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nagisa74の日記

2011-09-11

「六波羅蜜」と「一隅を照らす」とは?

f:id:nagisa74:20110617090453j:image:medium:left■昨日の"無財の七施"のなかに、「六波羅蜜」と「一隅を照らす」と云う言葉が出てきたので、改めて説明を。

■先ずは六波羅蜜」とは?f:id:nagisa74:20110911105106j:image:medium:right

大乗仏教(日本や中国仏教で、釈迦の教えを大きくとらえる)では、菩薩(成仏を求める修行者)が涅槃(ねはん)「一切の悩みや束縛から解放された悟りの境地」の境涯に至るための修行方法を波羅蜜と云う。f:id:nagisa74:20110911111244j:image:medium:right

●更に分かりやすく云うと、生きて成仏するために修行しなければならない修行のことで、布施、持戒、忍辱(にんにく)、精進、禅定、智慧(ちえ)の六種の修行があり、これらを六波羅蜜と云う。

●最初の「布施波羅蜜」とは?f:id:nagisa74:20110911111152j:image:medium:right

別名、「檀那波羅蜜」とも云う。貪欲の心を退治して、人に財を与え、法(真理)を教え、安心を与えることで完璧な恵みを施すこと。

世間では経済的援助(布施)をする人を檀那と檀那様と云います。この檀那の人たちの家族を檀家と呼び、このお布施で寺院が守られている。

●さて、この布施波羅蜜には、

(1)財施(財物を施す)(2)法施(安心を与える)(3)無畏施(修行を実践)

があります。"無財の七施"に関係するのが、(3)の「無畏施」。

●「無畏施」とは、お金のない人でも、自分の体を使って労力を提供したり、いたわりの言葉をかけたり、やさしい眼差しで人と接したりすることでお布施ができるのです。これらを"無財の七施"と云う。

■次に、「一隅を照らす」とは?

比叡山を開かれた伝教大師最澄が語った言葉。f:id:nagisa74:20110911105008j:image:medium:right

「径寸十枚これ国宝に非ず、一隅を照らすこれ即ち国宝なり」。「径寸」とは金銀財宝のことで、「一隅」とは今あなたがいるその場所のこと。

お金や財宝は国の宝ではなく、家庭や職場など、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい尊い国の宝である。一人ひとりがそれぞれの持ち場で全力を尽くすことによって、社会全体が明るく照らされていく。自分のためばかりではなく、人の幸せ、人類みんなの幸せを求めていこう。

そうゆう心豊かな人が集まれば、明るい社会が実現します。

あなたが、あなたの今いるその場所でベストを尽くして照らして下さい。あなたが光れば、あなたの周りも光ります。町や社会全体が光ります。小さな光が集まって、日本を、世界を、そして地球を照らします。

一隅(あなたが今いる、その場所)を照らしましょう!

f:id:nagisa74:20110911110038j:image:medium:leftf:id:nagisa74:20110911111128j:image:medium:leftf:id:nagisa74:20110911110153j:image:medium:left

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