Hatena::ブログ(Diary)

naoyaのはてなダイアリー

August 17, 2006

誰かのお墨付き

人間の価値観というのは十人十色で、それぞれそう簡単に変えられるものではない強固なものだと、ネットをしてると日々実感する一方で、価値観というのは非常に不安定なものであると思わされることも多い。自分がこだわりを持ってるもの、本当に好きなものに関しては他の誰が何と言おうとそれを「おもしろい」「すばらしい」と感じることができるけれども、そうでないものに対しては「ほかのひとはどう思っているか」という頼りがなければ、その善し悪しを計ることができない。

例えば僕の場合、音楽は日頃聴くけれどもそこまで音楽そのものの善し悪しを見分ける感覚やこだわりが自分にはないようです。なので、世間で話題になってる曲、みんながいいと思ってそうなもの、そういうものをピックアップして聴く。僕が聴いて良いと思うものの中で、本当に周りの情報に左右されずに「良い」と思えた曲というのは多分ほとんどない。メディアミックスで物が売れたりするところの大きな要因は、ひとつは露出が増えることにあるんだけれども、もう一方はこういう、何かの情報に左右されないとその善し悪しを判断できない人が世の中の大部分だからではないかと思う。自分も音楽に関してはそうだなあと思うし、それで良い。

一方、ゲームとかは昔からこれが自分が一番欲してるゲームかどうかを判断できる感覚が、自分の中にあるようだ。たとえ周りの人がクソだと言っても自分は絶対これは面白いと言って楽しめる感覚があるし、周りの人がどんなに面白いと言っても駄目なら駄目と感じられる感覚がある。音楽もゲームも、どちらも嗜好性の強い物だけれども明らかに違いがある。

ちなみに僕の兄弟は、兄も弟も音楽が好きで、アンプの前でヘッドホンをして座ってるだけで一日が楽しく過ごせるといいます。知り合いにも DJ とかやってる人で、音楽でご飯三杯...なんて人が何人かいた。僕にはそんな感覚は全くない。音楽を一日聴いてるだけなんてのは苦行ではないかと思うぐらいで。ゲームを一日中してるのは全然 OK。でもよくそんなにゲームしてられますねと言われることもあるので、僕が音楽に関して思うところを、ゲームに関して同じような感想を抱く人もいるんだろう。しかしまあ、兄弟で同じような環境で育ってきたのに、兄と弟には音楽に対してそういう価値観が芽生えたのに、自分はなんでそれがないんだろうなと疑問に思います。

もとい。

ネットが普及してブログや SNS が人々の手に行き渡って生活の何が変わったかというと、この「誰かのお墨付き」情報がとにかくいろいろな情報に対して手に入るようになったということがとても大きい。本を読んだ感想、テレビを観た感想、ゲームをした感想、音楽を聴いた感想、ニュースをみた感想、ほんの何年か前はそれを手にいれようと思ってもなかなか難しかったものが、いまはネットで調べれば簡単に手に入る。いままではせいぜい学校の中、職場の同僚といった狭いコミュニティの中に限定された価値観にしか触れ得なかったことが、ネットでは全然違う価値観、コミュニティの中のそれに触れることができる。これはとても非連続なことで。商品とか、そういうお金が絡むものに関する情報は、多少恣意的なものではあるけれども、メディアを通じて手に入れることができた。今はたとえばブログに書かれたほんのちょっとした論評にですら、いろんな感想が見られる。

もちろん、それが生み出す利益もあれば、弊害/危険性もある。今思ったのはその善し悪しではなく、世界はそういう風に変わっているのだということ。そりゃネットに常時触れてる人、そうじゃない人の間に断絶が生まれるのも当然だ。

「はてなブックマークのお気に入り」をみててこんなことを思った。このリンクは、○○さんがブックマークしてるからみたけど、ただそこに置かれてたらまず見ないだろうな、誰かのお墨付きというのは人の行動を左右するのにとても強いインセンティブだなあと。はてな検索 で検索して Google の検索結果にブックマークされた数がでるととてもベンリに思うのは、その情報が見るに値するものかどうかを、他の人の判断にゆだねられるから。さっきの音楽の話と同じ。

お墨付きが付与されることで変化するものは何があるだろうか。(と百式風に締めくくってみる。) 当たり前のことなんだけど、文章にして書いてはっきりそれを自覚してみようかなと。

tarachutarachu 2006/08/17 19:46 そのとおりだと思います。
これからもがんばってくださいNE。

tanahatatanahata 2006/08/17 20:10 自分の興味のあることについては、自分の基準や選び方、作品の見つけ方がはっきりしていますが、
自分が明るくない物事に対しては良い作品の探し方を知りません。
そのため、他人の評価は選択の良い参考になります。
また、メジャーな作品よりもマイナーな作品を好む方が格好いいという考え方もありますが、
私はそう思いません。
基本的にメジャーになりうる作品とは、(プロモーションも含めて)良質の作品です。
だから、メジャーな作品を中心の嗜好するからといい、
それを卑下する必要は全くないと思います。

トシトシ 2006/08/18 10:58 基本的に賛成です。

ただ、ぼくの場合は少し違っていて、きっとあまのじゃくなのでしょう。
音楽でも映画でも本でも、自分が面白いと思ったものがヒットし始めるとがっかりします。「なあんだ、ぼくの感覚って、所詮みんなと同じようなものだったのか?」と。
早い時期から自分で見つけて、いつまでもヒットしないグループの音楽なんて、とても嬉しい自分だけの嗜好品なのです。

やっぱり変ですかね。

aratako0aratako0 2006/08/18 13:52 ちょっと分かる気もします。

僕はあまり知られていないような映画とかを見て、それが面白かったら、すぐにネットで批評を検索。そのコミュニティーや何やらで、その作品がすごく評価が高いと、自分の嗅覚も評価されたような感覚を得ることができるので、すごく嬉しかったりします。

関係ないかな。

TheTocotonistTheTocotonist 2006/08/21 12:05 その辺のRating手法は今後少しは出てくると思いますが,永遠の課題ではないでしょうか?明示的に重みをInputするもの,明示的にではあるがそのInputハードルを軽減する方法,暗示的に重みをInputするもの.シンプルなものが求められます.Googleの場合は暗示的なこと(機械による自動処理)を選択するでしょうが,どれも結構難しい話になってきますね.また個人意見では最終的な問題は技術じゃない気がしています.私は仕事柄,その周辺の特許を頑張っています.

また嗜好が偏らないような揺らぎの提供とRatingのトレードオフも大事ですね.

Connection: close