ハンバーグ

 shi3z氏の「アメリカにはハンバーグがないんですよ」をホッテントリ経由で読んで、東洋経済の記事云々ではないところで「まじで?!」とか思ってしまった。
 実質的にハンバーグないんか、、、と。
 shi3z氏が例示しているデニーズのみならず、現地大手のアップルビーズとか他何個か調べてみたが、ないよ、確かに。
 学生の頃、先生からアメリカではハンバーグとか言っても通じないし、同等のものといったらパティだな、と言われたのだが、それが正しいかどうか以前にそもそも指定するもなにもなく提供されていないんじゃないか?などと思ってしまった。
 そもそもパスポートが切れて久しい上にアメリカの領土に一度たりとも足を踏み入れたことのない私が驚いているだけなので、本質的には渡米経験者からすれば当たり前のことなのかも知れないのだが・・・(「本質的」という限定は、主に東洋経済の記事の著者を例外扱いにするための措置)
 確かにパティと表現してもテリーヌレベルの練り物を想像していたり、日本のハンバーグに使われるつなぎ(卵やパン粉など)を全く使わないほぼ肉のかたまりがそうだと思っていたりと既に外国人との意思疎通が破綻しているよなぁ、とかうっすらと思っていたが、それ以前の問題だったとは。
 『ハンバーガーのパテのことをハンバーグだと思ってる人はいないでしょ。別物よそれは』って、確かにそうなんだけど、あれをハンバーグといわないと他に表現のしようがない、ということかと思ってたわけで。(アハハ(言い逃れ&乾いた笑い))
 もう、今更アメリカになど行くこともないとは思うが、まだまだ知らないことが溢れているなぁ、と思ってしまった。



 と、ここでせっかくだし明日にでもハンバーグ作るか、、、などと考えながら、もはやおなか一杯になりつつ東洋経済側の記事を読んでみることに。
 で、とりあえず、私は『こんな内容がない大統領演説は戦後初めてであります。まさにエンプティー(空っぽ)。』の前後でずっこけてしまった。
 内容や中身があるかどうかというのは、個人の主観なのでどう考えてもいいのだが。
 うーん、何だろう。
 センター試験で50%超えられなかった私より、英語力低いのか?とか思ってしまったり。
少なくとも「empty speech」とかいった用例が、後に来る名詞において本来あるべき属性、その質、数等が附帯していないこと、およびその状況と想定するあるべき姿との乖離に重点を置くことを含意するもので、そうではなく単純に『空っぽ』とかっこ書きまでして断じておきながら、その後にスピーチに本来あるべき事項はこうだなどとぐちぐち書かれてしまうと、さっきのぶち上げはなんだったん?とかずっこけてしまったという。
 それとも『まさにエンプティー』というのが流行語が何かなのかなぁ、とググってみたりしたが分からなかったりと、どうなんだろうなぁ、という気がした。
 ただ、その直後に『大統領就任演説というのは、これまでは選挙戦で死力を尽くして戦ってきて、それこそアメリカ中が分断され、失礼な言い方や容赦ない攻撃もお互いにしあったが、ここから先は一つのアメリカということで、すべての国民が一つになる、という大事なメッセージが出てくるものです。』と書かれていて、確かに就任演説では言っていないが、選挙戦の勝利宣言の時にはほぼ同じようなことを言ってたよなぁ、(例えば、「Now it’s time for America to bind the wounds of division, have to get together. To all Republicans and Democrats and independents across this nation, I say it is time for us to come together as one united people.」あたりとか)と思った時点で、婉曲すぎて面白みの欠ける釣りネタなんだろうなぁ、と思い至り、shi3z氏が示す記事のオチを知っていることも相まって、何となく物悲しい気分になってしまった。

 で、それ以降は、記事の著者の捉え方が書き連ねられているので、どうこういう話ではないとは思う。(先のように分かりにくくあまり知的ではないかもしれないと思えてしまうようなギャグを随所に仕込んでいるのかも知れないが)
 で、記事のラストにたどり着くわけだが、結局のところ、『メディアで垂れ流される情報の拙さ、酷さを読者の皆様には改めて認識して頂くことができるのではないでしょうか』と疑問を呈されると、当該記事も『メディア』なわけで、情報が拙くて酷いということをラストでぶちまけたいのか?とんでもない自虐(読んだ読者も爆死させるという意味では自爆?)ネタだなぁ、とか思ってしまった。
 shi3z氏の『(おれはわかってるけど)』というように記事の著者が考えているように思えないのは、非難している側の論法と同じ手法を記事の著者がとっていることで同列にしか並べられない関係上、記事の著者自身にも批判が及ぶのではないかなぁ、とか考えてしまったので。
 うーん、それにしても。
 こういったツッコミどころに目印がしてある記述形式じゃないとWeb無料記事というのは数字がとれないんだろうか、などと考えて一段と悲しい気分になったりした。



 あと。
 英語が分からないので十分に調べられないのだが、貧困白人労働者層のリスの話って映画だと出たのはフライかシチューっぽい。
 でもって、実際レシピ本にはたどり着けなかったが。(米尼でうまく探せばあるんだろうか・・・)
 あえて、なぜハンバーグなのかを考えてみると、shi3z氏が『おそらく手が込みすぎてる』と指摘するように貧困白人労働者層が狩猟肉の調理法として手間のかかるハンバーグをこぞって選択するはずもないという多重な階層差を表現するのに、これはウィットに富んでるぜ(自賛)的な方向性で記事の著者は書きくだしたものなのだろうか、とか。(一応、国内でも狩猟肉としてつみれに加工して食べるといったケースもなくはないが食材への意識の違いが大きくて単純に同列扱いできないんじゃないのかなぁと思うし)
 当該レシピ本に真っ当に「ハンバーグ」が扱われているのなら別だし、記事の著者が自ら示す「ハンバーグ」を現地で当該層からご馳走になったのなら別だが、単純に「轢」き肉=ハンバーグという図式(ある意味大喜利)でしか認知できていないのであれば、それは記事の著者における食育のレベルが低いということからくるこれまた悲しいギャグだとしか言いようがないのかもしれない。