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2012-08-23

首相と市民の対話

昨日8月22日に「なぜ早く決められないのか」という記事を載せたが、その日の午後首相官邸で野田首相と原発再稼働反対の市民デモの代表者との対話が行われたことが報じられた。話し合いは平行線に終わったようだが、このような企画は前代未聞のことであり、その意味では野田首相の真剣さと積極性を評価する。

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首相は大飯原発の再稼働について「安全性を確認し、国民生活への影響などを総合的に判断した」と説明し、原子力規制委の人事案撤回要求は「国会が判断する」と応じなかった。しかしこの中で注目すべきは今後のエネルギー政策は「中長期的に原子力に依存する体制を変えることを目標にしている」と述べ政府の基本的な方針は脱原発依存であることに変わりないを明らかにしたことである。気になるのは中長期的ではなく可及的速やかにやってもらいたいことだ。この会見後日本商工会議所会頭は早速首相に脱原発案は現実性がないとする要望書を手渡したという。

心配はこの後である。解散含みの政局下で原発問題は各方面の自己権益拡大の道具として都合の良いように弄ばれることだろう。そして国民生活の安全よりも経済成長の手段として使われかねない。「なぜ早く決められないのか」この疑問がまた繰り返されることを恐れる。

2012-06-02

大飯原発再稼動の先にあるもの

大阪市の橋下市長が手の裏を返したように大飯原発の再稼動容認を表明し、京都、滋賀も腰が砕けたようだ。原子力規制庁もまだ出来ないというのに、もはや野田首相の決定に委ねられた再稼動は時間の問題となった。圧倒的な国民の反対、不安は無視され、行政と電力関連会社など推進派の権益は保証された。福島の事故から1年3ヶ月、収束の見込みも立たず今も多くのリスクをかかえ、多くの被災者が苦しんでいるというのに!これは政治行政の堕落であり崩壊である。

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関西電力の需要予測によるとこの夏関西の電力は15%の不足ということだが算出根拠ははっきりしない。昨年夏の関東の節電実績を見ればこの位の節電は国民の省エネへの知恵と努力があれば克服出来るのではないだろうか?またその成功によって将来の日本のエネルギー事情は脱原発へ大きく舵を切ることが出来るだろう。反対に大飯原発の再稼動は省エネへの意欲を阻害し再生可能エネルギー開発の芽を摘み取り、さらには各地の原発再稼動に連動波及して脱原発は元の木阿弥に戻ってしまうだろう。歯止めのなくなった原子力技術や産業の海外輸出も恐ろしい。それは世界的な核の拡散にもつながるからだ。

新しい再生可能エネルギーへの追求がなければ日本の将来はない。日本はもっと脱原発のドイツの先見性と知恵に学ぶべきだ。原発依存度75%のフランスでさえ新大統領になり脱原発に舵を切り出したではないか。

2012-04-21

原発再稼動の愚

関西電力の大飯原発の再稼動が取り沙汰されている。一体そんな事があって良いものだろうか?

第一に安全性の保証がない。政府の中枢はストレステストで安全性を確認したということだが、大飯原発は福島第一原発に比べて何処がどう安全なのだろうか? 具体的な説明は何もない。聞くところによると福島第一で曲がりなりにも事故対策の拠点となった免震重要棟すらないという。福島では役立たずだったオフサイトセンターはちゃんと機能するものがあるのだろうか? 防波堤の嵩上げは25年度に出来るというがその間に津波がないとは保証されていない。免震事務棟やフィルター付きベント装置他の安全対策はなんと27年度に予定されている。安全対策は先送りで再稼動は妥当とは理解できない。原発へのルートは山を削って作った一本の道路しかない。素人目にも地震による山崩れで道路いや原発そのものも危ないと感じる。

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第二に独立した原子力規制庁がまだ出来ていない。IAEAの査察でも槍玉に上った経産省所属の札付きの原子力安全・保安院が監査をするなんて到底考えられない。その有害無益な存在は福島の事故で証明済みである。

ところがどうもいま政府の中枢は何としても再稼動をしたいらしい。「再稼動しないと日本は集団自殺だ(仙石)」とか「一瞬、日本の原発はゼロになる(枝野)」とか国民を脅し惑わすような発言が政府要人の口から飛び出して来る。彼等には権益擁護のための原発再稼動のプレッシャーが電力関係組織や経団連からかかっているのだろうか。それに屈することこそ政府の集団自殺である。

大飯原発の再稼動がないとこの夏に一昨年のような猛暑が来ると18%なにがしかの電力不足が起こるというがこれは関西電力の試算であってそのままうのみに出来るものではない。それは恐らく真夏のある日の午後、最悪の一瞬の想定だろう。行政は第三者機関による独自の調査で信頼に足る数字を出しその内容の詳細を国民に公開すべきである。そして原発なしでどう乗り切るかをあらゆる面から考え、その方法を提示し国民の協力を要請する。それが政府のやるべき仕事である。国民はそれが納得出来るものであれば不便を凌いで協力するだろう。昨年夏の関東首都圏の人々の行動を見ればそれは明らかである。その方が原発事故の不安に怯えて生活するよりも余程賢明である。ここで再稼動を認めれば将来的に脱原発依存は大きく後退するはずである。一方ここで省エネ技術や再生エネルギー技術を徹底的に追求することは地球温暖化への対策として将来的に有益である。

最近の世論調査では町の経済生活を全面的に原発に依存している地元のおおい町を除いて周辺の福井、京都、滋賀、大阪で圧倒的に再稼動反対だった。この住民の判断は正しい。原爆の悲惨、原発の怖ろしさを体験した日本人として当然のことである。福島の事故はまだ収束にはほど遠い。収束にはまだ何十年の月日と莫大な費用と将来じわじわと起こるであろう健康被害の可能性すら孕んでいるのである。今も福島第一原発からは放射能が毎日撒き散らされているのだ。再稼動の暴挙を絶対に許してはならない。

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

2011-08-01

中国vs.日本

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中国の高速鉄道事故には唖然とした。中国鉄道省は事故車両を壊して穴に埋め乗客の救出もそこそこに現場の検証、事故原因の解明も待たず僅か一日半で運転を再開した。そこには国家の威信の前には人命や安全は二の次であり失態の隠蔽が最重要であるとする体質が露わであった。言うまでも無く中国は共産党の一党独裁政権でありこの事件は天安門事件とともにその怖ろしさを実感させるものだった。

ところでこのニュースですぐに思い浮かべたのが日本の原発事故だった。放射能漏れについては枝野官房長官は「ただちに人体に影響を与えるものではない」を繰り返し、東電が原子炉のメルトダウンを認めたのは事故後二ヶ月も経ってからだった。いま5ヶ月近くを経過して曲がりなりにも原子炉の安定冷却に到達したというが今後の見通しについては予断を許さぬ状況が続いている。日々より広範囲での魚介類、農作物、家畜の汚染が明らかになりつつあり直接の被災者のみならず全国的に国民の不安は高まりつつある。

民主国家である日本の政治体制は中国のそれとは大違いと思われるが、政府や官僚の本質を見ると意外な共通点を持つことが分かる。原子力発電について言えばこれは国家的プロジェクトととして進められたがその推進や運営に関しては経済産業省と東電を始めとする全国7つの独占企業である電力会社の利権をバックとする密接な連帯のもとに進められた。

経済産業省の中に原発を推し進める資源エネルギー庁と安全を監督規制すべき原子力安全・保安院が同居していた。別に識者による原子力安全委員会が内閣府に存在したがそれはほとんど開かれることもなく機能していなかった。福島原発事故査察のため来日した国際原子力機関IAEAの査察団はいち早くこの体制の不備を指摘したがいまだに改善の動きは見られない。

それどころか最近もっと忌まわしい報道に耳を疑った。かって中部電力や九州電力の原発建設の地元で行われた国による現地説明会で電力会社や関連企業の関係者を動員して原発建設に例文つきで賛成の意見を述べさせたといういわゆるやらせ事件である。このやらせは安全・保安院が計画演出しメールによる根回しを行ったものだという報道を聞いて背筋が寒くなった。その説明会で会の進行を取り仕切っていた当時の保安院の課長が今は保安院報道官として堂々とテレビで解説をしている。これはまさに中国の隠蔽体質と同じではないか!

脱原発(個人的にだそうだが)を標榜する菅さんにはこの経済産業省改革にすぐにも取り組んで頂きたい。菅さんはこの構図は彼が厚生大臣時代に問題となった厚生省と製薬業界の癒着による薬害エイズ事件と同じだと述べている。


原発のウソ (扶桑社新書)

原発のウソ (扶桑社新書)

2011-05-05

脱原発

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東電は今回の原発事故の収束見通しの工程表を6ヶ月乃至9ヶ月と発表した。政府の圧力にそう言わざるを得なかったのだろう。政府としても工程表がなければ復旧計画の策定が出来ないし人心は安定しないのだろう。問題は見通しの根拠である。壊れた4基の原発の冷却系を修復または仮設出来ないかぎり収束はあり得ない。しかし二ヶ月近くを経過した今でも高濃度の放射線のために原発の建屋に人が入ることすら出来ていない。今やっていることは外部から水をかけ続けることだけである。これによって大量の放射能汚染水が溢れ続けその処理に窮している。高レベルの汚染水の量は何十万トンにもなるという。漏れ出した放射能は大気、海水、地表、地下水を汚染し続けるだろう。このままだと原発燃料の大部分がなしくずしに燃え尽きるまで水を掛け続けることになりかねない。最悪の想定は今一度大規模な余震が起こって津波が再び襲ってくることだ。そうなれば原子炉は大爆発を起こし放射能は東日本全体を汚染するだろう。

長い間続いた自民党政権の下で推し進めて来た原子力政策が安全神話を生み人々を洗脳して今日のこの事態を引き起こした。この小さな地震列島日本でそもそも原発が安全に運転出来るのか、あまりに甘い想定で建設が進められて来た結果と言わざるを得ない。事実今回の津波に匹敵する三陸大津波は1896,1933年に発生している。それを想定外に置いたのは理解出来ない。中曽根首相の下で通産大臣として原子力政策を進めて来た与謝野現経済財政政策担当大臣はそれでもこの原子力政策は間違いではなかったと反省の色もない。一体彼等の想定はどんな根拠に基づいて行われたのだろう?恐ろしいことに今や日本全国の海岸線に54基もの原発がある。それらは皆福島と同じ危険を抱えている。でも信じられないことにもうすでに自民党の中の原発推進派は原子力政策維持の強化を画策し始めているという。

最近のメディア世論調査によると現在日本で原発の廃止乃至縮小を望む人は約40%だという。残りの60%は現状維持又は拡大ということになる。如何に空虚な安全神話が深く人々に浸透しているか、如何に一度味わった豊かさに人々が虜にされてしまうかを物語る数字である。石原都知事も風や太陽で間に合うわけはない。原発は必要だと公言して憚らない。原発はコストが安いという人もいる。しかし果たしてそうだろうか?今度の事故による巨額の損失、復旧費用、さらに時間、空間および人の生活の喪失を考えれば答えは明白だろう。

飛行機が発明された時それは危険な乗り物だった。しかしそれを乗り越えていまは誰もがそれに乗る時代になったと言う人がいる。しかしいったんコントロールを失えば原子力は危険の規模が飛行機事故とは比べようがないほど大きい。被害は局地的でなく国境を越えて地球規模で拡がり、しかも影響は何十年も続く。チェルノブイリ、スリーマイルス島、それに今度の福島の事故がそれを教えている。

間違いなく今世界は核兵器廃絶を超えて脱原発の時代を迎えている。それを可能にするのは太陽光、バイオマス、水力、風力、潮汐、地熱など再生可能の自然エネルギーの利用技術の開発である。例えば太陽エネルギーについて考えてみよう。。コストや効率の問題は残されているがすでに実用化の時代に入っている。光合成の名で知られるように植物は太陽光を使って年間2000億トンもの炭水化物を効率的に作っている。そのうちの80%は最も原始的な生物、海洋プランクトンによるものだという。彼らは太陽光のエネルギーを使って水分子から電子を引き抜いているのだ。35億年も前に生まれた単細胞の生物が作った仕掛けが人間に出来ないことがあろうか。地球の生物は太陽のエネルギーに依存して生まれ進化して来た。将来もその道を辿るのが自然である。自然に優しいとはそういうことだと思う。

今野党のみならず与党の中でも政争がらみで大震災への菅政権の対応の遅さ、不手際を非難する声が大きい。単に批判することは易しい。未曾有の災害に迅速適切に対処することは難しい。しかしこの困難を乗り越えて安心安全な国家を根底から作り直すには脱原発が前提とならねばならないだろう。現政権には大災害を転じて大きな改革への好機と捉える気迫を見せてもらいたい。自民党を始めとする各野党には自分達の推し進めてきた原子力政策が間違っていた事をいさぎよく認めそれに代る政策を打ち出して現政権を批判してもらいたい。

2010-02-21

トヨタクライシス

どうしたことだろう?去年の夏レクサスのアクセルペダルにフロアマットが引っかかって起きたアメリカでの死亡事故に端を発したリコール問題にもたついている間に次々に連鎖反応を起して世界中の複数車種のアクセル、ブレーキ、ハンドルにまたがる大規模なリコールに発展してしまった。アメリカ国内でのトヨタに対する非難は想像以上のものがあるらしい。

日本ではあまり問題が無いところを見ると現地調達の部品の品質に問題があるらしい。しかしそれは勿論トヨタの品質管理のミスである。日本に司令塔を置いてあぐらをかき海外の現地の状況やユーザーのの声にはあまり耳を傾けて来なかったのではないか。現地での対応に慢心や人任せはなかったか?言いかえれば企業のグローバル化に安易に対応して来た結果なのではないか。

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新型プリウスのブレーキ設定の不具合は日本でも起きた。技術担当常務の説明は当初「お客さんのフィーリングの問題」とかたづけ不具合を認めなかった。車に合わせろと言っているように聞こえた。こんなところに王様トヨタの慢心が見て取れる。貴重なユーザーの声は製品の品質改良に生かすのがメーカーの取るべき鉄則である。

アメリカでもトヨタの対応は非常に悪かったようだ。リコールに手間取った上、豊田社長はアメリカ議会の公聴会には出ない。北米トヨタのトップにまかせ自分は日本でバックアップすると言っていた。米議会がこれに怒り召喚状を出すにいたりついに行かざるを得なくなったようだ。この状況ではあちらでのバッシングが思いやられる。本来問題が起こった時すぐにでもアメリカに飛んで対応すべきだった。企業のトップとして危機管理能力が欠けているとしか思えない。

トヨタが世界の信頼を取り戻すにはこれから長い年月と地道な努力が必要だろう。せっかく世界に冠たるハイブリッド技術で先駆けたと言うのに。