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柚の管理記録

2017-08-09

今週のお題「ちょっとコワい話」


 A:コワい話といえばね、去年の夏の夜、パスタをゆでてたんですよ(稲川淳二っぽく)
 B:オチよめたんでもういいです。
 C:それはさぞかしおつかれでしょう。
 B:はぁ???
的な話はどうでもいいとして、包丁で切りつけられて警察を呼んだことのある身からすれば、コワい話をどのあたりに設定すればいいのか難しい。

 さて、お題出題者が提示した『チケット当落日前にクレジットカードが限度額寸前!』というのは、多分本人とは別の意味で読んだ私はかなり恐ろしい思いをしてしまった気がする。
 勝手な想像はプライバシー侵害というものだが、上場企業の勤め人が底辺労働者の私の限度額よりも低いはずもなく、その金額を突破しかねないというのは、
 ・家計のキャッシュフローが限度額に見合わないほど大きい
   →給与所得が非常に大きい
     →利用金額が大きいと限度額が大きくなるはず???
   →チケット購入数が多い
     →時間的制約と限度があるので限界があるはず???
   →チケット自体が非常に高い(プレミアとかでなく)
     →国内のコンサートやスポーツ観戦レベルのものではない???
 ・限度額を下げられてしまっている
   →すごく怖い
などと悪い方に思い巡らせてしまって青くなったという。
 ということで、歌舞伎オペラのS狙いということで「こわくなーい、こわくなーい」ということにしてみる。
 私は、逆の話で給料の上下が非常に激しかったころ、ある年、驚異的に給料が下がって(前年の1/4ぐらい)さらに前年度の収入にかかる税金が天引きされる関係上、手取りの年計よりひと月のショッピング枠の方が大きいなんてことがあって、これはなかなかこわいなぁ、とかシニカルに笑ってしまったことがある。(月の手取りが1桁万円だったというのも結構こわい話かも知れないが)
 カードを使うことがカード会社をたばかっているように思えて後ろめたいというか、本来存在しない与信力でモノが買えてしまうことがおそろしかったので。
 実際は貯金から支払われるから問題はないとはいえ、当時、突如として公共料金以外のカード払いをしないような生活習慣に急激に変更してしまったので、カード会社側は何が起こったんだろうとか要注意扱いされていたかもしれない。
 これとは逆に、1ヶ月で100万を大幅に越す程度のカード払いをしたときに多分限度額をかなり超えた気がする(当時はノーマルカードだった)のだが、当時は認証が厳格なネット決済なんてのもない時代だった(あっても利用していなかったし)ので、通ってしまったっぽい。(対面信用取引という考え方も当時としてはある程度残っていた可能性もあるかもしれない。カード加盟店の規約には抵触するかもだが)
 本当かどうかわからないけれども、聞いた話では実店舗などでカード払いするような場合、ある程度カード会社側で内々に余裕が持たせているというのがあったそうなのだが、ネット決済は限度額を厳格に運用して1円でも抵触すれば決済をはねるようにしているらしいという話も聞く。
 あと、毎月限度額ギリギリだったら先の余裕枠が狭くなるとか、もはや都市伝説並みの話もあったりとなんというかいろいろである。
 カード会社やカードのグレードにもよるが、一時的に限度額を数倍ぐらいまで増やせたりするサービスもこっそり行っていたりするのだが、これも結構面倒(心理的金銭的負担も含めて)らしいのと常用できるわけでもないので数年に1度の買い物で限度額を超えそうみたいな場合でないと無理っぽい。
 最近はそういったカードの使い方をすることはないかもだが、接待やイベントとかで自分のカードを使って支払いをするような会社だと、平気で数十万のカネが動くので、ゴールドにしている人が多かったりした。
 あと、何十年も昔、通信状態があまりよくなかったころは、店のカード端末が通信できないとかがあるとカード会社指定の手書き伝票にカード番号などを記入して決済してたりした(認証はカード会社との電話で行い、伝票はカード会社に郵送するという素晴らしいシステム)が、今どきそんなのを見たり経験したことがある人はいないんじゃないだろうか。
 最近は通信エラーが出たらそのカードは全く信用されず支払い自体無理みたいなので。
 とにかくカードはいろいろとこわいさね。
 海外だとカードでないといろいろこわいみたいだけど。


 私の身体の物理的損壊とは別のこわい話というのを考えてみたのだが、思いついたのは、人によってはむしろごほうび的なものだったりするので、ちょっと「の人が」こわい話になりかねないけども進めてみる。
 さて、過去にも散々書いてはいるが、私は英語ができない。
 当然ながらそれ以外の外語もできるわけがないので、ある意味外語コンプレックスみたいなものである。
 そういう意味では個人的に旅行なんかで海外に行こうなどという考えを毛ほども起こすことがないのだが、残念ながらパスポートを持っている(正確には最近切れたので過去形)のは仕事で使うことがあっただけというレベルである。
 とにかく、個人的に海外においてもっとも精神的に圧迫されるのは耳に入ってくる雑踏や公的スペース(店とか何かの会場や施設とか)などの雑音に日本語以外の外語しか含まれていないことだったりする。(テレビとかなら問題はないのだが)
 会議とか打ち合わせとかならいいのだが、日本人数人で屋外にいても瞬間的に外語しか周囲に存在していない状況が発生すると途端にダメっぽい。
 一度訊いてみたいと思いつつ実践できていないことの1つに、明らかに日本語を学習する気さえない外国人旅行者のグループや海外を旅行するのに円滑なコミュニケーションを取る気が毛頭ない日本人旅行者のグループには必ずといっていいほど異常に母語の声がでかい/でかくなる者がいたりするのだが、この行動は先の不安をまぎらわせるものの1つなんじゃないかな、とか思ったりするのを確認してみたかったりする、とか。
 話がそれた。
 で、こういった状況下に置かれる事態というのは、国内にいれば問題は起きない、というようにたかをくくっていた時期もあったわけで、その考えを覆すおそろしい事件が起こったのは学生のころ、東京某所のビジネスホテルに泊まったときのことである。
 田舎者なこともあり、今思えば防犯意識も穴だらけだったのが根本的原因ではあるのだが、夜中に買い物がしたくてホテルを出てコンビニか開いている店を探してぶらついたのが発端である。
 で、買い物を済ませて帰ろうとしたのだが、思った場所にホテルがない。
 焦って試行錯誤したものの、それが今思えばよりいっそう泥沼にはまる結果を招いてしまい、完全に迷ってしまった。
 そこで焦った理由というのは、今のようにスマホや携帯もない時代だったのもあるとはいえ、迷い込んだところの地域柄だと思われるが、日本語が一切聞こえないエリア(要は時代柄呼び込みがすべて日本語ではないということ)で、人に道を尋ねるどころの騒ぎではなかったというところにあった。
 さすがにこれは身の危険があぶない(パニック状態)とか感じたため、ホテルに帰ることをあきらめ、位置的に環状線内であることは確かだ、という認識だけはあったので、1方向にとにかく歩き続ければ少なくともどこかの線路には突き当たるだろうと思って歩き始めた。
 そして、確か2時間ほど歩いて地下鉄の駅にたどり着いてどうにか事なきを得たわけである。
 とはいえ、駅についたときの私は異様に憔悴していたのか、ホテルの最寄駅(もともと駅からホテルに迷わず行けた駅)のルートを訪ねた駅員さんにかなり怪訝で困惑した顔をされたのは印象深かったという思い出である。
 なんというか、個人的に忘れたい過去なので、意識的に忘れようとしたためか、あらためて思い出そうとしてもどの駅だったのか思い出せなかった。
 すべて幻覚だったっというのは絶対にない、、、、はずなんだけど。
 というか、本気で忘れたいというのがあって踏み込みたくないわけで・・・