大崎善生著『聖の青春』を読む

 先日、松山ケンイチ主演の映画『聖の青春』を観たというブログを書いたら、三重県ヤマギシの村のエイコさんから、その原作の大崎善生さんが書いた『聖の青春』文庫本が送られてきた。
        
 「難病と闘いながら、29年の短い生涯を生き抜いた天才棋士の伝記」なのだが、読み終わった今、僕は感想を、どんな言葉と表現で書いたらいいのだろうかと戸惑っている。
 それくらい、ここに描かれている村山聖という棋士の壮絶な生き方に、僕は心を奪われてしまった。
 振り返りながら、プロローグを読み直したら、これ以上の、この本を紹介できる文章はないと改めて思って、噛みしめながらもう一度読んだ。
 そんなことで、著者がプロローグに書かれている文章を転載させていただき、この本の紹介としたい。

 平成10年8月8日、一人の棋士が死んだ。
 村山聖、29歳。将棋界の最高峰であるA級に在籍したままの死であった。
 村山は幼くしてネフローゼを患いその宿命ともいえる疾患とともに成長し、熾烈で純粋な人生をまっとうした。彼の29年は病気との闘いの29年でもあった。
 村山は多くの愛に支えられて生きた。
 肉親の愛、友人の愛、そして師匠の愛。
 もうひとつ、村山を支えたものがあったとすればそれは将棋だった。
 将棋は病院のベットで生活する少年にとって、限りなく広がる空であった。
 少年は大きな夢を思い描き、青空を自由にそして闊達に飛び回った。それははるかな名人につづいている空だった。その空を飛ぶために、少年はありとあらゆる努力をし全精力を傾け、類まれな集中力と強い意志ではばたきつづけた。
 夢がかなう、もう一歩のところに村山はいた。果てしない競争と淘汰を勝ち抜き、村山は名人への扉の前に立っていた。
 しかし、どんな障害も乗り越えてきた村山に、さらに大きな試練が待ち受ける。
 進行性膀胱癌。 (文庫・14頁〜15頁)

 さらに、著者は、誰からも愛された自由奔放な村山を
 「やさしさ、強さ、弱さ、純粋さ、強情さ、奔放さや切なさといった人間の本性を隠すこともせず、村山はいつも宝石の原石のような純情な輝きを放っていた。/村山はその豊かな人間性で人を魅了してやまなかった。」と書いている。
 そんな村山に対して、献身的という言葉されも陳腐に感じてしまうくらいの、師匠との関係、親の姿。そして彼を取り巻く人達の心に、僕は胸を打たれ、その感動を禁じ得なかった。

 子供の時から死と隣り合わせで、熾烈な戦いが繰り広げられる将棋の世界に生きた29年の村山聖の生涯は、時間の長さなどは問題でない「今を生きる」その姿そのものを強烈に示してくれる。
 将棋好きの人も、将棋をあまり知らない僕のような人へも、お勧めの一冊である。
 映画を先に観るか、原作を先に読むか、それは問題でない。
 映画は映画で十分に感動できるし、原作は原作で心を揺さぶる。