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nagisa74の日記

2013-02-24

『喜寿の実り』(渚の歴史) (30) "遊郭・丸山"の想い出

私の人生でどうしても外すことの出来ない"遊郭・丸山"のことを書き忘れていた。私は昭和32年(1957)、長崎大学経済学部入学した。たまたまと云うか全くの幸運と云うか、今はなきf:id:nagisa74:20130224145608j:image:w360:left"売春制度"がまだ存続しており、而も残りは1年で、翌年3月には売春禁止法が成立して廃止の運命にあると。

長崎の"丸山"と云えば、東京の"吉原"、京都の"島原”と共に日本三大遊郭の一つとして隆盛を極めていた。かの坂本竜馬が、度々"花月"で豪遊したたことでも有名だ。f:id:nagisa74:20130224204512j:image:medium:right最盛期には1500名有余の遊妓を抱えていたと。f:id:nagisa74:20130224142927j:image:w360:right

入学して先ず習い始めたのが"社交ダンス"。そこで知り合った医学部友達思案橋界隈で安酒をあおり、その勢いで"丸山"へ上ることになった。時計を近くの質屋に預けて500円の資金をゲット。当時、時間(1時間=500円)、泊まり(1500円くらい。でも、私には縁がなかった)だったと思うが、私に(多分、友達も同じ?)とっては貴重な"筆おろし"(女初体験)となった。でも、結果は見るも無残!どこだ?どこだと"青の洞門?"を探しているうちに敢え無く放出。まだ時間はたっぷり残っていると再挑戦を申し出たが「ダメです!」ときっぱり拒否された。f:id:nagisa74:20120614170036j:image:w360:right

■回数を重ねるうちに、友達と情報を交換しながらの作戦会議を思いついた。如何にして持ち時間の1時間を有効に使うか、ある友人は畳の目を数えろ、またある人は天井の木目を追いながら気を逸らす(これって体位が逆?)等々。そのうち、私は事前に自家発電で済ましておくことに気付いた。ところが「過ぎたるは及ばざる如し」で、今度は時間目いっぱい、ハーハー云いながら汗だくでピストン全開するもなかなか出してくれない親不孝?息子。遂には相妓が怒り出した。「お客さん、早くしてよ。後がつかえているんだから」とお尻をピシャリと叩かれた。

■そのうち、先輩面して友人をよく誘った。そんな中に、こんな思い出もある。友人ともども5人で出かけたある夜のこと、妓女5人が出てきてお見合いするもなかなか相妓が決まらない。そうしたら年増のおばさんが出てきて、"紙縒り"(こより)を取り出して、その長さ?で相手を決めた。お見事!"紙縒り"ってこんな使い道もあったのだ。

■全員が無事?終わった後、山を下りて思案橋あたりで反省会を兼ねての打ち上げで、各々の"女品定め"がまた忘れられない楽しい思い出。「俺のは程よいお毛け!」「おれのは祖先熊襲?もう真っ黒でどこに何があるやら」「下付き?で枕を当てたらすっぽりと」等々。一汗流した後の、ビールやお酒のうまいこと!

■いずれにしても、長崎4年間の大学生活で一番の"華と色艶のある一年間"となった。この貴重な体験のお蔭で、以後の女性遍歴?がスムーズに行き、別府での新婚初夜も余裕をもって迎えることが出来たのだから。経済学会計学憲法等の学問よりも、遥かに大切な子孫を残す"実学"の修行の場となった。

■このチャンスを逸し、人生の明暗を分けた後輩たちの悔しがること、悔しがること。この売春禁止法が、昨今の目に余る若い男女の風紀の乱れの遠因の一つかも知れない。