Hatena::ブログ(Diary)

黎明期フラストレヰション このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

July 31(Sun), 2016

[]『シン・ゴジラ』、戦後補完計画

 『シン・ゴジラ』、とにかくすごかった。特撮は言わずもがな。恐ろしくドライな日本観、国家観、人間観。背景にうっすらと描かれる原爆原発。素晴らしいカメラワークで次々と映し出される戦後日本。責任の所在主体性回復。そして、作品の中で意図的に用意された空白とそれを埋めた時に現れる初代ゴジラの鏡像としてのシン・ゴジラ。鎮魂と慰霊の祈り。突っ込みたいところもいろいろあるけれど、紛うことなき傑作だと思う。

 ネタバレを含めて感想を以下に記す(ネタバレしても作品の本質的な部分に関わるとは思えないけれど)。

 まず、この作品はヒューマンドラマではない。ヒーロー映画でもない。オールジャパンの国威発揚映画でもない。そもそも、この作品に自らの意思を持った人間は出てこない。全ての人間が組織のコマだ。誰がその場所に座っていようが、決められるべきことは必ず決められるし、避けられないことは必ず避けられない。例えば、大河内総理大臣が現実の人で言うならば、森であろうが村山であろうが、誰であっても自衛隊の超法規的防衛出動の許可を出したであろうし、また、初期被害を食い止めることは出来なかった。戦後日本(もしかしたら、戦前日本も)の意思決定のシステムが、為政者個人の意志とは独立して存在するからだ。

 石原さとみが「(アメリカではすべての方針は)大統領が決める。あなたの国では誰が決めるの?」と問いかけた次の場面では総理大臣以下各大臣の花押が映る。『日本のいちばん長い日』のオマージュでもあるが、それ以上にこの国の組織が、いかなる意志を持った個人も必要としていないということを十二分に語ってくれている。ただしかるべき時にしかるべき場所から回ってきた書類に「ハンコを押す」だけだ。個人はその肩書によってのみ大局的な歴史に登場し、なんら影響をあたえることも、なんの責任を引き受けることもない。徹底的に人間を疎外しているのがこの映画のドライ過ぎる戦後日本観だ。

 その中にあって、ただ一人自分の気持ちを「好きにした」人間がいる。牧教授だ。と言っても、一度映画を見ただけではこの人の印象はあまりにも残っていないのではないだろうか。それもそのはずで、劇中で牧教授というのは殆ど描かれない。描かれていることといえば、

ということくらいであろう。徹底したリアリティを追求したと言う割に、あまりにひどい設定ではないか? あれだけ緻密な脚本*1の中で物語の中心がぽっかり穴をあけている。ここをもっと掘り下げて考えなくてはならない。

 まず、放射線被曝で日本の女性がなくなるような事態は、ヒロシマナガサキ原爆を置いてないだろう。牧教授を劇中演じているのは、故岡本喜八監督(1925-2005)だそうだ。妻の年齢もそのくらいと考えれば、被曝で苦しみ、晩期障害で早くに亡くなってしまったという解釈が妥当ではないか。想像でしかないけれども、放射線障害に苦しむ妻を抱えて、放射能を無害化する生物の研究に努めていたが、学会からは厄介者扱いされ、挙句妻も失ってしまい、失意のうちにアメリカに渡ったのではないか。その中で彼が抱いた「国家への恨み」とはなんであったか。原爆の苦しみは誰を責めるべきなのか?

 原爆にかぎらず、戦争全般に関して、日本の娯楽作品は、あたかも天災であるかのように扱うことがあまりにも多かった。無辜の民の苦しみをクローズアップする作品が多いのはそういった経緯があるのではないか。そこにある思想は、一言で言うならば、無責任の思想だ。何も、一般市民が戦争を止められたと言いたいのではない。誰の責任も問わなかったということだ。

 例えば、あの戦争の開戦、終戦は誰が決めたのか、責任を誰に問えばいいのか未だに全くわからない。原子爆弾を投下したのは確かにアメリカ軍だが、日本政府首脳は1945年の8月の遥か前の時点で戦争の勝ち目がないことに気付いていたはずだ。ありがちでかつありえない発想だが、1944年6月のマリアナ諸島陥落の時点で降伏していれば、本土空襲沖縄戦原爆投下もなく、300万人の国民の死亡者のうちほとんどが助かっていた。それをありえない空想と否定するのは簡単だ。だが、一体誰がその責任をとったというのか? あるいは、広島への原爆投下後、日本政府は二号研究などから放射能白血球減少などの諸症状をきたして人体に影響を及ぼしうる情報を掴んでおきながら、その情報を一切公開せず、膨大な二次被曝の被害をもたらした。それでいながら、戦後の日本は原爆のことをどこか忘れて、原子力の平和利用という夢に踊り、原発銀座を作り上げてきた。日本の原発は安全で大丈夫と言い続けていた先に起こった福島原発事故はさすがにわれわれの記憶にも新しい。果たして、誰が責任をとったか? いや、そもそも事態の全てに対して責任を取れる人間は果たして存在したのか?

 そこには、個人の命よりも優先される何かがあった。牧教授の言う「国家への恨み」とはまさしくこういうものに向けられたものではなかったか。

 原子爆弾を単なる天災として扱うことには、個人を殺し、殺したことすら忘れうる組織の論理を見なかったことにして、かえって肯定してしまう可能性が含まれている。その視点は、福島原発事故にも有効だろう。シン・ゴジラでは戦争、原爆原発事故=天災という見方に意義を唱えるために、あえて被害者としての無辜の民を描かなかったように思える。

 国民の命よりも組織の論理を優先する国家の醜さは、劇中のあちらこちらで描かれている。例えば、東京湾内での前例がないから武力で巨大不明生物を駆除できないと話す防衛官僚*2

 日米関係の醜さを語るところもある。例えば、多摩川防衛戦を突破されたと知ってアメリカ政府が空軍機を出撃させたシーン。アメリカ政府は日本政府の無能さを見越して、事後になって爆撃予定図だけ提示する。仮にも同盟国の首都を爆撃するのである。一方の日本政府は輪をかけて酷く、それに抗議をつきつけるどころか、大慌てで「日本政府アメリカ政府に爆撃を要請した」という旨の発表を行ってどうにか辻褄を合わせて、頭越しに自国を爆撃されるという事実を隠蔽した。戦後日本とアメリカの関係をここまで見せつけたシーンはかつてなかったのではないか。

 もうこんな考察を長々と続けるよりいい加減ゴジラの正体を書いたほうがいいのではないか。インターネットのみなさんの言うとおり、ゴジラは牧教授だ。裏の設定はもう全然わかんなくて、碇ゲンドウがアダムと一体化したという図を想像してもらっても構わないが、ともかく牧教授は、海底で放射性廃棄物を食っていた深海魚のような原ゴジラと一体化して、ゴジラになった。60年も経ってようやくゴジラが活動を開始し、そして、その侵攻目的が東京の破壊にあったこともこれで説明がつく。以下に理由を箇条書きで挙げる。*3

  • ゴジラ=戦争被害者の怨念という従来の半ば都市伝説的な説を踏襲している
  • 放射能を利用するゴジラ体内のバクテリア、口からゴジラの活動を抑制する薬を飲ませるなどのガジェットが登場する『ゴジラVSビオランテ』(いい映画です)に登場する怪獣ビオランテが人間とゴジラと薔薇の融合生物である。(めっちゃかっこいい)
  • デザイン案を出す上で庵野監督が「尻尾の先には人骨が表に出てくるように」と指示を出した。
  • ゴジラ最終形態の動き方は、人間のそれ。実際にモーションは狂言師野村萬斎が付けている。
  • ゴジラの目は人間の目で、常に下を見下ろしている。
  • 牧教授の自殺直後、その直下からゴジラが現れる不自然さが説明できる。
  • 「私は好きにした」という意味が通る。つまり、私は戦後日本という国家への復讐を悩んできたがとうとうやることにした。
  • 「君らも好きにしろ」、戦後日本が築いてきたレールに拘らず好きに対処してくれ、という意味になって、それ以降石原さとみ閣僚らの話す「好きにする」の意味が通る。*4
  • 最後のカット、しっぽから人間が生まれようとしていたことは、ゴジラが次の進化としてヒト型の群体を選んでいたように見えるが、流石に恐竜から人間は飛躍しすぎている。人間の因子が入っていると考えるのが素直に思える。

 国家に対する復讐というのは難しい。総理大臣を殺せば、それで被害者の無念が晴らされるのか? そんなわけがない。前半部がコメディタッチに雄弁に語ったように、戦後日本に個人という存在はほとんど必要が無い。だから、国家への復讐というのは難しい。すべての国民が彼に対する加害者であり、復讐を実行すればすべての国民が被害者になりうる。牧教授はきっと悩んだ挙句「好きにした」のだ。こうして彼は、戦後日本的なものすべてを破壊する霊となった。あるいは、彼1人の話ではないのかもしれない。忘れられてきたものすべてが己を回復するためにゴジラとなるのだ。

 破壊の対象はあくまでも戦後日本であって、日本ではない。せっかく鎌倉に上陸したのに、ゴジラシリーズお決まりの名所=大仏ゴジラの絵を撮らなかったのは、大仏が戦後日本に属するものではないからだろう。それに対して、郊外の画一的な住宅が並ぶ街をゴジラが横切って行くという絵が撮られたのはぼくが記憶する限り初めてなのではないか。郊外は実に戦後的なものだ。

 そして、3区を火の海に変えた例の荘厳とも言えるシーン。巨神兵東京に現るそのままのあのシーンは、戦後日本に神ならぬ人(または人としての神)が罰を下すシーンなのだ。しかも、ゴジラは放射熱線を、米軍の攻撃に対する自己防衛の能力として獲得している。あまりにも象徴的ではないか。これが、誰もが責任を引き受けなかった結果だ。

 そこから考えれば、後半のゴジラ凍結作戦に至る流れもよく分かる。戦後日本を壊しに来た彼を迎え撃てるのは、組織から浮いた人間たち、巨災対のメンバーだ。組織から浮いたと言っても、彼らは彼らで自分の占める位置にふさわしいことをやるだけだ。その意味では、前半部にコメディ調に描かれた官邸の人々と何ら変わることはない。ただひとつ違うのは「好きにした」かどうか。組織の論理、戦後日本の歩んできた道。そういったものから彼らは主体性回復したのだ。そして、責任は主体性の中からしか生じ得ない。*5もちろん自由だと言っても空からスーパーXIIIやらメカゴジラが降ってくるわけではない。ここは現代の日本なのだから、手元にあるものを使ってできることを地道にやっていくしかない。だからこそ映える、審議官に、局長代理に、在日フランス大使たのみこむシーンである。この映画は、戦後日本の讃歌だ。あくまで戦後日本的な方法で霊を鎮めるほかないのだ。日本の戦後復興と科学技術の一つの象徴たる新幹線日本社会を朝夕回していく通勤列車、丸の内にそびえ立つ日本経済の牙城たる高層ビル群を兵器として使うのはそういうわけだ。化学プラントを日本産業界の象徴として描いたこと、新規の分子構造をいくらスパコン並列したからって1週間そこそこで解いてしまい、あまつさえ、阻害薬まで作ってしまうことは、あまりに単純化し過ぎではないかと思えるが、まあそれはご愛嬌だろう。ヤシオリ作戦は、死者に対して実に誠意のこもった鎮魂、慰霊の儀式だった。

 初代ゴジラって、実はとてもひどい映画だと思う。一方では、前途有望だった若い科学者が、戦争で心身ともに傷を受け、婚約も解消し、未来を諦めて、社会から隠匿して暮らしている。その一方では、1億年の昔から(200万年前のジュラ紀では、という笑い話はおいといて)海底の洞窟で太平の眠りについていた恐竜が、原水爆実験のせいで叩き起こされてしまった。そのふたりとも平和な戦後日本には不要な存在だ。不要という以上に、生きているだけで邪魔な存在ですらある。芹沢博士がいれば尾形とえみこは結婚できない。ゴジラがいれば日本の経済復興はありえない。戦後日本は、そんなふたりを相討ちにして消す道を選ぶ。それがようやく始まった日本の平和を守るための唯一の方法だったのだ。

 今回のゴジラは、戦争で大きな傷を負った老科学者が海中のゴジラを目覚めさせるところから始まる。彼は戦後を生き延びた芹沢博士だ。そういえば、老科学者の乗る船glory-maruは初代ゴジラが最初に襲った栄光丸とリンクしている。ゴジラと同一化した老科学者は、この作品の中で唯一主体性を持った人間だ。彼は戦後日本が築き上げてきた様々な街を蹂躙し、その中枢を放射熱線で焼き払う。罰を与えるかのように。われわれはあまりに多くのものを忘れるよう努めてきた。戦後日本人のすべてが彼に対する加害者であり、また、彼の被害者だ。われわれには、戦後日本を壊しに来た彼を受け止める義務がある。今回のゴジラは忘却することでは解決できない。日本のすべてをかけて、その中枢で鎮め、見守り、受け止め続けなければならない。

 シン・ゴジラは、初代のゴジラを62年の歳月と29のゴジラ作品を超えてようやく補完してくれた。この、偉大な作品の製作に関わったすべての人に惜しみない拍手を送りたい。このゴジラを同時代に劇場で見ることが出来て、本当に良かった。

*1:緻密な例はいくらでもあげられる。なぜスパコンの解析をお願いした相手がドイツか? ドイツ安保理常任理事国ではなく、また、核武装原子力発電所も有さない。今回のゴジラ案件にあって利害関係の外にある国だから。アメリカにお願いしようものなら横槍を入れられるばかりか、矢口プランの中止を外交ルートで通達される恐れすらある。一方で、生物学描写は今作でもまだまだなところが多かった。これからの作品に期待したい。

*2いや第十雄洋丸事件はどうなんだ?8月15日追記:第十雄洋丸事件の際、海自が攻撃を開始した時点では東京湾外に出ていたそうです。id:BigHopeClasicさんありがとうございました。

*3:かなり多くの部分をインターネット上で散見した意見に頼ったが、今すぐに見つけられなかった。後で参照する。

*4:もちろん、ゴジラシリーズの軌跡に拘らず、俺は好きに作った。次に続く奴も好きに作ってくれ、の意味でもある。

*5:実はこの映画において、皇室を映さなくても良い理由はこの主題にあるのかもしれない、と友人に教えてもらった。日本人の主体性回復を描くなら、皇室を特別描かないことがきっと最善の手なのだ。

October 16(Fri), 2015

[]『逆光』トマス・ピンチョン

大学の入学試験が終わって、翌日新幹線新大阪駅に帰ってきたその足で、梅田紀伊國屋書店に寄って、『逆光』上下巻を購入したことを覚えている。高校3年の秋以来、予備校の帰りに、紀伊國屋の海外文学棚に足繁く通っては暗い装丁のこの本を手に取り、今のことに片がついたらきっと読むぞと祈っていた。今になって思うと、恐ろしく見当違いな考えで、その時期待していた内容(大学生が読むような「難しい本」?)がこの本に書かれていたかどうかわからない。教養課程の物理の授業で登場する偉人が次々と現れ、どちらがどちらに先行しているんだと倒錯的なことを考えていたことは間違いない。

結局、買ってから4年半の歳月を経て、ようやく昨日読み終わった。間に2回の中断を挟んでいて(というよりは、読書期間が長い中断に挟まれていて)、最後に再開したのはこの月曜のことであった。それから4日間、これまで長く長く中断していたことが嘘だったかのように、家に帰ってから寝るまでのわずかな時間、『逆光』の世界に没入した。

この小説は長い。とにかく長い。今更僕が言うまでもないが、メインのストーリーが紆余曲折を経て大河的に長いというのではなく、間に挟まれる膨大でナンセンスな挿話群、恐ろしいくらいに感傷的な描写、そういったもので溢れかえっていて分厚い。うんざりして読むのをやめてしまうときも多々あったが、言葉が出なくなるほど情景の鋭さに感銘を受けた箇所の方がずっと多かった。たとえば、未来から来た冷酷な<侵入者>と思われている人間たちが、フランドルの海岸で将来起こる大戦争の情景について語るシーンがある。

「ちくしょう、ブランデル、君らはみんな畜生だ。この先自分たちがどこに向かうかまったく分かってないじゃないか。君らがこの世だと思っているこの世界は死ぬ、<地獄>へと落ちるんだ。そして当然、それ以後の歴史はすべて<地獄>の歴史になる」

「ここが」静かなメニン道路を見ながらマイルズがそう言った。

フランドルは<歴史>の共同墓地になる」

「ああ」

「しかも恐ろしいのはそれだけじゃない。みんなが喜んで死を抱き締めるんだ。情熱的に」

フランドルの人たちが?」

「世界中の人が。誰も想像したことのない規模で。どこかの寺院の宗教画じゃない、ボスでもない、ブリューゲルでもない。今目の前にあるこの場所、開拓され耕されたこの大平原で、下に眠っているものが地表に掘り出されるんだ。故意に水浸しにされる。海が約束を果たしに来たわけじゃなく、人間が海のように無慈悲に襲いかかる。村の塀は一つ残らず倒される。汚物が何リーグも広がり、死体の数も数えきれない。当たり前のように吸っていた息が腐食性のものになって死をもたらす」

「確かにひどいな」とマイルズが言った。(上、p.860)

フランドルがWW1の激戦地であることからもわかる通り、これはWW1の戦場風景である。泥沼の塹壕戦で、砲弾が土を穿ち、毒ガス攻撃が空気を汚染する。そして、冷酷な侵略者と考えられていた未来人が、実は未来に起こるWW1で戦死したあと成仏できずに過去に流されてきた哀れな亡霊であると分かるシーンなのである。ピンチョンは、これはWW1の戦場風景でして、内陸から海岸線まで塹壕戦が伸び、双方ともに打つ手がなくなったために、当てどない肉弾戦と延々と続く砲撃戦、果てには毒ガス攻撃に頼らざるを得なくなり、膨大な死者が出たんですよ、だとか、彼らはWW1の戦死した亡霊なんですよなどとは親切に語ってくれない。語り手は、核心を避けて世界の破滅を記述する。まるで預言のように、白昼夢のように。その一方で、膨大な挿話群には無数の(明らかに本筋と関係のない)固有名詞が乱舞する。その対照がなぜか読む歓びを生む。引用をもう一つ。WW1関連で記憶に残ったシーンを。

ある朝、川縁の酒場を徹夜ではしごしたバジトノフと、ブリオッシュとうまいコーヒーを探していつものように早起きしたランドルフが、ジュネーブの街角で偶然に鉢合わせした。町は奇妙に慎重な光に洗われていた。鳥たちはとうに目を覚まして活動を始めていたが、なぜか控えめだった。湖の蒸気船は、警笛を鳴らすのを控えていた。路面電車は空気タイヤで走っているようだった。尖塔や山、既知の世界の上を超自然的な静寂が覆っていた。「何なんだ」とバジトノフが言った。

「今日? 特に変わったことはないが」 ランドルフはポケットから、普段の備忘録に使っていた手帳サイズの教会暦を取り出した。「聖マルティヌスの祭日のようです」

 正午近くに“ラ・クレメンス”という名で知られるサンピエール大聖堂の鐘が鳴り始めた。間もなく町中のすべての鐘が一緒に鳴りだした。ヨーロッパでは休戦と呼ばれる何ものかが発効していた。(下、p.742)

この小説について何かを語るとき、どう語ってもすべてを語ることはできないし、逆に何を語っても何らかの形で小説とリンクするような気がする。そういうわけで、読んでいて思ったことをもう少し書きたい。

そもそも、改めて読み始めようと思ったきっかけは、とある情報系の友人が「情報技術が発達し意思決定プロセスを機械が代替できるようになれば、医師弁護士など既得権益に守られている階級を滅ぼすことができる」という趣旨のことを言っていたことである。はてこの意見はどこかで聞いたようなと考えると、『逆光』の主要人物であるウェブ・トラヴァースの思想に似ていると気付いたのだった。ウェブ19世紀から20世紀への変わり目の時代のコロラドで働く一介の鉱山労働者である。鉱山を所有する資本家にとって、ウェブのような鉱山労働者は資本を生み出すための手段であって、落盤事故で命を落とそうが労働争議の最中に警官隊に殺されようが、次々と安価代替物が手に入る、交換可能な道具である。しかし、ウェブには薄給の鉱山労働者という表の顔とは別に、まさに資本家のために富を生み出す道具である「ダイナマイト」を使って、鉱山の所有者や経営者を爆殺し、鉄道を爆破する無政府主義テロリスト<珪藻士キッド>としての顔があった。

というのもダイナマイトは、鉱夫の呪い、鉱夫の鉱石採取への隷属の外面的かつ聴覚的な印であるのみならず、それを使う勇気さえあればアメリカ労働者の平等化装置、救いの主ともなるからだ……。鉱山主の手によって棒が爆発し、何段階もの会計事務を経て、鉱夫が目にすることにない額のお金に換算されるとき、反対側の、神の台帳の中にもそれに対応されるものが記載される。それは、鉱山主が決して与えたくないと考えている人間の自由に換算されるのだ。(上、p.134)

ここでは、会計上の資本主義的な台帳と神が持つ正義の台帳が対置されている。資本家鉱山労働者搾取してやすやすと富を蓄積していく一方で、真に富の蓄積に関わる労働者自由の返済を迫るべく、ストライキテロリズムに走っていく。この小説は、人生の精算の物語であると思う。資本と自由の対応だけでなく、様々な貸借表がそれぞれ対応させられ、精算を要求される。資本家労働者自由を代価に資本を蓄積したことを血で贖わなければならないし、家庭を犠牲にテロルを続ける労働者もまた死が求められる。父を失った子供らはそれぞれに復讐の道を歩まねばならない。その過程で、家庭を犠牲にするテロリストが再生産され、兄の残していった者たちを弟は引き受けなければならない。だが、そのような精算の旅は、単なる復讐劇では終わらない。物語が進むにつれて、追う者と追われる者が逆転していくからだ。資本家の手先として無政府主義者を暗殺したゴロツキは、資本家に疑われ追われる身となり、父をゴロツキに殺された娘は当のゴロツキと結ばれる。父の衣鉢を継いでテロルを続ける息子は、いつしか都会生活ブルジョワ的価値観に馴染んでいってしまう。そのように逆転と倒錯の旅を続けて精算=審判の日を待つ(against the day)のだ。

彼らが旅をする時代は、世紀の変わり目、科学と産業が成熟し、地球を一つの統一的な世界へと作り変える時代である。科学は迷信を打ち破り、地球の空洞は否定されて縮み、光はエーテルを走らない。産業に支えられた資本主義帝国主義と結びついて、全地球を一つの市場へ作り変えてしまう。欧米の国民国家は国境を壁で囲うようにして、新たな植民地を自国領に組み込んで収奪していく。アメリカではフロンティアが消滅して、不可視=闇の人間である無政府主義テロリストやカウボーイたちが駆逐され、全米的にガス灯や電灯の光り輝く人工的な郊外に作り変えられ始める。そこに住むのは従順で勤勉なキリスト教徒であり、そこから資本家たちは資本を吸い上げることになる。資本が、法人が、鉄道が、飛行機が、観光客が、地図が、全地球を席巻していく。それらを象徴するのは「光」である。光と闇は本作の重要なモチーフであるが、それは決して正義の光が悪の闇を討伐するという勧善懲悪ものではない。むしろ、科学と冒険の光は収奪する側に握られている。本来の恩寵を秘めたまま。不可視の世界の幽霊やテロリストの抵抗は、無為に終わる。光は闇を征服し、国家は拡張すべき外部を失って、互いに衝突を始める。不眠と狂騒の世界で、住民は互いに視線を交わし、来るべき「光」の破滅を預言する、または、白昼夢に見る。

「光」の倒錯、すなわち、逆光を象徴的に描いたシーンが、小説の終わり頃に現れる。志半ばで斃れたテロリストウェブの子、キットがテロルの暴力に魅せられるシーンだ。キットは2人の兄と違って学問の道を歩み、テロルからは距離を置いてきた。その彼が、飛行機という新しい文明の光が暴徒を鎮圧する様に魅了されるのだ。

「カウボーイの悲鳴を聞いてみようぜ」というレンゾの提案にキットが同意し、二人は大きなデモ隊に向けて轟音とともに急降下した。スト参加者たちは、太陽の光よりも危険な光線の焦点に捕らえられたアリ塚のアリのように散らばった。キットは思い切ってレンゾに目をやった。普段でも言動のおかしなレンゾは、音速に近づいた今、何か別のものに変成しつつあった……それは一種の憑依だった。キットはそのとき、速度のよる啓示を得た。これはすべて政治的な問題なのだ、と。(中略)レンゾの垂直降下はひょっとすると、この一、二年後に生まれる“ある言葉”を北イタリアで初めて純粋に表現したものだったのかもしれない。(中略)彼[レンゾ]はそのころには平服を着るのをやめ、常時、軍服をまとうようになっていた。目立つモチーフはワシだった。(下、p.809)

飛行機はそもそも、植民地の暴徒を容易に鎮圧できる新兵器として登場した。*1それがWW1を経て、敵国国民を無差別に爆撃する兵器へと進化する。産業と結びついた国家が国民を経済的に搾取するというのが、この作品で語られる国家観なわけだが、ここではさらに、科学技術が生み出す暴力とも結託して、国民に死を強いるファシズムへ繋がる瞬間を切り取っている。*2“ある言葉”こそファシズムであるというのは、翻訳者木原善彦ピンチョンウィキで共通した見解だ。キットの妻は、キットの魅せられたテロルが、ウェブたちがやっていた反体制的なテロルですらなく、人間を抑圧するものである点を指摘するが、結局聞き入れられることはなかった。かつて読んだドイツ史の本に、ナチスを最も強力に支持した集団の1つは中産階級層に属する技師とその家族であったという記述をふと思い出す。

テロル自体が、反体制から大衆の抑圧へと性質を変えていく流れもまた詳しく描かれている。作中に登場するある無政府主義者は、俺はもはや要人暗殺をすることに興味を失ったと述べている。もしかしたら、単に目の前に銃撃戦をしても文句を言われないような人間が現れることだけを望んでいるのかも、と。そのような人間もまた、無政府主義テロリストがかつてそのために立ち上がった貧しい労働者階級の人間なのである。本作の後半の1つのクライマックスとして、コロラド鉱山戦争とマドローの虐殺が取り上げられている。*3この戦争でストを張る鉱山労働者に対して、国民軍という名で民兵のような組織が動員されているが、その彼らもまた、鉱山労働者と同じく貧しい階層に属す人間だ。階級闘争、光を解放するための暴力は、権力によって同族の争いへ堕ちる。ここでの戦闘描写探照灯心理的に威圧するための道具として描かれ、光が兵器として使われている様子が印象的だ。メキシコでは、多くの革命家政権を奪取する度に支持者の弾圧に転じ、民衆を裏切る。そして、WW1が勃発し、国際的な無政府主義連帯の成果はナショナリズムの高まりの中で分断され掻き消されていく。コロラドで、メキシコで、バルカンで、光が過剰に溢れ、緊張が極限まで高まってゆく1914年という年は、間違いなく逆光的歴史観のピークだ。あらゆる貸借表のアンバランスが噴出して、世界中から同じアンバランスを戦った死者たちがコロラドへ、アメリカ最後の暗闇へ集まり、そして、光に駆逐される。不可視の世界が挽回できる領域はとても小さい。

光と闇、国家的暴力と無政府主義テロル、資本と自由、使命と家族、真理と恋……そういったあらゆる二項対立の貸借表から超越した存在として、飛行船乗りの〈偶然の仲間〉がいる。彼らはなんの組織・国家にも属さず、地上から完全に自由なために、真に無政府主義的で、女性的*4だ。彼ら自身も初めはシャンバラなる本来あるべき場所、光の恩寵が明らかになる場所を目指す巡礼の旅に出ているのだが、地上からの乖離が進むにつれて、巡礼の旅を媒介するものとなる。<偶然の仲間>は精算の旅を続ける男女を導き、次世代を育むという予定調和のようなハッピーエンドを次々ともたらす。精算は、審判の日を迎えることなく性急になされる。この突拍子もない急なハッピーエンドを「詐欺のように美しい結末」と大森望は評していた。それはいい。けれど、それで、地球はどうなったのか。<偶然の仲間>が地球の命運も媒介してくれるとでもいうのか。宙ぶらりんの希望としての恩寵よりも、アンバランスを戦い続ける幽霊たちを最後まで描いたほうが正直ではなかったのか。

こうして、最後まで書いてみて、やはり少し後悔している。この小説は、すっきりまとめて気持ちの良くなるようなものではない。雑多でけったいエピソードの1つ1つ、不思議なほど感傷的な描写の1つ1つにこそ良さがあるように思う。中でも、ピンチョンは、生活の一瞬、急に時間が止まったかのように回想という深淵に落ち込んでいく描写が特にうまいと思う。その中の1つを引用して終わりたい。

「あの子はまた戻ってくると思う?」

台所は暗く冷たかった。午後の空気が一瞬静まった。父と息子の追いかけっこは収まり、昼間の用事は一段落し、モリーンはどこかで昼寝をしていた。ストレイは年上の女性を腕に抱き、メイヴァは乾いた目でため息をつきながらストレイの肩に額を預けた。二人は黙ったままそうしていた。やがて家のどこかでどすんどすんという音と怒鳴り声が響き、日常が始まった。

*1http://d.hatena.ne.jp/naishinokami/20101029/1288370166 参照

*2:その意味では、『逆光』にはWW1の後の時代こそ書いて欲しかったような気もする。

*3http://www.du.edu/ludlow/index.html が良い参考サイトとして翻訳者の木原氏が示している。

*4:最初のほうから少しずつ小出しに出ていたテーマだ

September 07(Sun), 2014

[]組織が硬直するとき

海上護衛戦 (角川文庫)

海上護衛戦 (角川文庫)

 日本人の「海軍士官」が書いた回想記を続けて2冊読んだ。中村悌次海将の書いた『生涯海軍士官 戦後日本と海上自衛隊』と大井篤元海軍大佐の書いた『海上護衛戦』だ。前者は、戦後日本の軍隊的要素を忌避する風潮が強い中、現実に存在する脅威に対処できるような国防組織の構築を目指した海上自衛官の回想録で、後者は、アジア太平洋戦争中、国家戦略上根幹を占めていながら首脳部が軽視していた海上輸送の護衛任務に当たっていた海軍参謀の回顧録である。いずれも、実務的でかつ論理明晰な書き手による本で、日本の海洋戦略、国防戦略について多くの示唆に満ち満ちている。それはそれで大変面白いのだけれども、それ以上に今この2冊を並べて読んだとき、より一般的な問題の輪郭が浮かび上がってくるような気がした。なぜ組織は機能不全に陥るか、あるいは、機能不全に陥った組織を少数の構成員が回天させることはいかに難しいかということである。

 本当は『生涯海軍士官』の方を読んで出た発想で『海上護衛戦』を読んでいるので、前者についても書きたいのだけど、今回は『海上護衛戦』についてのみ書きたい。不勉強ゆえにこれから書く内容にはたくさんのアラがあると思うので是非とも指摘して頂きたい。初めは本書の内容を総ざらいするに過ぎないので、飛ばして頂いても構わない。

 大日本帝国が対米戦を始めたきっかけ、というと話が大きくなってしまうが、その前後の背景の一つとして石油問題が存在する。『海上護衛戦』によると、当時の日本が一年間で消費する石油の量はどんなに少なく見積もっても350万トンであったらしい。うちわけは陸海軍が250万トン、民需が100万から150万トンだ。それに対して、国内生産は人造石油と天然石油を合わせても50万トン。コツコツと備蓄してきた石油も昭和16年の夏頃で700万トンとのことだ(以上全て数字は『海上護衛戦』より)。日本は国内で賄えない石油の大部分をアメリカや蘭印に依存していた。しかるに、南部仏印進駐の報復処置として禁輸されてしまった。石油がなければ産業は止まるし、軍隊も無力化される。 700 + 50x > 350x を解けば、わずか2-3年のうちに大日本帝国は滅亡してしまうことになる。アメリカに譲歩するのでなければ、戦端を開いて南方の油田を確保するしかない、と論が進むのはある種合理的である。

 しかし、ここで開戦避戦を論じる首脳部の頭から重要な点が抜け落ちていた、と大井参謀は論じる。海上輸送の問題である。いかに南方の油田から豊かに石油がわき出していても、それをタンカーで運び出して本土の港へ、そして、内航船で各地の工業地帯へ運ばなければ折角の石油も日本の血液とはならない。石油が血液ならば、船は大動脈だ。これらの大動脈たる輸送船は、航路の途中で潜水艦を初めとする様々な妨害に合うことが想定される。輸送線を脅かす潜水艦などから輸送船を守り、確実に日本へ資源を運び込んで戦争経済を回し続けること、海上護衛を真剣にやらなければ、日本の行く末はなかったはずだと論は続く。しかし、日本の統帥部の開戦前の想定はとても甘く、船舶の被害は微小で新規造船で補い得るし石油もなんとか自給自足できるようになるだろうという判断であった。開戦当初、海上護衛専担の部隊はなかったという。なお、石油が護衛問題の代表のような顔をして現れているが、それは恐らく最も大きな問題であったからで、鉄鉱石ボーキサイト、果ては食料や塩なども輸入がなければやっていけなかったはずである。

 けれどもその後の戦局は統帥部の目論みからは大きく外れて進展した。開戦当初こそ順調に進んだものの、ソロモン戦以降正面戦では制海権を掌握されてしまったが故に戦力を逐次投入せざるを得ず、後方にはろくな戦力を海上護衛に割くことができない。結果として正面でも後方でも次々と船は失われていった。じり貧の戦局を支えるため、段階的に直接戦局に関係しない部分が切り捨てられた。初めは民需へ回すための船舶を予定よりも多く徴用して軍用に用い、次は船団で護衛して潜水艦被害を減らすために稼行率を落とし、続いて南方航路途絶が近づくと油の輸送を最優先した。とうとう日本海制海権も危うくなると、とにかく食料と塩を可能なだけ運搬せよという作戦までが立てられ、食料供給がおぼつかなくなり社会不安が増大してきたところでとうとう無条件降伏となる。以上が、『海上護衛戦』で語られる、海上護衛部隊の視点から見える日本海軍滅亡史である。初めは、国力維持のための民需用船舶を確保しなければと言っていたのが、せめて兵器は作らねばと石油とボーキサイトの話となり、気が付けば食料と塩の輸送問題と、近代国家として要求レベルが下がっている辺りに、戦局の悪化を窺い知ることができる。

 さて。前置きというか、戦争の紹介が長くなってしまったが、実のところこのような話自体は、僕も何度も聞いたことはある。大井篤という人の名前を初めて聞いたのは、中学生の頃、とある戦争検証本の類*1で、ハワイ作戦は不可能だという章を読んでいた時だったとおもう。その本の論調は単純明快で、輸送船がないから南雲機動部隊がいくら戦闘に勝ち続けてもハワイ攻略は絶対に無理、もし攻略しても補給の続きようがないというものだった。そこで引用されていたのが大井篤という人物だった。そこでは、非合理にも艦隊決戦に固執する海軍主流と対立して真に重要な海上護衛問題の重要性を説き続けた人として紹介されていた。

 実際に『海上護衛戦』を読んでみて、その紹介は間違っていないと思う。後方を担当する海上護衛総隊大井篤元大佐が参謀を務めていた部署)と前方を担当する聯合艦隊軍令の指導的立場にありながら前方に重点を置く軍令部などの意見はつねにぶつかる。意見の衝突は、戦力の分配問題として現れる。戦力に乏しく満足な護衛作戦が展開できない海上護衛総隊聯合艦隊軍令部などに対して再三戦力の提供を願い出るが、決戦に拘り続ける聯合艦隊がそれを真面目に受けることはない。軍令部は黙殺する。

 例えば、戦争の一つの節目としてマリアナ海戦というのがある。日本海軍は1942年以降のじり貧の戦局に苦しみながらも、海軍の中核戦力たる空母機動部隊をひそかに再建、国家全体では絶対国防圏を設定し防衛に努めていた。開戦以降戦力を蓄えてきたアメリカは、1943年後半以降複数方面で大規模な反攻に転じ、帝国が太平洋に保持していた島を次々と攻略していった。そして、1944年6月、とうとう絶対国防圏の一角であるマリアナ諸島に侵攻した。マリアナ諸島と言えば、東京から2000km南方の列島で、ここが陥落すれば帝都はB29の行動圏内に収まるという程の要衝である。日本海軍は、マリアナ侵攻部隊に対して、再建した虎の子の空母機動部隊をぶつけて決戦を挑んだ。これが世界最大の空母決戦となるマリアナ海戦が始まる経緯である。ここで、解釈の重点を戦争の正面ではなく、もはやおなじみとなった海上輸送と護衛においてみよう。マリアナ海戦が始まる少し前、日本首脳部は増加する船舶の被害を受けてようやく問題の焦点が海上輸送にあることが分かって来たが、海護総隊に護衛をがんばるようにと指示を与えるばかりで、聯合艦隊からの戦力抽出やその他の便宜を図ってくれることはなかった、と大井参謀述懐する。1944年も半ばに入っても未だに護衛は軽視されていた。尤も、これはどうしても勝たねばならぬ決戦にそなえて、ということならまだ分からないでもない。けれども、護衛軽視はマリアナの決戦に敗れたあとも続いた。本来、決戦に敗れてしまった聯合艦隊にはもはや艦隊戦を行う戦力はない。しかし、彼らは水上艦隊の殴り込み作戦を展開すると言う。制空権の傘なく艦隊を投入することがいかに無謀なことか。そんな無為無策な作戦に投入して戦力を擦り減らし燃料を使い潰すくらいなら、海護総隊に戦力を分けて海上輸送を強化し日本の長期的な戦争体力を回復させた方がよっぽどよいと大井参謀が思うのも自然なことだろう。聯合艦隊は何度か水上艦隊の殴り込みを計画・実施したが、その大きなものが1944年10月のレイテ沖海戦1945年4月の大和の水上特攻である。とくに大和特攻の時の大井参謀の怒りたるやすさまじい。当時、海護総隊は日々危うくなる北支航路を使って物資の緊急輸送を行うべく、どうにか油7000トンを確保していた。*2この7000トンで、北支から落花生油*3などを緊急輸送して崩壊寸前の日本の戦争経済に緊急輸血するはずだった。しかし、大和の水上特攻が決まったせいで軍令部など作戦側の意見が通ってしまい4000トンの油をとられてしまった。挙げ句、大和の水上特攻は水上部隊の伝統と栄光のためだなどと言われたのでは、その融通の利かなさ、無定見、無理解に一言くらい「馬鹿野郎」と怒鳴りつけたくなるのも分かる気がする。

 けれども、とここでようやく問題提起をしたい。本当に大井参謀が指摘している問題はそれだけだろうか。大井参謀海軍軍人の無理解を詰っているに過ぎないのか。

 しきりに艦隊決戦を主張する聯合艦隊司令部の参謀たちだけでなく、現場の駆逐艦長のレベルまで、海上護衛を軽視する人は本当に多かったようだ。「我々は戦闘が主務だから護衛はできない」というのは当時の海軍で大勢を占める意見だったのかもしれない。一つには、聯合艦隊に与えられた使命(ひいては日本海軍に与えられた使命)が艦隊決戦でアメリカ艦隊を撃滅することであったことに原因があるだろう。海軍軍人全体が教条主義に陥っていたこと、あるいはそのような軍人を輩出する教育体系、それはそれでここに現れる問題の深層に眠る問題だと思う。*4

 けれども、振り返って考えてみて、自分が聯合艦隊という実戦部隊の司令部で部隊を指揮する立場であったとき、手元には戦艦空母も多数そろっている。巡洋艦駆逐艦も航空隊もある。想像できなければ、聯合艦隊というワードで画像検索してほしい。それこそ日清日露の伝統と栄光に輝く壮烈無比な艦隊の写真があれよこれよと出てくるはずだ。そして、あなたの艦隊の最大の任務はアメリカ艦隊を艦隊決戦において撃破することなのです、と教え込まれ続けたのならば、果たして海護総隊に戦力を割こうなどと言う気が起きるだろうか。前提を疑うことは確かに大事であるけれども、前提を疑いすぎても仕事は前に進まない。何よりも目の前にアメリカ軍が迫っているのだ。艦隊決戦の任を負う聯合艦隊としては、戦力を割かずに全力で事にあたるのは、最善の解答では絶対ないにしてもある程度合理的な判断と言えるはずだ。聯合艦隊は、頭は非常に固いけれども、その頭の堅さ故に自らの前提を忠実に守り実戦部隊として確実な仕事をしただけではないのか。もし前提さえ正しければ、彼らは実戦部隊として非常に優秀だったはずだ。*5

 大井参謀は、聯合艦隊は日本に害をなし続けたと評する。なぜなら、日本国家全体の戦略を左右するだけの権限を有していながら、全体を俯瞰せず自らの艦隊決戦の任務のみを遂行しようとしたからだ、と。真の問題はここにあったのではないかと僕は考える。なぜ海軍の実戦部隊を指揮するに過ぎない一司令部が、その作戦立案上の気まぐれで(聯合艦隊としては決戦を行うつもりだが、日本政府としては決戦の後の政治的段取りに全く着手していないなど)大日本帝国全体の国家戦略を左右しかねないような事態になっているのか。より上級の中央にある司令部が戦争全体を見据えた計画と兵力配分を考えて、実戦部隊の司令部たる聯合艦隊司令部及び海上護衛総司令部がその計画に基づく作戦を立案すればこのような事態は起きない。では上級の司令部とはどこか。それは軍令部である。軍令部は何をしていたか。これについて大井参謀は的確に指摘をしている。軍令部は当時から聯合艦隊司令部の東京出張所と陰口を叩かれるほど、聯合艦隊を指導する力に欠けており作戦展開を手を拱いて眺めていたようである。聯合艦隊司令部からすら、軍令部は聯合艦隊の作戦指導などより大局的な戦争指導をせよという意見があったようだ。

 各部署は自身の信ずるところに従って意見を述べる。聯合艦隊なら、迫り来るアメリカ艦隊に対抗すべく正面戦力や防備資材を優先的に回せと言うだろうし、海護総隊なら、海上輸送は日本の生命線なのだから優先的に優秀な資材人材を分配すべきと主張するだろう。陸軍は陸の、海軍は海の主張をするのと全く同様である。ここで、統合調節すべき上級司令部が実戦部隊の擅断をゆるしていたのでは、発言力の強い部署の意見が通ってしまう。いや統合調節など生温い言葉を言うべきでないかもしれない。より実践的な形で下級司令部の権限をある程度制限すべきだろう。例えば、具体的な戦略方針を策定して必ず従わせるなどである。『海上護衛戦』全体を通して流れる、護衛軽視の風潮の背景には、中央の指導力不足、あるいは、現場の擅断をゆるしてしまう組織構造の問題があるように見える。実は『海上護衛戦』の提起する問題は、作戦的戦略的な問題を超えて、組織論に関わる問題なのではないか、と思う。

 実は、海護総隊が抱える、上級機関不在故の統合調節の欠如という問題は、いま話していた海軍部内の問題だけでない。海の軍備配分などよりも遥かに大きな問題が海護総隊には降り掛かっていた。それこそ、輸送力の分配問題である。『海上護衛戦』の一部を引用して紹介したい。

 この敵の根本戦略[日本の海上輸送を破壊・遮断すること]に真正面から取り組んでいたのが、すなわち、護衛なのであるが、それが海上輸送の死命を制し、鍵を握ることになってしまうのも自然のいきおいであった。もし当時、「今度は石油の輸入が一番大切だ」「今度は鉄鉱石の輸入に重点をおくべきだ」、「いや陸軍部隊の輸送が最優先だ」、「陸軍部隊の輸送よりも、海軍基地に対する防備資材の輸送を第一に考えるべきだ」ということを、決定する正規の機関を日本がもっていたとしたら、護衛総司令部の仕事は非常に簡単であったであろう。ところが、そうしたことを根本的に総合的に決定するところは、日本の政治行政組織のどこにもなかった。大本営政府連絡会議とか、戦争指導会議とかいわれた戦争政策の最高決定機関でも、そんな仕事には実際手を出さなかった。

 驚くべきことに、資源調達について各部の要求を統合調節する、という総力戦において最も根源的な問題を解決する機関が大日本帝国にはなかったというのである。どうやら、各部の陳情を受けて、海護総隊の方で適当に割り振っていたらしい。大井参謀も指摘していないが、限られた戦力でもって全体の利益が最大になるように複数の要求を満たそうとするならば、それは純粋に数学の問題である。鉄鉱石ばかり輸入しても燃料がなければ鉄鋼所は回らない。ボーキサイトばかりがあってもそれだけでは戦闘機にはならない。こちらを立てればあちらが立たないと嘆くのではなくて、線形計画法のような手法を開発して最適な解を求めるということは能力的には日本でもできたはずである。もちろん、それを現場の海上護衛総司令部がやるのは外れている。政府のもとに海上輸送を監督するような官庁や部署を設置し、最適な輸送割合を算定して計画を立て、現場の海上護衛部隊に命令を出すというのが理想なのだろう。

 英米では学者を戦法研究に取り込んで対潜作戦等で多大な効果を挙げたという例を引いて、大井参謀も「日本海軍でも兵器製作の研究の面は学者に委託したものも沢山あったが、戦法を生物学者などにみてもらうということなどは誰一人主張したものはなかった。護衛総司令部の参謀たちは戦法の貧困を初めから痛感しており、その打開に苦心をかさねていたが、誰一人として、こういう学者の利用ということに気がついたものはなかった。」と述べている。実は、ここで彼らのおかした「過ち」は自らの前提の範囲でしかものを考えられなかったという点で、聯合艦隊の決戦至上主義と同質のものだ。しかし、海護総隊の参謀に生物学者や数学者に相談すれば解決するのではという発想を期待できるとは思えないし、期待する方が間違っていると思う。人間はもっと常識的にものを考えるようにできている。

 話を広げすぎた。日本海軍の戦訓から学ぶべきことは、組織にいる限りその組織の前提からはなかなか逃れられないということだ。けれども、例えば構成員一人がその前提論を疑えたとして、あるいは、弱小な部署がそれを疑えたとして、組織が変わらないというのもまた戦訓から学ぶことである。そもそもひとの前提を疑えた大井参謀自体、戦法研究は軍人がすることという常識にハマっている。先程、その対策として統合調節機関があれば良い、と書いた。けれどもその統合調節機関がまた硬直していたら。例えば軍令部のように。そうすると、声の大きいものが勝つ。より近接的に重大な局面にさしかかっている部署が勝つ。例えば、大日本帝国では、前線へ兵隊を運ぶ輸送船がなくなったとき、軍用が民需から船腹を奪った。民需それが大事なのも分かるが今は敵の攻勢を防がねばならぬ、と軍の論理が通る。軍の中では海軍の意見と陸軍の意見が対立するがこちらは上位に大元帥が一人おわしますばかりなので、たがいに妥協点を見出すほかない。海軍の中では、アメリカ軍の攻勢正面に立つ聯合艦隊の意見は、後方を守る海護総隊の意見よりはるかに通り易い。こうして日本の戦争は一部の人が閉鎖的な空間の中で考えついた構想に引っ張られていって大変なところまで行ってしまったのではなかったか。

 本書の冒頭で、日本も閉鎖的なところで海軍政策を決定するのではなくて、英米のように年頭に海軍政策を広く公表して議論してもらえばよいのではないか、という考えを海軍省の軍務局員に提示する話がある。そのとき対応した局員は、日本だってずっと昔に決めた国防方針に従って軍備戦備の計画を立てたじゃないか、とやりかえす。大井参謀は、できれば国民一般に議論してもらいたいのだ、と打ち明けるが、局員は、それは海軍予算として数字として現れ、議会議論されているじゃないか、と答える。このエピソードに続けて、大井参謀は「日本海軍の根本的政策が軍事専門当局の専門的見地によってだけ定められていたことは不幸なことであった。たとえそれが海軍予算という形において消極的議会の掣肘を受けていたとはいえ、海軍政策というようなものは、積極的に、大局的な国策の見地から検討されねばなかったはずである」と述べている。軍人が純軍事的なことしか考えられないのはある程度仕方のないことである。医者は治療のことで頭が一杯だし、銀行マンは金融のことを考えてもらわなければ困る。それは本質的なことで仕方がない。教養教育で人間に幅を持たせることは大事だけれど、それで問題が大きく改善されるとは思えない。軍人が純軍事的なことしか考えられないと、なぜ悪いか。それは、軍事政策はすなわち国家政策と言う万民の生活が関係するものにつながるからである。日本海軍では、純軍事的にアメリカ太平洋艦隊撃滅のみをひたすらに追求してきた。だが、頭が固い人が決めた決定に必ず従わねばならないと言う法はない。大井参謀は問いかける。もし国策が白紙となって対米融和を模索し始めたらいったいどうするつもりなのか、と。

 どんな思考の人がいようと、組織はその組織にふさわしい責任を全うしていかなくてはならない。むしろ、構成員の質の優劣によらずに一定の質の仕事を常になすことができる組織づくりを目指すべきだ。大井参謀が提示する答えは、発言力の強い実動部隊を抑えて調節し、大局的な発想に基づいて方向性を与える中央の機関が必要だということ、組織は常に開放的で外部から議論を受ける立場でなくてはならないということなのだろう。もし一つ現代的な観点から付け加えるならば、統合調節機関の調節機構はできるだけ定量評価に基づけばなおさら良い。組織としての日本海軍にはいずれもなかった。それ故に、容易に硬直に陥り、修正することもまたできなかった。そして、負けた。たった、それだけのことである。

*1:『やっぱり勝てない?太平洋戦争日本海軍は本当に強かったのか』(2005年、シミュレーションジャーナル)という本である。

*2:7000トンと言えば1隻の中型タンカーが一度に運べる程度の量でしかないが、その確保ですら苦しいという辺り大戦末期の窮乏の程を知ることができる。気が付けば開戦前は数百万トンの単位で話をしていたのが、今ではわずか数千トンあまりの油の確保に苦しむ有様である。

*3:落花生油や大豆油は石油の代用に使うとのことである。南方航路が途絶して石油の輸入が絶望的になると、砂糖を発行させたアルコールを燃料として使うことなども考えて実行していたらしい。

*4:僕自身、これが問題の根源だと思い、一時期陸海軍大学校の教育などを調べていた頃がある。

*5:実際の戦闘においても一般に喧伝されるほどはあまり優秀でなかったと言う話はあり、それはそれで一つの問題を提出している。

August 02(Sat), 2014

[]「夜と霧の隅で」北杜夫

第二次世界大戦末期、下界から隔離され戦争から取り残されていたドイツの片田舎の精神病院に、「不治」の精神病患者を全て安楽死させるという指令がSSから下る。病院の医師たちは不治の宣告から患者を救うべく常軌を逸した治療を試みる。精神科医の苦悩苦闘を通して、極限状況における人間の不安、矛盾を描く。

 SSの指令は、医師たちにとって必至の「敗戦」だ。圧倒的なソ連赤軍に押し戻される東部戦線から遠く離れ、米英の戦略爆撃の影も薄く、配給制の下界からも隔離された精神病院にとって、SSの指令は初めて外から流入して来る戦争の空気だろう。そしてそれは初めてであるにも関わらず、破滅的で決定的である。現代の医学ですらある程度進行した精神病を治すことは難しい。向精神薬行動療法もなく、もっぱらインスリンと電撃によるショック療法しかない当時の医学では慢性期に入った精神病はほとんど治らないのに等しいのだ。医師たちは初めから勝ち目のない戦争をしているようなものである。尤も、だからこそ、世間から隔離された病院に収容されているとも言える。

 さて繰り返すが、「不治」の患者を安楽死させるという指令は不可避で破滅的だ。なぜなら、当時の医学では一度「不治」の領域に入った精神病を元に戻せず、彼らの命をSS安楽死から救えないからだ。それゆえに、SSの指令は、医師たちにとって、日々の診療行為の中に初めから存在していた遠い未来の「敗戦」を近い将来の現実に変える。しかし、医師たちはこの必至で本質的な「敗戦」を決して認めない。彼らは何とかして「不治」患者を「可治」に引き戻し命を救おうと様々に努力する。彼らは一人一人が祖国ドイツの小さな相似だ。

 ここで登場するのが本小説の主人公である、ケルセンブロック医師だ。僕はずっと彼の視点でこの物語を読んでいた。彼は精神科医ではあるが、その性分はどちらかというと研究者に近い。彼の日常は主に患者の遺体から取り出した脳の組織切片を顕微鏡で観察することに捧げられている。しかし、だからといって、彼は患者を研究素材として冷たく見ている訳ではない。むしろ、下界から取り残された病院でともに生きるものとして、彼は患者に対してある種のシンパシーを感じている。おそらく彼は患者の治療に向いていない。より暖かく接することができれば人道的観点から患者に向き合えただろうし、より冷淡であれば科学的で客観的な治療が行えただろう。悲しいことに彼の患者への距離は中途半端で、依って立つべき信念がなかった。淡い同族意識を持ちながら組織切片を眺める神経病理学者として生きるのが最も幸福だったのだろう。しかし、その彼こそが、最も過激な数々の治療に踏み切るのである。

 下界から切り離された彼の世界にも、SSの指令という形で戦争は侵入して来る。同僚の医師たちはそれぞれの依拠する立場で、指令に抵抗を始めた。温厚なヴァイゼ医師は人道的立場から一人でも命を救うべく不治患者につきっきりで治療を行い、冷淡なラードブルフ医師は不治患者の治療を放棄し、むしろ治療の見込みのある患者を対象にして重点的に治療を始めた。ケルセンブロックは愕然とする。神聖不可侵な領域を犯されたという衝撃ですら堪え難い上に、それぞれに治療を始めた同僚医師たちと違って彼には研究への逃避以外にできることはない。彼は患者に同族意識すら感じているのに、状況から完全に疎外されているのだ。

 この状況に、依って立つべき信念のない彼は必死で考えたに違いない。神聖不可侵な領域を外から守るためにはどうすれば良いか。それは実はスケールこそ違えども、なし崩しに前線を押し戻されている祖国の抱えている問題と全く同じである。この火急的現実に際して、彼は祖国と同じ決断を、祖国と同じように非常に合理的に下す。負けて全てなくなるなら、一か八かのことは全てやるべきだ。こうして彼は禁断の治療法に踏み切った。

 彼の実施した治療法は、控えめに言って狂気的だ。通常は一回しか行なわないインスリン注射や電撃を闇雲に繰り返し、患者を精神疾患の闇から臨死体験の向こうへ追いやって、正常な意識が戻ることを願う。外科手術の経験もまるでないのに、頭を切り開いて脳を掻き回し神経回路が正常に戻ることを祈る。それはもはや医学ですらない。前例もエビデンスもない闇の中に希望の存在を願うだけの治療を医学とは呼ばない。しかしその内容とは裏腹にこの狂気の治療を行う場面には、いかなる緊張も狂気も存在しない。ケルセンブロックはあくまで冷静に理性的インスリン注射を促す。「もう一回」と。

 ケルセンブロックの治療を支えたものは何だったのか。彼は倫理的、人道的な観点に立って失われ行く人間の傍らに立ち続けたのでもなければ、科学的思考に則って最大多数の人間を救う努力をしたのでもない。もっと言えば、極限状況に追い込まれて発狂したのでも決してない。彼は目前に迫った必至の「敗戦」を回避すべく、存在する全ての微小な可能性に賭けたに過ぎない。もし彼に、依って立つことができるような強固な人道的観念や科学的思考があれば、信念に殉じることも被害を最小限に食い止めることもできただろう。だが、彼には信念がなかった。

 彼の狂気的な治療を支えたのは、ある種の合理性大日本帝国が竹槍でB29に備えようとしたのと全く同じタイプの敗戦国的な合理性である。敗戦国合理性においては、いかなる狂気的判断であっても、敗戦を回避する可能性が微小でも存在するならば、全て是認される。そこで言う敗戦とは、とても概念的なものだ。人命が多く失われる、何らかの尊厳が失われるというような事柄ではない。なんとなくなにか神聖不可侵だと漠然と思っていたものが失われるということだ。これを防ぐためならばあらゆる手段が是認されることこそ敗戦国合理性に他ならない。敗戦という状況において、この州立病院に限らず、国内のありとあらゆる場所で信念のない多くのケルセンブロック達が同様のことをしたのだと想像できる。

 必至の「敗戦」というものは、必至であるからして、不可避である。ケルセンブロックのかけた微小な可能性はほぼ全て消滅した。物語の末尾において、全ての不治患者は不治のまま、安楽死されるべく移送されていった。けれども、国破れて山河あり。全てを崩壊させると思われた、必至の「敗戦」が過ぎても、依然として病院と多くの患者は残るし、人は生きていかなくてはならない。ケルセンブロックが敗戦を抱き締めつつ自らの研究室へ戻るところでこの小説は終わる。彼の戦争は祖国の戦争よりも一足早く終わったのだ。

夜と霧の隅で (新潮文庫)

夜と霧の隅で (新潮文庫)

April 19(Sat), 2014

[]『ディア・ライフアリス・マンロー

 『ディア・ライフ』は、とても素朴な小説だ。人々の、時には何十年にも及ぶ、人生の物語が、数十ページの短編の中で慎ましやかに描かれる。アリス・マンローを読むのは初めてだけれど、この人は時間の経過を描くのがとても上手な人だと思う。短編の短いページの中で、人々の物語はあっという間に十年、二十年と経過してゆく。恐ろしく長くて単調で繰り返しの時間(あるいは生活)が一行の記述で過ぎ去る。けれど、その短い一行の間に、長い長い時間が経過し、様々な紆余曲折を経て、たくさんの事実が蓄積されたことが示唆される。膨大な挿話の瀑布で人生を体験させるのではなく、形容詞の一つ一つで時の流れと出来事の蓄積を背後に示すのだ。

 時間の経過を描くのが上手だ、と書いたが、それはもしかしたら、生活を感じさせることが上手だということかもしれない。『ディア・ライフ』の短編は、慎ましやかに語られながらも劇的に展開する。劇的に展開するのはほんの一瞬のことだが、それは一行の記述で語られてしまうような長くて単調な生活の中で蓄えられてきたものであって、いつか必ず起きることであり、起きてしまったら逃れることはできない。自分でも分からぬうちに人生を動かす何かは生活の中で蓄積していき、そこから逃れることはできないということをアリス・マンローの小説は描いている。

Connection: close