台湾 地べたに座る「文化」の盛衰

台湾の首都・台北の中心部にある鉄道の台北駅――地上には線路やホームは見えないが、地下には高速鉄道(台湾版新幹線)、台湾鉄路(日本の在来線)、それに地下鉄の駅が集まっている。台湾の鉄路の玄関である。

その構内にある1階の広場を歩くと、まさに三々五々といった感じでそこかしこ、地べたに座り込んでいる人たちが目に入る(下の写真)。いつもこんな調子だそうで、僕が見かけた時には若者が多かった。

話し込んでいたり、何か食べ物を口にしていたりする。旅に出かける前の待ち時間なのか、あるいは、歩いていたら、たまたま空いた場所があったので座り込んだのか。理由は分からないが、日本の駅舎ではめったに見かけない光景である。

台北駅に近い4階建ての本屋に入った。店のあちこちに、地べたに座り込んで本を広げる客が目につく。立ち読みならぬ「座り読み」である。近くに階段があれば、そこに腰かけている。確かに、床よりは階段のほうが座り心地がいいだろう。
店の人たちも「座り読みはお断り」などと、無粋なことは言わないみたいだ。ただし、そうされては困るような本は、日本でもよく見かけるように、セロファンで包んである。

地べたに座り込む習慣が歴史上、いつごろから始まったのかは知らない。けれど、僕が知っているだけでもこの30年余り、台湾に限らず中国でも、こんな人たちをよく見かける。いいか悪いかは別にして、ひとつの「文化」なのだろう。

台湾人、中国人の団体の観光客が多い日本のホテルでは、チェックインやチェックアウトの手続きを待っている間、客がロビーの床に座り込むことがよくあるそうだ。僕も先日、札幌の新千歳空港で数十人の台湾人か中国人の若者が、たぶん時間待ちのためだろう、いっせいにロビーに座り込んでいるのを見かけた。

しかし、日本人はどうも他人が地べたで座り込んでいるのを見ると、嫌悪感を抱く傾向があるようだ。ホテルの受付に勤めていた中国人女性から聞いた話だが、そんな台湾人や中国人を見て、同僚の日本人女性は「恥ずかしくないのかしら? 嫌ねぇ〜。どうしようもない」などと、つぶやき合うそうだ。

それに反発して、中国人女性が「座る椅子もない、チェックインもできない、ツアーだから自由に外出もできない。疲れていたら、地べたに座っても、いいんじゃないですか」と言うと、日本人の同僚からは「でも、日本人は絶対にしないわ、恥ずかしくて」と言われたと憤慨していた。

以前にもこのブログで少し紹介したが、台湾に誠品書店という、なかなかにおしゃれな本屋が各地にある。ほぼ1年前の年末年始、台湾に行った時も台北市の中心部にあるこの書店に行った。まず、目についたのは書棚よりも何よりも、床に座って本を読んでいる人たちの多さだった。それこそ目白押しといった感じで、壮観ですらあった。

だけど、カメラを向けるのも悪いかなと思い、写真を撮り損ねた。そこで、1年後の今回、台北を訪れた折には、そのあたりは失礼して、なんとしても写真に撮りたいものと、まずは都心の誠品書店に向かった。

ところが、床に座って本を読んでいる人なんて、ひとりもいない。みんな、椅子に座って優雅に本を手にしている。下の写真は最近、このブログで使ったこともあるのだが、写真左手の広い椅子のほか、折りたたみ式の椅子までもが、広い店内のあちこちに置いてある。

僕がよく行く東京・池袋のジュンク堂書店の各階にも椅子が置いてあるが、この誠品書店に比べると、申し訳程度のようなものだ。もちろん、台湾各地に数多い誠品書店のすべてがこうではないだろうが、この1年ほどの間に情勢が変わってしまったみたいである。

そのあと、地下鉄に乗っていたら、車内の電光掲示板に「床に座らないでください」という表示が流れていた。僕自身は見かけてないのだが、台湾の地下鉄では床に座る連中も少なくないのだろうか。

誠品書店に設けられた椅子や、地下鉄の電光掲示板から推測すると、台湾でも地べたに座ることが嫌われるようになってきたみたいでもある。他人に大きな迷惑をかけない限り、いいんじゃないの。そう思っている僕には、見慣れた光景が消えていくのは、なにか寂しい気がする。