露伴の『努力論』(「植福の説」)
露伴の幸福になるための3つの方法。
- 惜福 = 福を惜しむこと。→ http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20120713
- 分福 = 福を分けること。→ http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20120717
- 植福 = 福を植えること。
植福の巻。
『植福の説』(抜粋) -(幸福三説・第三)
植福とは何であるかというに、我が力や情や智を以て、人世に吉慶幸福となるべき物質や情趣や智識を寄与する事をいうのである。即ち人世の慶福を増進長育するところの行為を植福というのである。
予は単に植福といったが、植福の一の行為は自から二重の意義を有し、二重の結果を生ずる。
何を二重の意義、二重の結果というかというに、植福の一の行為は自己の福を植うることであると同時に、社会の福を植うることに当たるから、これを二重の意義を有するといい、他日自己をしてその福を収穫せしむると同時に、社会をして同じくこれを収穫せしむる事になるから、これを二重の結果を生ずるというのである。
今ここに最も瑣細(ささい)にして最も浅近(せんきん)な一例を示そうならば、人ありてその庭上に一の大なる林檎の樹を有するとすれば、その林檎が年々に花さき、年々に實実りて、甘美清快なる味を供することは、たしかにその人をして幸福を感ぜしむるに相違ない。で、それはその人が幸福を有するのであって、即ち有福である。その林檎の果実を浪(みだ)りに多産ならしめないで、樹の堅実と健全繁栄とを保たしむるのは、即ち惜福である。豊大甘美な果実の出来たところで、自己のみがこれを專(もっぱら)にしないで親近朋友に頒(わか)つのは分福である。有福ということには善も悪も無く可も否も無いが、惜福分福は皆嘉尚(かしょう)すべきことである。
これらの事は既に説いたところであるが、さて植福といふのは何樣(どう)いうことかというと、新に林檎の種子(たね)を播きて之を成木せしめんとするのが、植福である。同じ苗木を植付けて成木せしめんとするのが植福である。又悪木に良樹の穗を接ぎて、美果を實らしめんとするのも植福である。蛾蠧(がと)の害に遭って枯死に垂(なんな)んたる樹が有るとすれば、これを薬療して復活蘇生せしむるのもまた植福である。およそ天地の生々化育の作用を賛(たす)けけ、又は人畜の福利を増進するに適当するの事を為すのは、すなわち植福である。
およそ是の如く幸福利益の源頭となることを為すをば植福というのであるが、この植福の精神や作業によって世界は何程進歩するか知れず、また何程幸福となるかも知れないのである。
世に福を有せんことを希う人は甚だ多い。しかし福を有する人は少い。福を得て福を惜むることを知る人は少い。福を惜むこと知っても福を分つことを知る人は少い。福を分つことを知ってても福を植うることを知る人は少い。
けだし稲を得んとすれば稲を植うるに若(し)くはない、葡萄(ぶどう)を得んとすれば葡萄を植うるに若くはない。この道理を以て、福を得んとすれば福を植うるに若くはない。
今日の吾人は古代に比し、もしくは原人に比して大なる幸福を有して居る。これは皆前人の植福の結果である。
文明ということはすべてある人々が福を植えた結果なのである。災禍といふことは、凡て或人々が福を戕殘(しょうざん)した結果なのである。
有福は祖先の庇陰に寄るので、尊むべきところは無い。惜福の工夫あるに至って、人やや尚(たっと)ぶべしである。分福の工夫を能くするに至って、人いよいよ尚ぶ可しである。能く福を植うるに至って、人真に敬愛すべき人たりというべししである。
福を有する人はあるいは福を失うことあらん。福を惜む人はけだし福を保つを得ん。能く福を分つはけだし福を致すを得ん。福を植うる人に至っては即ち福を造るのである。植福なる哉。植福なる哉。
『2013年12月06日(Fri) 露伴の『努力論』』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20131206
『2013年12月10日(Tue) 露伴の『努力論』(「運命と人力と」)』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20131210
『2013年12月13日(Fri) 露伴の『努力論』(「自己の革新」)』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20131213
『2013年12月20日(Fri) 露伴の『努力論』(「惜福の説」)』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20131220
『2013年12月24日(Tue) 露伴の『努力論』(「分福の説」)』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20131224
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