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柚の管理記録

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2016-01-19

カレー屋事件について


 先日のCoCo壱番屋からの廃棄食材流出の件で喧しい状態が続いているが、今のところ消費者健康被害が報告されていないことが、まず不幸中の幸いだと思いたい。

 さて、かの件についての報道などとは少し違う観点から見てみたいと思って少し調べながら書いてみる。
 ただし、グーグル先生にしか訊いていないので、信憑性や情報深度には期待できないが。
 あと、今回の事件そのものについての悪者をみつけたりするものでないことを先に付け加えておく。(事件の真相を直接捜査できる立場でも断罪できる立場でもないので。)


食の安全に対する世の中の捉え方】
 聞き飽きた感はあるが、昨今の最終消費者間での情報伝播の速さなどにより、食の安全を脅かす事態に繋がる可能性のある一事案に対して、過去とは比べ物にならないほど高度かつ適切かつ早急な対応を企業側に求める圧力として機能するようになった。また、同時に最終消費者における情報共有のスピードから当該事案に対するイメージが社会意識において実態より上振れる傾向にあるのだが、これは、意識のベースに過去の食品偽装問題や流通体制の問題、原材料の表示義務の問題、価格統制を伴う生産調整、その他消費者目線とは言えない企業としての発言などなどの負のイメージが滞留していることもその一因と考えることができる。また、このことは、後述する国の規制の方向性がその遠縁にあると思われる。
 ただ、別の側面として、低廉であることは当然であるが、品質の低下と食の安全の狭間の領域を知覚したとき、低廉であるほど嫌悪感が増すという心理状態を逆手に取り、チキンレースをする(ぎりぎりを狙ってバクチを打つ)者がより儲けを得るという場を作り出している皮肉な現状も考慮する必要はある。


食の安全の趨勢に対する企業の考え方】
 先の消費者における食の安全に対する捉え方の特徴から、問題がある一事案に対して突沸型で劇症化しやすい現状を踏まえ、リスクマネジメントの必要性が企業において重要項目であると認知されるに至っている。
 また、その事案に伴う製品回収や補償などに対する費用に関して、それに対応する損害保険に加入することを業界として推進する動きもある。
 しかしながら、これらの対策は、適正に管理された生産を行っているにもかかわらず、突発的に問題が発生した(ただの偶然ではなく、それなりに失敗要因は特定されるはずではあるのだが)ときのための事後対応を適切に処理する方策に過ぎない。
 前提として、適正に管理された生産を行う必要がある。
 小規模単品生産者においては、暗黙知をあらためて文書化するまでもなく保健所やその他関係自治体などに知見の蓄積があるため、本人の悪意を除けば、ある一定のレベルを保つことは可能な場合が多いと思われる。
 ただ、規模が大きくなり、企業独自の複雑で特殊な工程が増えたり、設備、人員、手順が錯綜し始めると、監督官庁も把握しきれないこともあるだろうし、生産内容や生産工程の変更が増えたり、企業の設立解散が増えるなどの頻度が上がれば、監査頻度の減少や時間的な制約などにより監査内容が薄くなるなど監督官庁監査体制が甘くなってしまいかねない。
 監査自体をいかにしてだまそうかと考えている層は除外するとして、適正に管理された生産を行うために、監査などの外部的な手段に頼らずとも、企業自らが製造環境や具体的な作業、機械の運用の個別の改善のみならず、古くはTQC、TQM、TPMなど、最近ではISO等の国際規格の認証取得などによってそれを体系的に担保する手法も取られている。


【国の規制の方向性
 高度成長期業態における利益を業態全体が享受できることを目的として国および自治体は各種規制を行って業態ひいては経済全体を保護してきたのだが、経済が成熟することで高度成長も終わり、持続可能性を尊ぶ段階になったことで、今度は、経済業態全体の硬直性を打破し、業態が衰退することなく持続可能な状態になることを目的として、規制緩和を行うようになった。
 しかしながら、規制緩和は、業態における流動性を高め、革新的な技術や創造性でもって業態全体の規模の拡大を望めるかわりに、参入障壁が下がることなどによる競争の激化やグローバル化に伴う国内での経済活動の空洞化を招くなどの問題も出てくる。また、業態全体の成長に比べてオーバーカンパニー(供給企業数の過剰)な状態が続けば、業態全体の疲弊に伴い企業倫理に対する意識レベルは落ち込んでいく。
 規制緩和は、より高度な製品やサービスを提供する目的意識がある企業にとってはメリットであるが、規制によって製品やサービスの質を嫌々ながらぎりぎり保っていた企業にとっては、より低レベルな製品やサービスを億面なく提供できる土壌を作ることにもなりかねない。
 規制緩和は、企業にとって自由を得て活動しやすくなる代わりに、企業の自助努力が強く求められることも認識しなければならないと考える。


国際規格の捉え方】
 国際規格は儲けを生まない、場合によっては逆に相応のコストが発生する場合もあると批判されることも多い。
 このことは、他の製造業(機械系やケミカル系など)に比べて、食品製造においては小規模な企業(ともすれば個人企業)の比率が高いことも挙げられ、結果、コスト面において国際規格の認証取得や国際規格に準拠した組織運用を行わないことが多い。
 また、国際取引公共入札において国際規格の取得を要求される場合は、企業活動に直接的に影響を与えるため必要不可欠という意識が芽生えるが、そのような必要に迫られない小規模の取引に限られる企業ならば、国際規格の認証取得に対しての意識付けが弱くなるともいえる。
 また、旧態然としたでき得るかぎり(ない袖は振れないので、でき得る範囲まで、ともいう。)「がんばる」ことが最も理想的という行動原理に縛られるオーナーの場合、ISOなどの国際規格における最低限のレベルを規定するといった考え方は企業活動に馴染まないと否定的に捉えることも少なくない。
 しかしながら、一中小企業においてさえ間接的にグローバル化の影響にさらされ、規制緩和などによって業態の競争と流動性が強くなった昨今、レベルの上限を決め、業態全体が同じレベルに揃うように行動する護送船団方式ではなく、機能を満たす最低限度の項目を規定し、企業によっては運用レベルでより高度なことができたり、自らの業態に即した他社にない運用を行うことができることで競争力を確保する必要も出てきたと言える。
 逆にマイナス側に目を向けると、規制緩和などで参入障壁業態内に留まることのできる条件(市場退場を促される条件)が下がったことで競争力や品質が確保できない状態に取り残されながら、国際規格による組織、業態としての機能を満たす最低限度の項目にさえ目をそむけ続けることが可能であるがゆえに、低品質な製品やサービスを垂れ流し続ける状況もありうる。
 規制緩和と継続的な自助努力の両輪があってこそ、業態としても企業にとっても競争力のある高度な製品やサービスを提供でき、その継続的な自助努力の1つのツールとして国際規格適用があると思われる。


【事件当事者(企業)の国際規格
 今回の当事者は、食品流通のサプライチェーンに属する企業3社(スーパーは形式上1社とした。また、卸業者については仲介者が恣意的か否かも含め不明なため1社扱いとした。)と産業廃棄物処理業の企業1社である。
 適用可能な国際規格としては、まずISO9000シリーズがあるだろう。
 当該企業において成果品(生産した製品、提供するサービス)が存在すれば、例えペーパーカンパニーだろうと適用可能である。(適用する意味があるかどうかは別にして)
 また、ISO14000シリーズも同様だが、実態や規模が小さい(ベンチャー型のファブレス個人事業主など)場合などは、適用が困難になるかもしれない。
 また、食品製造に関しては、ISO22000やFSSC22000、厳密には国際規格ではないがHACCPが挙げられる。食品流通や食品販売に関しては、ISO22000やFSSC22000が馴染まないように思われるきらいもあるようだが、食品安全を担保するための企業品質がどうあらねばならないかを規定するようなものであるため、導入する企業も増えている。国際流通が介在する場合は、他にもある(GAP、IFSなど)が、今回は国内のみの案件であるため除外していいと思う。
 では、当該食品の流れを逆に企業をたどってみる。
a)スーパー(エイマートアブヤスなど)
 HPを見た限り、国際規格を取得したような形跡がない。極限状態の安売りを標榜しているため余計な金をかけないのかもしれないし、流通過程で悪意がなければ火の粉が降りかかることもなかったかもしれない。
 とはいえ、22000系は費用対効果を考えると大手GMSぐらいしかメリットはないかもしれない。また、運営店舗数が少ないチェーンの場合も同様に22000系は難しいかもしれない。
 しかしながら、今後、食の安全について消費者の要請が高まれば、国際規格サプライチェーン間の勘合割符のような扱いでもって食品の安全を担保するのか、その機会損失と経費削減をもって食品の安全をある程度担保しないかわりにより安価な食材を提供するかの二極化が進むのかもしれない。
b)食品卸(みのりフーズ)
 自称なのか税務上なのか登記上なのかは分からないが、報道では製麺業者のようであるが、今回の場合は、実質的に食品卸業(今回はロンダリングしているため、仲卸ではないが)にあたる。
 会社のHPもなさそうで、また、国際規格を取得したような形跡も見つけられなかった。
 食品卸業は、サイトを本体業務に限定している(営業部隊のサイトは対象外など)ことも多いようだが、ISO9000シリーズ、ISO14000シリーズを取得することが増えているようだ。また、ISO22000やFSSC22000も自社内を経由していく商品にいかにして付加価値をつけて生き残ろうと努力するかを競っている現状から取得に動いている企業も多いように思える。
 小売業主導の流通の可視化や垂直統合などが進められた結果、業態をよく知らなかった者までもが右から左に商品を流すだけで中抜きをしているように映る企業に不快感を抱くようになり、それに対応するため、自らの企業価値を日々スポット品を漁るだけの山師であると定義してそれに傾注した企業の残滓だと今回の件については思えなくもない。
 ISO22000を取得した企業の中には、仕入れ業者と食品安全に関する協定書を企業間で結ぶことを明確に規定している事例もあり、このような市場の要請に呼応した企業群とそうでないラインから外れた企業群の二極化がスーパーと同様に起こるかもしれない。
c)形式上の上位サプライヤー(ダイコー)
 一応、産業廃棄物処理業者なのだが、形式的な意味でサプライヤーである。
 ググった限り、国際規格を取得したような形跡はない。
 どこの都道府県においても優良産廃処理業者認定制度には『ISO14001またはエコアクション21』などの認証を通じた環境配慮の取組がなされていることが評価されるようになってはいるが、実態として優良産廃処理業者である多大なメリットがあるわけでもなく、なくても問題はない。
 ちなみに、ダイコーの事業登録先である愛知県の産業廃棄物処理業者の公開画面には優良業者か否かの区別を表示することができないところを見ると今回の件に対する知事の発言も含めてそれなりに裏があるのかな、という勘繰りをしてしまいたくなる。
 環境省や産業廃棄物処理事業振興財団の全国版で見ればいいのだが、、、まぁ、下衆の勘ぐりということで。
 廃棄物処理法の90年代の改正でうまみがなくなったとして廃業した人を何人か知っているが、うまい話はすぐにふさがれてしまう実情を悲観する(それが遵法精神に溢れている心理かどうかは別にして)ことをそろって口にしていたように思う。
 今回の行為に関して、擁護も同情もする気もないし感じもしないが、ややこしい領域であることに間違いはないと感じる。
 とはいえ、産業廃棄物処理業者の中には、ISO9000シリーズ、ISO14000シリーズ、ISO27001等を取得し、企業間取引における双方向の品質を担保できることをアピールしている企業も数多く存在する。
 それと対極であると思われる当該企業は食品リサイクル法に対応する登録再生利用事業者として愛知県内でも数少ない認可事業者であるという企業として選ばれた存在であることは皮肉なものである。
d)形式上の下位サプライヤー壱番屋
 本来は、廃棄物処理を委託した企業であるが、実態は、サプライヤーであるにもかかわらず金を払って納入しているというかなり間抜けな扱いを受けている企業である。
 壱番屋は、HPにもあるようにISO9001は取得しているが、ISO14000シリーズやHACCP、22000系の取得について記載がない。ググってみたところ、OBT協会の人材マガジンVOL.71に浜島社長のインタビュー記事があり、『2006年には全工場でISO9001:2000を取得し、HACCP(ハセップ)の手法も取り入れました。』と述べているので、認証は取得していないが、HACCPと同等の仕組みを取り入れていることが想像できる。また、浜島社長肝いり設立された品質保証部を経歴として持つQA-テクノサポートの衣川氏は、22000関連の書籍を出版されており、壱番屋でも22000関連の取り組みがなされていたことが想像できる。


【善良な企業における自衛は可能か】
 過去、勤務先で9000/14000の事務局をしていた頃、認証機関の外部審査員の方との雑談中に、悪意ある内部の要員によるエビデンスの偽造や悪意ある外部関係者の行為に対してISO規格は品質を担保できるのか?という話になったことがあった。今後の改正状況も踏まえる必要があるが、という前置きがあった上で、悪意ある行為を回避することが主目的ではないということを個人的な考えとしてではあるが、話していただいたことがある。(ISO9001などは2015年版でそういう部分に対応する事項も盛り込まれ始めている。)
 ここまで国際規格の話をしておいて悪意に対して役に立たないのか!と言われそうだが、外部の士業である会計士をもってしても粉飾が見抜けない世の中で、自助的な内部システムでかつ法的強制力拘束力を持つものでもないならば、なおさらであるとも考えられ、過度な期待はできない。
 ただ、後手であったとは言え、例えば、廃棄委託した商品がスーパーで売られていることがおかしいことを従業員が気づくことは、ISO9001の教育・訓練の項などで、要員に対して企業活動(ISO9001内では企業活動全体ではないが副次的な意味として)と自らの行動の意味を認識、自覚させることを求めているからこそ、その企業として問題のある状態を一要員が認知できたとも考えられるかもしれない。
 また、壱番屋は最終処分が終了した旨が記載された管理票の写しを保管してるよ、最終処分が終了した廃棄物が処分内容と違う状態で現存する(スーパーで売ってる)よ、虚偽の管理票の交付だね、廃棄物の処理及び清掃に関する法律に違反していると確定するのは当該法の執行者でないとダメだけど「か?」ぐらい言ってもいいくらい明解だよね、という形でのマスコミ報道が早かったのも間接的な意味で壱番屋では国際規格に則った文書管理がなされていることに起因すると想定できるのではないかと考えられる。
 本来危機管理として捉えるべき事項ではあるが、文書管理という観点から考察すると、壱番屋から各政府関係機関に対し即座に排出した廃棄物について何を、いつ、誰にどのくらい引き渡したかのデータが提出されている様子がうかがわれるが、そこから先の企業においては、故意に隠す意図があるかも知れないが、およそ、隠す隠さない以前にやりはしたがどれぐらいやったかはよく分からない状態であると感じる。公企業などの場合は、証拠を残していることが多いため、証拠にドリルで穴を空けたりして証拠隠滅を図ったりするが、小規模の私企業自転車こいでいる状況では日銭以外何かを残す意味もないと考えることが多いようだ。マスコミの記事で転売ルートの全容解明が進まない→監督官庁セクショナリズムが・・・などという論調も耳にするが、単に証拠も現物も残ってないものは分からないというだけとも言える。
 ISOなどの国際規格からは関係が薄いかも知れないが、外部の利害関係者(今回は直接的な意味で産業廃棄物処理業者)の不祥事によって自社に何らかの損害が発生した場合に、民事訴訟を起こしたところで損害賠償金などを受け取れる可能性は限りなく0に近い(支払能力などの関係)ため、現実的ではないことも多い。損害保険などの分野には精通してしないが、事業賠償危機管理リスクヘッジを行えるような保険が存在するかもしれない。
 ここまでは、パッシブ受動的、消極的、事後対応型)な事例とすることができると思う。
 では、逆にアクティブ(能動的、積極的、事前予防型)はどう考えるべきだろうか。
 今回の件で壱番屋にとってリスクを回避できた可能性の糸口があったとすれば、廃棄物処理にかかる発注業者を複数回、もしくは長期間変更しないことをどこまで是認するかどうかという部分にあったろうと思う。
 単純に発注価格優位で実質随意契約のような状態が続くこともあるだろうし、企業として地域との関係等も考慮する必要があるため、その按配は難しいところではあろうが、報道ではみのりフーズが『「2年ほど前から数回、ダイコーから壱番屋のカツを仕入れた」』というところからすると、この発言が真実ならば、複数年にわたって壱番屋は同じ産業廃棄物処理業者に発注していたことになる。
 ファストフードチェーン特有の本体(本部組織)と完全な統制下に置かないフランチャイズ(直営でない店舗群)の毛色の違うセクションへの統治が求められる業態において、某社のような大問題を起こすこともなくコントロールしてきたことを考えると、影響の大きい外部の利害関係者の一つとして廃棄処理業者も認識し、対応もするべきだった、とコトが起こった後からなら何とでも言えるレベルだが、指摘してもいい点だとは思う。
 これは、ISO9000シリーズ、ISO14000シリーズ、22000系などの要求事項に対応する最低限の手順よりもさらに踏み込んで事前にリスクを回避、もしくは最小限にとどめる手順を追加することで、今回のような事案を回避できるかもしれない。
 例えば、発注に関するリスクを同定し、リスクのレベルが高い案件に対しては、発注審査のレベルを上げる手順を規定するなどである。具体的には、一般的な購買契約や年度単位の単価契約ではなく、産廃法より踏み込んだ手順や同意事項などを組み込んだ契約書を交わすとか、処理施設への視察、処理作業への立会いなどを双方の信頼の上で定期的に行うなどが考えられる。
 ただし、産廃法以外にも食品事業者の場合は食品リサイクル法も関係するため、登録再生利用事業者を選択するとなると愛知県内でも20社ほどしかなく、選択肢が限られていることも業界の現状として考慮しなければならないかもしれない。
 また、先に地域との関係ということでさらっと流したが、不法行為ではないが公にできない部分というのは多かれ少なかれあるため、なんらかのこじ付けでもいいので、若干のリスクを盛っておくこともステークホルダに対して説明責任を負う経営層においては、配慮すべき事項ではないか(これは主にパッシブ側にしか寄与しないが)とも考える。
 今回の件に置いては、冷凍食品の包装フィルムに入ったままで廃棄業者に引き渡していることが末端小売の現物の状態から推察されるが、ISO14000シリーズの観点から考えれば、肥料化という廃棄物再資源化を推進することを目的とするなら、肥料化できない包装フィルムの分別を考慮する必要があったと考えられる。まして、産業廃棄物処理業者がISO14000シリーズの取得を行っていないことは認知できていたとも考えられるので、分別を行う意味、意識がより醸成されていると考えられる排出者側が分別するべきではなかったかとも考えられる。
 このことは、単純な使いまわしを困難にさせることに加え、廃棄物の処理プラント投入時に実際に立ち合わせてもらうことを容易にすると思われる。
 ただし、今回の場合は、食品という廃紙や廃材、工業的な廃原料のように、単純に隔離しておくことが容易なものではなく、短時間の内に随時劣化、腐敗していくことを考えると、衛生面などから分別は単純なものではないかも知れないが、考慮してもよいのかもしれない。
 Webなどでは、壱番屋自体が廃棄食品の処理(再資源化)を行えばよいのでは?という意見も散見されるが、思った以上に単純なものでもない。
 まず、思いつくのはコストの面である。廃棄食品の処理のために再資源化のプラントを購入、維持する必要があり、営利企業として、リスクヘッジとして許容し得るコストかどうかという問題が出てくるだろう。
 次に、焼却のように消滅(実際には塵灰が生成されるが無視の方向で)するような「消費」行為ではなく、再資源化というだけあって、肥料コンポスト)が「生産」されてしまうのだが、それをどうするかが問題になってくる。例えば、自給自足型では、自組織内の農地、公園などで利用する方法があり、関連組織間ネットワーク型では、自社との契約農家に利用してもらう方法、今回のような肥料製造業を担う業者を中心に排出者と利用者が連結する不特定組織間ネットワーク型(こちらを一般ネットワーク型と呼ぶが、分かりやすくするために前側に説明を追記した。)などに分類されるが、いずれの場合においても、肥料の利用者側からは安定した供給と品質の確保、維持などが求められる。廃棄物を原材料に置き換えた場合、生産者としての需要と供給のバランスを考えなければならなくなる訳である。
 この廃棄物の供給のばらつきの対応について先のタイプごとにあてはめると、自給自足型や関連組織間ネットワーク型では、要員の教育や認識を深めることで緩和(実質的にばらつきが減るわけではないので、生産量という物理量的な意味ではないが)されたり、組織間の顔の見える連携、相互理解、意識共有などが組織として行いやすいため、行為そのものを台無しにするような問題は起こりにくいと考えられる。しかしながら、不特定組織間ネットワーク型では、独立した各分野の組織(排出者、肥料製造者、利用者)がそれぞれの職分を全うすることで機能する形態であるため、再資源化に対する各組織の意識に対しては、全く聞こえないか、もしくはひそひそ声の伝言ゲームにならざるをえない。また、排出者側が供給のバランスを誤り、多めに排出した場合、原料を受け取った肥料製造者にとっては、需要のバランスから求められる供給計画と乖離することになる。すると原料が余る。余った原料はどうするのだろう。以下想像のとおりである。悪意を持っていなくても随時劣化する原料の処理に困るために考えを巡らせなければならない実情に対して、悪意を持っていたなら言わずもがなである。
 壱番屋業態から考えて生販直結体制を採っていることはないだろうし、自社の農地を持つメリットもないと思われるため、自給自足型や関連組織間ネットワーク型の体制は構築しにくい。それゆえ、それなりの問題点をはらむ可能性も否定できないが、不特定組織間ネットワーク型の体制を採用したと考えられる。
 不特定組織間ネットワーク型の問題点を解決するために、行政地方自治体など)が事業主体者となってそれぞれの情報共有や合意形成を行っている事例もあるが、あまり普及しているともいえないのが現状である。
 今回の事案に対する知事の発言から推察するに、この程度のことも知らない不得意な分野であるのか、当然知ってはいるが藪をつつくことになりかねないためバカなふりをしているのか分からないが、どちらにしても、不特定組織間ネットワーク型の問題は現状のまま放置される可能性が高く、排出者側の体制を変更するほかにない根本的な解決はないのでは?という問題意識の部分にはWebの意見と一致する。
 では、どうするかだが、例えば、公的機関再資源化では、肥料を地域に無料で提供するという事例がある。この場合、供給のばらつきにはある程度目をつぶってくれる可能性が高い。ただ、営利企業でそれを行うことがステークホルダに認められ得る行為かどうかは分からない。
 発想を変えて、関連組織間ネットワーク型として、ハウス食品連結子会社という関係を利用して、ハウス食品内の廃棄物処理体制に組み込んでもらう方法もあっていいと思う。



・・・・。
 というような流れなどでまとまったものとかがあれば、それなりにまともに活動したいと考えている企業が変な事件に巻き込まれる心配を払拭するための一助になるかもしれない気がするのだが。
 確かに、消費者目線から明らかに乖離した自らの悪意を認識しない悪意を公衆の前にさらすことを厭わない者を糾弾しさげすむことはショウ的には痛快かもしれないが、ある程度いるはずの企業人の層としては、それだけではいかがなものかと感じるのではないかと思い、あまり成功していない気もするがその一例を書いてみようとしてみた。
 誰か、もっと情報の深度や確度や網羅性でもって他山の石となるような記事がどこかに投稿もしくは上梓されることを願ってやまない。

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