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柚の管理記録

2017-02-22

今週のお題「何して遊んだ?」


 「遊び」というのには制約条件があると思う。
 いや、接合部の隙間とかそういう意味での範囲という話ではなくて。
 それへの感じ方は人それぞれだとは思うが、個人的に大きいのはまずデバイスだろうか。
 高度成長期以降の物質社会のさらなる成熟に伴い、ないのがあたりまえか、あれば崇められるのか、ないと引け目を感じるのか、ないと集団での行為が阻害されるのかというレベルの差こそあれ、少なからず、あるに越したことはなく、なくて享受できるメリットはほぼないように思う。
 実際のところ、器具と呼べるようなある程度までなら自作が可能なものであるとか、昔からあるもので代用できるものであれば、後塵に拝するともその対象範囲として認知されないなどということもなくはないが、ブランド製の高い人形や金属製の版権物ロボット、新しい流行の遊具などの場合どうしようもなかったりする。
 ましてや昨今の電子デバイスなど、買い与えられなければ完全に無理である。
 また、こういったデバイスの有無を規定する可能性が高く、また他にも影響するのがカネである。
 先のデバイスの有無は、単純に貧乏かどうかという観点と買い与える気が保護者およびその周囲にあるかどうかにあろうかと思う。
 これとは別に、カネを所持できるかどうか、携行できるかどうか、どの程度の権限で行使できるかどうかがあろうかと思う。
 こういったところに極度の制限かかかると、気兼ねして友人同士で店に入れない、公共交通機関で移動できない、2、300円程度の施設でさえ利用できないなどといった非常に些細な本来の目的以外の部分における障壁が大きくなる。
 多分、遊びというとおにごっことか砂遊びとかかくれんぼなどといったおよそ校内で休み時間中にできるような特段ものなどを必要としないものをさすとは思うのだが、個人的に学校外での遊びについて先の制約条件を強烈に意識せざるを得なかったので、そればかりが頭をもたげてくる。
 小学校時代、無二の友人(だった)と校外で遊ぶ機会が多かった。(とはいえ、それでも月1とかレベル)
 で、そこの家は自営業(建築資材卸と設備工事をやってたっぽい)で結構な金持ちで、当時一番驚き感動したのは、ジュースがおかわり自由(もとのビンごと持ってくる)なことだったあたりが、今思えば悲しいやらあさましいやらである。
 そして、当時としてはかなり珍しかったビデオデッキ(記憶が曖昧だが多分VHSなんかではなかったと思う)があって、それを再生してボーっと見てたりした。
 私は一人っ子だったが、そこは兄弟が多く、私のそばで兄弟げんかが行われてしまっているのもある意味別世界だったように思えたものである。
 当時としては、実生活の特殊性(ここでは「遊び」に関して)から、別に1人でも完結できるが、多人数のなかで自身が空気でいることができる場であることに意義を見出していたように思う。
 たとえ同じ行為であっても満足感などといったものが付帯することが「遊び」と呼べるものなのではないか、もしそうならそれが「遊び」としていいかな、と思ったりする。
 で、そんな感じのまま大学進学後、一人暮らしとなり、バイトなどでこっそり使えるカネができたことによりそれまでの反動が一気に噴出し、本、コミック、雑誌、同人誌などを買い漁ったのも、多分、別のレベルでの「遊び」なのだと思う。
 と、ろくにちゃんと遊ぶことさえせずに無為に過ごしてきた人間が書くとこんなものかと。


OKOK

その3


 えっと、セブンイレブン、京山に続き3件目。
 その間に、悪い意味ではない「マジか!」というのが1件あったので、書き残してみる。
 それはマルコメ自主回収の件で、複数の小袋を何食分かまとめてパッケージングした袋に入ったシリコン製吸盤が混入した可能性があるとして約145万袋を自主回収したというもの。(要は大袋の中に小袋といっしょに入っているそうな)
 既に、自主回収の対象が食品に混入したとか食品に触れているとかでさえない。
 ただ、こういった企業姿勢が消費者に安心感を与えるのだろうし、また、社内における判断等へのモラルハザードを起こりにくくする有効な事例として存在し続けることで品質が維持されるのであれば、お互いにとってメリットとなるのであろうと思う。
 で、個人的には、自主回収の範囲が『2016年12月26日〜2017年2月17日に製造』(マルコメHP)とあるように具材吸着用吸盤のゴムが機械から脱落しても問題なく袋詰めできてしまうことがある意味すごいことだと思ったりしたわけで。
 多分、ラインが止まるリスクを低減するするためにクレーンゲームレベルの保持力ではないかなり余裕をもった構造になっているのだろうが、逆にそのリスクを低減すると別のリスクが増大するという悲しい現実、という話なのかもしれない。
 とはいえ、いずれにせよ、健康への影響はありえないわけだが。

 で。
 本題は、ほぼ1週間ほど燃えてやっとほぼ鎮火した(今日午前の段階では鎮圧レベル)アスクルである。
 物流センターであるロジパーク首都圏がここまで鎮火に時間がかかる理由というのは、今後の消防等の調査で判明する(出火原因は別としてそれ以外の詳細は公開されるのかどうかはわからないが)のだろう。
 それとは別に個人的に目を引いたのは「<アスクル火災>荷物取りに…社員立ち入りか 外壁が崩れる危険も (2/20 埼玉新聞)」である。
 『同社は埼玉新聞取材に「一個人の判断ではなく、安全を確認した上で、荷物を取りに行ったことは事実」と回答。荷物を取りに行った日付けやロッカーの位置、消防への相談の有無については「現段階では検証中なのでコメントは差し控えたい」としている。』というところからして、
 ・会社として火災現場の安全判断を行った
 ・「検証中」という口ぶりから、会社としてその判断後の各行動を管理していない
という点があろうかと思う。
 事件として全く内容を異にする事例ではあるが、この記事を読んでいてホテルニュージャパンの火災事故を連想してしまった。
 ここでは、会社(オーナー)が火事はそっちのけで高級な調度品の搬出を社員に指示していたりした。
 基本的にアスクルレベルの大企業であれば、ロジ拠点の各種リスクは当然想定され、それを適切にマネジメントする各種システムが整備されていると思われる。
 実際、アスクルHP上でのプレスリリースを見ても、火災対策本部(支援本部、BCP本部(BCPは事業継続計画のことだと思われる))と広報等が連携していることをうかがわせる箇所があったりする。
 そのなかで、少なからず、火災現場の安全判断を会社が行うことが可能か、という点について、その法的問題とは別に適切なリスク対応としての各機関間の連携が考慮されていたのか、が気にかかる。
 多分、こういった部分は、常識的な範疇として、小学校の消防訓練で消防士の方が話をしていただける事項に含まれるレベルの内容であるため、システム整備において誰も気付かないこと自体異常だと思われるし、また、逆にそういったケースのシステムなりプロセスなりが規定されていないのも異常だとは思われる。(あまりに当たり前すぎて規定すらしていない、ということも中小企業ではあったりするが、多分今回のケースではそれはないかと思うので。)
 また、こういった際に、人が死ななかったから結果オーライという話をする者がいたりするが、私は「〜なかったから」ということは、当然死ぬ可能性もあると認識していたことになりますよ?ということにしている。(これも零細企業とかに多い気がする)
 多くの場合、現実としては、意識レベルが低いため、判断時になんとも思っていなかったというだけなのではあるが、それを認知することがリスクマネジメントの1つでもあるので。
 で、それはそれとして、下衆な勘繰りとしては、『一個人の判断ではなく、安全を確認した上で、荷物を取りに行った』というところから、会社の指示(業務命令)で取りに戻った対象物が存在した、と捉えた場合、会計資料などを取りに火災現場に侵入させたのなら、まんまホテルニュージャパンと同じ構図になってしまう。
 いくらなんでも、それはないだろう、そう信じたい。
 ここに書けばそうはならない、って前々からあったりするので、とりあえず書いてみた。

2017-02-21


OKOK

攻撃先


 ソフトバンク、日清、ココス
 連続して自前の建物や構造物を破壊するCF、広告が目に付いてしまった。
 先ごろのゴジラ人気という流れもあったのかもしれない。(ソフトバンクのは実際コジラなわけだし。)
 ただ、何となくだが、目の前にある閉塞感を打ち破ろうとしてもその打ち破る対象が何なのかよく分からず、さらに仮想敵をどこに設定しようと問題視される状況からすれば、その行き先は何かあっても説明して理解してもらいやすい身内ぐらいしかなかったりするのではないかと思う。
 ところが、昨今の様々な労務的問題などで「身内」と表現できる対象はステークホルダでは既になかったりする。
 結局、企業そのものをイメージするもの、CI、ブランドアイデンティティ、そしてそれらを象徴するものを壊してインパクトを与えるぐらいしか選択肢が残されていない気がしなくはない。
 ただ、これとて野蛮だとかどうとか文句をつけられてしまうなら、そういうことになるのだと思うが。

2017-02-20


OKOK

2017-02-19


朝OK 夜OK


 外出先で自転車ブレーキワイヤーがちょん切れた。
 いつも思うが、あのブチッと指に伝わる感触が嫌だ。

2017-02-18


朝OK 夜OK