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July 31(Sun), 2016

[]『シン・ゴジラ』、戦後補完計画

 『シン・ゴジラ』、とにかくすごかった。特撮は言わずもがな。恐ろしくドライな日本観、国家観、人間観。背景にうっすらと描かれる原爆原発。素晴らしいカメラワークで次々と映し出される戦後日本。責任の所在主体性回復。そして、作品の中で意図的に用意された空白とそれを埋めた時に現れる初代ゴジラの鏡像としてのシン・ゴジラ。鎮魂と慰霊の祈り。突っ込みたいところもいろいろあるけれど、紛うことなき傑作だと思う。

 ネタバレを含めて感想を以下に記す(ネタバレしても作品の本質的な部分に関わるとは思えないけれど)。

 まず、この作品はヒューマンドラマではない。ヒーロー映画でもない。オールジャパンの国威発揚映画でもない。そもそも、この作品に自らの意思を持った人間は出てこない。全ての人間が組織のコマだ。誰がその場所に座っていようが、決められるべきことは必ず決められるし、避けられないことは必ず避けられない。例えば、大河内総理大臣が現実の人で言うならば、森であろうが村山であろうが、誰であっても自衛隊の超法規的防衛出動の許可を出したであろうし、また、初期被害を食い止めることは出来なかった。戦後日本(もしかしたら、戦前日本も)の意思決定のシステムが、為政者個人の意志とは独立して存在するからだ。

 石原さとみが「(アメリカではすべての方針は)大統領が決める。あなたの国では誰が決めるの?」と問いかけた次の場面では総理大臣以下各大臣の花押が映る。『日本のいちばん長い日』のオマージュでもあるが、それ以上にこの国の組織が、いかなる意志を持った個人も必要としていないということを十二分に語ってくれている。ただしかるべき時にしかるべき場所から回ってきた書類に「ハンコを押す」だけだ。個人はその肩書によってのみ大局的な歴史に登場し、なんら影響をあたえることも、なんの責任を引き受けることもない。徹底的に人間を疎外しているのがこの映画のドライ過ぎる戦後日本観だ。

 その中にあって、ただ一人自分の気持ちを「好きにした」人間がいる。牧教授だ。と言っても、一度映画を見ただけではこの人の印象はあまりにも残っていないのではないだろうか。それもそのはずで、劇中で牧教授というのは殆ど描かれない。描かれていることといえば、

ということくらいであろう。徹底したリアリティを追求したと言う割に、あまりにひどい設定ではないか? あれだけ緻密な脚本*1の中で物語の中心がぽっかり穴をあけている。ここをもっと掘り下げて考えなくてはならない。

 まず、放射線被曝で日本の女性がなくなるような事態は、ヒロシマナガサキ原爆を置いてないだろう。牧教授を劇中演じているのは、故岡本喜八監督(1925-2005)だそうだ。妻の年齢もそのくらいと考えれば、被曝で苦しみ、晩期障害で早くに亡くなってしまったという解釈が妥当ではないか。想像でしかないけれども、放射線障害に苦しむ妻を抱えて、放射能を無害化する生物の研究に努めていたが、学会からは厄介者扱いされ、挙句妻も失ってしまい、失意のうちにアメリカに渡ったのではないか。その中で彼が抱いた「国家への恨み」とはなんであったか。原爆の苦しみは誰を責めるべきなのか?

 原爆にかぎらず、戦争全般に関して、日本の娯楽作品は、あたかも天災であるかのように扱うことがあまりにも多かった。無辜の民の苦しみをクローズアップする作品が多いのはそういった経緯があるのではないか。そこにある思想は、一言で言うならば、無責任の思想だ。何も、一般市民が戦争を止められたと言いたいのではない。誰の責任も問わなかったということだ。

 例えば、あの戦争の開戦、終戦は誰が決めたのか、責任を誰に問えばいいのか未だに全くわからない。原子爆弾を投下したのは確かにアメリカ軍だが、日本政府首脳は1945年の8月の遥か前の時点で戦争の勝ち目がないことに気付いていたはずだ。ありがちでかつありえない発想だが、1944年6月のマリアナ諸島陥落の時点で降伏していれば、本土空襲沖縄戦原爆投下もなく、300万人の国民の死亡者のうちほとんどが助かっていた。それをありえない空想と否定するのは簡単だ。だが、一体誰がその責任をとったというのか? あるいは、広島への原爆投下後、日本政府は二号研究などから放射能白血球減少などの諸症状をきたして人体に影響を及ぼしうる情報を掴んでおきながら、その情報を一切公開せず、膨大な二次被曝の被害をもたらした。それでいながら、戦後の日本は原爆のことをどこか忘れて、原子力の平和利用という夢に踊り、原発銀座を作り上げてきた。日本の原発は安全で大丈夫と言い続けていた先に起こった福島原発事故はさすがにわれわれの記憶にも新しい。果たして、誰が責任をとったか? いや、そもそも事態の全てに対して責任を取れる人間は果たして存在したのか?

 そこには、個人の命よりも優先される何かがあった。牧教授の言う「国家への恨み」とはまさしくこういうものに向けられたものではなかったか。

 原子爆弾を単なる天災として扱うことには、個人を殺し、殺したことすら忘れうる組織の論理を見なかったことにして、かえって肯定してしまう可能性が含まれている。その視点は、福島原発事故にも有効だろう。シン・ゴジラでは戦争、原爆原発事故=天災という見方に意義を唱えるために、あえて被害者としての無辜の民を描かなかったように思える。

 国民の命よりも組織の論理を優先する国家の醜さは、劇中のあちらこちらで描かれている。例えば、東京湾内での前例がないから武力で巨大不明生物を駆除できないと話す防衛官僚*2

 日米関係の醜さを語るところもある。例えば、多摩川防衛戦を突破されたと知ってアメリカ政府が空軍機を出撃させたシーン。アメリカ政府は日本政府の無能さを見越して、事後になって爆撃予定図だけ提示する。仮にも同盟国の首都を爆撃するのである。一方の日本政府は輪をかけて酷く、それに抗議をつきつけるどころか、大慌てで「日本政府アメリカ政府に爆撃を要請した」という旨の発表を行ってどうにか辻褄を合わせて、頭越しに自国を爆撃されるという事実を隠蔽した。戦後日本とアメリカの関係をここまで見せつけたシーンはかつてなかったのではないか。

 もうこんな考察を長々と続けるよりいい加減ゴジラの正体を書いたほうがいいのではないか。インターネットのみなさんの言うとおり、ゴジラは牧教授だ。裏の設定はもう全然わかんなくて、碇ゲンドウがアダムと一体化したという図を想像してもらっても構わないが、ともかく牧教授は、海底で放射性廃棄物を食っていた深海魚のような原ゴジラと一体化して、ゴジラになった。60年も経ってようやくゴジラが活動を開始し、そして、その侵攻目的が東京の破壊にあったこともこれで説明がつく。以下に理由を箇条書きで挙げる。*3

  • ゴジラ=戦争被害者の怨念という従来の半ば都市伝説的な説を踏襲している
  • 放射能を利用するゴジラ体内のバクテリア、口からゴジラの活動を抑制する薬を飲ませるなどのガジェットが登場する『ゴジラVSビオランテ』(いい映画です)に登場する怪獣ビオランテが人間とゴジラと薔薇の融合生物である。(めっちゃかっこいい)
  • デザイン案を出す上で庵野監督が「尻尾の先には人骨が表に出てくるように」と指示を出した。
  • ゴジラ最終形態の動き方は、人間のそれ。実際にモーションは狂言師野村萬斎が付けている。
  • ゴジラの目は人間の目で、常に下を見下ろしている。
  • 牧教授の自殺直後、その直下からゴジラが現れる不自然さが説明できる。
  • 「私は好きにした」という意味が通る。つまり、私は戦後日本という国家への復讐を悩んできたがとうとうやることにした。
  • 「君らも好きにしろ」、戦後日本が築いてきたレールに拘らず好きに対処してくれ、という意味になって、それ以降石原さとみや閣僚らの話す「好きにする」の意味が通る。*4
  • 最後のカット、しっぽから人間が生まれようとしていたことは、ゴジラが次の進化としてヒト型の群体を選んでいたように見えるが、流石に恐竜から人間は飛躍しすぎている。人間の因子が入っていると考えるのが素直に思える。

 国家に対する復讐というのは難しい。総理大臣を殺せば、それで被害者の無念が晴らされるのか? そんなわけがない。前半部がコメディタッチに雄弁に語ったように、戦後日本に個人という存在はほとんど必要が無い。だから、国家への復讐というのは難しい。すべての国民が彼に対する加害者であり、復讐を実行すればすべての国民が被害者になりうる。牧教授はきっと悩んだ挙句「好きにした」のだ。こうして彼は、戦後日本的なものすべてを破壊する霊となった。あるいは、彼1人の話ではないのかもしれない。忘れられてきたものすべてが己を回復するためにゴジラとなるのだ。

 破壊の対象はあくまでも戦後日本であって、日本ではない。せっかく鎌倉に上陸したのに、ゴジラシリーズお決まりの名所=大仏ゴジラの絵を撮らなかったのは、大仏が戦後日本に属するものではないからだろう。それに対して、郊外の画一的な住宅が並ぶ街をゴジラが横切って行くという絵が撮られたのはぼくが記憶する限り初めてなのではないか。郊外は実に戦後的なものだ。

 そして、3区を火の海に変えた例の荘厳とも言えるシーン。巨神兵東京に現るそのままのあのシーンは、戦後日本に神ならぬ人(または人としての神)が罰を下すシーンなのだ。しかも、ゴジラは放射熱線を、米軍の攻撃に対する自己防衛の能力として獲得している。あまりにも象徴的ではないか。これが、誰もが責任を引き受けなかった結果だ。

 そこから考えれば、後半のゴジラ凍結作戦に至る流れもよく分かる。戦後日本を壊しに来た彼を迎え撃てるのは、組織から浮いた人間たち、巨災対のメンバーだ。組織から浮いたと言っても、彼らは彼らで自分の占める位置にふさわしいことをやるだけだ。その意味では、前半部にコメディ調に描かれた官邸の人々と何ら変わることはない。ただひとつ違うのは「好きにした」かどうか。組織の論理、戦後日本の歩んできた道。そういったものから彼らは主体性回復したのだ。そして、責任は主体性の中からしか生じ得ない。*5もちろん自由だと言っても空からスーパーXIIIやらメカゴジラが降ってくるわけではない。ここは現代の日本なのだから、手元にあるものを使ってできることを地道にやっていくしかない。だからこそ映える、審議官に、局長代理に、在日フランス大使たのみこむシーンである。この映画は、戦後日本の讃歌だ。あくまで戦後日本的な方法で霊を鎮めるほかないのだ。日本の戦後復興と科学技術の一つの象徴たる新幹線日本社会を朝夕回していく通勤列車、丸の内にそびえ立つ日本経済の牙城たる高層ビル群を兵器として使うのはそういうわけだ。化学プラントを日本産業界の象徴として描いたこと、新規の分子構造をいくらスパコン並列したからって1週間そこそこで解いてしまい、あまつさえ、阻害薬まで作ってしまうことは、あまりに単純化し過ぎではないかと思えるが、まあそれはご愛嬌だろう。ヤシオリ作戦は、死者に対して実に誠意のこもった鎮魂、慰霊の儀式だった。

 初代ゴジラって、実はとてもひどい映画だと思う。一方では、前途有望だった若い科学者が、戦争で心身ともに傷を受け、婚約も解消し、未来を諦めて、社会から隠匿して暮らしている。その一方では、1億年の昔から(200万年前のジュラ紀では、という笑い話はおいといて)海底の洞窟で太平の眠りについていた恐竜が、原水爆実験のせいで叩き起こされてしまった。そのふたりとも平和な戦後日本には不要な存在だ。不要という以上に、生きているだけで邪魔な存在ですらある。芹沢博士がいれば尾形とえみこは結婚できない。ゴジラがいれば日本の経済復興はありえない。戦後日本は、そんなふたりを相討ちにして消す道を選ぶ。それがようやく始まった日本の平和を守るための唯一の方法だったのだ。

 今回のゴジラは、戦争で大きな傷を負った老科学者が海中のゴジラを目覚めさせるところから始まる。彼は戦後を生き延びた芹沢博士だ。そういえば、老科学者の乗る船glory-maruは初代ゴジラが最初に襲った栄光丸とリンクしている。ゴジラと同一化した老科学者は、この作品の中で唯一主体性を持った人間だ。彼は戦後日本が築き上げてきた様々な街を蹂躙し、その中枢を放射熱線で焼き払う。罰を与えるかのように。われわれはあまりに多くのものを忘れるよう努めてきた。戦後日本人のすべてが彼に対する加害者であり、また、彼の被害者だ。われわれには、戦後日本を壊しに来た彼を受け止める義務がある。今回のゴジラは忘却することでは解決できない。日本のすべてをかけて、その中枢で鎮め、見守り、受け止め続けなければならない。

 シン・ゴジラは、初代のゴジラを62年の歳月と29のゴジラ作品を超えてようやく補完してくれた。この、偉大な作品の製作に関わったすべての人に惜しみない拍手を送りたい。このゴジラを同時代に劇場で見ることが出来て、本当に良かった。

*1:緻密な例はいくらでもあげられる。なぜスパコンの解析をお願いした相手がドイツか? ドイツ安保理常任理事国ではなく、また、核武装原子力発電所も有さない。今回のゴジラ案件にあって利害関係の外にある国だから。アメリカにお願いしようものなら横槍を入れられるばかりか、矢口プランの中止を外交ルートで通達される恐れすらある。一方で、生物学描写は今作でもまだまだなところが多かった。これからの作品に期待したい。

*2いや第十雄洋丸事件はどうなんだ?8月15日追記:第十雄洋丸事件の際、海自が攻撃を開始した時点では東京湾外に出ていたそうです。id:BigHopeClasicさんありがとうございました。

*3:かなり多くの部分をインターネット上で散見した意見に頼ったが、今すぐに見つけられなかった。後で参照する。

*4:もちろん、ゴジラシリーズの軌跡に拘らず、俺は好きに作った。次に続く奴も好きに作ってくれ、の意味でもある。

*5:実はこの映画において、皇室を映さなくても良い理由はこの主題にあるのかもしれない、と友人に教えてもらった。日本人の主体性回復を描くなら、皇室を特別描かないことがきっと最善の手なのだ。

BigHopeClasicBigHopeClasic 2016/08/14 15:08 第十雄洋丸事件について調べたのですが、海自が処理を開始したのは東京湾外ということでした。

naishinokaminaishinokami 2016/08/15 06:59 コメントありがとうございます。なるほど、訂正しますね。

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