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本を愛する医者のブログ...ほんのひととき

2017-06-09

街道をゆく 横浜散歩

12:31

街道をゆく〈21〉神戸・横浜散歩ほか (朝日文庫)

街道をゆく〈21〉神戸・横浜散歩ほか (朝日文庫)

先日、帰りがけに横浜駅東口のデパートで開催されている「没後20年 司馬遼太郎展 21世紀未来の街角で」を見てきました。

“日本人とは、日本の国とは何か、と考え続けた作家司馬遼太郎が72歳で亡くなって20年がたちました。本展では、時代を担うこどもたちに書いた『二十一世紀に生きる君たちへ』に通じる未来の街角を会場にすえ、この街角に立てば、「司馬さんにあう、作品にあう」ことができるでしょう。相模の国を治めた北条早雲を描く、『箱根の坂』、あるいは『竜馬が行く』『峠』『街道をゆく 横浜散歩』で描かれた横浜の街、思い思いのメッセージを受取ってください”という案内に惹かれました。

今まで読んできた司馬作品の元となる貴重な資料の数々、単行本、インタビュービデオなど見ごたえのある展覧会でした。ぜひ、機会があれば見に行かれるとよいと思います。

帰りがけに没後20年という表示を見て、ちょうど10年前に参加した第10回菜の花忌のことを思い出しました。そのときの記事を転載します。

臨床看護2006年5月号 ほんのひととき 掲載

司馬遼太郎記念館は来館された方々それぞれに何かを感じ取っていただけるような,あるいは司馬作品との対話,自分自身との対話などを通じて何かを考えることのできる,そんな空間でありたいと思っています"(司馬遼太郎記念館パンフレットからhttp://www.shibazaidan.or.jp/)

 司馬遼太郎さんが大動脈瘤破裂で亡くなられたのが1996年2月13日で,今年は没後10年になります。

 今年2月25日に東京日比谷公会堂で,「第10回 菜の花忌」(主催:司馬遼太郎記念財団)が開催されました。「菜の花忌」は司馬さんの亡くなった毎年2月に東京大阪で交互に行われている会で,みなさんもご存知のように代表作の一つ,『菜の花の沖』から命名されています。

 私も前々からこの講演会に参加したいと思っていましたが,今年は幸い参加申し込みの抽選が当たり,土曜日の午後に喜び勇んで日比谷公会堂へでかけました。

 壇上には,たくさんの読者から送られたという約3,000本の菜の花が飾られ,冒頭に司馬さんの福田みどり夫人が挨拶されました。

 「10年前に司馬さんが亡くなったときには,自分が生きていけるかどうかわからず,ただ息をしているだけの状態でした。10年してこのような日を迎えることができるなんて,全く想像もできませんでした」

 という言葉には思わず感涙しました。みどり夫人は御主人のことをいつも「司馬さん」と呼んでいたそうです。

 今回の「菜の花忌」シンポジウムでは「坂の上の雲――日本の青春」と題して,作家の井上ひさし関川夏央,比較文学者の芳賀徹劇作家で評論家の山崎正和さんらが壇上に登場しました。

 この4人のシンポジストは私にとって豪華メンバーでした。この欄でも関川夏央さんの『司馬遼太郎の「かたち」この国のかたちの10年』(文藝春秋社刊)と,芳賀徹さんの『詩歌の森』(中央公論新社刊)を以前取り上げました。

 また山崎正和さんの本としては,医学生時代から森鷗外の評伝『鷗外 闘う家長』(河出書房新社刊)を折りにふれて読み返しました。

 今まで活字を通してお知り合いのつもりだった作家や評論家の肉声を聴くという経験は,ちょうどいつもCD(あるいはi-pod)で聴いている歌手のコンサートに行ったような気分でした。

 大阪にある司馬遼太郎記念館へは2年前に私は訪れました。記念館は司馬さんの自宅と庭伝いに一体化されて,庭からは生前のままに保存された書斎を窓越しに見ることができました。そして散策道を歩きながら安藤忠雄さん設計の記念館へと導かれます。

 この記念館の中にある大書架がまさに圧巻でした。「司馬遼太郎の創造空間」をモチーフとして高さ11メートルの壁面いっぱいに書棚がとりつけられ,長年小説・旅行記・随筆を書く資料として集められた二万余冊もの蔵書が展示されていました。私は週末の午後の静かな時間に初めてその書架へ入り込んだときに,その蔵書の醸し出す雰囲気にただただ呆然と立ちすくんでしまったことを思い出します。

 さて今回のシンポジウムで取り上げられた『坂の上の雲』は,日露戦争においてコサック騎兵を破った秋山好吉,日本海海戦参謀秋山真之兄弟と同じ伊予の国・松山で幼なじみで,明治文学に大きな足跡をのこした正岡子規の3人の男達を中心して,昂揚の時代であった明治群像を描いた司馬さんの代表作・大叙事詩です。

 シンポの副題「日本の青春」にそって4人のシンポジストが,小説の技法からはじまって司馬史観,その後の日本の近代史,さらにはこの小説の書かれた1968年から70年代はじめの日本の状況と,なぜその時期にこの小説が書かれたのか,などなど論客たちの個性豊かな言葉に,3時間近くまさに身を乗り出して聴き入りました。

 シンポが終わったあとで壇上の菜の花が参加者全員に1本ずつ配られ,ちょっと春めいた風の吹く日比谷公園の中を,なにか満ち足りた気持ちで帰路につきました。

2016-12-13

漱石とその時代

12:31

漱石とその時代 第1部 (新潮選書)

漱石とその時代 第1部 (新潮選書)

今年の12月9日は夏目漱石の没後100年目の命日だったそうです。

テレビ番組でも取り上げられ、晩年の漱石を描いたドラマも放映されていました。

岩波書店からは、新版の「漱石全集」が命日にあわせて刊行開始されました。

また新書の新刊売場には十川さんの漱石評伝がでていました。全集の抄録のような簡潔な文章で、初めて全集を読む人には最適な案内になると思いました。

これを機に、ひさしぶりに今度の正月休みには漱石を読み返そうと思っています。

16年前(1998年7月)に書いた、書評を再録します。

<臨床看護 第24巻8号1232頁 1998年7月>

手元において、折に触れ繰り返し読みたくなる本が愛読書だとすれば、私にとっては漱石の『三四郎』『心』がいつもそばにあります。この漱石の魅力を長年にわたって教えてくれたのが、この江藤淳氏のライフワークともいえる漱石評伝です。

今、私の本棚にある第一部・第二部は高校生のときに現代国語の教材として取り上げられた本です。

江藤淳は、夏目漱石を隈なく読んだばかりでなく、強烈な心象を築いている。評伝とはこんなに活力に満ちているものであるかと驚くであろう。苦心の調査を積み重ねており、研究家が好んで造り上げる剥製の評伝とは質を異にしている。この本を読んで感動しない人たちは、芸術家の誕生という主題に全く縁がないことになる、・・・この本は漱石愛する人たちが必ず読んでほしいと思う」(荒正人氏評)

という当時の書評通りでした。難解ながらも読み通しました。そして大学受験が終って医学部入学後、岩波書店から予約販売された漱石全集を毎月1冊ずつ本棚に並べては悦にいっていました。

大きな活字としっかりとした製本で読むと、文庫本で読むのとはまったく違う読書感がもてることをこの全集から教えられました。

その後1993年に20年ぶりとなる年に、『漱石とその時代・第三部』が出ました。漱石39歳、明治38年、日露戦争勝利とその犠牲にゆれる明治社会の時代背景と、漱石の家庭環境、内面の告白が小説として必要であった境遇、門下生との交流、大学教員を勤めながら徐々に小説家として歩み始める、その姿を自立への葛藤を見事に描いているという感想をもちました。

第四部は、明治40年に東京朝日新聞社に入社して小説記者となった漱石が、ほとんど休みなしに『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』などの諸作を連載し続ける姿を活写しています。

あとがきには“その意図は漱石の言葉を超時間化された一種抽象的な空間から呼び戻し、時代の文脈の只中に甦らせようとすることころにある”と書かれています。胃弱をかかえつつ文筆で苦闘する漱石の苦悩を、小説が連載されていた新聞紙面の構成との照応まで調べ上げて明治末期の5年間の社会状況・時代背景のなかで見事に描いています。こうした分析を通じて、これらの小説が明治の日本の文明論的本質を鋭くついていること、さらには日本の「近代化」の行く末もこの時代にあって漱石がすでに見通していることを示しています。

蛇足ですが、漱石が吐血して危篤状態になった、いわゆる「修善寺の大患」をドキュメントタッチで描いている章は、当時の医療状況を目の当たりにするようで興味を惹きました。

2016-02-20

がんと闘った科学者の記録

11:53

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

がんと闘った科学者の記録 (文春文庫)

昨年のノーベル物理学賞を受賞された梶田教授の恩師である戸塚洋二先生の大腸癌闘病の記録です。2008年に亡くなられた戸塚先生のドキュメント番組をNHKで再放送しているのをたまたま私は見て、初めてこの本のことを知りました。すぐにクリニックの近くの書店で文庫版を買い求めました。お読みなられた方も多いと思います。

お花のカタログかと思うようなきれいな写真が表紙を飾っていました。すべて戸塚先生自身が撮影されたお花で、プロのような鮮やかさが目を惹きました。

ニュートリノを研究される原子物理学者としての記録にかける周到さが、このお花の写真のみならず、CT画像の解析、ご自分の臨床データのグラフ化など本書のなかにも随所に挿入されています。

私も長年、病院勤務でがん治療に携わりながらもこのような病状の数値化について科学者としての徹底した観点を持っていなかったことを戸塚先生に指摘されたよう気持ちで読みすすめました。

進行がんにかかった患者さんすべてがこのように客観的にご自分の病状を見ることはできないとは思います。しかし治療に携わる医療者としてはこのような徹底した病状把握が必要と強く感じました。

本書を読み終えたあとに録画しておいたNHKの番組をもう一度見直しました。すっきりとして出で立ちの戸塚先生の微笑を絶やさないお姿とともに、本書に引用された正岡子規の次の言葉が今でも強く印象に残っています。

悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。』

正岡子規

2016-01-09

タオ 老子

14:38

タオ―老子 (ちくま文庫)

タオ―老子 (ちくま文庫)

先日、著者の加島祥造さんの訃報を新聞で読みました。

8年前に、加島さんの「タオ 老子」を書評欄で紹介したことを思い出しました。

文庫本もでているようで、心の平穏を求めるときに読み返したくなる本です。再録します。

臨床看護2000年8月号 ほんのひととき 掲載

“「老子」は人間にある宇宙意識と社会意識の間のバランスを語る。つまり,左の手は,なにも掴めない空に向かって開き,右の手は,しっかりと掴める大地のものを握りしめている。この大きなバランスを「老子」の言葉から感じとると,人は安らぎやくつろぎの気持の湧くのを覚える"(本書あとがきより)

 著者の加島祥造さんは詩人で,イエーツ,ポーなどの英文の訳詩集も多く出しています。その加島さんと「老子」のかかわりは,『タオ・ヒア・ナウ』(1993年刊,パルコ出版)からで,幾冊もの英語訳「老子」本をもとにして,「老子」の生きた口語訳を試みたのが始まりです。

 「以前の私は,現代のこの国の多くの人と同じように,原文や和訓を読んでも,『老子』が分からず,『老子』とは理解出来ないもの,ときめこんでいた」という加島さんが,英訳の漢詩集である『老子』(アーサー・ウェーリー訳)を読んでから魅せられて,「老子」のメッセージを「詩」としてとらえようとする姿勢で書かれています。

 本書の題名にある「タオ(Tao)」とは「道」のことで,中国語では,da`oまたはta`oと表記されます。そして,このda`o(ダオ)は日本語に入って道(ドウ)と発音され,道中,柔道茶道などと使われています。英語辞書で「Taoism」を引くと,「老子荘子によって展開された哲学体系。宇宙の根本原理である道(Tao)と調和した幸福な生に到達するために,完全に素朴で,自然の流れに逆らわず干渉しない生活を唱導した,無為・自然を旨とする哲学」と書かれています。

 しかし,このような予備知識は無用と,加島さんは「あとがき」で次のように述べています。

 “他の人からの先入観や予備知識なしに,いまのあなたのままで「老子」の言葉に接し,自分のなかに共感するものがあるかどうか,験してほしい。

 私は「老子」に共感したものを,頭で邪魔されずに,なんとか再現しようとした。これがこの仕事の根底の動機だった。「老子」を私の共感から蘇(よみがえ)らせることができたら,これで私の役割は終わるのである。あとは「老子」と読者の「じかの関係」に移る。そこに共感の磁場が生じたら,訳者の私は消えうせる。"

 2500年前の中国にいたとされる老子の思想が,こうして自由口語訳でよみがえるのも,奇妙なタイムトリップのような感じがしてきます。さらに漢文では掴めなかった老子自由な発想と明快な考え方のすばらしさが,英文という濾過装置を経て,加島さんのいう「文字にひそんでいる声として聞き取ることは命のメッセージを感得すること」につながる不思議さとも,あいまっているようです。

 本書を読みながら,私は,この欄で紹介した長田弘さんの詩集にも「老子」について次のような一節があったことを思い浮かべました。

 “剃刀と着替えと文庫本数冊。ふだん読めないようなもの。たとえば『老子』のような。いつもと変わらないままに,日々の繰り返しから,じぶんを密かに切り抜いてみる。それだけの旅だ。…誰に会うこともない。忘れていた一人の自分と出会うだけだ。その街へゆくときは一人だった。けれども,その街からは,一人の自分とみちづれでかえってくる。"(長田弘著『記憶つくり方』より)

 たぶん本書を読むには,休日の朝とか,旅先で寛いでいる時間がいいのかもしれません。

 “タオの在り方にいちばん近いのは/天と地であり,/タオの働きにいちばん近いのは/水の働きなんだ。

 そして/タオの人がすばらしいのは/水のようだというところにある。/水ってのは/すべてのものを生かし,養う。/それでいて争わず,威張りもしない。

 上善如水,水善利萬物,而不争.

 The best of men is like water;

 Water benefits all things

 And does not compete with them."(「本書第8章 水のように」より)

2015-06-01

アメリカの61の風景

15:23

アメリカの61の風景

アメリカの61の風景

先月、新聞の訃報欄で詩人長田弘さんが逝去されたという記事を読みました。

長田さんの詩集・エッセイを始めて読んだのは、約30年前、新聞の日曜文化欄で長田さんが出身地の福島の風景を描いた記事を読んで以来でした。ちょうど私はアメリカ留学から帰国してから、日本語の本に飢えていたときで、さりげない言葉の中に癒しを感じる文章に惹かれました。

「みえててはいるが誰れもみていないものをみえるようにするのが、詩だ」という長田さんの詩集『記憶のつくり方』を読んでから、休日の朝や、旅先で繰り返し読んだことを思い出します。

「一冊の本がみずからその行間にひそめるのは、その今という時間のもつ奥ふかい魅惑です。読書中という見えない札を、心のドアに掛けて、思うさま一人の私の今という時間を深くしてゆけるのは、おそらく、一人の私にとってもっとものぞましい読書のあり方です」(『すべてきみに宛てた手紙 晶文社刊 2001年)

年に1回、あるいは2年に1回は新しい詩集や本がでることを楽しみしていました。

旅を題材した、『アメリカの61の風景』の書評を再掲して長田さんを偲びたいと思います。

合掌

臨床看護2005年3月号 ほんのひととき 掲載

“幸福なんて,ごくささやかなものだ。幸福は,大きな空しさを真ん前にした,ささやかな充足にすぎない。(中略)

 はるか昔,ローマ賢者の遺した自省の言葉を思いだす。「普遍的な時を記憶せよ,そのごく短い,ほんの一瞬間がきみに割り当てられているのだから」とマルクス・アウレリウスは言った。(中略)

 そのときわたしは,人生で手にしうるおそらくはいちばんきれいな時間のなかを走っていたのだと気づいたのは,ずっと後になってからだ"(本書より)

 私の書棚に数多くならんでいる長田弘さんの詩集エッセー集に新しい本が加わりました。本書『アメリカの61の風景』は,長田さんが約20年間にわたって北米大陸を気の向くまま飛行機で降り立った町から,地図と勘を頼りにレンタカーを走らせる車の旅にもとづいて,いわば路上からみた「風景という物語」を綴ったエッセー集です。

 “風景とはただ周囲に広がる風景ではない。アメリカ詩人ウォルト・ホイットマンはある詩の一節で「子どもがじっと見つめたものは,その子どもの一部になっていった」と歌った。これこそ僕の旅の心。見つけた風景によって人は作られていく"

 と長田さんが書評欄のインタビューで述べているように,風景の広がりのなかで言葉を得つつ,そこからしか見えないアメリカを深く考えるエッセーが綴られています。

 私もちょうど20年前に2年間,ニューヨークに留学する機会を持ちました。家族3人で暮らしたニューヨーク郊外の街並み,週末や夏休みのドライブで東海岸の各都市,さらにカナダまで車旅行したことは今でも鮮明な思い出として残っています。長田さんのこの旅のエッセー集には,そのときに受けたアメリカの印象と「旅」の素晴らしさをあらためて思い起こさせました。

 エッセーとはいえ,詩のような響きのある言葉で描かれる情景は,いつもながら光っています。

 “森の木々のあいだには,なんともいえないキーンと澄んだ空気がある。森の奥の明るい静寂に耳を澄まして,ゆっくりと走る。

 木々の梢のさきの空の,青みがかった灰色がきれいだ。どう言えばいいか,すべてありふれていて,何一つ際立っていないのに,すべてがみちあふれている。ふしぎなバランスが景色のすみずみまでみたしている"(本書『アパラチアの森の木』より)

 ついテレビ,新聞報道だけをみていると,ニューヨークワシントンなどの大都市の印象がそのまま「アメリカ」と重なってしまいがちです。

 しかし,“大都市アメリカの例外的な場所にすぎない。一日走っても人にあわないような田舎が大部分を占める。何もないから言葉が必要だった。アメリカに行くと,言葉の力を信じている人々を実感する"(本書より)というように,大きな空間に生きる人々の姿を丹念に描く長田さんの本を留学生活を振り返りながら読んでいると,長田さんがなぜこのような旅を続けているのかを少し理解できた気がしました。

 なにもアメリカには限りません。国内でもこのような風景と言葉にめぐりあえると思います。

 “旅からもちかえるものは,いつも決まっていて,誰への贈り物にもならない,かたちのないものだ。意味あるものであっても,ごくごくありふれたもの。つまり,言葉だ。一度にすくなくとも一つ。"(本書より)

 そんな言葉をみなさんもたぶん今までの旅の中から探してみませんか? あるいは,次の旅で見つけてみませんか?

 “決まった時間の外に,じぶんをもってでる。決まった時間の外にもう一つの時間があり,そのもう一つの時間のなかに,忘れられた人生の単純さがある。旅に目的はない。ただどこかへゆく。そして,人生の単純さをじぶんに,ほんのしばらくでもとりもどす。どこか ――時間がきれいな無でみたされていて,神々がほほえんでいると感じられるような,どこか"(本書,『ミシシッピ源流』より)

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