Hatena::ブログ(Diary)

なみへいのはてな このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-11-29

脱原発の正念場

日本人は忘れっぽいとよく言われる。衆院解散による総選挙を間近に控えて政治屋たちが右往左往しているが何故か福島原発事故災害への関心がうすれ、置き去りにされているような気がしてならない。この選挙では経済政策も勿論大事だが原発問題は当たらず触らずでうやむやにに棚上げされてしまいそうである。でもここへ来て変化の兆しが出て来た。

政党や立候補者が原発問題を曖昧にするのは問題が難し過ぎてまともに取り組むのは選挙に得策でないと考えるからだろう。あるいは解決策が思い浮かばないからだろう。安倍自民党の選挙公約はこうである。「原発問題は3年をめどに個々の原発の再稼働の可否を検討し、10年でエネルギーのベストミックスを考える」。これでは先送りでうやむやに原発依存を続けると言っているのに等しい。民主党は30年代の脱原発を標榜してはいるものの、その具体的な考え方や工程表を示してはいない。現に大飯原発の再稼働を拙速に容認して活断層問題を引き起こしてしまった。また震災復興予算の配分では官僚まかせで無関係の事業への多額の流用を許してしまった。

橋本大阪市長の日本維新の会が脱原発を売り物に発足したのだが石原慎太郎の太陽の党に取り込まれて原発推進にころりと変わってしまった。ひどい無節操である。これで橋本氏がどんな人物かがはっきり分かった。第三極はナショナリズムポピュリズムにとり憑かれたこんなグループには任せられない。

こんな時、嘉田由紀子滋賀県知事が突然「未来の党」を立ち上げて明確な脱原発(彼女は「卒原発」と言っている)を打ち出した。原発は10年ですべて廃炉とする。何と勇気ある発言だろう!でも驚くには当たらない。あのチェルノブイリ事故以後検討を重ね,福島事故の後ドイツがとった方策である。私達はドイツに学ばなければならない。

この未来の党には小沢党「国民の生活が第一」が逸早く合流して「日本未来の党」となり、その他の小諸会派も取り込んで日本維新の会に対抗する勢力を形成しつつあり注目される。政策面で共通点が多いということだが小沢さんのことだ内心何を考えているのか心配でもある。クリーンなイメージの嘉田さんが果たしてうまくしたたかな彼をコントロール出来るだろうか?嘉田さんは小沢さんを無役とすると言ってはいるが不安は残る。黒子に操られる人形となる危うさもある。ともあれ石原・橋本の維新の会と正面から拮抗する原発ゼロの勢力が現れたことにはほっとする。旗幟鮮明とは言えぬ民主党もうかうかしておれまい。

総選挙公示を間近に乱立各政党の動きは慌ただしいが、ここは原発問題を誰が本当に正しく真剣に具体的に考えているかをよく考えてみることが国民にとっての正念場である。投票まで僅か二週間余、日本を動かすのは国民一人一人であることを忘れずに政治家の動向を監視したいものだ。

東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)

東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと (幻冬舎新書)

2012-08-23

首相と市民の対話

昨日8月22日に「なぜ早く決められないのか」という記事を載せたが、その日の午後首相官邸で野田首相と原発再稼働反対の市民デモの代表者との対話が行われたことが報じられた。話し合いは平行線に終わったようだが、このような企画は前代未聞のことであり、その意味では野田首相の真剣さと積極性を評価する。

f:id:namiheiii:20120823112931j:image:w360

首相は大飯原発の再稼働について「安全性を確認し、国民生活への影響などを総合的に判断した」と説明し、原子力規制委の人事案撤回要求は「国会が判断する」と応じなかった。しかしこの中で注目すべきは今後のエネルギー政策は「中長期的に原子力に依存する体制を変えることを目標にしている」と述べ政府の基本的な方針は脱原発依存であることに変わりないを明らかにしたことである。気になるのは中長期的ではなく可及的速やかにやってもらいたいことだ。この会見後日本商工会議所会頭は早速首相に脱原発案は現実性がないとする要望書を手渡したという。

心配はこの後である。解散含みの政局下で原発問題は各方面の自己権益拡大の道具として都合の良いように弄ばれることだろう。そして国民生活の安全よりも経済成長の手段として使われかねない。「なぜ早く決められないのか」この疑問がまた繰り返されることを恐れる。

2012-08-22

なぜ早く決められないのか

67回終戦記念日の8月15日、多くの人の目はロンドンオリンピックに向けられていたが、私は終戦 なぜ早く決められなかったのかというNHKスペシャル番組を視聴した。1945年2月の米英ソの首脳によるヤルタ会談でソ連の対日参戦が決められた。この重大な情報は日本の駐在武官の知るところとなり、日本の軍部の上層部(大本営?)に暗号電文で報告された。連合軍によって解読されたこの電文の存在がロンドンの公文書館に所蔵されていることが最近の調査で明らかになったのである。

f:id:namiheiii:20120822155159j:image:right

当時この報告を受けた軍部の上層部の誰かがこの重大な情報を握り潰し、指導部の大勢は最後の一撃で有利な状況を作りソ連に終戦の仲介を依頼する方向へと向かったという。しかしその戦力はまったく残っていなかった。大本営の陸相海相、首相、外相などからなる指導者による終戦をめぐる御前会議が2回にわたり召集されたが知ってか知らずか誰一人ソ連の参戦について触れることはなく天皇にも知らされることはなかった。曖昧なまま戦争収拾の結論は先送りとされ貴重な時間を失っていった。これらのリーダー達は何故真剣に心の中を明かし合わなかったのだろう。立て割り組織の中で彼らは自己の権限の中に逃避し、決定責任を回避しあって会議は結論を出すことなくうやむやに先延ばしをすることになった。忘れもしない本土決戦、一億玉砕が叫ばれたあの時である。このため3か月後には原爆の投下、ソ連の侵攻で数十万人という国民が犠牲となった。

どうやら日本の政治や社会構造には縦割り組織、権力構造が染みついているようだ。この習性は大敗戦、大災害など何が起こっても変わることがない。66年後、それを如実に示したのが福島第一原発事故だった。国、東電、御用学者よりなる原子力ムラという巨大な権益組織で固め安全神話を作り上げて安全を棚上げして原発建設を推し進めた。これを危惧する少数の学者は不遇で彼等の警告は無視された。事故後の対応にも多くの問題が積み残された。想定外の自然災害と言って責任を回避する東電や学者たち、米軍機の測定による放射能汚染状況の提供を受けながら貴重な情報の共有が出来ずに多くの被曝者を出してしまった文科省のお役人たち、東電がメルトダウンを認めたのは事故後2か月も経ってからだし、メルトダウンした核燃料の現状も把握出来ぬまま事故の収束宣言をする総理大臣、宙に浮いた無防備状態の危険な使用済み核燃料には対応策すらまだ立っていない。この大事故で誰一人責任を問われることなくすまされる社会構造は信じ難い。

脱原発依存の気運が高まったのは当然である。しかしこんな状態で総理大臣の決断で関西電力の大飯原発の再稼働が始まった。大飯原発が福島原発に比べて安全性に優れているという事実は何もない。再稼働の理由は関西の電力不足とそれによる経済の停滞を厭うためであり、電力会社とその関連企業の権益、自治体の利益を守るためでしかない。安全を最優先する脱原発の発想は早くも揺らいだ。再稼働の決定について首相は国民の生活を守るためにと言ったがそれは詭弁にしか聞こえない。こうして政治、電力会社の組織権益の維持のために基本的な問題は先送りされて行くのである。

福島の事故から間もなく1年半が経つ。福島の復興と脱原発、再生可能エネルギーの将来像が何故早く決められないのか?67年前の終戦の愚かな結末を思い出すにつけ今の脱原発依存問題の成り行きがそれとそっくりであることに慄然とするのである。

毎週国会周辺で原発再稼働反対の自然発生的市民デモが続けられている。政府の調査でも2030年までに原発ゼロを選択する国民は7割に達している。政府や民主党では今日にもこの問題を議論するということだが終戦時の国の指導者の愚だけは踏襲することのないように願うばかりである。

◎NHKスペシャルの映像はこちら

2012-06-02

大飯原発再稼動の先にあるもの

大阪市の橋下市長が手の裏を返したように大飯原発の再稼動容認を表明し、京都、滋賀も腰が砕けたようだ。原子力規制庁もまだ出来ないというのに、もはや野田首相の決定に委ねられた再稼動は時間の問題となった。圧倒的な国民の反対、不安は無視され、行政と電力関連会社など推進派の権益は保証された。福島の事故から1年3ヶ月、収束の見込みも立たず今も多くのリスクをかかえ、多くの被災者が苦しんでいるというのに!これは政治行政の堕落であり崩壊である。

 f:id:namiheiii:20120610105802j:image

関西電力の需要予測によるとこの夏関西の電力は15%の不足ということだが算出根拠ははっきりしない。昨年夏の関東の節電実績を見ればこの位の節電は国民の省エネへの知恵と努力があれば克服出来るのではないだろうか?またその成功によって将来の日本のエネルギー事情は脱原発へ大きく舵を切ることが出来るだろう。反対に大飯原発の再稼動は省エネへの意欲を阻害し再生可能エネルギー開発の芽を摘み取り、さらには各地の原発再稼動に連動波及して脱原発は元の木阿弥に戻ってしまうだろう。歯止めのなくなった原子力技術や産業の海外輸出も恐ろしい。それは世界的な核の拡散にもつながるからだ。

新しい再生可能エネルギーへの追求がなければ日本の将来はない。日本はもっと脱原発のドイツの先見性と知恵に学ぶべきだ。原発依存度75%のフランスでさえ新大統領になり脱原発に舵を切り出したではないか。

2012-04-21

原発再稼動の愚

関西電力の大飯原発の再稼動が取り沙汰されている。一体そんな事があって良いものだろうか?

第一に安全性の保証がない。政府の中枢はストレステストで安全性を確認したということだが、大飯原発は福島第一原発に比べて何処がどう安全なのだろうか? 具体的な説明は何もない。聞くところによると福島第一で曲がりなりにも事故対策の拠点となった免震重要棟すらないという。福島では役立たずだったオフサイトセンターはちゃんと機能するものがあるのだろうか? 防波堤の嵩上げは25年度に出来るというがその間に津波がないとは保証されていない。免震事務棟やフィルター付きベント装置他の安全対策はなんと27年度に予定されている。安全対策は先送りで再稼動は妥当とは理解できない。原発へのルートは山を削って作った一本の道路しかない。素人目にも地震による山崩れで道路いや原発そのものも危ないと感じる。

f:id:namiheiii:20120421165339j:image

第二に独立した原子力規制庁がまだ出来ていない。IAEAの査察でも槍玉に上った経産省所属の札付きの原子力安全・保安院が監査をするなんて到底考えられない。その有害無益な存在は福島の事故で証明済みである。

ところがどうもいま政府の中枢は何としても再稼動をしたいらしい。「再稼動しないと日本は集団自殺だ(仙石)」とか「一瞬、日本の原発はゼロになる(枝野)」とか国民を脅し惑わすような発言が政府要人の口から飛び出して来る。彼等には権益擁護のための原発再稼動のプレッシャーが電力関係組織や経団連からかかっているのだろうか。それに屈することこそ政府の集団自殺である。

大飯原発の再稼動がないとこの夏に一昨年のような猛暑が来ると18%なにがしかの電力不足が起こるというがこれは関西電力の試算であってそのままうのみに出来るものではない。それは恐らく真夏のある日の午後、最悪の一瞬の想定だろう。行政は第三者機関による独自の調査で信頼に足る数字を出しその内容の詳細を国民に公開すべきである。そして原発なしでどう乗り切るかをあらゆる面から考え、その方法を提示し国民の協力を要請する。それが政府のやるべき仕事である。国民はそれが納得出来るものであれば不便を凌いで協力するだろう。昨年夏の関東首都圏の人々の行動を見ればそれは明らかである。その方が原発事故の不安に怯えて生活するよりも余程賢明である。ここで再稼動を認めれば将来的に脱原発依存は大きく後退するはずである。一方ここで省エネ技術や再生エネルギー技術を徹底的に追求することは地球温暖化への対策として将来的に有益である。

最近の世論調査では町の経済生活を全面的に原発に依存している地元のおおい町を除いて周辺の福井、京都、滋賀、大阪で圧倒的に再稼動反対だった。この住民の判断は正しい。原爆の悲惨、原発の怖ろしさを体験した日本人として当然のことである。福島の事故はまだ収束にはほど遠い。収束にはまだ何十年の月日と莫大な費用と将来じわじわと起こるであろう健康被害の可能性すら孕んでいるのである。今も福島第一原発からは放射能が毎日撒き散らされているのだ。再稼動の暴挙を絶対に許してはならない。

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書