Hatena::ブログ(Diary)

散文的に笑う

2010-08-30 勝負と過程と僕

とりあえず生存報告

このはてダTwitterアカウントと直結していて見ている人も殆どいないし、僕が生きているか死んでいるかの元気でやっているかなんて、リアルを謳歌する友人ら一同に置かれましては昨日のお昼ごはんぐらいにどうでもいいことであることだとは思いますが、一応報告。生きています。東京の隅っこの方で。

本題

別にこんな生存報告をするべくしてはてダを開いたわけじゃなく、こっちにきて色々なボドゲオフに参加していくうちに色々と思うことがあったので書いてみんとしてキーボードを叩きつけるものです。

コンテンツ

  1. 結論
  2. 最近参加したイベント
  3. 勝つか負けるか
  4. そこから見えた僕の現状と未来
  5. 結論

結論

日和見なだけの今までの自分にさよならしなきゃね(社会人的に考えて)

最近参加したイベントについて

7月末のゆるドミ会と8月末のぺらねこナイト4に参加してきました。どちらも楽しく家に引き篭っているより千倍万倍の価値ある時間を過ごすことができました。東京すごい。大学時代は同好の士がいたものの、なかなか時間を合わせることができず何時間も遊ぶというようなことは皆無で、あんなにゲームづくしな密度の濃い時間は久々でした。また参加したいし、周りの友人とも時間を作ってじっくり遊びたいという気持ちが生まれたきっかけになりました。

実際、会社の同期と最近我が家でカルカソンヌサンファンカタンを遊ぶ機会を作るようになり、良い影響を受けたなーと我ながら思う次第です。

勝つか負けるか

これがこの日記を書くきっかけになったのですが、各ボドゲオフを経て僕は「勝つという結果のためにプレーしていない」という自らの重大な弱点に気が付いたのです。正確に言うと、勝ち負けをよく憶えていないのです。ゲーム中にあんなことやこんなことを考えたなぁということははっきりと覚えているのですが、勝敗に関しては記憶の篩に全く引っかからないのです。おそらくここで自然に出てくる質問の一つとして

「それではあなたはなぜゲームをするの?」

ということが挙げられます。これに対する僕の回答は単純明快で

「一緒にプレーしている人のリアクションを愉しむため」

という一点に尽きます。

もちろん勝ったらその瞬間は嬉しいですし、当然負けたら悔しいなぁとも思います。が、僕にとってのゲームの楽しみはそこにはなく、人がある目的に対して思考を張り巡らせる一瞬の表情であったり、駆け引きを行う話術の巧みさであったり、ストーリーを円滑にすすめるGM役の心遣いであったり、負けが確定している人の最後の表情などなど一瞬の人間臭さを感じるためにプレーしているんだと最近思うようになりました。

そこから見えた僕の現状と未来

今現在僕はある会社のある部署に配属されており日々先輩社員から出される課題に東奔西走しているところです。課題に対して仕様を満たすものを作る過程でいろいろな考えと知識を身につけ会社に貢献できる社会人に一日でも早くなれるように努力しているところです。同期同士で切磋琢磨しております。人によっては深く考えることなく実装に入り、問題点は一瞬の判断で解決して次に進むという離れ業で課題をひょいひょいこなしている人もおり、自分の考える遅さや発想の貧困さに日に日にこれでいいものかと悩む日が続いております。

そこで上に書いたとおり、過程を充実させようと(楽しもうと)するという自らの特性が仇になり、結果にきちんと目標が置けていないんじゃないかなという自らに対する疑念が浮かんできました。

「過程大事だけど、結果が付いてこないと意味が無いよ」と上司にもお言葉をいただいており、そろそろ一念発起して結果を出せるようにもならないと、器用貧乏という大変不名誉な称号を得てしまいそうです。

結論

もともと、負けず嫌いで勝敗しか見ていなかった過去の自分が嫌で始めたボードゲームでしたが、そろそろ勝ちという結果を目指して頭を働かせる貪欲さも出せるようになりたいですね。特に全体の状況と自分の状況を把握するという点においてはボードゲームほどいい練習の場はないと思うのでそこから始めます。

2009-11-10

twitterのまとめサイトをはじめてみた

| 06:28

善は急げとガイアがささやいたので始めてみた。完全に見切り発車。使い方に慣れてないので、変なことをしてしいまうかも。

このなかむしいるよ! - はてなグループ::ついったー部

ついったーグループの日記、というかグループウェアの日記ってちょっとはてダと違う事にびっくりした。

始めたモチベーションは昨日の通り。自分の周りの一言ひとことを拾っていこうかなぁと思ってる。続くかどうかは根気に聞いてくださいな。

2009-11-09

twitterのまとめサイトをやることをひたすら妄想してみようと思う

| 05:53

http://twitter.g.hatena.ne.jp/maname/20091109/1257710211

の記事にあてられたので、ちょっと眠気と一緒にベッドに横たわりつつ自分の考えをグダグダとアウトプットしていこうと思う。途中でポストするかも知れないけど、それは僕が途中で飽きた証拠であり、またそんな中途半端なポストをしてもこんな広大なインターネットの世界の端の端であるこのブログでなら許されるだろう。

公開する場所は、全然使ってないことだしツイッターグループの

http://twitter.g.hatena.ne.jp/nakm/

を使ってしまえばいいや。

次に「何をまとめるか」を考えよう。twitter的に言えば、そんなことを考えるのはナンセンスであり自分が面白いと思ったものをまとめていけばいいんだろうなぁ。僕がTLで見る、クスリと来たtweetとその流れを公開できたらいいと思う。twitter上で行うべき配慮としては、空気読んでそれをまとめていいかを判断することと鍵付きポストはまとめに入れないってことぐらいかな?

僕がよく目にするのはでまいんちゃんTL、二郎TL、IT系TL、変態TL、アニメ実況TLぐらいかな。でも僕は普段の生活に潜む何気ないポストがすごくすきなので、まとめたいのはこれらのある意味濃いTLよりも、何気ない日々のTLをまとめたいと思っている。

一番好きなのは関連したポストをしているのに@を飛ばさないで、でもなんか複数の人が繋がって会話している感じ。すごく暖かさを感じる。

まぁ重要なのはネタよりも毎日まとめることですよね。

そういう意味では、さまざまなめりっとは毎日のふぁぼったーランキングという人が見たくなるような毎日変化するネタを提供しているのが上手いなぁと思う。まぁそのうまさよりも毎日それをやっているって言うことの方がすごいんだけど。

あぁ眠くなってきた。そろそろまとめないと。まあとりあえずグダグダ考えたことだし、水曜日を過ぎればある程度忙しさも薄れてくるので、そのあたりでタイトルとか色々考えてみよう。

2009-10-06

遠く離れた土地で

07:56

最近今まで住んでいた土地を離れて異国の地で生活をしている。新しい環境、全く違う街並みというものはとても面白いもので、自分の中の価値観がまた一つ変わった気がする。

今まで小学校から大学までで何時間と英語の勉強はしてきたけど、全く役に立たない、というか公用語が英語でない。だが1からの言語の習得をしなければならなかったのは意外と大変だったかと言えば、そうでもなかった。いや、習得したわけでもないのに楽だったと言い切るのは早計かもしれないけど、実践を通した言語学習が、机に向かって勉強するそれに比べれば遥かに効率がいいものだということは理解できた。

日本の英語の授業は基本文法と単語の組み合わせで英文を日本文に、日本分を英文に直す作業が半分以上占めているように思う。これが問題点で、この授業を通して生徒は単語や語彙の日英の対応を1対1マッピングで暗記しようとしていることがこの問題点のもたらす大きな誤解である。

あまりうまくは言えないけど日本語の「こんにちは」は「こんにちは」であり「ciao」は「ciao」なのだ。時々僕が日本人だとしると、こんにちは、さよなら、ありがとう、を言ってくれる店員さんがいるのだけど、彼がさよならの本質を理解して言っているようには思えない。彼の意識では「ciao」程度にしか思っていないように思う。今までの僕の経験ではさよならとお客に言う店員は見たことがないし、これからも彼ら以外に合うことはないだろう。結局彼は誰かに教えられた(もしくはどこかで偶然知った)この知識を使っているに過ぎず、彼にとがめられる部分は全くない。このとき思ったのは、彼は「ciao」もしくは「arrivedelci」に「さよなら」という言葉をマッピングさせただけなんじゃないかということと、僕も同じようなことをしているんじゃないだろうかということだった。たとえば先ほどから何度も出ている「ciao」という言葉はとても便利な言葉で、朝昼晩使える。これを日本語に変換しようとすると確実に誤差が生じるだろうと思う。冒頭で述べたとおり「ciao」は「ciao」であり「ciao」以外の何物でもないのだ。だから僕がやるべきは積極的に使い耳にし、「ciao」がどのような状況で使われるのか、誰が言っているのか、どう変化するのかを知ることで少しでもその語のバックグラウンドを理解しようとするべきなのである。

言語を理解することは相手の文化を理解することであり、それなしに言語の本質を語るのはとても難しいことだ。ということを書きたいがためのエントリーだったけど、上手く言語化できなかったので、ここらで締めよう。駄文はどこまで行っても駄文なのだ。

2009-06-25

前進しない僕の思い

01:10

久しぶりにブログでも書いてみる。一日一回更新していた昔の僕はすごいと思う。継続は力なりとは言った物だ。

就活が終わった流れでブログを書くのもやめてしまっていた僕ですが、Twitterは相変わらず続けていてこれが「Blog疲れか」などと知ったふうな口をきく今日この頃。

昔やっていた別のブログも、残しておく意義が感じられなくなってしまったのでとりあえずもうこっちでは書かないよというPostで締めくくっておいた。コメントの欄に速スパムコメントが入ってた当たりに懐かしさを感じた。そうそうそのブログのラストPostを読んで、僕がまだ会津の地にいることを知った高校時代の友人が電話をくれてそのまま飲む流れになった。彼も今会津の地で働いているそうで、もう僕や同じ大学に進学した他のクラスメートは全員卒業してしまったと思いこんでいたらしい。何処でつながるか分からないものだ。

彼は今近くの町役場で公務員として働いているらしい。高校時代の友人達の現状や、あの頃とは変わってしまったお互いの興味ついて会話できたのは自分の中で物事を整理できたので良かった。やはりたまには誰かとがっちり話をするべきだ。

面白かったのは、彼が今働いていることに対しての不満を聞けた点でまだ2ヶ月しか働いていないのに色々と愚痴ることができるのは素直にすごいと思った。僕はきっと最初の半年ぐらいは先輩に言われたことを何も考えず二つ返事で行動に移す程度のことしかできないだろう。

彼が今いる社会というステージに来年度から立つ身としては、まず自分の意見に折り合いを付ける技術が必要と考えていたけど、そうでもなさそう。自分がやれること、自分にできることを考えつつ思いっきり引っかき回しても面白そうだなあと思う。

と意気込んでは見る物の、社会に出るに当たっての気持ちは前進しているのに研究は全く前進しない現状をまずはどうにかしないと。