なみかわみさきの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2018-06-05

[]正確でないことを教えることについて

へそさん(id:ohesotori)が「例え嘘や誇張を利用してでも、子供たちが問題を起こさなければ良いと考える先生方へ - ここはちょっと見せられない」を書いてくれたので、私もスマホから書いてあとで誤字脱字を直したのが下記。

大きく2つ考えている。

こどものはてしない「なぜ」に、おとなは教えるときにある程度の嘘はついても構わないと思っている。大人になってからはなしのねたにしてくれればよいし、あのときのこどもの知識でわかる範囲で話してくれてたんだときづいてくれたら。

しかしながら「正確でないこと」を(言葉巧みに流布して)不安を「あおる」のはいかがなものかとおもう。


もうひとつは、ご本人がこの時点で「正確ではないこと」を講義して、聴衆の「ITリテラシーの知識不足への不安」を「あおっている」ことに気付いていらっしゃらない様子なので、いずれ「正確なこと」を「こどもに、わかりやすく」はなす人たちに淘汰されるだろうけど、そのとき、そのひとに「二度とこの仕事するなボケ」的なヘイトはだめやとおもっている。


もちろん話の内容はアレとしても、「はなす」ことでお金をもらえるスキルがあるので、ちゃんと、「ただしく」お話をしてくれるようになればよいのである。最悪の事態*1にならないことを見守っていたい。


(蛇足)

つまりさいきんの日本は、たった一度の失敗すらようしゃなくゆるさず人生を叩き潰さないときがすまない、無責任な憎悪というか雑念、飯間さんのつぶやきから借りると、「贅言(ぜいげん)」が多いように思う。

(蛇足2)

その後たまたまクローズアップ現代トンデモながん治療で財産も健康(寛解期間というか)も失ってしまった人の話を見たりして多少ブルーである。甘い言葉でもあおりでも、人の弱み、知らない部分につけこむのはなあ。

*1:一部のソフトウェア開発者や企業法務を怒らしているらしいが、それは大人らしく和解すればよいことである、法的に。それ以上の私刑はいらない。

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