松岡圭祐著『生きている理由』を読む

 松岡圭祐の書いた作品は、『黄砂の籠城』、『八月十五日に吹く風』を読んでいる。
 どちらも、歴史小説として楽しみ、かつ感動しながら読んだ。
 今回は、清朝末期の王女として生まれながら、日本に渡り、川島浪速の養女となって育った男装の麗人こと川島芳子の少女時代の物語だ。
          
 本書の「解説」で、書評家の大矢博子さんは、歴史小説について次の様に書いている。
歴史小説とは、客観的に判明し確定している(確定とみなされている)史実をもとにその背景を描くジャンルである。史実と史実の間、つまり年表に記載されているような歴史項目の間を想像で埋めていく作業だ。好き勝手に埋めていいわけはない。そこには史実と矛盾しない〈辻褄合わせ〉が不可欠だ。史実はそのままに、その史実が史実として成立しうる最も意外でドラマチックな、そして最も説得力ある〈辻褄合わせ〉。それが歴史小説の面白さと言っていい。─
 大矢さんは、このように述べているのだが、確かに、松岡圭祐の小説は、それを十分に備えた内容の作品となっている。



 今回の作品『生きている理由』川島芳子の少女時代に光を当てている。
 清朝末期の王女・愛新覚羅顯㺭は、満蒙王国独立を夢見る大陸浪人こと川島浪速の養女として引き取られ、日本で川島芳子となる。
 滅びゆく清王朝と、養父となった川島浪速の政治的思惑に翻弄され、清の皇族という戸籍を残したまま日本で育つ。
 自分は、中国人なのか、日本人なのかと、アイデンティティすらあやふやな中で葛藤して、養父への恩義と反感を持ちながら、自分を助けてくれた日本軍人に恋をして、一方では政略結婚との狭間に悩み苦しみ、「生きている理由」を見失う。
 また、本書が面白いのは、清皇室の王女として命を脅かされるサスペンスあり、彼女が男装の麗人となる動機には、平塚らいてう市川房枝の新婦人協会、さらに与謝野晶子まで登場させる、著者の豊かで自由な想像力だ。
 来年には、「生きている理由」を見つけ、いよいよ男装の麗人として、歴史の波の中に身を投じて生きる川島芳子の人生と、戦争終結後、中国国民党に逮捕された彼女は、川島芳子でありながら戸籍上は愛新覚羅顯㺭のままであったがために国賊として銃殺刑となるまでの物語が、続編として刊行されるという。
 それを楽しみに待つとしよう。