中川昌三オフィシャルブログ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-8-24 イタリア北部ドロミテ山塊

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8月に入ってからヴェネチアを後にして、ドロミテに行ってみた。

ストラディバリウス等、イタリアのヴァイオリンの名器作るのに使われた木材はドロミテからの材料で作られたそうな………

物凄く綺麗な湖や雄大な山々………感動の連続で、夜の民宿で 見たミルキーウェイ(銀河)も本当に感動した。

イタリア北部にある都市ボルツァーノでは、キューバのジャズピアニストゴンサロ・ルバルカバのソロピアノを聴いた。

今まで彼の演奏はロスアンゼルスのハリウッドボールでハービー・ハンコックとのドゥオしか聴いたことがなかったが、今回は本当に素晴らしかった。

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ジャズピアニストpppとppppの違いをしっかり表情をつけてセンスティブに弾くピアニストは聴いたことがない!

そしてキューバの歌心やリズムをしっかり表現した音楽作りを取り入れ、即興を楽しんでいた。本当に素晴らしかった。

さて、その後、僕等はイタリア北部のチロル地方の山奥、スティルフスという村に一週間程寝泊まりした。

僕らが寝泊まりしたここは、10年前娘が25弦箏を抱え宿を探し回って、寝泊まり出来る所をみつけ出し、只で貸して頂いた家で、建ってから150年もたっていようかという家だ。そこで何と!僕は生まれて初めてサソリを見た。そう、普通に生息しているのだ。ビックリでした!!

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もっと気になったのは、ドア部分の高さだが、やたらとひくいのだ。……そう僕の実家の引き戸の入り口の上部分に中学生の僕はしょっちゅう頭をぶつけていた。あれで170センチ程か………。

このチロルのドアの高さはそれより低い165センチ程しかないと思われる。

よくよく聞いてみたら、当時のチロルの人々は本当に背が低かったようだ。貧困による栄養不足だろうか……何しろ山奥ですからね。

さて今回の旅行のラストに25弦箏の娘・果林とのライブが控えていたのだが、考えてみたら日本でも娘とのデュオライブをやった事がなかったんですよ。

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娘の作曲した「カラーオブ・オータム」「ショーター・デイ」、「月夜見/つくよみ」、それに中川いづみ編曲の韓国民謡アリラン」、僕のレパートリーから「黒いオルフェ」「スペイン」等。

果林のソロは中川いづみ編曲の「戦場のメリークリスマス」「相馬盆唄」等。後半は、今果林がデュオを組んでいる、ソプラノサックスのハンスさんも参加して2曲程トリオで演奏した。

そして、今回のライブをオーガナイズして下さった、ギュンターさんに感謝……彼の本職はベース奏者にして料理人で、ご自分の店を持っている。今回のライブをオーガナイズして下さった事にも感謝だが、ご馳走して頂いた彼の美味しい料理にも感謝、感謝。

今回は沢山の方々にお世話になりました。色々面倒をおかけしたフランツさんアンナさん、練習場を貸して頂いたハンスさん、家を貸して下さったトラウベさん他、本当に本当に感謝です!!

特にマニくん……面倒かけました……本当にありがとう!

2016-8-23 北イタリアで娘 果林と初ライブ

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先月18日より娘・果林が住むミュンヘン郊外のプライスキルヘンという町にカミさんと一緒に訪れた。

教授職中は時間が取れず行けなかったのだが、今年はやっと10年越しの願いが叶って一カ月も休みを頂いた。

暫くの間、今お世話になっているフランツさんのアパートに転がり込んで寝泊まりし、娘と一緒に山の上に建つノイシュヴァンシュタイン、横に長~いバークハウゼンなどを見物して回った。

そして翌週は、イタリア。イタリアに行くのは、十数年前、日本のオペラ曽根崎心中」の公演に参加しにローマ近郊のスポラーテという町に行った時以来だ。

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今回は10年 前、果林がデカイ25弦箏とリュックを背負ってヨーロッパに行き、ストリートミュージシャンをやりながら音楽活動を始めた記念すべき地、ヴェネチアに行き彼女の足跡を見て感じてきた。

彼女がサンマルコ広場で演奏していたら、警察が来るとギャラを没収されるから早く撤収した方が良いと、お客さんが撤収を手伝ってくれたとか。

三日間、船に乗ったり、ムラーノ島へ行ってガラス細工の工房を見たり中学生の修学旅行みたいで楽しかった。

2016-7-3 昨日はジャズバードでライブ参加!

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久しぶりに青山ジャズバードへ行きシトロンソーダ・春日井(ベース)率いるDDバンドに乱入させて頂きました。

大学教授のゴッドハンド神子(ピアノ)、ブランドニュー新子(ギター)・最近本部長になったというブッチョ岩渕(ドラム)の諸氏と楽しんだ!(左の写真の右側に暗い所で僕が幽霊ように写っています。)

彼等が演奏すると決めていた曲が僕が好きなフルート向きの曲目ではないので、殆どサックスを演奏させて頂いた。

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先日も中野にあるスウィートレインというライブへ行き、芸大の先輩である北条直彦さんのトリオに乱入楽しい一時を過ごしたのだが、その際は、20年振りにベースの池田良夫さんと再会した。僕が初めて参加させて頂いたレコーディングは池田さんの風媒花というアルバムのレコーディングで、僕にとっては初めてアドリブソロを吹いた記念すべきアルバムだ。この仕事によって僕がジャズフルートの音楽にハマるきっかけを作って頂いた。この時のアレンジャー&ピアノ高瀬アキさんとベースの池田良夫さんには本当に感謝している。本当に懐かしい方と再会した。感謝です!

2016-5-23 果林、東北震災復興支援コンサートツアー

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娘・果林(25絃箏奏者)は今週一時帰国後、すぐ翌日から東北震災復興支援コンサートツアーに出発します。

日程

5月26日(木)大阪 山西福祉記念会館(YMCA)共演・杉江洋子(vl)

5月29日(日)福岡市 住吉神社能楽殿共演・後藤龍伸(vl)時津りか(cb)

5月31日(火)島根県益田市グラントワ

6月3日(金)福井県あわら市 金津創作の森共演・新井純(舞台女優~~11日まで)

6月4日(土)京都 堀川音楽高校 音楽ホール共演・通崎睦美(マリンバ)

6月5日(日)京都 上七軒歌舞練場

6月8日(水)長野県伊那市 信州高遠美術館

6月10日(金)宮城県仙台 宮城野区文化センター共演・東北高校吹奏楽部有志)

6月11日(土)宮城県石巻 かめ七呉服店

全公演に橋爪恵一(cl)が参加

最終日

6月15日(水)東京 西国分寺 いずみホール(18:30開場、19:00開演)

曲目:うつろい、アリラン、赤い花白い花、他

演目:NHK「プリンプリン物語」の人形作家・友永詔三の作品「卑弥呼」。北井あけみ、塚田次美(人形操者)

東京公演のみですがチケットは当方でも扱っております。

お申し込み先 FAX045-564-3711(中川)

必ず、お名前、電話番号郵便番号及びご住所、切符の枚数などご明記下さい。

東北に心を運ぶコンサートに是非ご来聴賜りたくご案内申し上げます。

2016-5-20 今日のジャパンタイムズ

[]今日のジャパンタイムズに掲載されている果林。 今日のジャパンタイムズに掲載されている果林。を含むブックマーク

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ヨーロッパで活動をしている25絃箏奏者である娘の果林が今月一時帰国するのだが、今日のジャパンタイムズ芸能欄の中程に写真付きで大きく紹介されている。

以下書かれている記事(和訳)。

「自分がそこに生きていて、色んな事が見えてくる。これを音楽で表現できたらと思います。」~"壁"を超える25絃箏、中川果林

ドイツが本拠の25絃箏奏者、中川果林は音楽家として、「出会いの強運に恵まれた。誕生の瞬間からそうだった。クラシックから現代音楽ジャズまでをこなすフルート奏者の中川昌三が父、作曲家の中川いづみが母、3才から母にピアノの手ほどきを受けたが、どういうわけか、一人娘が西洋音楽の道へ易々と進むとは思わなかった。

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乳幼児の時点で尊敬する箏の名手の野坂恵子(現・操壽氏)に、「この子が大きくなったら、つけさせて下さい。」と頼んでいた。果林が12才で「どうしてもピアノが好きになれない。」と母に打ち明け、ピアノを止めると宣言したら……即、両親から「素敵な人がいるの。」と言われ、野坂の所へ連れて行かれた。野坂は13本の弦に飽き足らず、1969年に7本追加して20絃箏を創作して以降も改良を重ね、91年に25絃箏を完成した。

野坂は「新しい楽器が出来たので弾いてみる?」と、弟子入りしたての少女に言い放った。「ただ『はあ?』という感じだった。」と果林は振り返る。「未知の可能性を秘めた新しい箏に出会い自分のやり方で挑む事が出来る大きな自由を与えてくれた。」と、今では両親と野坂に感謝する。

以下、続く………