『アンドレとシモーヌ』を読む

nankai2011-05-24

 出たばかりの本『アンドレとシモーヌ−ヴェイユ家の物語』(春秋社,2011.5.20)を昨日今日で一気に読んだ.著者は故アンドレ・ヴェイユの娘のシルヴィ・ヴェイユ.彼女自身は小説家である.
 アンドレ・ヴェイユ(1906-1998)はブルバキを結成したフランス人数学者.古典的な代数幾何標数任意の体上の代数幾何に書きかえた.そのプランに従いリーマン予想代数多様体版であるヴェイユ予想は解決され,大きくはその思想線上でフェルマの最終定理も解かれた.これらを準備しはじめた人こそアンドレ・ヴェイユだった.私が数学書と言えるもので最初に読んだのがヴェイユの『Foundations of Algebraic Geometry』だった.熱心に読んだのを覚えている.しかし,今から思えばあのころ何もわかっていなかった.そのことはわかるようになった.それからも彼のいくつかの論文と著作を勉強した.
 シモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)はその妹.一昨年南フランスへ行ったときに彼女のことは「フランス紀行3」に書いた.1972年ころ,大学の闘争は終焉を迎え,それぞれがこれからの生き方を試行錯誤している時代であった.このころシモーヌ・ヴェイユを読んだ.あのように生きた人がいたのなら,われわれもまたこの時代を生きぬくことができるかも知れないと思わせる激しさにうたれた.この兄妹は,パスカルの二つの面をそれぞれ引き継いだような人だった.数学の天才としてのパスカルは兄に,深い宗教経験にもとづくキリスト者としてのパスカルは妹に,それぞれ引き継がれている.フランスの奥の深さを教えている.
 本書はその兄アンドレ・ヴェイユの娘にして妹シモーヌ・ヴェイユの姪によって書かれたヴェイユ家の物語なのだ.それが今,日本語に訳されて出版されるということに,歴史を感じるのは感傷にすぎないのだろうか.私はシモーヌ・ヴェイユがフランスにおいて生きた歴史の段階を,われわれはいま日本において生きていると考える.それはどういうことか.
 シモーヌ・ヴェイユ第一次世界大戦の後,西欧世界がファシズムに陥ってゆく中で,それにあらがい,そしてキリスト教のもっとも奥深い経験を経て,最後はロンドンで客死.西欧世界はいちどは第一次世界大戦をやってしまい,それを省みる知性もありながら,結局はファシズムに席巻され第二次世界大戦に突き進んでゆく.シモーヌは反ファシズムレジスタンスを生きた.スペイン内戦にも赴いた.ナチスがフランスを占領したとき,ヴェイユ一家はマルセイユからニューヨークに逃れる.シモーヌはそこからロンドンに渡った.フランスに戻りゲリラ戦を志望したが,いれられず,ロンドンで『根をもつこと』を記述.そのまま死ぬ.二度目の愚かな戦争にレジストした一人の人,それがシモーヌ・ヴェイユだった.
 歴史は二度くりかえす.二度くりかえさなければ,人々の経験として定着しない.日本の今.日本は第二次大戦を広島長崎の原爆で終えた.にもかかわらず再び原子力を基幹エネルギーに位置づけ,そして今回の福島の惨事を引き起こした.しかしこれは終わりの始まりである.まだまだこれからも地震は続き原発事故も起こりうる.今,まさにわれわれは二度目の闘いの最中なのだ.反原発の闘いは,近代日本の旧体制に対するレジスタンスそのものだ.この時節にこの本が出版されたことに運命を感じることができる.
 そんな個人的な思い入れをぬきにしても,本書は面白い.若い人の一読を勧める.
追伸:6月3日に見たラミーカミキリ