20091105
■[変態論考]女の子のキャラクターを3つの指標で把握する
俺はアニメとかえろげとかラノベとかマンガとか好きな、まあオタクといわれる人種です。年齢は39歳ですので、世代的には、幼少期に宇宙戦艦ヤマトの再放送あたりにかろうじて引っかかり、小学校高学年から中学くらいまでをガンダムで過ごし、少年ジャンプは続けて読んでおり、えろげ草創期を経験し、エヴァにて最終的にオタ趣味から離れ、そのあとはそれ系のパチスロでもまあやりますか、的な、オタとしてはフルコースを通過できる世代のはずですが、俺は上述したもののうち、エヴァ以外なにも経験していません。
なぜか。
女の子(場合によっては男の子)かわいいもの以外、まったく興味がないからです。
俺は確かにオタですが、モビルスーツもオタキングも板野サーカスも東なんとかという方もすべて関係ないのです。女の子(場合によっては男の子)かわいいものを消費することだけが、俺のオタとしての生活のすべてなのです。いわば、オタとしての俺の信念、信仰というものは「おんなのこかわいいえへへへへ」で終わりです(ただし二次元に限る)。どんだけ頭悪いんですか。
そんな俺にとって、いまの時代はパラダイスです。昔はよかったとかカケラも思いません。深夜にちょっとアニメ見れば電撃ビリビリな女の子が中学生らしくクソ生意気でスカートから伸びた脚は発育途中ですし、ぱんつは空飛ぶし、いやあれは別に飛ばなくてもいいんですが、麻雀やってる女の子は太ももに流れる汗で感情表現するし、咲はえろいし、のどっちは咲大好きだし、ころもちっちゃいしもう言うことないです。でもJデッカーの勇太くんを越える男の子がまだあらわれません。時代は男の子不作です。
昔から連綿とそんなことを繰り返してきたので、俺は「自分にとって」女の子のなにが重要なのか、ということはずっと考えてきました。オタなんて生物はだいたいメタ的な視点をもって自分が消費しているものについて考えたがるものですが、俺もその点ではオタだといえるのでしょう。
先般、このことについていちおうの結論らしきものを得たので、今日はそのことを報告すべく、エントリを立てることにしました。
さて、本文に入る前に、カテゴリに注意してください。「変態論考」です。まともな論考ではありません。
いちおー警告はしましたよ。
では。
あくまで自分にとって、という前提つきではありますが、俺が女の子のキャラクターについて考えるとき、主に3つの指標を使って考えていることがわかりました。その三つとは、
・体臭感じるかどうか
・生理あるかどうか
・顔面騎乗してほしいかどうか
というものです。
すごい人間の底辺みたいな指標ですみません。しかし俺はまじです。いまこのテキストをエディタで書いてる俺の表情を、読んでいる方々に見せてあげたい。まじどころか目半分イってます。血涙とか出てるかもしれません。いや出てる。いろいろ。液体。
以下では、キャラクターの具体例を使って、これらの指標について説明しようと思います。このエントリを最後まで読んだときには、きっとあなたもこれらの指標を使って女の子のキャラクターについて判断できることまちがいなしです。場合によっては男の子でもいい。もうかわいければなんでもいい。
さて、まずは「体臭感じるかどうか」です。実は俺は体臭フェチであり、女の子は三日間お風呂入ってないくらいの状態がいちばんフレグランッッッッシブ(すいません。力入りすぎました)であり、今日体育あったしきっとくさいよ?そういうくつしたが好きなの?と女の子に質問されたら、真顔で「イエス、ユアハイネス」と答えるような人間なのですが、この場合の体臭は、そういう肉体由来の俺のような人種にとってだけ嬉しいにおいのことを意味するわけではありません。リンスやらコンディショナーのふわっと香る感じだとか、制汗デオドランドですとか、そういうものを含めます。
よく俺は「体臭からキャラクターを理解する」という表現をするのですが、そろそろつきあいきれなくなった人は、静かにタブを閉じたほうがいいと思います。このあともっとひどくなります。
最初はこの方法論のみでキャラクターを理解しようとしていたのですが、それでは限界があることに気づいたのが最近のことです。後述しますが、体臭をあまり感じないキャラクターというのもまたいるわけです。
体臭的に強いものを感じるキャラクターとしては、最近では「ひだまりスケッチ」の各キャラクターが挙げられます。俺にとっては特にゆのっちですね。どういうことかというと、アニメはともかく、原作をよく読むと、そこには「肉体に由来した生活の実感」というものがきちんと描写されているのです。それ以上の細かいことは俺自身、あまり判別できないのですが、絵柄の問題もあるのかもしれません。具体的には、ゆのっちが一日はいたくつしたは、洗濯直後の状態と比較して、少し湿っており、よれている感じが想像できる、ということです。つまりそれは、においです。また、ゆのっちの入ったお風呂の残り湯についてですが、ここにはゆのっちの成分が確かに溶け込んでいると俺は断言できます。飲む。
大部分の少女マンガのキャラクターにはこの要素が欠落しています。またアニメにおいても、日常系の一部の作品を除き、大部分には、くつした感、体液感などが欠落しています。たとえヒロインが戦闘の最中に汗だくになっていたとしても、それはあくまで「いま激しい戦闘をしている」ということの記号的表現でしかないように思うのです。
いってみれば、俺が考える「体臭感」とは、キャラクターの肉体性を実現する作品の構造、そして描写であるといえるでしょうか。描写の主眼がどこに置かれているか、ということでもあります。
次です。「生理あるかどうか」です。
俺、このエントリ上げたらアンテナとかRSSの登録者数激減するんじゃねえかと思いながら書いてますが、まあ細かいことはいい。生理だ。ちなみに俺がこの点についていかにこだわりがあるかは「初潮+キャラクター名」でぐぐると、けっこうな確率でこのブログが引っかかることからも証明できます。ひどい話です。
ちなみにこの「生理」というのも概念上のものだと思ってください。身内に生理痛が地獄のように重たい人がいたりするので、リアルの生理現象としての月経には興味ないですし、そこにはロマンもなにもあったもんじゃありません。俺がこの「生理」という言葉で表現したいものは、たとえば保健の授業で得た「月経」という知識に対して、男子が抱くよくわからない不安や欲望やえろさというものを、まちがって39歳まで醸成、発酵、腐敗させてしまった人の持つイメージとしての「生理」です。もうだれにも理解できない世界にとつにゅうしているかもしれません。とつにゅうってえろいですね。
俺は、以前から不思議なことがあるんです。俺は「らき☆すた」のキャラクターには、特に原作に関していえば、体臭感じないし、無味無臭なイメージを持っています。らきすたのエロ同人なんて星の数ほどあるとも思うんですが、エロパロ嫌いっていう俺の性質を別にしても、たとえばこなたがえろげやってて、ヒロインがかがみに似てて、ついついいけない遊びに耽ってしまい、ラストは「なんでヒロインの名前って変更できないのかな……」「かがみ、だいすき……」とかうつろな目でディスプレーに向かって呟いているような同人誌があったとしても、たぶん買わないと思うんです。なぜかっていうと、キャラクターにえろさを感じないからです。
しかし、なぜか断言できます。かがみは生理痛重いです。
この確信にも似た気分のことを、俺はうまく説明できません。えろさっていうのはすなちわ肉体性のことだと思うんですが、俺はかがみにさほどのえろさを感じません。先に挙げた指標である体臭もかがみには感じないのです。くつした感が足りない。同じらきすたのキャラであっても、みゆきさんには生理あるように思うんですが、つかさとこなたは生理ないです。つまり初潮まだです。
この点についてはあくまで仮説の域を出ないのですが、俺は「女の子性」というものを挙げたいと思います。つまり、らきすたのキャラクターで「いかにも女の子」という特質を与えられているのはかがみだけだということです。つかさもまた「女の子」ではあるのですが、それは大昔の少女マンガのキャラクターと同様に「脱臭された」女の子性であり、そこには生々しさが欠けています。そこいくとかがみはダイエットしなきゃだめだし、なんか嫉妬ひどそうだし、彼氏欲しいみたいだし、きっとオナニーすごい。このことは、かがみ本体の肉体に依拠しているというよりは、設定、ないしは生活そのものに依存して成立していると思うのです。
そういうわけで、ここでの「生理あるかどうか」については、俺はキーワードとして「日常性」を挙げておきたいと思います。生活のリアリティといってもいいかもしれない。こなたにも別種のリアリティはあるのですが、あの生活俺らだろ。俺らのリアリティに初潮ねえよ。
さて、最後になりました。ここまで読んでくださった方はよく読めたな。
最後に「顔面騎乗されたいかどうか」です。もはや俺以外にとってはほとんど意味をなさない指標です。
これについては、はっきりと断言できるんですが、たとえば「けいおん!」なんかを例にとってみましょうか。俺は唯にすごい顔面騎乗されたい。しかしここでも不思議なのですが、俺は唯に体臭はあまり感じないし、生理ある感じもあんまりしないのです。さっきの例でいえば、かがみの部屋には絶対に買い置きの生理用品どこかにあると思うんですが、唯の生活空間にはあんまりそれを感じないのです。たぶん憂が管理してるんだと思うんですが、そんな憶測はどうでもいいですね。いま「憂が管理してる生理用品」に興奮した人は、上のほうにスターでもつけておいてください。「ういー、きちゃったよー」とかです。
「顔面騎乗されたい」ということは、俺にとっては性欲の一表現です。すごい性的です。ですから、唯に顔面騎乗されたいということは、俺は唯に性欲を感じているということになります。しかし体臭は感じない。これはどういうことか。どうもこうもねえよという話もありますが、それは「けいおん!」という作品(アニメ限定です)が、体臭を支えるようにはできていない、ということです。あの作品は、確かに背景の描写や日常生活における描写について、相当に細かくリアリティを追求してはいるのですが、ただ、そこに「生々しい」感じだけはありません。あの細かさ、精密さというものは、いってみればジオラマの精密さであり、丁寧に描写すればするだけ、より作り物感が増す性質のものです。
しかし、その精密さが人間の肉体に向けられたときには話が変わります。人間の肉体は確かに「モノ」ではあるのですが、描写そのものが意味を持つという点で、物体とは大きく異なります。リアルになればなるほど、そこには人間らしさとでもいうべきものが伴って「いなければならない」と我々は考えがちです。精巧な人形に感じる一種の気味の悪さというものは、その「人間らしさ」の欠落に由来するものでしょう。
結果として「けいおん!」におけるキャラクターの肉体の描写というものは、作り物めいた世界のなかに、肉体の即物的な生々しさだけが際立つものになっています。そこに生活のリアリティはなく、あってもまがいものに近く、ただ肉体だけがあるのです。
俺はこうした前提のため、唯に肉体の生々しさ「だけ」を感じる結果になってしまったのでしょう。そしてそのことが「顔面騎乗されたいが、体臭も感じなければ生理もない」という把握につながったのだと思われます。
以上、ざっとではありますが、女の子のキャラクターを構成する3つの要素について概説を述べてみました。ちなみに、ゆのっちには全部感じるので俺はゆのっち大好きです。手がつけられません。
ちなみにこの指標は、あくまで俺個人の趣味にのっとって作られたものです。ある人にとっては「唾液、オナニーひどい、おしっこする」かもしれません。別の人にとっては「嫉妬、瞳孔まっくろ、刃物」かもしれません。
以上、おんなのこだいすきも20年以上やってるとどこに着地するかわかったもんじゃねえ、ということを実証してみました。ここまで読んだ方は本当にお疲れさまでした。それでは、二次元の地平の彼方でお会いしましょう。アディオス!
※追記
めでたくホッテントリ八分くらいました……。
トップページから弾かれてます。初です。ちょっとうれしい。
※さらに追記
みんなゆいの女の子の日とか気にしすぎです。
本日の「おまえが言うな」でした。
