連載小説「VS〜Vengeful Soldiers〜」

Site1−1 復活〜Wake Up Ghost〜 2

 夜月に連れて行かれた先は、古ぼけたアパート。
 談話室になっているらしい一階には、切れ長の目が印象的な少女が居た。
「へぇ、アンタが新入りねぇ」
 亮介をまじまじと見て、少女が呟く。
「何の恨みがあって“反魂”されたか知らないけど、災難ねぇ」
「な、何だよ」
「その内分かるから」
 暗く笑って、少女は亮介に手を差し出す。
「アタシは浮刃永久子(うきは とわこ)。アンタは?」
「狼坂亮介」
 とりあえず握手しようと手を伸ばしつつ、亮介が応える。
「ロウザカ?」
「狼に坂、って書く」
「じゃ、愛称はワンちゃんで」
 パンッ!
 亮介の手を思い切り叩いて、永久子が笑う。
「何だよ、それ」
「永久子さんは、個性的な渾名を付けるのが好きなんですよ」
 今まで黙っていた夜月が亮介の耳元にそっと囁く。思わずどきりとしてしまった亮介を見て、永久子がニヤリと笑う。
「エロ犬の方がよかった?」
「うるせぇ」
 亮介の反応が面白かったのか、更に笑みを深くする永久子。それを見ている亮介は面白くない。
「浮刃さん、新人をからかうのも程ほどにしておきましょう?」
 齢を重ねた、落ち着いた声が、亮介の耳に入って来る。見れば、二階の階段から、初老の男性が降りてきていた。
「新たな仲間に会えて嬉しいですよ」
 亮介に近付いた男が、優しげな笑顔を向けてくる。
「ワシは飯守浩平(いいもり こうへい)。美食家をしております」
「美食家?」
「美味しいものを食べて、その事を書き記して生活しているのですよ」
 そう言われていれば、浩平の雰囲気は常人とは違う気がする。常人、と考えて、ようやくある事に思いあたる亮介。
「そういや、お前等も、その……死人なのか?」
 亮介の問いに、顔を見合わせてから肯く永久子と浩平。
「そして、アンタも死人なんだよ、ワンちゃん」
 永久子の言葉が亮介の心に沈み込む。しかし、まだ自分が死んだ実感は薄い。
「まあ、蘇ってすぐは実感も薄いでしょうな、その内理解する事になりますよ」
 亮介の表情を呼んだのか、浩平が優しく語りかける。
「これから一緒に暮らすことになる二人です、仲よくしておいてくださいね」
 ニコリ、と笑顔を浮べて夜月が言う。その笑顔に見惚れそうになった瞬間、永久子の手が亮介の頭を叩いた。
「っ痛ぇなおい」
「エロ犬、夜月姉さんに手出すんじゃないよ」
「何でだよ」
 思わず言ってしまってから、この場に夜月が居る事を思い出す亮介。笑顔で見つめてくる夜月に、何でもない、と首を振って、永久子を睨む。
「何よ」
「人の勝手だろうが」
「それが違うのですよ、朗坂君」
 少し困ったように、浩平が二人の間に入る。
「霧咲(きりさき)さんは、大家さんの“戦乙女”ですからの」
「戦……乙女?」
「アンタ、何にも知らないんだ」
 馬鹿にしたような永久子の顔を睨み返して、浩平に視線を向ける。
「で、何なんだ?」
「“戦乙女”とは、主である“万物神”に使える戦巫女。我々を復活させたのも、“戦乙女”の力なのですな」
 それであの場に居たのか、と考えつつ、夜月に視線を向ける亮介。
「そして、私は波哉様の僕(しもべ)ですから」
「つまりは俺の所有物だ」
 夜月の背後で、戸が開く音と共に、波哉の声がした。
「人を物みたいに扱うんじゃねぇよ」
「夜月は人ではない、更に言うなら、狼坂、お前も生者ではない」
 波哉の言葉にぐっと言葉を詰まらせる亮介。同時に、波哉の兵となるという契約を思い出す。
「自己紹介は済んだか?」
「せっかく仲間にするならもっと顔の良い奴にしようよ、波っち」
「こらこら……まあ、これからが問題ですかな」
不満顔の永久子を宥めつつ言った浩平の台詞に、肯きを返す波哉。
「さて、狼坂、早速なのだが……」
小脇に抱えていたファイルを机に置き、広げる波哉。
「どれがいい?」
「どれがいいって……何?」
 突然問われてあっけに取られつつ、ファイルの中身を見る亮介。
「これ……バイト?」
「その通り」
 大きく肯く波哉を、釈然としない顔で見つめる亮介。
「どういう事だ?」
「物分りの悪い奴だな。俺の兵になったという事は、俺の為に金を稼げと言っている」
「……はぁ?」
 不満顔の亮介を見て、首を傾げる波哉。
「どうした?」
「いや、屍人兵って言うからよ、てっきり戦うもんだと」
 亮介の台詞を聞いて、不思議そうな顔になる波哉。
「喧嘩は痛いぞ?」
「あのなぁ、そんな事で戦いが出来るかよっ!」
叫んだ亮介に、やれやれ、と首を振る波哉。
「折角生き返ったのに、何も死に急ぐ事はない」
「いや、だけどよぉ」
「それより、稼げ、死ぬ程稼げ、そして貢げ」
 どことなく王者の威厳漂う表情で言い放つ波哉。
「お前は俺の手下だからな、逆らう事は許さん」
「……ああ、分ったよ」
 渋々了解して、バイトを探す亮介。
「ああ、そうそう、戦神教について知りたかったら、子寄商店街の『塔澤(とうたく)』という名の古本屋に行くといい」
「あ〜、分った分った……で、戦神教って何?」
 ファイルから顔を上げた亮介の問いに、半眼になる波哉。
「それくらい察しろ」
「いや、分んねぇし」
「……俺の属する宗教。お前を黄泉還らせたのも、“戦神教”の力だ」
 波哉の説明に、一応分ったふりをしておく亮介。後でその『塔澤』という店に行ってみよう、と思いながら、頭を使わなくて済むバイトを探し始めた。