naieの文字霊日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-02-18 もじたま(文字霊) ・427日目

naie2008-02-18

 427日目・・・昨夜はTV番組の「キャット・ウーマン」を観た。「自由」に生きる「ネコむすめ」、カッコゥいいッ・・・生きているモノはスベカラず「自由」には生きられないのが「現実」であるのだが・・・「自由な関係性」なんてのもないだろう。とにかく、今日の昼過ぎ、天気がイイ。日本晴れダッ・・・だけれど、カゼが冷たくて強い・・・タロットカードの「8番」は「STRONGス(素)」である。「力」である。「能力・実力・強力」でもあるが、「暴力に支えられた権力」であるだろうな。「8」を横にしたら「∞(無限大)」のサインだけれど・・・表裏、交わるコトの無い「メビウスの輪」でもある。「8」になり損なっている第19文字のアルファベットは「」である。名詞の語尾の「・・・'s」は所有格、あるいは複数で,

「Be、Have」動詞の短縮形である。「S(エス)の象徴」は「S字形の勲章」であるらしいが、地図上の「South(サウス・みなみ)」で、「南(ナン)」である。「---ウス」と語尾を形成するのは「ゼウスダリウス・ジュリウス・をうす」であるな。「S+I」は「S」を縛る、閉じる形のヒモ(紐)の「I」との合字で、アメリカ貨幣、紙幣の「$(Dollar・ドル)」である。なるほど、「DOLLAR」は「DOLL+AR」は「美しいが愚かな少女」の「ようなモノ」が、キン(金)で、「かね」である。漢字ならば「弗(弓+八・弓+儿=弓+足・脚・肢・股・又・亦)」である。「弗」は「弓と弦と矢」の「飛び道具の武器」である。「カネは飛び交う財産」ではあるな。ならば、「8(ハチ)」は「葉知」でもある、と言うわけだ・・・漢字の「八」は「末広がり」と言われて、縁起のいい「漢字数字」になっている。名古屋のシンボルマークは「㊇」である。だが、八は「山」とか「西洋的な釣鐘」、それに水面に何かを落とした時に盛り上がる形状に似ている。「八」はピラミッドの形状もイメージさせる。人間社会では「格差社会の構造」で、天辺は富裕層で金持ち、裾野は極貧層の貧乏人であるだろう。この「中間にある層」を形成しているのは多分、「国家、地方官僚の公務員」であるだろう。かって「日本人」の殆どの意識、意識だけは「中流意識・中間意識」であった。そして「日本国民」であった。今現在の実質的な「日本国民」とは「役人」のコトらしい。「格差社会」をハッキリとイメージのできるのは確然とした序列社会の「軍隊組織」である。この序列にはめ込まれた人間組織・・・軍隊・・・一般市民社会(格差社会)はあたかも「自由」、あるいは「民主主義」であるように装っているオブラート(法秩序)に包まれている「幻想」に過ぎない。週刊現代の2月23日号の120ページにHS「ルポ貧困大国アメリカ・堤未果著・岩波新書」が「ジャーナリスト・斉藤貴男」氏によって”「格差社会」は国家の政策だ----なぜか大マスコミは取り上げない米国の真実をえぐる渾身ルポ・・・兵士を作る仕組み”として紹介されていた。かっては、去年(2007)、NHKのスペシャル番組でも、「イラク派遣されるアメリカの州兵」がどのような形でイラク戦地に行かざるを得なくなるのをやっていたのだが・・・

 ボクの今現在住んでいる所では「8のつく日」には「骨董」なんだか「雑貨」なんだか色んなモノが売られるガラクタ市みたいな縁日が開催される。今日、「織田信長」の「楽市楽座」の伝統を継いできていると思われる「十八日」なので見物に行ってきた。
 あんなモノがどうしてそんな高価なネダンでうられているんだろ、と「価値」のワカラないボクは興味ありげに「コレいくら?」と値段を訊きながら市をまわった。ドイツ製(?)であるらしきジョッキがあった。「西洋占星術の十二獣」の銅版の絵が貼り付けられてあったので値段を訊いた。日本語のカタコトなまりの「東洋人」らしきオジさんが「マインセン物」だ・・・「8500円」だけれど、「5000円」でイイ、と言う。南の鳥居の近くでは「石」を売っている「日本人(?)」らしい売り手が「これは、ミヤンマー翡翠の原石で、八万円だけれど、今日は五万に負けとくから。コレが原産地のパンフレットだ。本物だよ」と年老いた老人に売りつけようとしていた。老人はそのパンフレットをジィッと老眼の奥で見詰めながら「・・・オレはビルマに兵隊で行ってきたんだ・・・」とかボソボソと言っていた。西の門の近くでチベット仏像曼荼羅絵や織物だと言って法外(?)な値段で売っているこれも「日本人(?)」らしい4、50代の男がいた。門の外にはポルノビデオを路上に散乱させて売っている男達・・・オモチャのピストルがあった・・・値段を訊くと「それは、ピストルの形をしたライターなんだ。1000円」だという。どうやったら「点火」できるのかを訊くと、「壊れているのでライターとしては使えない・・・500円で、ドゥ」と言う。新品そうなギターの値段を訊いたら、「ソレは1000円」だと、こたえがかえってきた。安いッ、と思ったけれど、二台もイラナイ。中国古代の殷帝国の物らしい青銅器が並べられていた。本物なのか偽物なのか、とにかく値段は法外に思える。テーブルの上に「ポルノ絵画」の陶器や、「ポルノ線刻絵画」の象牙(?)のブレスレット状のモノがあった。値札は「15、00円」と見えたんだけれど、「、」が「/」なのか「0」なのか微妙である。多分、モウ一つ「0」ついているのだろう。その側に置いてあったチベット曼荼羅に描かれてある男女交接の金物の小さな仏像の置物が「50000円」だから、「1500円」ではないだろう。欲しいような気もしたが、ネダンを訊くのはヤメタ。

 ボクにとっては「ネコに小判」みたいなモノがワンサカ・・・のガラクタ市・・・「価値・交換価値・使用価値」・・・で、「交易・商売」の「経済学」の原点がこの「8(○+○)の市」にある。
 「ネコムスメ」のポスターも置き物も無かったけれど、「招き猫」の大小の置物は何時行っても必ず並べられている。