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2018-10-14 文字霊日記・2616日目

 2616日目・・・「なまり」の触媒・・・「触媒・溶媒・霊媒」・・・「媒=女+某(甘十八)=méi(メイ)・バィ=通仮字は謀=異体字は𡠫=女+梅(十八毎)」・・・霊媒・冷媒・零杯・零倍・零敗・・・無敵・霧笛・夢的・・・

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 むかし、「アリの街のマリア(1958年12月7日公開)」って映画を観たけれど・・・
 「北原 怜子(きたはら さとこ)」氏
 「蟻の街(ありのまち)
  1950年(昭和25年)1月頃
  隅田公園(東京都墨田区) の一角で
  言問橋(ことといばし)
  のそばにあった廃品仕切場」
ーーーーー
 1929年8月22日〜1958年1月23日
 己巳(戊・庚・丙)⇔丁酉(庚・ ・辛)
 壬申(己・壬・庚)⇔癸丑(癸・辛・己)
 己亥(戊・甲・壬)⇔庚子(壬・ ・癸)
  辰巳=空亡
 アリ(蟻=虫+義・螘=虫+豈)・・・
 社会性昆虫
 同種であっても、カーストによって形態が異なる
 繁殖をする雌雄(雄と女王)
 働き蟻(雌)は形態的に区別でき
 働き蟻の中に、さらに複数の形態差が見られる・・・
 他種の働き蟻の労働に依存して生活する社会寄生の蟻・・・
 サムライアリ
 アカヤマアリ
 トゲアリ(螞蟻)
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 ミリアム(ヘブライ語 Miryam
      ラテン 語 Miriam
      英   語 Miriam)
 「マリア」の名前の語源
 モーセとアロンの姉・女預言者
 コハテの子
 アムラムと
 レビの娘
 ヨケベデの娘で
 ミリアムとアロンは
 モーセとは母が違う異母姉・異母兄との説・・・
ーーーーー
 マグダラナのマリア(ラテン語: Maria Magdalena)
 マグダリ のマリア(Maria Magdali)
 マグダル のマリア(Maria Magdalu)
 マグダロ のマリア(Maria Magdalo)
 マグダレ のマリア(Maria Magdale)
 ↓↑
 眞愚誰=眞愚垂れ(足)=眞口垂れ=真口埀(滴れ)
 魔具誰=魔具垂れ(足)=魔口垂れ=魔口埀(滴れ)
 ↓↑ 
 山上(サンジョウ)の垂訓(スイクン)
 新約聖書
 『マタイによる福音書』5章3節〜10節〜7章
 『ルカによる福音書』第6章
 ↓↑
 垂訓(スイクン)の場所
 カペナウム
 ガリラヤ湖の北西岸にある町
 イスラエルの「テル・フーム
 新共同訳聖書では
 「カファルナウム」と表記
 地名は「Kfar Nahum」、「ナフームの村」の意
 日本正教会聖書では
 「カペルナウム」と表記
 ↓↑
 「眞愚垂れ(足)」であるコト・・・
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 ↓↑
 義のために迫害されてきた人たちは
 さいわいである、天国は彼らのものである。
 ↓↑
 わたしのために人々が
 あなたがたをののしり、また迫害し、
 あなたがたに対し偽って
 様々の悪口を言う時には、
 あなたがたは、さいわいである。
 ↓↑
 喜び、よろこべ、
 天において
 あなたがたの受ける報いは大きい。
 あなたがたより前の預言者たちも、
 同じように迫害されたのである。
 ↓↑
 あなたがたの義が
 律法学者や
 パリサイ人の義に
 まさっていなければ、
 決して天国に、
 はいることはできない。
 (マタイ 5:1 - マタイ 5:20)
 ↓↑
 ???・・・「まさっていなければ、
        決して天国に、
        はいることはできない」・・・?
 ↓↑
 「マタイ(馬太・瑪太)」
 と
 「ルカ(路加)」
 の伝承は異なっている・・・
 「マタイ
 の語る
 「イエス(耶蘇・移鼠=景教の表記)」
 のコトバは
 「心の清い人たちは、さいわいである」
 は、タシカにだが・・・
 個人的で本人の主観的
 「幸い」かどうかは
 「神の存在、天国での報い」とは無関係だろう・・・
 「心の清い人」
 は客観的な
 他人の倫理的な評価としての
 「心の清い人」なのである
 あるいは、
 そうで「あるべき人」としての要望のコトバだろう・・・
 「心の問題」だから・・・
 「貧しく」と「美しく」とは
 必ずしも
 「心の問題」ではなく
 「生活の貧しさ=貧困」
 「容貌、姿態=美しさ」
 でもある・・・
 「清い」が「清潔」を意味するのであれば
 日常生活の健康で衛生の気配りであるカモ・・・
 ↓↑
 人間社会には
 「いじめる人間」と
 「いじめられる人間」がいる
 個々人は
 存在機能実体として
 能力発揮実体として
 そして
 履歴的
 出生の宿命実体として
 同じではない
 「社会的な差異の実体」としての生命体である
 ↓↑
 「清く・貧しく・美しく」⇔「汚く・貧しく・醜く」
 「清く・豊かで・美しく」⇔「汚く・豊かで・醜く」
 「平和をつくり出す人たちは、さいわいである」
 じゃぁ
 「戦争をつくり出す人たちも、さいわいである」のか?・・・
 「いずれ、戦争をやめる人であろうから」・・・
 ↓↑
 「いじめられた者〜であれば」
 「あなたがたの天において受ける報いは大きい」
 と、
 「天における報償期待=見返り」
 を餌に、前提にしている・・・
 問題は「今現在の地上における」である・・・
 死後の冥界の「天国、地獄」ではない・・・
 ↓↑
 「ルカ」の語るイエスのコトバは
 「その日には喜びおどれ。
    ・・・「その日には」とは何時のコトか?
  見よ、
  天において
  あなたがたの受ける報いは大きいのだから。
  彼らの祖先も、
  預言者たちに対して同じことをしたのである。
 ↓↑
  しかし
  あなたがた富んでいる人たちは、
  わざわいだ。
  慰めを受けてしまっているからである。
 ↓↑
  あなたがた今満腹している人たちは、
  わざわいだ。
  飢えるようになるからである。
 ↓↑
  あなたがた今笑っている人たちは、
  わざわいだ。
  悲しみ泣くようになるからである。
 ↓↑
  人が皆
  あなたがたをほめるときは、
  あなたがたはわざわいだ。
  彼らの祖先も、
  にせ預言者たちに対して
  同じことをしたのである。
 ↓↑
  しかし、
  聞いているあなたがたに言う。
  敵を愛し、
  憎む者に親切にせよ。
  のろう者を祝福し、
  はずかしめる者のために祈れ。
  あなたの頬を打つ者には
  ほかの頬をも向けてやり、
  あなたの上着を奪い取る者には
  下着をも拒むな。
 ↓↑
  あなたに求める者には与えてやり、
  あなたの持ち物を奪う者からは
  取りもどそうとするな。
 ↓↑
  人々にしてほしいと、
  あなたがたの望むことを、
  人々にもそのとおりにせよ。
 ↓↑
  自分を愛してくれる者を愛したからとて、
  どれほどの手柄になろうか。・・・「手柄」って、評価、表彰?
  罪人でさえ、
  自分を愛してくれる者を愛している。
  自分によくしてくれる者によくしたとて、
  どれほどの手柄になろうか。
  罪人でさえ、それくらいの事はしている。
  また返してもらうつもりで貸したとて、
  どれほどの手柄になろうか。
  罪人でも、
  同じだけのものを返してもらおうとして、
  仲間に貸すのである。
  しかし、あなたがたは、
  敵を愛し、人によくしてやり、
  また何も当てにしないで貸してやれ。
  そうすれば受ける報いは大きく、
  あなたがたは
  いと高き者の子となるであろう。
  いと高き者は、
  恩を知らぬ者にも悪人にも、
  なさけ深いからである。・・・親鸞のさきがけ・・・?
  あなたがたの父なる神が
  慈悲深いように、・・・・無慈悲・無字比?
  あなたがたも
  慈悲深い者となれ。・・・ムリでしょう・・・?
 ↓↑
  人をさばくな。
  そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。
  また人を罪に定めるな。
  そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。
  ゆるしてやれ。
  そうすれば、
  自分もゆるされるであろう。・・・ムリでしょう・・・?
 ↓↑
  与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。
  人々はおし入れ、ゆすり入れ、
  あふれ出るまでに量をよくして、
  あなたがたのふところに入れてくれるであろう。
  あなたがたの量るその量りで、
  自分にも量りかえされるであろうから
 (ルカ 6:20 - ルカ 6:38)」
 ↓↑ ↓↑ ↓↑
 ・・・戦争に負ければ「迫害される」・・・?
 ・・・戦争での勝者に「慈悲」はあるのか・・・?
 勝者=ショウシャ=商社・照射・瀟洒・傷者・笑者
          哨舎・廠舎・抄写・少者・盛者
 ???
 金(キン)は鉛(エン)にはならない
 鉛(なまり)も金(かね)にはならない・・・?
   訛り・鈍り・吪・生里・・・名はマリ
             ・・・拿 真理(鞠)
 ↓↑
 鉛=重金属・・・重金族
   卑金属・・・卑金族=卑しい金族
            =「女直・女真・清」族?
   青灰色
   土星象徴(鎮星・占星術錬金術
   金、白金を液体として溶かす
   王水(おうすい、aqua regia)は
   濃塩酸と濃硝酸を
   3:1の体積比で混合してできる
   橙赤色の液体
   ↓↑
   第14族元素
   周期表において第14族に属する元素の総称
   炭素・ケイ素・ゲルマニウム・スズ
   鉛・フレロビウム
   がこれらに分類される
   クリスタロゲン
   炭素元素、IV族元素(短周期表
   IVB族元素(CAS式)、IVA族元素(旧IUPAC式)
   と呼ばれることも・・・
   ウラン
   トリウム
   の崩壊後の物質
   鉛は軟らかい金属で
   紙などに擦り付けると
   文字が書ける
   古代ローマ人
   羊皮紙に
   鉛で線および文字を書き
   これが
   鉛筆 (lead pencil) の起源となった
 ↓↑
   触媒
   触媒の語は
   ギリシア語
  「結び目などを解く=katalysis」
         ・・・カタリシス?
        語死す・語 り死す・・・騙(かた)り史素
           カタルーニャ州
          (カタルーニャ語=Catalunya [kətəˈluɲə]
           カタラン語=Catalun(カタラン)
           スペイン語=Cataluña
           アラン語=Catalonha)
           スペインの自治州・州都はバルセロナ
        自国語言語の禁止時代の歴史
 ↓↑     ・・・「らりルれろ・らりるれろ」・・・
ーー↓↑ーー↓↑ーー↓↑
 ・・・「触媒」を調べていたら・・・
 「らりルれろ・らりるれろ」へと「トンだ」・・・
 ↓↑ ↓↑
   「卑慢(ヒマン)」・・・「卑弥呼・卑弥弓呼」・・・肥満?
    はるかに優れた者と比較し
    自分は少ししか劣っていないと思うこと=自惚れ
 ↓↑
 「chocolate(チョコ-ラァ-ト)」
  ナワトル語の・・・・・・・・名和取る?
  チョコラトルが由来・・・・・「千代子、知代古」等取る?
  バルセロナの・・・・・・・・話留施賂名?
  カタロニア語で・・・・・・・語ろ似蛙?
 「アマリエ」・・・甘利重・鴉目里重・余り重
         「尼・海人・海女・海士・海部・阿媽・阿毎」の
          理の重?
  と発音
  1797年
  スペイン・バルセロナで生まれたブランド
  chocolate
  ナワトル語のチョコラトルが由来
  アステカがスペインに征服される前には
  チョコラトルという用例が無く
  ナワトル語には
 「チョコ」も、「ラトル」という言葉も存在しない・・・?
  ナワトル語でチョコレート飲料は
 「カカワトル(カカオの水)」・・・係(関・拘・抅)わっとる?
                  嬶和訳留?
           母親=かかあ=嚊=嬶=妻
  スペイン人が
  マヤ語の「チョコル(熱い)」・・・摩耶・麻耶?
  アステカ語「アトル(水)」・・・・明日出日の鴉取る
  から作った新語
 ↓↑
 日本語
 「チョコレート」=英語の「chocolate」
 「チョコラテ」=スペイン語ん「chocolate」
 に由来
 スペイン人は、16世紀後半に
 チョコラトルという言葉を使い始め
 16世紀末のイエズス会士
 ホセ・デ・アコスタ
 保施 出 阿古州足?
 の時代に
 チョコラテと呼ばれるようになった
 ↓↑
 Chocolate Amatller(アマリエ)
 スペイン語=Amatller(アマトリェール)
 バルセロナの
 カタロニア語で
 「アマリエ」
 1797年
 スペイン・バルセロナで生まれたブランド
 ↓↑
 ショコラティエの
 ガブリエレ-アマリエ・・・がぶり獲れ-甘利恵?
 の小さな工房から創業
 創業者の孫
 アントニがアマリエを継いだ時
 ブランドはスペイン市場で既にあった
 若い頃にヨーロッパを旅行する中で
 新しい産業技術を発見し
 1878年、36歳で革新的な生産システムを用い
 大規模かつ迅速に製造できる工場を建設
 チョコレート市場をより商業的なモデルに成長させた
 アマリエは
 「チョコレート王」と呼ばれた
 「アマリエ」
 ↓↑
 カタログ
 ギリシア語
 カタロゴス(katalogos・数え尽くすこと)・・・和え通句素古訳?
 ラテン語(catalogus)
 フランス語(カタログ=catalogue)・・・・・化太賂愚・過多賂具
 ↓↑    ↓↑
       カタルシス(古希 κάθαρσις katharsis
             古代ギリシア語ラテン翻字 katharsis
             英語 catharsis)
             哲学、心理学において精神の「浄化」
             破壊してスッキリ・鬱積を吹き飛ばす
       ギリシア語で「排泄・浄化」
       タルカス (Tarkus)
https://www.youtube.com/watch?v=FqTDhtJGQ04
         ・・・Tarkus=アルマジロ+戦車(tank・装甲車)
           (犰狳、スペイン語: Armadillo)
           アルマジロ (Armadillo)・・・装甲車
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           (Armored Car)
            スペイン語「武装したもの」
            を意味する 「armado」に由来
              アンデス地方の先住民族
            ケチュア族の言葉で
            ケナガアルマジロを
           「キルキンチョ(quirquincho / kirkincho)」
           「キルキンチュ(quirquinchu / kirkinchu)」
            と呼び
          ボリビアやペルーではこの名前で呼ばれる
       1971年5月にイギリス
       1971年6月14 日にアメリカ
       で発売された
       エマーソン・レイク&パーマーのセカンド・アルバム
 ↓↑    崩壊=「Collapse=カァラァプス」
 日本では終戦直後まで
 型録(カタログ)
 カタログは
 1470年代に
 ヨーロッパで
 「本のリスト」として登場
 ↓↑
 カタログ(米語 catalog・英語 catalogue)
 商品や展示物などの
 品目を整理して書き並べたもの
 目録や説明書、案内書
 漢字で型録
 ↓↑
 catalog(カタログ)
 語源は
 「kata(下)」と「legein(数える)」に由来
 ギリシャ語の「katalogos(記録表)」
   を意味
ーーーーー
 触媒
 ↓↑自身とは別の物質の化学反応
   促進したり
   抑制したりする物質
   水素酸素の混合ガスだけを熱しても何も起きない
   触媒として
   銅を入れると両方のガスは
   化学反応を起こして「水」になる
   触媒自身は化学反応の前と後で
   別の物質に変わることはない
 ↓↑↓↑
   電気分解での鉛触媒
   触媒は英語で「catalyst
   触媒の作用は「catalysis」
   ↓↑
   電気分解(Electrolysis)
   液体に2つの電極を
   接触させて電極間の
   化合物に電圧をかけ
   化学分解する方法
   陰極で還元反応
   陽極で酸化反応
 ↓↑↓↑  
 鉛は鉛鉱石を構成する鉱石鉱物の一
 ↓↑↓↑
 鉛の需要が大きく売れればカネになる・・・銃弾
           鉛レンガ=放射線の遮蔽材
   ↓↑
 鉛(なまり・英語 lead=リード・・・lead=案内・運ぶ・導く
          lead(導く)の発音はリード(li':d)
          lead(鉛 )の発音はレッド(led)
             reed=木管楽器のリード
         「Operation Cast Lead
         「Operation Gegossenes Blei」
         「鋳造鉛のドレイデル(独楽)」
      ・羅語 plumbum
      ・独語 Blei=ブレイ・・・無礼・武霊・武礼・舞麗)
   ↓↑
 鉛の用途
 ハンダ=鉛と錫の合金で、金属接着
    (半田・盤陀・英語 solde=ソルダー)
     銀山であった半田山(福島県桑折町)から由来・・・
   ↓↑
 中国語では焊 (hàn) =釬 (钎)・焊料・銲錫・焊接剤 (焊接剂)
           鑞 (镴)ろう付け
          (融点が450度以上の硬鑞を用いたろう接)
     はんだ付け(融点が450度未満の軟鑞を用いたろう接)
     歴史は
     紀元前3000年頃には「はんだ付け」が存在
     ツタンカーメン王の装飾品は「はんだ付け」
     ギリシャ-ローマ時代に
     水道配管を「錫-鉛はんだ」で
    「はんだ付け」した記録・・・
     中国では
     紀元前300年頃には「はんだ付け」した壷が存在
     日本の「ろう接」
     「ろう付け」
     5世紀ころには
     鋳掛補修が行われた「銅鐸」も作られた
     奈良の大仏建造
     錫に鉛を混ぜた合金である
     白鑞(しろめ)が「ろう材」として使われ
     仕上げや補修に使用された・・・
     貝原益軒の『万宝鄙事記(1705年)』
     錫鉛棒を炭火で溶かして
     銅容器の漏れを塞ぐ手法が記録
     『和漢三才図会(1713年)』
     白鑞の製法は
     鉛1斤(600g)に唐錫10両(375g)を練り合わせる
     この鉛と錫の配合比率は
     「はんだ」とほぼ同様
     幕末の1866年に初演された
     河竹黙阿弥歌舞伎狂言
    「船打込橋間白波」に
     鋳掛屋のセリフに
    「鉛や盤陀の売物」という言葉
   ↓↑
  鉛蓄電池の電極
  金属の快削性向上のための合金成分
  鉛ガラス(光学レンズやクリスタルガラス)
  美術工芸品(ステンドグラスの縁)
  防音・制振シート
  免震用ダンパー
  銃弾
  電子材料チタン酸鉛)
  鉛白(White Lead)=白色顔料・組成は塩基性炭酸鉛
ーーーーー
 ・・・???・・・

2018-10-12 文字霊日記・2615日目

 2615日目・・・キリシタン弾圧・・・「霧隠才蔵=霧隠歳蔵」・・・「猿飛佐助」・・・「福田善之」・・・1962年(昭和37年)初演、伝説の作品「真田風雲録」・・・

 福田 善之
 1931年(昭和6年)10月21日〜
 辛未(丁・乙・己)
 戊戌(辛・丁・戊)
 己酉(庚・ ・辛)
  寅卯=空亡
 ↓↑
 日本の劇作家、脚本家、演出家、俳優
 父は福田利三郎
 母は鴻巣以知
 本名
 鴻巣 泰三
 1962年(昭和37年)
 「真田風雲録」
 ↓↑
 むささびのお霧=渡辺美佐子
 霧隠才蔵
 渡辺 美佐子(わたなべ みさこ)
 1932年10月23日〜
 壬申(己・壬・庚)
 庚戌(辛・丁・戊)
 丁巳(戊・庚・丙)
  子丑=空亡
 ↓↑
 寛文十二年(1672年)
 軍記物
 『難波戦記』
 『真田三代記』
 ↓↑
 明治後期の講談
 神田伯龍
 『難波戦記』(1899年)
 などの口演速記本
 講談師たちは
 『真田三代記』にはない
 忍術つかいの
 「猿飛佐助」
 「霧隠才蔵」
 ら真田家の
 英雄豪傑として物語を膨らませた
 ↓↑
 1911年
 立川文庫
 講談師
 玉田玉秀斎
 らが中心となって
 講談を読み物として
 再編集した
 立川文庫
 1911年(明治44年)〜1924年(大正13年)
 196篇刊行
 ↓↑
 『知謀 真田幸村』(第5編)に続き、
 『真田三勇士忍術名人猿飛佐助』(第40編、1914年)
 『真田三勇士由利鎌之助』
 『真田三勇士忍術名人霧隠才蔵』(第55編)
 江戸以前の資料では
 『真田三代記』に
 「霧隠鹿右衛門」
 渡辺 美佐子(わたなべ みさこ)
 1932年10月23日〜
 ↓↑
 福田善之
 1962年(昭和37年)初演
 「真田風雲録」
 1951年(昭和26年)に締結
 日本国とアメリカ合衆国との
 安全保障条約(日米安保条約)
 1960年(昭和35年)
 強行採決で改定
 「60年安保闘争」
 全学連の国会突入
 「真田風雲録」
 徳川が保守勢力
 豊臣は左翼勢力
 真田十勇士は新左翼
 ↓↑
 霧隠才蔵は
 石川五右衛門の兄弟弟子
 「真田幸村」の大阪城-真田丸の死守・・・
 フクダはフクダだが・・・
 「福田 恆存
  1912年・大正元年8月25日
  〜
  1994年・平成6年11月20日」
 壬子(壬・ ・癸)⇔甲戌(辛・丁・戊)
 戊申(己・壬・庚)⇔乙亥(戊・甲・壬)
 癸酉(庚・ ・辛)⇔庚戌(辛・丁・戊)
  戌亥=空亡
 「一匹と九十九匹と」・・・
 「成る程、人殺しの気持ちでも学生の気持ちでも、
  何でも彼でも解つてしまふから先生といふ訳か…
  黙れ、原罪野郎、
  手前等に俺の気持ちが解ってたまるか…!」・・・
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ーーーーー
 粟=あわ・ゾク・ショク・ソク・・・阿波尾(美・毘=へそ)
   覀+米・・・西の亜米利加・亜墨利加・米国
   異体字は「𠧼・䅇・𥟫・𥸫・𥹟・𥻆・𥾄」
   覀=異体字は「襾・西」
     おおい冠・にし・かなめの頭
       (襾・西 ・覀)
     粟・栗・要・覆・票・標・賈・価・・・睪
     賈=襾+貝=覀+貝
       あきない・あきなう・あたい・うる・かう
       カ・コ   
       売り買いする・商売する
       あきんど・あきうど・商人・商売人
       売る・買う
       あたい・値段・価値
ーー↓↑ーー
 井上筑後守・・・井(い・セイ)
         上(うえ・ジョウ)
         筑(こと・チク)
         後(しり・ゴ)
         守(まもり・シュ)
 1652〜1662年
 契利斯督記
 キリストキ
 北条安房守氏長(正房)編集・・・?
      ・・・あわのかみ
         憐 れみのカミ?=忄+米+舛
         哀 れみ=亠+口+𧘇(ノ𠄌乀ノ)
         愍  み=うれえる・ミン・ビン
              敃(民攵)+心
              湣・慜
             異体字=「㥸・𢞰・慜・緡・緍」
         怜 れみ=さとい・レイ
              忄+令
             異体字=「憐・㦭・㥕・𢠴・𢣶」
 福山藩
 太田全斉・・・・・・・・太の田の全の斉
 寛政九年(1797年)発表
 続々群書類従第十二冊
 ↓↑
 切支丹
 伴天連=神父=破天連・馬天連
 伊留満=修道士
 ↓↑
 目明し
 岡本三右衛門=キアラ神父
 黒川三郎右衛門・・・水野日向守勝成家人?
 ↓↑
 フェレイラ神父=沢野忠庵・1633年転び伴天連・乾坤弁説
         仮名天文
 ↓↑
 不干斉ハビアン・・・破提字子
 ↓↑
 シドッチ=イタリア宣教師ジョバンニ・シドッチ
      ヨワン・バツテイスタ・シローテ
 ↓↑
 長助
 はる
 ↓↑
 新井白石が幕府に
 本国送還を上策として具申
 ↓↑
 幕府は
 シドッティを
 茗荷谷文京区小日向)の
 切支丹屋敷へ幽閉
 切支丹屋敷は
 寛永二十年(1643年)
 筑前国に不法入国し、江戸に送られ
 伝馬町の牢に入れられた
 イタリア宣教師
 ジュゼッペ・キアラ
 ペトロ・マルクエズ
 ら10人を収容
 鎖国と禁教政策の結果
 シドッティが
 収容(1709年・宝永六年)されるまで
 六十六(66)年間・・・1709-1643=66
 誰も収容者がいなかった
 ↓↑
 囚人としての扱いを受けることもなく
 二十両五人扶持の待遇で軟禁
 シドッティの監視役で世話係
 長助・はる
 老夫婦
 切支丹の親を持ち、親が処刑され
 子供のころから
 切支丹屋敷ですごしていた
 ある日、
 木の十字架をつけていることを
 役人により発見された
 2人は
 シドッティに感化され、
 洗礼を受けたと告白
 シドッティは2名とともに
 屋敷内の地下牢に移され
 その10ヶ月後の
 1714年(正徳四年)10月21日
 46歳で衰弱死
 ↓↑
 阿瑪港=マカオ澳門・瑪港・阿媽港・亜媽港・天川
     中国語澳門
     室町末期から江戸初期にかけて
     日本では中国広東省
    「マカオ澳門)」を
    「アマカワ・アマコウ」と呼んだ
     アマカワ・アマコウ=Macao
ーーーーー
 ???・・・天高(あまこう)・・・
ーーーーー
 井上筑後守・・・」1652〜1662年
 契利斯督記
 北条安房守氏長(正房)編集・・・あわのかみ
 福山藩
 太田全斉
 寛政九年(1797年)発表
 続々群書類従・第十二冊
 ↓↑
 切支丹=吉利支丹=キリシタン・・・喜理死担?
     耶蘇教・天主教・景教
 伴天連=バテレン=神父=破天連・馬天連
    (バテレン=パードレ・Padre =宣教師
 伊留満=イルマン=修道士
 ↓↑
 目明し
 岡本三右衛門=キアラ神父
 黒川三郎右衛門
 ↓↑
 沢野忠庵=フェレイラ神父=1633年転び伴天連
      乾坤弁説
      仮名天文
 ↓↑
 不干斉-ハビアン・・・破提字子
    ハビアン(Fucan Fabian)
 1565年
 永禄八年
 〜
 1621年
 元和七年一月
 安土桃山時代〜江戸時代初期の人物
 禅僧を経てイエズス会に入門
 修道士(イルマン)として活動
 後に棄教し
 キリスト教徒弾圧に協力
 僧名は
 恵俊・恵春・雲居
 号は
  不干 斎  巴鼻庵
 (ふかんさい はびあん)
ーーーーー
 ハビアン(Fucan Fabian)
 1565年
 永禄八年
 〜
 1621年
 元和七年一月
 安土桃山時代〜江戸時代初期の人物
 禅僧を経てイエズス会に入門
 修道士(イルマン)として活動し
 後に棄教して
 キリスト教徒弾圧に協力
 号は
  不干 斎  巴鼻庵
 (ふかんさい はびあん)
 ↓↑
 1565年(永禄八年)
 加賀国または越中国にて誕生
 母の
 「ジョアンナ(洗礼名)」は
 北政所(おね、高台院)の侍女
 始めは
 大徳寺の禅僧
 恵俊または恵春と称した
 1583年(天正十一年)
 京都で母(ジョアンナ)とともに受洗
 高槻神学校、セミナリオに入学
 洗礼名ハビアン
 1586年(天正十四年)
 イエズス会に入会して修道士
 臼杵修練院
 ノビシアドに移る
 豊臣秀吉のバテレン追放令を逃れ
 山口、長崎、加津佐などを経て
 天草のコレジオで
 日本語を教える傍ら
 『天草本-平家物語』を編纂
 また自身の経験により
 『仏法』を著し
 キリスト教を擁護し
 仏教を批判
 1588年(天正十六年)
 千々松、有家高等神学校コレジオに移る
 1590年(天正十八年)
 加津佐高等神学校コレジオに移る
 第二回日本イエズス会総協議会に参加
 追放令受けての方針検討
 1592年(文禄元年)
 天草神学校コレジオで日本語教師
 来日宣教師のテキストとして
 「平家物語要約版」の翻訳編纂
 1593年(文禄二年)
 「イソップ(伊曽保)物語」翻訳
 1597年(慶長二年)
 長崎トードス・オス・サントス教会に移る
 仏教儒教神道の解説書
 「BUPPO」編集
 1603年(慶長八年)
 京都に戻る
 1605年(慶長十年)
 護教論書『妙貞問答』を著す
 2人の
 尼の対話形式で記され
 キリシタンである
 幽貞が
 神道・儒教・仏教を批判し
 キリスト教の教理を説いて
 妙秀を入信に導くという内容
 1606年(慶長十一年)
 林羅山と論争
 黒田如水の3回忌法要で
 遺族・有力者・僧侶・キリスト教者
 らの参列を前に説教
 キリスト教団の行方を左右する重な式典
 フランチェスコ会の報告書に大成功の記述
 僧侶らは激怒
 地球球体説と地動説を主張
 1608年(慶長十三年)
 外国人長上者への反発の末
 修道女と駆け落ちして棄教
 1612年(慶長十七年)
 博多に現れ
 長崎に移り
 キリスト教徒取り締まりで行政と協力
 1619年(元和五年)
 キリスト教取締の重要人物として
 江戸に呼ばれ
 徳川秀忠と面会
 1620年(元和六年)
 キリスト教批判書
 「破提宇子」を出版
 『破 提 宇子
 (は・だいうす=デウスを破却する意)』
 日本イエズス会は即座に禁書とし
 「地獄のペスト」と評した
 反論書の用意、
 ポルトガル語版(現存せず)を
 教団中枢に送付
 1621年(元和七年)
 死去
 (wikipedia.org/wiki/ハビアン)
ーーーーー
 ↓↑
 シドッチ=イタリア宣教師ジョバンニ・シドッチ
      ヨワン・バツテイスタ・シローテ
 長助
 はる
 ↓↑
 新井白石がシドッチを訊問
 幕府に本国送還を上策として具申
 幕府は
 シドッティを
 茗荷谷文京区小日向)の
 切支丹屋敷へ幽閉
 切支丹屋敷は
 寛永二十年(1643年)
 筑前国に不法入国し、江戸に送られ
 伝馬町の牢に入れられた
 イタリア宣教師
 ジュゼッペ・キアラ
 ペトロ・マルクエズ
 ら10人を収容
 鎖国と禁教政策の結果
 シドッティが収容されるまで
 誰も収容者がいなかった
 ↓↑
 囚人としての扱いを受けることもなく
 二十両五人扶持の待遇で軟禁
 シドッティの監視役で世話係
 長助・はる
 老夫婦
 切支丹の親を持ち、親が処刑され
 子供のころから
 切支丹屋敷ですごしていた
 ある日、
 木の十字架をつけていることを
 役人により発見された
 2人は
 シドッティに感化され、
 洗礼を受けたと告白
 シドッティは2名とともに
 屋敷内の地下牢に移され
 その10ヶ月後の
 1714年(正徳四年)10月21日
 46歳で衰弱死
 ↓↑
 阿瑪港=マカオ澳門・瑪港・阿媽港・亜媽港・天川
     中国語澳門
     室町末期から江戸初期にかけて
     日本では中国広東省
    「マカオ澳門)」を
    「アマカワ・アマコウ」と呼んだ
     アマカワ・アマコウ=Macao
ーーーーー
 キリシタン目明かし?
      目を明かす・・・「目覚めさせる・覚醒させる
      開眼させる    悟らせる・自覚させる」者?
 ↓↑   ↓↑
 岡っ引き=目明し
 ↓↑   岡っ引きは
      ・・・岡場所(非公認の売春宿)から
 ↓↑   ↓↑ 女を検束し公認の
         吉原の廓(遊郭)に引き渡すこと
        「岡から街娼・私娼(夜鷹)を
         ひっぱってくる」
        「傍目八目の傍(おか)」
         岡目八目=他人の囲碁を傍で見ていると
         対局者よりも冷静に
         八目も先の手が読める意
         第三者のほうが
         物事の是非得失を判断できるということ
         町人で
         犯罪者・虞犯者などの
 ↓↑   ↓↑ 怪しい奴をひっぱってくる、という説
     「下っ引き」の子分を雇っていた
      江戸時代の町奉行所
      火付盗賊改方
      などの
      警察機能の末端を担った非公認の協力者
      江戸では御用聞き
      関八州では目明かし
      関西では手先・口問い(くちとい)
      両立しえない仕事を兼ねる
 ↓↑   ↓↑
     「二足の草鞋・鞋(わらじ)」の語源
      与力・同心の配下で
      犯罪捜査と犯人逮捕のために働いた者
      犯罪人を釈放して「目明し」とした
      やくざ者や、親分と呼ばれる
      顔役が岡っ引になることが多く
      両立しえない仕事を兼ねるの語源
 ↓↑   ↓↑
     「目明し=目証=めあかし」
      犯人を証明する意
      軽犯罪を犯した者に
      仲間の情報を密告させた
 ↓↑   ↓↑
     「岡っ引き=目明し」
     「おか」は
     「傍(側・そば・かたわら)」
      で手引きをする者
     「めあかし」
     「目明かし=目灯し」
     「供え物」
     「燭台に火を灯す」
     「良い方法で注意を喚起する」
 ↓↑   ↓↑
      宝永・正徳期(1704年〜1716年)
      京都で
      罪人に共犯者を密告させ
      その犯罪を証明させた
ーーーーー
 キリシタン目明し
 ころび伴天連の
 沢野忠庵(クリストバン・フェレラ)
 ↓↑
 キリシタン目明し
 後藤了順
 荒木了伯
 ↓↑
 オランダの
 デ・リーフデ(博愛)号が
 慶長五年(1600)
 臼杵湾(大分)に漂着
 ・・・「臼(うす)と杵(きね)」のワン
 日本とオランダの交流が始まった
 オランダに対し
 敵愾心を抱いていた
 スペインのイエズス会士らは
 徳川家康に
 オランダの
 デ・リーフデ(博愛)号を
 海賊船と進言したが
 海賊船の嫌疑が晴れ
 家康は漂着したオランダ船の
 乗組員の
 アダムス(三浦按針・日本人お雪と結婚)
 ヤン・ヨーステン
 (耶楊子・日本人と結婚・八代洲に住む)
 らに
 幕府相談役の地位を与え
 航海術・造船・物理学・医学
 西洋諸国の情報を得た
 慶長十四年(1609年)
 幕府から発行された朱印状に基づき
 平戸(長崎)に
 オランダ商館が設置され、通商関係が始まった
 島原・天草の乱後
 ポルトガル人の追放
 ポルトガル船の入港が禁止
 オランダ・中国のみが
 日本との貿易継続
 ↓↑
 ころび
 キリシタンを捨てて仏教に転宗すること
 ころび証文
 転宗した事を神仏に誓う誓詞(起請文)
 この中で
 デウス、サンタ・マリア、諸天使、聖人
 等にも誓っている
 キリシタン目明し
 ころび伴天連
 沢野忠庵(クリストバン・フェレラ)
 キリシタン目明し
 後藤了順
 荒木了伯
 の誓書が書きそえてある
 正保二年(1645)
 乙酉の年号も記録
 東上町の隣町は
 茣蓙町=茣蓙町は筑後方面より
     茣蓙(ゴザ)を加工する人達が開いた町
     西勝寺の創建に協力した
 ↓↑
 光源寺.
 柳川藩・瀬高町下庄田代
 光源寺の二世
 十時松吟(とときしょうぎん)は
 寛永十四年(1637年)
 長崎に出て浄土真宗の布教活動
 長崎奉行の
 馬場三郎左衛門
 に認められ一寺を建立
 瀬高の
 光源寺を弟に譲り
 銀屋町(晧台寺前の天満宮付近)に
 巍巍山
 光源寺(西本願寺派)を創建
 延宝四年(1676年)
 火災で銀屋町の寺地が類焼
 光源寺の墓地が有った
 伊良林に移転
 松吟の著書
 長崎で穴吊りの拷問に耐えきれず
 キリスト教を
 棄教した
 イエズ科会司祭
 「クリストファン・フェレイラ」
 が
 「澤野忠庵」の名と妻をあてがわれ
 キリシタン目明し
 としてキリシタン弾圧に協力
 「ころび伴天連バテレン=澤野忠庵」
 が口述した
 天文書を記述
 フェレイラは日本人に
 南蛮医学を伝え
 娘婿の
 杉本忠恵は
 フェレイラ門下の医師
 幕医
 光源寺の墓地に
 慶長九年(1604年)
 中国語の通訳の職に任命された
 唐通事(中国語通訳)
 馮六(ほうろく)
 坂本龍馬暗殺後
 亀山社中を切り盛りしていた
 二宮又兵衛
 寛永十七年(1640年)
 阿蘭陀通詞
 横山ン又兵衛から
 十一代
 又之丞まで
 阿蘭陀通詞を勤めた
 横山家などの墓がある
 ・・・横(よこしま・オウ)の
    山(やま・サン)の
    家(いえ・カ)?
 ↓↑
 オランダ語を日本語に借用
 長崎港図(蘭唐船入港)
 ビール(bier)、オルゴール(orgel)
 おてんば(ontembaar)、ランドセル(ransel)
 ポン酢(pons・柑橘類)
 病院、盲腸、炭酸
 などは
 オランダ語の意味を漢字転換した
 ↓↑
 ポルトガル語を日本語に借用
 柳川方面
 縁台=バンコ(banco)
 南瓜=かぼちゃ=ボーブラ(abóbora)
 歌留多=カルタ(carta)
 コップ(copo)
 フラスコ(frasco)・メリヤス(meias)
 シャボン(sabão)
 煙草=烟草・莨=タバコ(tabaco)
 天婦羅=天婦羅=天ぷら(tempêro)
 ザボン(zamboa)
 トタン板(tutanaga)
 ジョウロ(jarro)
 ビイドロ(vidro)
 ブランコ(balanco)
 チャルメラ(charamela)
 キリシタン(cristao)
 おんぶ(背負う・ombro=オンボロ)
 木乃伊=ミイラ(mirra)
ーーーーー
 ・・・???・・・

2018-10-11 文字霊日記・2614日目

 2614日目・・・ウシナワレタ「11=十一=拾壱=足壱=XI」・・・バラかキクか?・・・「マグダレナ・ソフィア・バラ」?・・・ダレ?・・・バラ=茨=いばら・・・茨木・茨城・荊木・棘木・・・井原西鶴?・・・バラに刺あり・・・キクにミミあり・・・茨の冠・・・キクのハナには・・・???・・・ハラにヘソあり・・・臍(毘)には「ごま=胡麻・護摩・独楽・駒・狛・高麗」・・・

f:id:naie:20181012000046j:image:w360
−ーーーー
 バラか、キクか、ウシか?
 ↓↑
f:id:naie:20181012120408j:image:w360
尼寺を設立・・・・・・・天寺・蛙目出等・鴉目出等
 冶承四年(1180年)・・・事象・自性・自照・自笑・字象
 ↓↑
 平家追討の兵を挙げた
 朝日将軍
 木曽義仲
 ↓↑・・・源 義仲=信濃源氏の武将・河内源氏の一族
     源義賢の次男
     源頼朝・義経兄弟とは従兄弟(いとこ)
     木曾 義仲=「朝日=あさひ=旭」将軍
     木曽=当時は美濃の国
     義仲が匿われていたのは
     東筑摩郡
     朝日村(朝日村木曽部桂入周辺)
     後白河天皇の第三皇子の
     以仁王=源以光の
    「以仁王(もちひとおう)の令旨
     治承四年(1180年)」で
     平氏打倒の挙兵
     寿永二年五月十一日(1183年6月2日)
     倶利伽羅峠の戦い
    (くりからとうげのたたかい
     倶梨伽羅峠の戦い
     「砺波山=礪波山」の戦い)
     で
     平維盛に勝利し
     京へ向けて進撃し、同年七月上洛
     平家は、
 ↓↑  安徳天皇を伴って西国へ落ち延びた
 元暦元年一月・・・1184年4月16日〜1185年8月14日?
 ↓↑       甲辰・戊辰・丙戌
       元暦二年七月九日(1185年8月6日)京都地震
       地震のマグニチュードは M7.4 と推定
       法勝寺など巨大寺院群が崩壊
          乙巳・癸未・癸未
       文治元年(元暦二年)乙巳(1185)
 ↓↑    元暦二年三月 壇ノ浦に平家滅びる
 西暦の元の暦の元の年の一の月?
          庚申・戊子・己卯(申酉=空亡)
           猿  鼠  兎 
 ↓↑
 粟津原・・・・粟の津の原・・・アワのツのハラ
        足神源・賊心原・続震源?
        粟=覀+米
          あわ・ゾク・ショク・ソク
 ↓↑       異体字は「𠧼・䅇・𥟫・𥸫・𥹟・𥻆・𥾄」
 で最期を遂げ
 宮菊・・・・ミヤのキク
       菊=艹+勹+米(丷+十+八)
 という一歳違いの
 異母妹
 「吾妻鏡・文治元年(1185)の条」・・・吾の妻の鏡?
      文辞・文字・文事・分字   後歳(差異)の加賀見?
 頼朝の妻
 政子は・・・政子=尼将軍
 宮菊を
 「やしない子(養女)」にし
 都に居た菊姫は
 将軍の息女ということで
 周囲にいた者たちが
 菊姫の名前を騙(かた)って
 役に立たぬ古文書をあげたり
 不知行荘園を寄付したり
 菊の使いだといって
 官位が高く権勢のある家柄の
 荘園の年貢を横取りしたりした
 これが
 頼朝の耳に入り
 頼朝
 菊姫を捕らえて
 鎌倉に連行するように命じた
 菊姫は自分は一切知らないと弁明し
 政子がとりなし
 頼朝は、兄
 義仲は朝敵として討ったが
 菊姫に罪はないとし
 その境遇に同情し
 『美濃国
  遠山の荘の一村』
 を与え
 義仲恩顧の御家人である
 小諸太郎光兼らに命じて
 菊姫の面倒をみさせた
 遠山の荘の一村とは
 ↓↑
 馬籠
 のこと・・・島崎藤村の「夜明け前」・「破戒
 ・・・???
f:id:naie:20181012000042j:image:w360
ーーーーー
 キリスト死後の墓参の女性
 ↓↑
 マルコ16章=マグダラのマリア
       ヤコブの母マリア
       サロメ
       の三人
 マタイ28章=マグダラのマリア
       もう一人のマリア
       の二人
 ヨハネ20章=マグダラのマリアだけ
 ルカ 24章=マグダラのマリア
       ヨハナ
       ヤコブの母マリア
       一緒にいた他の婦人たち
 ↓↑
 イエスの母マリア
 マグダラのマリアベタニアのマリア
 ヤコブとヨセの母マリア
 クロパの妻マリア=イエスの母の姉妹
 ↓↑
 ゼベダイの子らの・・・ゼベダイの妻の
 母の名は
 「マリア・サロメ」・・・ヘブライ語
            「サロメ=平和」の意味?
 ↓↑
 ゼベダイ(Zebedee)=ヘブル語の
           「主の賜物・授けられし物」
 ゼベダイの妻「サロメ」・・・Salome
 ↓↑     サロメ(Salomé)=さるめ=猿目=猿女?
 ↓↑     ↓↑
        同名の別人は
        オスカー・ワイルド戯曲の『サロメ
       (新約聖書マタイ伝14章、マルコ伝6章より)
        1891年フランス語で書かれ、1893年にパリで出版
 ↓↑     ↓↑
        サロメ
        義理の父は古代
        パレスチナの領主
        ヘロデ・アンティパス
        実母はその妃
        ヘロディア
        養父は
        サロメ=ヘロデ・アンティパスに
        祝宴での舞踏の褒美として
       「好きなものを求めよ」と言い
        サロメの母
        ヘロディアの命により
       「洗礼者ヨハネの斬首」を求めた
        新約聖書には
        サロメの名は記録されていない・・・?
        同名の異人だからか?
       「マリア」=「サロメ」は個人名か?
 ↓↑    「罪深い女」=ヘロディアの娘「サロメ」?
 ゼベダイの妻
 「サロメ」は
 イエスの母マリアの姉妹
 カペナウムの裕福な漁師
 使徒ヤコブヨハネの父
 ヤコブが兄、ヨハネが弟
 ↓↑
 「マグダラのマリア
 「ベタニアのマリア
 「罪深い女(ルカ(7:36-50))」
 同一人物であるとしたのは
  591年
 ローマ教皇
 グレゴリウス1世(Gregorius I)
  540年?〜604年3月12日
  在位は、590年9月3日〜604年3月12日
  問答者グレゴリウス(Dialogos Gregorios)
  ロマの「パパ」
  問答者聖グリゴリイ(鍵括弧原典ママ)
  大聖グレゴリウスとも
  典礼の整備、教会改革の教皇
 ↓↑
 グレゴリウス13世(Gregorius XIII)
 1502年1月7日〜1585年4月10日
 辛酉(庚・ ・辛)⇔乙酉(庚・ ・辛)
 辛丑(癸・辛・己)⇔庚辰(乙・癸・戊)
 癸巳(戊・庚・丙)⇔壬午(丙・ ・丁)
  午未=空亡
 ↓↑
 グレゴリオ暦
 (伊語 Calendario gregoriano
  英語 Gregorian calendar)
 ローマ教皇
 グレゴリウス13世が
 ユリウス暦の改良を命じ
 1582年10月15日(グレゴリオ暦)
 から行用されている暦法
 彼は
 1572年
 サン-バルテルミの大虐殺で
 新教徒の殺害を喜び、ミサをあげた
 1585年
 日本からの
 天正遣欧使節の
 少年使節たちを謁見
 ↓↑
 グレゴリオ暦
 325年ニケーアの宗教会議
 復活祭の日を決定する必要上
 春分の日を毎年
 3月21日と定めた
 ユリウス暦を使っていたので
 1582年
 には実際の
 春分の日は
 3月11日
 になっていたので・・・ズレを修正
 暦改革
 ↓↑
 1582年10月 4日の翌日を
 1582年10月15日とした
 ↓↑
 キリスト降誕(紀元)年数が
 4の倍数の年を閏年とし
 ただし
 紀元年数が
 百の倍数(当然4の倍数)である場合には
 4百の倍数でない限り
 平年とする」と定めた
 ↓↑
 我らの「11日」を返せ
 イギリスの新暦
 新教国であったイギリス
 その殖民地アメリカ
 はグレゴリウス暦を拒んだ
 1751年
 イギリスで
 元国務大臣
 チェスターフィールド卿が
 2年にわたって大衆紙や貴族を説得し
 新暦の採用が議会を通過
 その法令により
 1752年から
 1月1日を年の起点とした
 (それまでは3月25日だった)
 旧来の
 ユリウス暦で積み重なった
 誤差を正すために
 9月 2日の翌日を
 9月14日とした
 これで
 1年のなかで「11日」が消えたので
 「我らの11日を返せ」
 という抗議行動が起こった・・・
 「11=十一=拾壱=足壱=XI」・・・
 ↓↑
 聖母マリアの受胎告知の日(3月25日)
 イギリスでは
 3月25日が
 1年の始まりだった
 ↓↑
 1689年2月13日
 名誉革命
 ウィリアム3世
 メアリ2世
 が即位
 当時は1年の始まりが
 3月25日だったので
 2月13日は
 前年の
 「1688年の革命=名誉革命」
 とされる・・・
 ↓↑
 ・・・神殿売春婦」
    ミュリッタ=新バピロニア王国
   (紀元前625年〜紀元前583)では
   「神殿売春
   「エフェス遺跡紀元前11世紀
    イオニア(古代ギリシャ)人により建設
    アルテミス神殿を中心にした都市国家
    そこに存在する
   「12000冊以上の蔵書」を有する
   「セルシウス図書館」は
   「アルタミラ神殿」に隣接
    その看板は「足型」
   「この足型より小さい足の人は、売春お断り!」
 ↓↑   
    ヘロドトス
    古代エジプトに存在した「神殿娼婦」を
   『歴史』の中でその慣習を記録
 ↓↑ ↓↑
    首都アテネから北西へ約180km
    デルフィ遺跡
    ギリシア中部パルナッソス山麓にあった
    ポリス(都市国家
    紀元前8〜前6年ごろは
    全世界の中心と呼ばれ
   「汝自身を知れ」
   「過ぎたるは及ばざるがごとし」
    の
    予言の神アポロンが崇拝されていた
    神殿北側の丘の上に
    天然の岩山を削って造られた
    円形劇場
    紀元前4世紀に造られ
    2世紀後にローマ人によって復元された
    35段の大理石の階段席    
 ↓↑ ↓↑
    西暦4世紀にキリスト教を奉じる
    ローマ帝国皇帝
    コンスタンティヌス1世が
    女神神殿イシュタル
          イシス
          イナンナ女神
    を破戒し、キリスト教
 ↓↑ ↓↑
    ヒエロス・ガモス(Hieros Gamos)
    または
    ヒエロガミー(Hierogamy)
    は「聖なる結婚=ギリシア語由来の言葉」
    神婚、聖婚、聖体婚姻
    聖婚=神話儀礼などの男女二神の交合
       神と人の婚姻
       天の神と地母神の交わり
       男神女神
       神と人の結婚の祭儀
       中世ヨーロッパ
       修道女=神の花嫁
    語源はギリシャ語
    「hieros=holy(神聖な)
        =gamos
        =marriage
        =coupling(婚姻、媾合)
    デーヴァダーシー(Devadasi)
   「神の召使」を意味
    バラタ・ナーティヤム
    オリッシー
    といったインドの伝統舞踊を伝え
    神殿売春を強要される因習の被害者・・・
 ↓↑ ↓↑
   「神聖儀礼」だった「売春」行為、
    売春婦そのものが
   「罪深い女(ルカ(7:36-50))」
    ではない・・・?
    では、ナニが、ダレが・・・罪深いのか?
   「ヘロディア」と、その娘「サロメ」・・・「猿女」?
 ↓↑
 イエスの母は
 カナでの婚礼の後
 イエスと行動を共にする(ヨハネ2:12)
 カナの婚宴
 (ラテン語: Nuptiae in Cana factae))
 イエス・キリストの最初の奇跡の地
 (ヨハネ福音書2章1-12節)
 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、
 イエスの母がそこにいた
 イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた
 カナ(Cana)
 は新約聖書に登場する
 ガリラヤ地方の町の地名である
 ↓↑
 旧約聖書
 アシェル族の町
 カナが記録
 ツロの南東10kmにある現在の「カーナ」
 「ベツサイダ(Bethsaida)」
 新約聖書に登場する町の名前
 「漁師の家」
 という意味の
 アラム語を音訳した地名
 イスラエル共和国の
 古跡「エッ・テル」
 イエス・キリスト
 最初の弟子になった漁師
 アンデレペテロ、ピリポの故郷
 ガリラヤの町
 イエスは盲人を癒し
 また、町の人々の不信仰に嘆いた場所
 ↓↑
 ヘロデ大王の子
 ピリポが再興
 ↓↑
 皇帝アウグストゥスの娘
 ユリアにちなんで
 ベツサイザ・ユリアス・・・別(捌)歳座(差)
 と呼ばれた町
 ↓↑
 イエス=マリアとローマ兵との間の私生児
ーー↓↑ーー
 バラのナマエ・・・
 「薔薇の名前
 (イタリア語
  原題:Il Nome della Rosa
  イル・ノーメ・デッラ・ローザ)
  ウンベルト・エーコ
 1980年に発表された小説」
 ・・・「薔薇(ばら)の斗の数の命」
 ・・・「紫薇(さるすべり)の斗の数の命」
 ・・・「百日紅の斗の数の命」
 ・・・バラバラのバラ違い ・・・「バラバ=バラバ・キリスト
        =ギリシャ語=Bαραββᾶς
     ラテン文字転写
        =Barabbas」
 ・・・「新約聖書に登場する
     ユダヤ(猶太)人の犯罪者、囚人」
 で、「イエス」の代わりに
 恩赦を受け、釈放された
 ・・・「バラバ=アッバス(父=アバ)+子(バル)」?
 ↓↑ ↓↑ ↓↑
 アッバースアラビア語:Abbās)
 アラビア語の男性名
 アッバスは長母音の省略
 預言者ムハンマドの叔父の名
 バンダレ・アッバースイランの都市名
 西アジアのイスラム王朝
 建国者アブー・アル=アッバースの名に由来
 750年
 ムハンマドの伯父アッバースの子孫
 アブー=アッバース
 ウマイヤ朝を倒し
 クーファで即位
 アッバースアラビア語:Abbās)
 アッバース=「顔つき・表情」
       「厳粛な・厳格な」
       「渋面・獅子」
  ↓↑
 フグ(河豚・鰒・鮐・魨・鯸・鯺)
   =Blow -fish
   =Puffer fish
   =globe -fish
   =グローブ-フィッシュ
 ↓↑ ↓↑ ↓↑
 総督ピラトが過越祭の特赦として
 イエス
 かわり=換・變・替・孵・蛙・代・逓・遞・還・復・歸
 に
 生命(いのち)を恩赦された
 「ユダヤ熱心党の頭目、
        首領、首魁、梟首、梟将、
        梟帥=たける=建、党首?」・・・
 ↓↑
 「バラバ」とは聖書には
 ペトロ(彼得)の使徒行伝-第3章14節で反乱、強盗殺人の犯罪者
 マタイ(馬太)伝は罪状の記述なし
 マルコ(馬可)伝は暴動時の殺人
 ルカ(路加)伝は殺人
 ヨハネ(約翰)伝は強盗・・・
 ・・・「バラバ・イエス」の「音写」・・・
 「バラバ・イエス自由の身になった」・・・
 そして、
 「ナザレのイエス
 として
 「死して三日後(金〜土〜日曜日)に生き返った=復活」
 と、
 マグダレのマリアに吹聴させた・・・
 ↓↑
 「イエス」とは
 へブライ語の
 Yeshua(ョシュア)を
 ギリシャ語
 Iesous(イレシュア)
 ラテン語
 Iesus(イエスス)
 Yehoshua(ィヱホシュア)
 で、
 「イエス・キリスト
  油を塗られし者・油を注がれし者」
 だが、
 当時の一般的な呼び名は
 「ナザレのイエス
 「ヨセフの子、イエス
 「ナザレの人で、
  ヨセフの子イエス
 であった・・・
 「バラバ・イエス」とは
 「バラバ(父)の子、イエス
 と同意義で・・・
 「バラバ・イエスマタイ27:16-17)」
 「ユダヤ過激派-熱心党の一員で党首?」
 で、
 「イエス・(キリスト)」とは別人だが
 同名の
 「イエス・(バラバ)」である
 「バラバ」は「マリヤ」と
 ユダヤから逃亡した・・・?
 ・・・故に
 「マグダラ(ダレ)」の
 「マリア」は
 「罪深い女」・・・???・・・
ーーーーー
 正教会伝承
 イエス磔刑
 生神女聖母マリア
 使徒達とともに
 エルサレム中に
 キリスト
 復活を伝え、その第一の証人となった
 キリスト復活の伝導で、旅し
 ローマ
 皇帝ティベリウスに会い
 紅い鶏卵を献上
 ハリストス(キリスト)の
 復活
 十字架の死
 ピラトによる
 イイスス・ハリストスの
 死刑は不法と皇帝に訴えた
 鶏卵を贈る習慣が
 復活の記憶(復活大祭)に
 鶏卵を贈る習慣が始まった
 ↓↑
 カトリック教会での伝承
 四福音書
 マグダラのマリア
 と特定されていない女性が登場し
 「罪深い女」が
 「マグダラのマリア」と同一視され
 彼女は
 イエスの足に涙を落し
 自らの髪で拭い
 香油を塗った
 図像では
 アラバスター
 香油壺を手にする姿が代表的
 「らい(癩)病人シモン」の家で
 ナルドの香油の入った
 石膏の壺を持った女が
 イエスの足を
 自らの涙の髪で拭い
 香油を塗った
 ↓↑
 伝説のマグダラのマリア
 ヤコブス・デ・ウォラギネの
 『黄金伝説(Golden_Legend)』
 などによれば
 「マグダラのマリア」は
 金持ちの出自で
 美貌
 快楽に溺れ、後にイエスに出会い悔悛
 「罪深い女(the Sinner)=娼婦」
 との異名を与えられた
 ルネサンス以降
 「マグダラのマリアの悔悛
  (The Penitent Mary Magdalene)」
 を主題とする絵画、彫刻が多く制作された
 イエス死後
 兄弟ラザロマルタ (マリアの姉)
 らとともに
 南仏マルセイユ
 (あるいはサント=マリー=ド=ラ=メール)
 に着き
 晩年は
 サント=ボームの洞窟で隠士生活後、死亡
 遺骸は
 エクス=アン=プロヴァンス郊外の
 サン=マクシマン=ラ=サント=ボーム
 に葬られた・・・
 ヴェズレーの
 サント=マドレーヌ大聖堂には
 キリストの遺骸(頭蓋骨)を移葬したと主張し
 サン=マクシマン側は
 遺骸を保持していると主張
 一部は
 パリの
 マドレーヌ寺院にも分骨・・・
ーーーーー
 John Lightfoot
 (1602年3月29日〜1675年12月6日)
 英国教会員、ラビの学者
 ケンブリッジ大学の副学長
 ケンブリッジ
 聖キャサリン大学の修士
 が
 「マグダラのマリア」は
 「ヘアー・ドレッサー」を意味する
 ヘブル語の
 「メガデラ・ネシャヤ」に由来し
 「身持の悪い女」を暗喩する、と云った・・・
 ↓↑
 「塔」を意味する
 アラム語「ミグダル」
 ギリシア語「マガダン」
 に由来
 彼女の揺るがぬ
 堅い信仰のゆえに名付けられた「ナマエ」
 4〜5世紀神学者
 ヒエロニムスの示唆・・・
 ↓↑
 「マグダラのマリア」と
 「ベタニアのマリア
 は同一人物・・・
 ↓↑
 ベタニア(ヘブライ語
 新約聖書に登場するエルサレム近郊の地名
 マリア・マルタラザロ兄弟の住んでいた土地
 オリーヴ山の南東麓にある
 パレスチナ人の村
 アル=エイザリヤ(al-Eizariya)
 ↓↑
 ヨルダン川対岸の
 ベタニア(アル・マグタス)
 1138年
 十字軍により作られた
 エルサレム王国の女王
 メリザンド(フールク・ダンジュー王妃
 がこの地に修道院を創立
 メリザンドはここで没し
 孫娘の
 シビーユ
 もここで育った
 ↓↑
 ベタニア(Bethany)=ベタバラ(Bethabara)
 「士師記7:24」の
 「ベト・バラ(Beth-barah)」
 「ヨシュア記18:22」の
 「ベト・アラバBeth-arabhah)」
 と同じ
 ベタニア(Bethany)=パレスチナ地方の
            古都エルサレム近郊の地名
 ヘブライ語
 「病む者の家・貧困の家」という意味
 ↓↑ 
 イスラエル
 オリーブ山の東斜面
 エルサレム‐イェリコ街道沿いにある村
 マルタとマリアの両姉妹と
 その兄弟
 ラザロの故郷
 死んで墓に葬られていたラザロ
 イエスが生きかえらせた場所
 病のためラザロ死去し
 その4日後
 布教先から帰ったキリスト
 墓の前で祈り呼びかけると
 蘇生した
 (ヨハネによる福音書・11・ラザロの復活)
 さらに
 復活したイエスの昇天の場所
 (ルカによる福音書・24:51)
 当時の名前
 ラザリウム=Lazariumは
 現在の村のアラビア語
 アザリエ=al‐Azarieh
 ↓↑
 ヘブライ語=ベイトハニヤ
 アラビア語=アイザリーヤ
 エルサレム近郊の
 オリーブ山東麓にある小村
 村には
 ラザンとその姉妹
 マルタ
 マリアの家
 癩者シモンの家
 などがあり
 イエスがそれらの家を訪れた場所
 3世紀には聖堂が建設
 1967年まではヨルダン領で
 「六日戦争」以後
 イスラエルの占領地
ーー↓↑ーー
 マグダラ (Magdala) ・・・「ラリルレロ」・・・
 ↓↑
 タルムードにおいて
 ミグダル・ヌナヤ(「魚の塔」)
       ・・・・魚を問う?・・・ヌナヤ=ヌ名哉=のナカ?
 イスラエルガリラヤ湖西岸に位置する
 古代におけるガリラヤの都市の一つ
 現在の
 ミグダル(Migdal)=マグダラ (Magdala)
 ↓↑
 「マグダラ(ダレ)」の「マリア」は
 恐れながらも
 大いに喜び、
 急いで墓を立ち去り、
 弟子たちに知らせるために
 走って行った
 (マタイ福音書28章8節)
 ↓↑
 そして、墓から帰って
 十一人と
 他の人、皆に一部始終を知らせた
 それは、
 マグダラのマリア
 ヨハナ
 ヤコブの母マリア
 そして一緒にいた
 他の婦人たちであった
 (ルカ福音書24章9-10節)
 ↓↑
 「使徒たちへの使徒
  (the Apostle to the Apostles)」
 マグダラのマリア
 (ラテン語: Maria Magdalena)は
    ・・・Magdalena=マグダレ名?
 新約聖書中の
 福音書に登場
 イエスに従った女性
 マリヤ・マグダレナ
     マグダレナ=マグダレーナ(Magdalena)
     ヨーロッパ系の女性名
     マグダラのマリアに由来
     異形に
     マグダレーネ(ドイツ語
     マドレーヌフランス語
     マッダレーナ(イタリア語
     マグダ (Magda)
     マグダラのマリアに由来
     マグダレーナ (Magdalena)
     マグダレン (Magdalen)
     マドレーヌ (Madeleine)
     マデレーン (Madeleine)
     マッダレーナ (Maddalena)
     等は同根
     マリリン (Marilyn)
     は
     マグダラのマリア
     メアリー・マグダレーン(Mary Magdalene)
     と
     リム(lym)=リンダ(Linda・Lynda)
     との合成
     マグダレナ・ソフィア・バラ
     (1779/12/13〜1865/5/25)
     己亥(戊・甲・壬)⇔乙丑(癸・辛・己)
     丙子(壬・ ・癸)⇔辛巳(戊・庚・丙)
     丙戌(辛・丁・戊)⇔戊戌(辛・丁・戊)
     午未=空亡
     1800年フランスで創立された女子修道会、聖心会
 ↓↑ ↓↑
     マドリードスペイン
     マグダレナ川=コロンビア西部の河川
     (スペイン語・Río Magdalena)
     マグダレーナ県=コロンビア北部の県
 ↓↑ ↓↑
    小西行長の母=ワクサ
    洗礼名は
    マグダレーナ、マグダレナ
    小西ワクサ=豊臣秀吉の正室・おねの侍女
    大阪城
    豊臣秀吉の側室などを取り仕切っていた
    小西行長の父・小西隆佐=堺の豪商
    1585年、羽柴秀吉に仕えた
    ・・・マグダレナ
       馬具拿例名?
       眞愚誰 名?
 ↓↑ ↓↑
 正教会カトリック教会聖公会聖人
 正教会では
 携香女(ケイコウジョ)
 亜使徒(アシト)
 の称号をもつ聖人
 ↓↑
 香油の入った壷を持った姿で描かれ
 これは
 墓にあると思われていた
 イエスの遺体に塗るために
 香油を持って墓を訪れた
 との聖書の記述に由来・・・
 「携香女(ケイコウジョ)」
 の称号もこれに由来・・・
 マグダラのマリア
 イエス・キリスト
 十字架につけられるのを見守り
 イエスが埋葬されるのを見つめ
 そして墓の方を向いて
 座っていた婦人たちの中で
 一番重要な人物・・・と、された・・・
 ↓↑
 マグダラのマリア
 聖人とする
 西方教会カトリック教会聖公会)の
 記念日(聖名祝日)は
 7月22日・・・蟹(解+虫=かに・カイ)座の最終日
 ↓↑
 正教会では
 8月4日
 携香女・亜使徒として記念
 記憶
 (7月22日・・・蟹(解+虫=かに・カイ)座の最終日)
 記憶日に加え、
 復活祭
 第二主日
 「携香女の主日
 ↓↑
 マグダラのマリア
 イエスの死と復活を見届けた証人
 西方教会では
 教義
 「悔悛した罪深い女」・・・
    ・・・ナニを「悔悛し、罪深い女」とされるのか?
 とした
 東方教会正教会)では
 マグダラのマリア
 「罪深い女」ではない・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・
 勿論、磔刑にされた
 「イエス・キリスト」は
 「ユダヤ穏健派-熱心党の一員」だった・・・
 思想家は殺される・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・

2018-10-10 文字霊日記・2613日目

 2613日目・・・youtubeの画面を視ていると目眩・・・「大白鳥は夏にシベリアカムチャッカスカンジナビアなど広大な湿地繁殖、日本へ冬鳥としてやって来、関東より北で冬越」・・・「日本人の心」・・・「個人主義」でも、「全体主義」でもなく、「非孤人主義=非孤立主義・非孤独主義」・・・

f:id:naie:20181010184822j:image:w360
f:id:naie:20181010184818j:image:w360
f:id:naie:20181010184815j:image:w360
 国内で
 13番目の
 ラムサール条約
 登録湿地
 宮島沼
 北海道美唄市
 西端にある淡水湖
 ↓↑
 最終的な越冬地は
 東北の伊豆
 ↓↑
 秋(9月下旬〜10月中旬)
 中継地として
 宮島沼に押し寄せ
 飛び立つマガン
 飛来ピークは
 6万〜7万〜8万羽超・・・
 ↓↑
 北海道美唄市
 宮島沼
 毎年春、秋には
 マガン、白鳥などの水鳥が飛来し
 北海道、道内を中継地・越冬地
 とする渡り鳥
 オオハクチョウ
 コハクチョウ
 マガン
 シベリアへ戻るのは
 春の2月〜5月
 苫小牧市ウトナイ湖
 美唄市宮島沼などを経由
 ↓↑
 感動!夜明け前の宮島沼
 約8万羽のマガンが「ねぐら立ち」
 @北海道美唄市
 Anser albifrons in Lake Miyajimanuma Bibai Hokkaido
 (youtube

https://www.youtube.com/watch?v=0sKr_MCgaTo

https://www.youtube.com/watch?v=bzdAwslkZrg

https://www.youtube.com/watch?v=Bhdynj4_Mlg
ーーーーー
 ・・・蝦夷・宮島で美しく唄う渡り鳥・・・・

2018-10-09 文字霊日記・2612日目

 2612日目・・・隠れキリシタンが「アワビ(鮑・鰒・蚫・abalone=アバロン)」を「聖母(アベ)マリア」に見立てて擬似偶像として礼拝の対象としていた理由が・・・漢字の象形と部品構成、そして「Avalon=アヴァロン島」の呼称のナマエの「音」に関連しているのではないか?、とモウソウ・・・

 魚偏の漢字「鰒=鯸=魨=ふぐ」・・・「鰒(魚+复)=ふぐ」?、「アワビ」ではなく「河豚=ふぐ」って?・・・
f:id:naie:20181010195601j:image:w360
 「蝮(虫+复)=虫+𠂉+日+夂=まむし」?
 「復=彳+复=また」?・・・
 「复=復=彳+复」
      「復」の異体字は「复」
 「復=彳+复=かえる・また・ふたたび
       復路・往復
       もとの状態にもどる・もどす
       復活・復帰・復旧・復元・回復
       克復・修復・整復・本復・来復
       同じことを繰り返す
       復習・・・復讐」
 「覆」=覀+復=襾(おおいかんむり)+復
     ふた(覀)をひっくりかえす(復)・くつがえす
     おおう・くつがえす・くつがえる・フク・フウ
 「履」=尸+復=わらじ=草鞋=くつ
     履歴・はく・くつ・ふむ
     はきもの(履物)・くつ(靴・沓)
     はきものをはく
     弊履・草履
     ふむ・ふみおこなう・実行する
     履行・履歴
 「複」=衣+复=衤+复=衤+𠂉+日+夂
     異体字は「𠣾・𧜰・𧟞」
     かさねる・かさなる・二つ以上ある
     複式・重複
     こみいる
     複雑
     かさねてする・ふたたび
     複写・複製
     単複
 「腹」=肉(月)+复=はら
ーーーーー
 アワビ(鮑=魚+包
     鰒=魚+复=魚+𠂉+日+夂
     蚫=虫+包
     abalone=アバロン)
 アワビは
 カキ(牡蠣・牡蛎・蛎・蠣・牡蠐・蠐)等と違い
 片側にしか殻がないので
 「鮑の貝の片思い」と言われ
 「逢わないでワビ(詫び・侘び)しい」
 「合わないでヒラク」
 の略に由来
 アバロン=Abalone=あわび=Abalone Shell
 パウア貝(パウア=Paua・pāua)=マオリ族語
            (ニュージーランド・新西蘭)
 Abalone⇔Avalon
 ↓↑
 アバァロン(Abalone)⇔Avalon(アヴァロン島)
       Ab-alone ≠Av-alon
  ↓↑
 Avalon(アヴァロン島)は
 ケルト伝説で、
 西方にある聖なる島
 リンゴ(林檎)・・・臨語・・・輪語・凛語・・「凜=凛」
           倫語     毒凛語
                  冫+稟=冫+禀
 を意味する
 「aval(アヴァル)」・・・アヴァル⇔アベァル
 から由来
 アーサー王が傷を癒した最期の地
 ↓↑
 イエス・キリストが
 (ナザレのイエス)
 アリマタヤの・・・アリマタヤのヨセフ
          アリマフェヤの義人イオシフ
          イエスの遺体を引き取った
     ヨハネは「イエスの弟子でありながら
          ユダヤ人を恐れてそのことを隠していた」
     少年の頃のイエスがヨセフとともに
     ブリテン島西南コーンウォールの錫鉱山にやってき
     坑夫たちに錫をどうやって
     抽出するか、また製錬するかといったことを
     教えたという伝説があった
     キリストがおじのヨセフとともに島を訪れた伝説
     復活大祭の2週後の主日(日曜日)に
     イエスの葬りに参加した他の人物
     アリマタヤのヨセフ
     携香女らとともに記憶される
 ヨセフとともに
 ブリテン島を訪れた際の上陸地で
 後
 そこが
 イギリス最初の
 キリスト教会となった
 このアヴァロンの場所は
 現在の
 グラストンベリー
 ・・・とされているらしい・・・?
 ↓↑
 カインとアベル
 旧約聖書『創世記』第4章
 兄弟
 アダムとイヴ
 の息子たち
 兄がカイン
 弟がアベル(הֶבֶל)
 人類最初の
 殺人の加害者・被害者
 ↓↑
 弟がアベルは「牧者・羊飼い」
 本来のヘブライ語は
 「息(いき・意気)」を意味
 人類最初の殺人の被害者
 ↓↑
 兄カインは「農耕者」
 本来のヘブライ語は
 「鍛冶屋、鋳造者」
 ↓↑
 人類最初の殺人の加害者
 カインは
 弟アベルの殺人の罪により
 エデンの東にある
 「ノド(流離い=さすらい)」・・・咽喉・能登・能都?
 の地に追放された
 カインは息子
 エノクをもうけ
 ノドの地で作った街に
 「エノク」と名をつけた
 エノク=カインの息子=アダムの孫=イラドの父親
 アダム→カイン→エノク→イラド→・・・トバルカイン
 ↓↑
 聖典『ヨベル書』(偽典?)
 カイン・・・・・戒音・化音・掛音・可寅(虎)・日陰
 は
 第2ヨベル第3年週に
 アダムの妻、・・・阿拿務・・・「亜當(アダム)」
 イヴァから・・・・意分蛙・・・「夏娃(イヴァ)」
 長男として生まれた
 妻は
 第2ヨベル・・・・・與部留
 第5年週に
 生まれた妹の
 アワン・・・・・・阿湾・有湾・・・有明海
          アワン=アワム⇔アワミ⇔アワビ・・・?
              マミムめも    マミムメモ
 ↓↑
 聖典『エノク書』第22章
 冥界を訪れた
 エノク・・・・・慧能公・永久・遠億・・・重之句
 が大天使
 ラファエル・・・羅府合重留
 の案内で
 死者の魂の集められる洞窟を目撃し
 アベルの霊はその時代になっても
 なお天に向かって
 カインを訴え続け
 カインの子孫が
 地上から絶える日まで
 叫び続け続ける、という・・・
 ↓↑
 カインの子孫の
 トバルカイン・・・鳥羽(賭場)留甲斐寅
 ↓↑       賭場留掛 音
             訳話留可 陰
          鳥羽天皇(鳥蛺天皇)
          1103年2月24日    癸未
         (康和五年一月十六日)甲寅
          〜 己丑午未=空亡

          1156年7月20日 丙子
         (保元元年七月二日) 乙未
          第七十四代天皇 甲午
         (在位1107年8月9日
            嘉承2年7月19日
            〜
            1123年2月25日
            保安4年1月28日)
          諱は宗仁(むねひと)
          堀河天皇の皇子
          母は贈皇太后・藤原苡子(しげこ・イシ)
          白河法皇のもとで
          五歳で天皇即位

          子の
          崇徳天皇・・・配流後は讃岐院・・・怨霊
                 白河法皇と璋子の密通の子?
          近衛天皇
          後白河天皇
 ↓↑       の三代二十八年に渡り院政
          笛の名人で
          催馬楽、朗詠もたくみだった
          中宮・藤原璋子(待賢門院)は
          白河院の養女となって溺愛され
          鳥羽院が崇徳天皇を
         「叔父子(祖父・白河院の子、叔父である子)
 ↓↑       と呼んでいた(古事談)
 は
 「青銅や鉄で道具を作る者(創世記第4章)」
 異母兄弟の
 ヤバルは遊牧民・・・矢張る
 ユバルは演奏家・・・諛張る・へつらう・おもねる・こびる・ユ
 ↓↑        諛=言+臾=臼+人
          人の機嫌をとるように媚(こ) びる
          相手に気に入られるよう、言葉で機嫌を取る
          諂(言+臽)=へつらう=諛(言+臾)
         ↓↑(言+舀)
           臽(カン)⇔舀(ヨウ・トウ)
           臽=⺈+臼=𠂊(刀・々)+臼
             ⺈=立刀
             危=厂(崖)の上から
             人(⺈)が?
             跪(ひざまづい)て
             下を見ている字形?
             厄=災厄・厄病=厂+⺋
             ⺈+厂+⺋=危=⺈+厄
             ⺈=人?
             厂=崖
             ⺋=巴・已・巳・己・・・蛇・蝮
              =竦(すく)んで縮こまる・・・?
             包=勹+己・・・砲丸・包含
             ならば、
            「⺋」の形象は
             丸まって転げ落ちる恐怖
             断崖絶壁の上に立って転げて落ちる恐怖で
             足がスク(竦)む
             あるいは「崖で転がってしまった形象」
         ↓↑    ↓↑
             臽の異体字は「𥦶・陷・陥」で
               ↓↑
             ⺈+臼=落とし穴
                カン・ゲン・コン
                臼(うす)の上で
             ⺈=勹(つつむ・ホウ・ヒョウ)
               勹=ノ+𠃌=𠂉+亅
                 つつみがまえ
                 𠃌=カン・ケン・コン
                =鉤・鈎
             ⺈=ク⇔く=苦・玖=王+久
               ク=𠂉(かみさし)
               +
               丿(ヘツ・ヘチ)
               ↓↑
               久-乀(クを支える棒)
               クは支え棒が無い「久」
        ↓↑     ↓↑
           舀=爫+臼=袋から取り出す?
             臼(うす)の上の爪
             爪=㕚=爫
             手で上から覆うようにして取る
             掴(つか)み取る
             抓(つま)み取る
             手足の指先の硬い部分
             鳥獣の手足の先の硬い部分
             つめ・つめかんむり・つめがしら
             つめ・ソウ・ショウ
             爫=手or爪or㕚
           舀=餅つきの相取る・あいどり
             合い取り・あいどり
             餅つきの相方として餅をこねる人の手?
             餅搗きの相方として餅を捏ねる人
             アイドル=偶像・崇拝人物・idol?
             アイドリング=機械が空回りする?
 ↓↑      ↓↑  アイドリング=idling=空転
         臾=ひきとめる・しばらく・わずか
           須臾(シュユ)
           すすめる・そそのかす
           縦臾(ショウユ)
 ↓↑        讒諂面諛(ザンテンメンユ)
 彼らの父      ↓↑  ↓↑
 レメクは戦士・・・・センシ=撰史・戦史・先史・選詞・穿刺
 「わたしは
  受ける傷のために人を殺し
  受ける打ち傷のために
  わたしは若者を殺す
  カインのための
  復讐が
  七倍ならば
  レメクのための復讐は
  七十七倍(創世記第4章22節)」
  ・・・7×7=49・・・4章22(念ニ)節
     七かける七は四十九
     漆かける漆は肆拾玖
 ↓↑
 7世紀後半〜8世紀後半
 にかけて編纂された
 「万葉集」に
 アワビを歌った和歌
 伊勢の
 あまの朝な夕なに
 かづくとふ・・・・・海に潜って取ってくる
 鮑の貝の片思いにして
 ↓↑
 潜っても、潜っても
 甲斐(貝)がない
 アワビに逢(あ)えなくて
 わびしい
 ↓↑
 アワビは耳の形にも似ている
 英語は「Ear Shell 」
 形状が人間の耳形
 ↓↑
 鮑(あわび・ホウ)
 貝殻が一枚で
 「逢わないでわびしい・合わないでひらく」
 「不合肉(あはぬみ)」
   ・・「不合肉= フゴウ-ジク」
         =「符号・符合・附合・付合・富豪・負号」
           字句
 「合(ア)+間(ヒ)」
 ↓↑
 アワビの殻の背面に数個の穴が並んでいる
 この穴は鰓呼吸のために
 外套腔に吸い込んだ水や排泄物
 卵や精子を放出するためのもので
 殻の成長に従って
 順次形成された穴は
 古いものからふさがっていき
 常に一定の範囲の数の穴が開いている
 アワビではこの穴が4〜5個
 ↓↑
 トコブシ(Sulculus diversicolor supertexta)
 床臥・常節(とこぶし)
 狭義の
 アワビ(鮑・鰒・蚫)と同じ
 軟体動物門
 腹足綱
 ミミガイ科
 の藻食性の巻貝の一種
 ↓↑
 「煮貝」は
 考古資料として形が残らない・・・
 江戸時代
 文政十二年(1829年)
 笛吹市
 石和町・・・いさわ=石和・・・石の和・・・磐の倭
 に所在する
 篠原家文書に含まれる
 「御用其外日記」が初出
 形態は不明であるが
 「尓加以(にがい)」・・・煮貝・苦い・二外・似甲斐(蝦夷)?
 の文字が当てられている
 弘化三年(1846年)
 甲府徽典館の学頭
 林鶴梁の日記・・・林の鶴の梁・・・梁⇔粱・・・高粱(コウリャン)
          梁=はし・はり・うつばり・やな
            橋梁
            はり・うつばり・家の棟をささえる横木
            梁上・棟梁
            やな=木を並べて川の水をせきとめ
               魚を捕るしかけ
               魚梁
 『林鶴梁日記』で
 「煮鮑・生鮑の塩漬け」
 が記録
 ↓↑
 光過敏症
 東北地方で
 「春先のアワビの
  内臓を食べさせると
  ネコ(猫・根子)の耳が落ちる」・・・?
 と言い伝え
 漢方で
 肝機能改善
 目の機能効果
 ↓↑
 殻の裏側に
 美しい真珠光沢(干渉色)があり
 ごく薄く切り出したものを
 螺鈿細工などの工芸材料に用いる
 鮑玉=天然真珠=殻の真珠層を利用して真珠養殖
 ↓↑
 『万葉集』
 鮑の産地=御食国と呼ばれる国々
      紀伊国
 鮑玉
 宝飾
 漢方薬として用いられ
 貝類の真珠層には解熱作用・・・解(とく)熱(ねつ)作用
ーー↓↑ーー 
 鮑叔(ホウシュク)
 中国春秋時代の
 斉の政治家
 姓は姒・・・・姒=女+以=くつわ・遊女屋・銜・轡・馬銜
          異体字は「㚶・娰」
          同じ夫に嫁した姉妹の姉の方=姒
          兄の妻は「姒」
          弟の妻は「娣」
          姒=姉
          娣=妹
          褒姒=西周の幽王の妃・美人・褒姒不好笑
          幽王が寵姫の褒姒を喜ばせるために
          敵襲の合図の狼煙を
          遊びで上げさせた・・・狼少年=幽王?
          禹
          名は文命(ブンメイ)
          諡号は禹
          別称は大禹、夏禹、戎禹とも
          姓は姒(ジ)
          姓・諱を合わせ
          姒文命
          夏王朝創始後
          氏を夏后とした 
          こうがい=笄
          かみかき=髪掻
          髪をかき上げるのに使った
          この日本の伝統は「姒」によって始まった
          櫛(くし)=笄=姒
          姒が原初に身につけた
          傾城=西施、姐己、褒姒
  隠れキリシタン
 「あわび(鮑・鰒・マリア=ヴィナス)」
 「古銭(十字架)」を擬似信仰対象とした
   ↓↑ ↓↑
 氏は封地から鮑
 諱は牙
 字は叔
  鮑叔牙
 姒姓の
 国杞の公子
 斉に仕えて
 鮑の地を与えられ
 鮑氏を名乗る
 桓公に仕えた
 ↓↑
 鮑叔は
 若い頃
 管仲と親しく交り
 管仲と共に商売
 管仲が大損失を出しても
 商売には時勢として決して咎めず
 多大な利益を上げても
 貧乏な管仲に
 その利益のほとんどを与えた
 管仲は鮑叔に大恩を感じ
 後世、二人の厚い友情を
 「管鮑の交わり」
 と呼んだ
 後
 鮑叔は釐公の子の公子
 小白に仕え
 小白の兄の
 襄公の圧迫を避ける為に
 小白と共に
 莒に亡命
 その後
 襄公が暗殺され
 斉では後継者争い
 莒から戻ってきた
 小白
 と
 公子糾
 が争って
 鮑叔の活躍で
 小白が
 斉君
 となった
 ↓↑
 公子糾に味方をした
 魯から
 公子糾の臣
 管仲と召忽を受け取り
 桓公に仕えさせようとした
 召忽は
 公子糾が死んだ事を知り自害
 管仲を仕えさせる事に成功
 ↓↑
 桓公は管仲を宰相として覇者となった
 鮑叔は管仲を助け
 ともに政治にあたった
 ↓↑
 管鮑の交わり
 管 夷吾(カン イゴ)=管 仲(カン チュウ)
 斉の
 桓公に仕え、覇者に押し上げた
 三国時代の
 管寧は後裔
 ↓↑
 斉で
 管仲は
 公子糾に仕え
 鮑叔は
 公子小白(桓公)に仕えた
 時の君主
 襄公は暴虐な君主で
 管仲は公子糾と共に
 魯に逃れ
 鮑叔は小白と共に
 莒に逃れた
 その後
 襄公は従兄弟の
 公孫無知
 の謀反で殺され
 公孫無知
 も兵に討たれ、君主不在となった
 斉国内は
 糾と小白のどちらを
 君主として迎えるべきかで二分
 先に帰国した方が有利な情勢になった
 公孫 無知(コウソン ムチ)
 春秋時代・斉国、第十五代君主
 釐公(斉=姜斉の第13代君主・荘公の子・僖公)
 の同母弟である
 夷仲年の子
 伯父の釐公の寵愛を受け
 従兄の太子諸児と同じ待遇を受けた
 釐公が亡くなり
 従兄の
 諸児が襄公として
 即位し冷遇された
 前686年
 大夫の連称・管至父らと謀って
 襄公を殺害し、斉公に即位
 襄公の弟の
 公子糾は管仲と魯へ
 公子小白(桓公)は鮑叔と莒へ
 それぞれ逃れた
 前685年
 公孫無知は
 臣下の
 雍廩によって、暗殺
ーー↓↑ーー
 ・・・???・・・阿波おどり・・・アワビ(鮑・鰒・蚫)・・・
 河豚(ふぐ)おどり?