよね。これ昨年も同じだったんだけど、アドバンテージが小さいし、さらには一番遅かったチームへのペナルティ的なものも全くなし。本当に時間のムダ。構成がゆとりすぎる。昨年とほぼ同じこと書いてるのもどうかと思うが、それくらい何も改善されていないのにもう一度やる意味が分からない。


番組中では「驚きの新クイズ」と紹介されていた「抜き打ちマナークイズ」は昔の高校生クイズからの引用。フィンガーボウルが登場するなんてそのまんま。昔の高校生クイズはフィンガーボールを飲んでしまうと一発失格だったわけだが、そういうわけでもなく。昔やっていたものを再利用するのはこの番組全体のコンセプトなのでいいんだけど、それを「新クイズ」と紹介してほしくはないよなあ。ドラクエ11よろしく「過ぎ去りし時を求めて」くらい言ったらどうなんだ。


ドラクエ11で思い出したけど、今回の出題傾向も競技クイズっぽいクイズが多かった。ナレーションベースで済まされたところにあったのかもしれないけど、いわゆる「芸能」「アニゲー」的な問題は殆ど見られなかった。これも毎年言ってるけど高校生クイズは「クイズ研究会殺し」的な問題やルールがないとダメだと思うのだよね。元来は競技クイズ的な要素が強い「Qさま」のほうがよっぽど出題やルールにこだわっていて、クイズに対する愛が感じられる。


もはやライトな層は参加するハードルが高く(結局研究会連中にはクイズの知識でかなうわけがない)、かといってそこそこ出来る同性カップル(今回の決勝での女性ペアの扱いを見れば女子ペアも同じよ)も出場したところで大した扱いをされず、今や高校生クイズは「名誉を取りにくる名門校のクイズ研究会と、イチャつき前提の頭の良いカップル」しか参加し甲斐がないニッチなイベントになってしまった。もう番組として、イベントとして未来がない。


こいつを打破するためには、もう本当に毎年毎年言っているんだけど「カップル爆破クイズ」か「クイズ研究会撲滅クイズ」しかないと思う。前者は男女ペアとそうでない組に分かれての対抗戦、後者はクイズ研究会が苦手とするような最近の流行、ファッション、芸能を中心とした問題で組めばいいんです。ここ数年続いていた「ウルトラクイズ縮小再生産」路線は、もうそろそろ一区切りしてもいいんじゃないだろうか。もう一度言うけども、このままではもう未来がないよ。

2017-07-24

スイーツはアイドルである

どうもハトヤです。一応社会人的には「サラリーマン」が肩書きなのですが、自分にはもう一つ「田中義剛ウォッチャー」というどうでもいい肩書きがあります。世界で自分だけしか名乗っていないでしょう。たぶん。


自分は田中義剛が好きではありません。なんのひねりもなく言えば嫌いです。ただ、嫌いというのは好きの裏返しであり、自分のような捻くれた性癖になると「田中義剛を観察することで、嫌いな部分を再確認できて超楽しい」なんてことがあるわけです。だから自分はテレビに出てくる(主に花畑牧場関連の)田中義剛を愛でて、唾棄する。年中行事みたいなもんです。かつての義剛は「ソロモン流」「ザ・ノンフィクション」で確認してほしい。


「がっちりマンデー!」で花畑牧場を取材してました。「あの店は今」という新企画で登場。先週から知ってはいたんだけども、放送まではどんな取り上げ方をしているかちょっと不安だったのですが、自分の思い描いている以上の放送だったので、ここにしたためておきたいと思います。


まずはVTRの初め。生キャラメルが大ヒットし、社会現象に。そして当時ノリノリすぎて笑いが止まらない義剛のVTRが。もうこの数秒だけで嫌いになれるインパクト。いやあ改めて存在の邪悪さに惚れ惚れする。


現在の花畑牧場を取材しに、スタッフは帯広へ。VTRでは「帯広市」となっていたが、正確には花畑牧場の所在地は中札内村(なかさつないむら)であり、もうここらへんから「がっちりマンデー」スタッフの「本当はさほど興味がない感」が満載。自分にはちょっと不服である。きちんと取材してくれないと、こっちもきちんとイヤな部分を指摘できないじゃないか。ちゃんとやれよ。


牧場を尋ねるとこれみよがしにヒツジに餌をあげているオッサンが。誰がどう見ても義剛。そしてこのしょうもない演出を考えたのも絶対に義剛。わずか数十秒で発揮される義剛イズム。そして来年60歳になることをアピールする義剛。「見えない」という茶の間の声を期待しているのだろうが、見える。大丈夫だ。来年還暦だ安心してほしい。


花畑牧場が10年前と比べて広くなったことをアピールする義剛。これに関しては3年前の「ソロモン流」(今とても大変な船越英一郎がナビゲーターをしていた番組)でも確認済みなのでどうということはない。キャラメル資金で拡張しているのだから、3年前と変わっているわけがない。


そして直営店で相変わらず販売されている生キャラメルをアピール。以前に比べ味が10種に増え、直営店でのみ販売されている「極」という商品を紹介。黒地に金という物凄く下品なデザインが義剛イズムを感じずにはいられない。とっても牧場の素朴なイメージとかけ離れていて最高である。誰も指摘してあげない優しさ。


そして疑惑の映像へ。現在の生キャラメルの販売数に触れるのだが、ナレーションでは「月に30万個」と言っているのだけど、テロップでは「30万箱」となっている。これはVTR冒頭から感心のなさを窺わせたスタッフの手抜きの賜物なのか、それとも意図的に「30万個」と「30万箱」を交錯させたのか。真偽のほどは分からないが、自分は「製造数が30万個」なのだと思った。ひと箱に生キャラメルが8粒くらい入っているので、大雑把に計算して実売数は4万弱なんじゃね?と。まあこれは穿った見方であることは否定しない。けど、敢えて声を大にして言いたい。


義剛はこのくらいのこと、するよ。


義剛は数字にうるさい。経営者として間違っていないのだけど、この後のVTRでもしょっちゅう登場するのだが、やたら数を強調する。以前「年商〇〇億円の社長」と呼ばれるのがイヤだから年商を非公開にした、なんてエピソードを披露していた人物とは思えない。まあこの話はウソなので別に問題ないんだけど。


そしてこのVTR最大のウソ登場。「最近メディアで名前を聞かなくなったのでは?」という質問に対して「敢えてメディアに出ない。メディアに出なくても売れる商品を作ろうという戦略」という答え。取材を受ける数週間前からずっと考えていたんだろうなあ、このセリフ。泣けてくる。泣かないけど。


このセリフの何がウソなのか。「メディアに出なくなったのは戦略ではなくて負け惜しみだろ」と指摘したあなた、ダメ義剛ウォッチャー。正解は「義剛の戦略なんて『その時いいものを安易に堂々とパクろう』しかないに決まってるだろうが!」である。こうもなぜ義剛は分かりやすい嘘をポンポン吐くのか。理由は簡単。「誰も以前の義剛の発言なんか覚えてないし、本人もさほど覚えていない」からだ。しかし自分は覚えている。


義剛ウォッチを続けていると、明らかに「ウソつけよ」と思う部分がたくさん登場する。けど世間は誰も何も言いませんよね。そう、無関心だから。だから義剛も適当にその場(あるいはちょっと前)で思いついた事言ってしまうし、周りも流す。無関心だから。全くもって世間の在り方が正しいが、自分はそういうとこに義剛イズムを感じずにはいられない。


まあもっとも「今の方が経営が安定している」は本当の話だろう。3年前の「ソロモン流」でも同じこと言っていたし、バブルで浮き足立っていたところを踏みとどまったのは少し褒められてもいいのかもしれない。あとメディアから姿を消したのは百歩譲って戦略だったとしても、アンテナショップや直営店がたくさん姿を消したのはただの業績不振ですよね?


それはともかく、毎回毎回名言を残す義剛。今回も出ました。「スイーツってアイドルなんですね」だって。短期間で浮き沈みが激しいと。そして「アイドルだけだと会社として無理だなと」と続ける。義剛の所属するアップフロントはモーニング娘。を抱えるアイドル事務所でもあるんだけど、これは不問にされるんだろうか。続いて商品の多様化を掲げる義剛。言い方はカッコイイが、義剛お得意の「節操がない」がここで登場するわけだ。


モッツァレラチーズが3000店舗、1日6000個と、分かり易い数字アピール。そしてチーズ工場で「徹底した手作り」を猛アピール。あれ、自分の記憶が確かならば、このモッツァレラは「ソロモン流」で海外の機械を購入することでロスを少なくしたやつですよね。んまあ、一応手作りってことにしておくか。したらすぐさま機械の映像紹介されてやんの。形成は機械でいいってこと?いや別にいいんだけど。


そして現在一番儲かっているのが業務用の卸しであると紹介。月15トンと、実際問題多いんだか少ないんだか分からない数字で紹介。2年前の「ザ・ノンフィクション」で紹介されていた「ブッラータ」も今でも卸しているようだ。そして卸しにヒットしている要因として「包丁いらずというニーズに応えられているのは機械じゃないから!」と言っている後ろでは機械が頑張って動いていました。義剛後ろ!と全員叫んでいたんじゃなかろうか。ローソンのタルトの話は初耳だった。それこそ「ザ・ノンフィクション」でポップコーンを売り込んでいたのは見たが、タルトにまで食い込んでいたのか。


さすがに30分番組のVTRのひとつだったので、義剛VTRはここでおしまい。もう少し尺があれば「品質に厳しい男義剛」が挟み込まれたはずなのに、非常に惜しい。出来れば「今パクりたいもの」の紹介してほしかった。

(追記:どうやら番組facebookにて「今パクリたい商品」はメグミルクの商品でお馴染みの「さけるチーズ」であることが発覚。てかもうパクり終わった後で、商品化されていた。確かに本編でも義剛がチーズさいていた。あんな超有名商品を堂々とパクるとはさすが義剛、そこにシビレる憧れない!)


毎度締めは同じになってしまうけど、まあ相変わらずブレないですよね。2017年も嫌いにさせてくれた。しかし今回の長さでは完全に消化不良なので、経営が安定しているなら、そろそろ「カンブリア宮殿」さん、特集どうですか?まあ村上龍が首を縦に振らない気がするけど。

2017-07-20

心霊写真に許可を取る

TBSの番組で取り上げた心霊写真が、ネット上で合成だったと話題に。


毎度のごとくワーワーマスコミ批判している方々がいますが、論点がとっちらかっている気がするので、自分なりにまとめて考えてみたいと思います。

心霊写真そのものの在り方は議論しなくていい

放送で霊媒師みたいな人が「これは女性の怨念が」みたいなことを言っていたらしいので、その点に関して「嘘じゃねえか!」と怒る意見はあってもいいですよね。今回は心霊写真が「加工されたニセモノ」*1だからこそそんな話になってしまうのだけど、今や「そういう胡散臭いのも全部ひっくるめてのオカルトというエンタテインメント」という認識の人も多く、「ありもしない霊をでっちあげたこと」に対する怒りはそんなに大きくないのではないだろうか。だから、心霊写真そのものの在り方は今回考えなくていいんじゃないか。考えるだけ仕方ない話ですし。


どうしてこうなった

では何が問題か。「元々心霊写真じゃないものを撮影者(らしき人)の許可なく心霊写真として取りあげた」あたりが批判の中心ではなかろうか。となれば、どうしてこんなことになってるのか考えてみたい。


実際の経緯が分からんので、それこそTBSが詳細を詳らかにしてほしいくらいなのですが、考えられるパターンとして

1:TBS側が元画像を加工して心霊写真に「仕立てた」。それを放送したら元画像の撮影者がたまたま見つけて加工だとバレた。

2:心霊写真をネット上で探していたTBS側がそれっぽい画像を見つけて、それを無断で使用したら、心霊写真でもなんでもない元画像を持っている人間がたまたまそれに気づいてしまったので、それが合成だとバレた。

のどちらかだと思います。なんだかネットでは1であること前提で話が進んでいるように思いますが、個人的には2のような気がします。1であれば大変お粗末であり、そりゃ批判されるだろうねとは思うのですが、2のパターンであれば自分はちょっと分かる気がします。以下その前提で話を進めてみたい。


ネット上の心霊写真に許諾を取るという雲を掴む話

もちろん前提としては「他人の写真を使うのであれば許諾が必要」ですよね。もし1のパターンだとして、写真もそのtwitterから無断借用したのであれば「取ろうと思えば取れた許可」ということになり、やはり批判されるべき事案になってしまうのでしょう。しかし2のパターンだった場合、これってどうやって許可を取るのでしょうか。「許可取るべきだろ」と思った人は「あなたならどう許可を取る」のか考えてほしい。


もし2のパターンで「既に(加工されていて)心霊写真として出来上がった写真」がネット上に落ちていたならば、多少ニセモノ臭くても「これこのまま使えるんじゃないか」と思うのは、仕事の締切に追われた社会人ならば陥っても不思議ではない思考回路。そしてもう一歩踏み込めば「どうせ顔はボカシかけて映らないんだから、放送しても大丈夫だろ」となる。出所が分からない心霊写真だったとするなら、そもそも撮影者に許可を取ろうなんて考えにはならない。だって探すのが超大変なのだから。ネットでお手軽に探している時点で「出所が分からんけども頑張って撮影者探して許可もらう!」なんて発想になるわけがない。そこらへんの考えが甘い、という批判は甘んじて受け入れるべきだろうが、これを「マスゴミはすぐ捏造する!許可も取らない非常識な奴ら!」と叫ぶ人間だって、思慮の浅さはどっこいどっこいだろう。断言してやろう。オマエでも同じことやるって。


ネットの批判はド正論を上から目線で突きつける「聖人」があまりに多すぎるが「自分が同じ立場だったらどうなんだ」という視線があまりに欠落している。今回のような騒動は実は誰でも起こすような類のものなんじゃないか。あの心霊写真に「許可を取る」なんて発想の人間は本当に存在するのだろうか?あくまで2のパターンだったら、という話だけど、自分は「そこまで批判されるような話なのかね?」と思ってしまう。ネット上の情報にウラを取るのは必要だ。しかし、そもそもが「ホンモノである」かどうか疑わしい存在である心霊写真にウラを取るという発想は自分にはない。取ってどうする。


ましてやその撮影者も分からんのに「この心霊写真使っていいですかー」なんて聞こうとはしないでしょう。だって、なまじウラ取れて「それ心霊写真じゃないですから」なんて言われたら逆に使えないんだもん。ウラもなく、許可もない。その状態で使うしかないって。それがダメだと分かっているなら、ネットで心霊写真探さないんだから。そもそもがそういう話になるでしょうよ。


「最近のマスコミがお手軽にネットから情報を探すという怠慢」は指摘されても仕方ないだろう。けど「ネットで見つけた心霊写真にも許可取れよ」という批判は、ちょっと違うような気がしてしまう。まあそれもこれもTBSがこの件に関して黙っているのが一番良くないんですけどね。言うべきところは言わないと余計な批判されるだけだ。

*1:本当に霊が映っているものを黒く加工した、という考え方も出来るけども、それを言い出すと水掛け論