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森の中の畑は森か?

2018-09-09 LACCO TOWER「五人囃子の新時代」@高崎市文化会館

LACCO TOWER「五人囃子の新時代」@高崎市文化会館(9/8土)

| 22:32



ライヴの醍醐味の一つは、「あ、この曲こんなに良かったんだ」という‘気づき’に出会うことだと思っています。

それがあるライヴを僕は「良いライヴ」と規定していますが、この日のライヴは「良いライヴ」でした。


それは突然やってきました。何曲目でしょうか、キーボードのソロからはじまった「薄荷飴」。

この曲は最新アルバム『若葉ノ頃』収録の曲ですが、音源を聴いているときは‘影の薄い曲’というのが率直な印象でした。ライヴで大化けしていました。

バンド史上初のホールツアー初日だったこの日の会場は高崎市市民文化会館、キャパ700〜800のホールですが、これまでLACCO TOWERが主戦場にしてきたライヴハウスとの違いにも注目していました。

「薄荷飴」の時にその最大の違いの一つに気付くことができました。

照明です。

とにかく照明の懲りようライヴハウスの比ではありません。設備の問題もあるでしょうし、ステージの広さなどもあるのでしょう。その強みを存分に使っていました。

「薄荷飴」は‘和’の雰囲気も感じさせる曲なのですが、それにあわせるように照明も月やもみじ、和紙をモチーフにしたかのような和テイストのもの。それが曲によりはっきりとした輪郭をもたせ、存在感を音源の何倍にも高めていました。

思わず、「あ、曲がふくらんだ」と声にしてしまいました。


その後の流れは、「薄荷飴」がもたらした高揚感を一度も途切れさせない本当に見事なものでした。


「遥」(ギターソロからはじまり、ヴォーカル松川さんのアカペラ

「雨後晴」

「狂喜乱舞」(ベース塩崎さん&ドラム重田さんのリズム隊協演からなだれ込む)

●●●●(忘れてしまいました。。しかしパフォーマンスは素晴らしかった!)

火花

MC

「愛情」

  アンコール

「花束」


最新アルバム『若葉ノ頃』のレコ発ツアーとして行われた初のホールツアー。

この日の高崎市市民文化会館からはじまり、名古屋大阪岐阜東京と続きます。最後の東京の会場は2,000人キャパの昭和女子大学人見記念講堂です。過去にZepp DiverCity Tokyoや品川ステラボールでも単独ライヴをやっているLACCO TOWERですが、昭和女子大学人見記念講堂は過去最大のキャパでの単独ライヴでしょう。しかもホール。

それを端的な言葉で表現した人がいます。ベースの塩崎啓示です。彼はMCで「これは挑戦です」といいました。その含む意味はただ大きい規模で、ホールでライヴをやるということだけではないでしょう。今年16周年を迎えたバンドだけに、もっと幅の広い意味でしょう。

拍手喝采です。

どんどん挑戦してほしい。無責任にいっているわけでなく(いや、無責任ではあるのですが)、僕には確信があります。彼らがこの挑戦に打ち克つことを。

なぜなら彼らの楽曲はもはやライヴハウスで収まるものではなく、もっと広いホールであり、アリーナにも十分対応できるだろうからです。そのことをこの日のホールライヴで確信しました。

以前のライヴハウスでの彼らのライヴで時より感じた曲が発する‘息苦しさ’がこの日はまったくありませんでした。曲が喜んでいた、なんていう言い方はいささか文学的にすぎますが、でも本当にそんな感じを受けました。最新アルバム『若葉ノ頃』(もっといえば前作の『遥』から)は明らかに塩崎さんのいう「挑戦」を前提にした作品です。

いろんな意味で‘広さ’を意識したその作品群。この日のライヴはその作品群が「間違っていなかった」ことを証明するのに十分なものだったと思います。

2016-07-13 「緊急事態条項」について

「緊急事態条項」について

| 22:41


自民党憲法草案第九十九条には「緊急事態条項」についての記述があります。

この条項は、第九条よりも、十三条よりも、二十五条よりも、他のどの条項よりも重要です。

なぜなら、この条項はそれら全ての息の根を止める効力があるからです。

自民党は「本丸第九条ですよ」のふりをして、この条項を「お試し」としてまず出してくるでしょう。

しかし騙されてはいけません。この条項こそ本丸です。

この条項だけでは絶対に阻止しなければなりません。

以下内田樹さんのツイートです。参考にしてください。

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(緊急事態の宣言の効果)

第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたとき

は、法律の定めるところにより、内閣法律

と同一の効力を有する政令を制定することが

できるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支

出その他の処分を行い、地方自治体の長に対

して必要な指示をすることができる。



2 前項の政令の制定及び処分については、法

律の定めるところにより、事後に国会承認

を得なければならない。



3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何

人も、法律の定めるところにより、当該宣言

に係る事態において国民の生命、身体及び財

産を守るために行われる措置に関して発せら

れる国その他公の機関の指示に従わなければ

ならない。この場合においても、第十四条

第十八条、第十九条、第二十一条その他の基

本的人権に関する規定は、最大限に尊重され

なければならない。


4 緊急事態の宣言が発せられた場合において

は、法律の定めるところにより、その宣言

効力を有する期間、衆議院は解散されないも

のとし、両議院の議員の任期及びその選挙

日の特例を設けることができる。

A0153A0153 2016/07/21 14:52 9条改正は、民進も公明も消極的ですので憲法調査会でも取り上げないでしょうね。第一安保法制があれば、憲法改正したとおなじ効果を持つわけですから。やがては、安保法制になれたころ、実体に合わないなんて9条改正を言い出すのだろうと想像します。
緊急事態条項制定は、何となくそんなことがあってもいいか見たいな感じで賛成を得やすく、狙ってくるでしょうね。国民が人権侵害の危険性を看破るかどうかにかかっていると思います。東日本大震災を経験した首長は、緊急事態条項新設は不必要と言っていますね。私個人の経験でも正しい情報の速やかな開示と普段からの準備が必要であって憲法問題ではまったくないです。
緊急事態条項新設は、どさくさまぎれに、憲法改正したいなあという欲望と権力側が人権は邪魔という欲望を満たしたいもののように見えます。

A0153A0153 2018/08/22 17:24 お久しぶりです。どうしたのかなと思ってました。星印ありがとうございます。

2016-07-03 「知らなかった」では済まされないこと

「知らなかった」では済まされないこと

| 10:33


参議院議員選挙が迫ってきています。


結果次第では「改憲」が議論の最前線にのぼってくることは間違いありません。

自民党公明党選挙公約でそれがいかに無視されようと。

改憲」の大きな指針になるのが、自民党が2012年に作成した憲法改正草案でしょう。

この代物のヤバさは様々なところで既に語られています。


ここで読むことができるので是非読んでいただきたいです。

自民党支持者の方も、そうでない方も。

https://www.jimin.jp/activity/colum/116667.html


その中でも最初に自民党改憲を狙っているといわれるのが、「緊急事態」条項です。

(緊急事態の宣言の効果)

第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたとき

は、法律の定めるところにより、内閣法律

と同一の効力を有する政令を制定することが

できるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支

出その他の処分を行い、地方自治体の長に対

して必要な指示をすることができる。


2 前項の政令の制定及び処分については、法

律の定めるところにより、事後に国会承認

を得なければならない。


3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何

人も、法律の定めるところにより、当該宣言

に係る事態において国民の生命、身体及び財

産を守るために行われる措置に関して発せら

れる国その他公の機関の指示に従わなければ

ならない。この場合においても、第十四条

第十八条、第十九条、第二十一条その他の基

本的人権に関する規定は、最大限に尊重され

なければならない。


4 緊急事態の宣言が発せられた場合において

は、法律の定めるところにより、その宣言

効力を有する期間、衆議院は解散されないも

のとし、両議院の議員の任期及びその選挙

日の特例を設けることができる。


簡単に言えば、

内閣が緊急事態と認定した状況において、内閣法律と同じ効力をもつ政令をつくることができる。そして何人もそれに従わなければならない」

といった感じでしょうか。

内閣フリーハンドを認める条項です。

この条項の判断はさまざまあるのでしょうが、僕は大反対です。

その理由の最大のものは、この条項(他の条項もですが)が、筋の悪い人たちが考え、仮に制定されたらそんな筋の悪い人たちへフリーハンドを与える可能性のあるものだからです。


筋の悪い人たち例

D

国民の生活が大事なんて政治はですね、私は間違ってると思います。今私たちが生きているのは、私たちの今の生活が大切なんじゃんくて先人から引き継いできた・・・世界中で日本だけが、同義大国を目指す資格があるんです。」


D

(14:30頃〜)

安倍内閣法務大臣を務めさせていただきました長勢甚遠でございます。民主党政権のでたらめ・・・・戦後レジーム、敗戦体制もいよいよここまで来たか、それの象徴民主党政権だと思います。安倍総理戦後レジームから脱却と言われたときに、私も感銘を受けて一緒に行動してきました。・・・・・・国民主権基本的人権平和主義、この三つはマッカーサーが押し付けた戦後レジームそのもの、この三つをなくさないと本当の自主憲法にならないんですよ


こういう人たちが緊急事態条項をどのように使うのか。それを想像しただけで怖いです。


なお、現在の安倍内閣閣僚24人中、21人が所属している「日本会議」の最大の目的のひとつは「緊急事態条項の創設」だそうです。

(「日本会議の研究」菅野完 扶桑社新書


与党を支持するか、しないかは別にして一度は自民党憲法草案は是非読んでいただきたいです。

選挙後に「知らなかった」では済まされません。

A0153A0153 2016/07/06 23:49 自民党憲法改正草案を見れば、9条だけでなく、基本的人権や国民主権を嫌っているのが明確ですね。改憲勢力が、2/3を獲得してもそう簡単には行かないと思いますけれども、ひたひたと基本的人権、国民主権、平和主義が根本から崩されてきている感じを受けます
参院選挙で野党共闘が少しでも勢力をのばすよう期待してます

narumasa_2929narumasa_2929 2016/07/10 10:30 A0153さん

コメントありがとうございます!

こんな調査がありました。
【参院選 土佐から】改憲への「3分の2」 高知で83%意味知らず
http://www.kochinews.co.jp/article/32968

自民党憲法草案も恐らく見ていない人たちにも繋がるのでしょうね。まさに「知らなかった!」と言い得る人たちです。
憲法改変の国民投票になっても依然「??」な人たちが大多数であるなら、一気にかわる可能性も高いのではないかと思います。今日の選挙結果に関係なく、市民レベルでの「自民党による憲法改正」の共有が必要なことだと強く思います。A0153さんがおっしゃるとおり、自民党憲法草案は9条の改変など瑣末とも思えるほどに、基本的人権や国民主権を嫌う、という近代国家否定の念が強いものになっていると思います。
恐るべきことですね。本当に恐ろしいことだと思います。世界的にみてもこのインパクトはすごいことでしょう。仮にドイツが自民党憲法草案のような内容のものに舵をきったらヨーロッパ各国はどのような反応をするのでしょうか。その想像力を一切拒否したかのような自民党憲法草案に恐怖を感じます。
参院選の野党共闘、期待しています。群馬県でも統一候補がでていますが、例によって例による県ですので、一番最初に当確がでるでしょう。実に硬直した県です。何も考えずに「選挙となれば自民党」という人がまわりにたくさんいます。そんな人ばかりです。誰を支持するのでもいいけど、その硬直性が人々の思考、行動をも硬直化させているのだ、ということは広く伝えていきたいです。

A0153A0153 2016/07/21 14:58 憲法改正発議に必要な2/3を改憲勢力が獲得したと言うニュースに中国と韓国は反応しましたね。彼らは戦前の日本による加害を忘れちゃいないのです。現憲法は、戦前の日本
が国際社会に受け入れられる基本条件という面があったのだと思いまうs。
それにしても、何故自民党を多くの国民は支持するのでしょうね。私にはわかりません。
とりあえず自民党、みたいな感じなのかなあ。

2016-06-23 分けられるはずないじゃないか

分けられるはずないじゃないか

| 11:21

今年のフジロックでSEALDsの奥田愛基さんが出演することが発表されてから、「音楽に政治を持ち込むな」とか何とか話題になっているようです。

詳細は以下の朝日デジタルより。


音楽に政治を持ち込むな――。今年のフジロック・フェスティバルに学生団体「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基(あき)さんの出演が決まると、こんな言葉がネット上にあふれた。何が問題なのだろう?


 7月22日から3日間、新潟県湯沢町苗場スキー場で開催されるフジロック。17日に主催者が追加アーティストとして安保関連法に反対する活動で注目されたシールズの奥田さんを発表すると、たちまち、「音楽の政治利用だ」「思想の持ち込みは勘弁」「最近フジロックが妙に政治色をおびている」などとSNS上で反発の声が並んだ。ツイッターでも「#音楽に政治を持ち込むなよ」という共通の話題をつなぐハッシュタグ(検索ワード)ができ、批判が相次いだ。


 これらに対し、ミュージシャンらからは反論の声が上がった。ロックバンド「アジアンカンフー・ジェネレーション」の後藤正文さんはツイッターで「フジロックのこと知らない人が言ってるよね」とした上で、「これまでいくつものNGOやアーティストがさまざまな主張をステージで繰り返してきたわけだし」。脳科学者の茂木健一郎さんも「フジロックで、政治を持ち込むな、というニュースを見たけど、政治的な主張を含む音楽はかつてもあったし、今後もあるだろうから、自由でいいんじゃない?」とつぶやいた。


 ログイン前の続きフジロックの始まりは1997年。いま各地で開かれる大規模音楽イベントの先駆け的な存在で、昨年の観客動員は延べ約11万5千人。20回目の今年はこれまでに195組のアーティストらの出演が発表されている。大小約15のステージがあり、来場者は思い思いにライブやトークショーを楽しめる。2011年以降、反核脱原発を訴える「アトミックカフェ」を設け、反戦原発問題に関するイベントもしてきた。そのアトミックカフェで、奥田さんはジャーナリスト津田大介さんらと「参院選を振り返る。安保法制、沖縄憲法原発」をテーマに対談する予定だ。


 津田さんは12年から毎年アトミックカフェの司会役を務めているが、昨年まで批判の声はほぼ見当たらなかった。音楽家に限らず、反原発キャラクター「もんじゅ君」や、ジャーナリスト田原総一朗さんが出演したこともある。津田さんは「僕らが出演するアヴァロンというステージには、昔から音楽と社会問題を結びつけるトークプログラムがあるんです。それを知らない人が多い印象」と分析する。「音楽家でもないのに、と誤解してたたいている人すらいる。現政権批判的な立場の人間がフジロックのような有名なイベントに出ることを面白く思わない層が、『音楽に政治を持ち込むな』という理屈を付けてたたいているのかもしれない」と話した。


 ネット上には「純粋に音楽を楽しみたいだけ」との声も上がり、日常から離れる娯楽イベントとして足を運ぶ人も少なくない。


 ただ、1969年夏、米国で約40万人が参加し、野外フェスの「原点」とも言われる「ウッドストック」は、ベトナム戦争に反対する若者のカウンターカルチャー象徴とされた。同じ年に岐阜県で開かれた「全日本フォークジャンボリー」でも、フォーク歌手らが平和や反戦を歌い上げ、日本全国から若者が集まった。フジロックに計7回出演し「フジの顔」とも言われた故・忌野清志郎さんは反原発ソング「サマータイム・ブルース」などで、政治的なメッセージを発信してきた。


 今回の騒動について、音楽評論家萩原健太さんは「音楽に限らず大衆文化というものは、映画であれ小説であれ、すべて反骨精神のもとに、権力に対するアンチテーゼという側面を持って成り立っているとも考える」と語る。


 ラジオのDJでもあるピーター・バラカンさんは、フジロックで政治的・社会的な事柄を扱うことに、「大いにやるべきだと思う。アトミックカフェは毎年やっているから目くじら立てることもない」と言う。自身も、ラジオ世間で起こっていることに関する曲や映画を紹介すると文句を言われた体験がある。「今の日本の社会の息苦しさは、健全なことではない」と話す。(小峰健二、藤崎昭子)



朝日デジタル 6/22

http://digital.asahi.com/articles/ASJ6Q55WPJ6QUCLV00W.html?rm=550


僕は基本的にこの記事中のみなさんのコメントと同じ思いをもちます。

「音楽に政治を持ち込むな」

なんていう言葉には、「何を言っているのだろうか?」といった感じです。


ただそれは「昔から音楽は政治を歌ってきた」とか、「フジロックはこれまでも政治的なものも取り上げてきた」とか、そういった直接的なことのみが理由ではありません。

もっとシンプルに、

「音楽と政治は可分なはずないじゃないか」

ということです。

個人が生きるにあたって、自分の趣味趣向、心地よい考え、嫌いな考え、好きな環境、嫌な態度、、、、、、、、そんな無数の「好き」「嫌い」を基準にして物事選択しています。

それがあくまで基準です。

それを元に、こういう音楽が好き、こういう本が好き、こういう人が好き、こういう家が好き、こういう映画が好きとこれまた無数の選択があるわけです。そしてその中に当然政治についての選択もあるわけです。こういう考えが好き、嫌い、こういう政策が好き、嫌い、といった形で。

それらは「The Beatlesは好きだけど、Bob Dylanは嫌い」と何ら変わることのない一つの選択です。(僕は両方好きですけど笑)

ただそれだけです。

個人がいて、個人を中心とすれば、音楽と政治が結びつかないはずがない。

それは個人の選択の一つ一つとして当然存在しているものだからです。

ことさら、音楽と政治、フジロックと政治の直接的な関係を語るまでもなく、個人として生きていればそれらが繋がっているのは当然なことです。

最期にこのことを端的に表現した言葉で締めたいと思います。


「音楽に政治を持ち込むな」と主張している人たちは、あらゆる人間の営為(恋愛、友情、祈り、嘆き、感謝、生活歓喜、憎悪、怒り、皮肉、政治、旅などなど)を包摂する芸術である音楽から、特定の要素だけを排除できると考えている点でアタマがおかしいと思うんだが。

小田嶋隆 ‏@tako_ashi · 6月19日  ツイッターより

https://twitter.com/tako_ashi/status/744557165407408128

(久しぶりの更新で画像のUPがよくわからなくなったのでベタうちで笑)

krkkrk 2016/06/25 20:15 ウッドストックも反戦訴えるピッピーが集結したとかそんなことはなくて、出演アーティストが豪華になったんで普通の兄ちゃん姉ちゃんが音楽をたのしためにあつまったんですよね。
だから記録映像でも客の大半はピッピではなく至って普通の格好した人が大半だった
60年代のピッピー文化の集大成として伝説化して誇張されてるというか

まあ、ロックイベントにSEALDs奥田君はなんか違うなぁとおもう
たしかに、いまの世の反発とか反体制ではあるけど…彼っていい子ちゃんの匂いしかしないから(苦笑

社会に抑圧された若者もの心の発露とかそいいったものから生まれたのが文化的側面のロック(だから反体制ってのはちと違うとおもう、体制は抑圧の象徴であるが、ロックとしては完全な同義ではないと思う)

奥田君の場合最初から活動家然としてて、(学生運動よ再びな)お爺ちゃんおばあちゃんのアイドルで、政党(与党でなければ)からの協力もうけいれる…いい子ちゃんなんですよね
そういう意味では嘗ての学生運動のほうがロックとしての純粋性が高かったというか…

個人的にはフジロックでエコくそくらえ環境破壊万歳、破壊は男の浪漫、嫌いなものを嫌いといってなにがわるい的なメッセージを歌う奴がいたらロックだとおもう(笑)

narumasa_2929narumasa_2929 2016/06/27 14:16 krkさん

コメントありがとうございます!

ロック観の話をしだしちゃうと永遠に終わらないと思うので置いておきますが(笑)、
「フジロックはロックイベントか?」ということは確認できそうです。
疑問をもつまでもなさそうですが、考えてみると、音楽的な区分を想定すると、ロック以外のミュージシャン、アーティストも例年数多く参加していますので、ロックイベントとは言えなさそうです。また、精神的な区分を想定すると、、、これこそ禅問答のはじまりになるので置いておきます(笑)。krkさんのおっしゃる文化的側面(=社会に抑圧された若者もの心の発露とかそいいったもの)を想定してみると、恐らくフジロックにはその面は強調されていないように思います。
フジロック自身、ロックイベントとは言ってないようです。

「自分のことは自分で」「助け合い・譲り合い」「自然を敬う」
その上で、音楽と自然を自由に楽しみ、出演者、来場者、スタッフの全員で創り上げていくフェスティバル。それがフジロック・フェスティバルです。
http://www.fujirockfestival.com/guide/

「フェスティバル」といっていますね。
奥田さんはフェスティバルに参加する、ということが事実のようです。
そして大事なことは、奥田さん、津田大介さんが勝手に行くわけでなく、フジロック側がお二人に仕事を発注しているということです。
「フジロックというフェスティバルがお二人に話をしてくださいと依頼した」
とてもシンプルなことのように思えます。

フジロックが何でお二人に依頼したんだろう?ということに対する僕の思うところが今回のブログの内容でした。
政治だろうが、音楽だろうが、仕事だろうが、ご飯だろうが、野球だろうが、本だろうが、映画だろうが、、、、、何だろうが、個人の嗜好を中心にして繋がっているのは当たり前だろう、と。

奥田さんをはじめとするSEALDsの方々は、現在「反体制」という側にいることはおっしゃるとおりだと思います。ただ仮にSEALDsの方々の考えが「体制」側になったとしても、彼らのインタビューや本などを読む限り、彼らは「政治的活動」は止めないだろうと思います。なぜなら、政治は政治だけで完結するものではなく、ご飯を食べることや、恋愛をすることや、音楽を聴くことや、本を読むことや、絵を観ることとと政治を考えることは同一のものである、と考えているようだからです。
僕はその考え方に共感しています。
政治的に音楽を聴き、音楽的に本を読み、本的に映画を観て、映画的に野球を観て、野球的にご飯を食べて、ご飯的に政治について考えます。

奥田さんに関しては詳しく知らないので、krkさんのおっしゃる通りなのかも知れません。これまでの国会前デモや先日奥田さんが司会をされていた有楽町駅前での集会を見ていると、高齢の方もいました。10代とおぼしき子も、赤ちゃんを連れた若いお母さんもいました。厚底サンダルをはいている20代の女の子、50代のサラリーマン風男性、SEALDsの面々と同じくらいの年齢の男性、40代くらいのご夫婦、外国の方もいました。そこからはある特定な人たちに熱狂的な受け入れられ方をされている、という風には思えませんでしたが、これは色々な場面で実際に自分の目で見てみなくてはならないのだと思います。今後意識的に確認してみます。

krkさんの「奥田君」と表記された礼節に感謝します!

A0153A0153 2016/06/27 22:28 お久しぶり。
前に沢田研二の9条を歌ったブログを書きましたが、あの歌手も政治的発言をすることがある。人のいろんな感情には、政治上の感情もある。それを曲に表すと言うのも当然なことだと思う。
別に考えれば、政治的でないものはないと言えそうな気もする。恋愛を歌っても、それはマイホーム主義として、いや個人主義として、国家への奉仕、公益重視という勢力からすると批判の対象になるかもしれません。

narumasa_2929narumasa_2929 2016/06/30 12:00 A0153さん

お久しぶりです!

>政治的でないものはないと言えそうな気もする。

同感です。
僕が書いたブログはこの一言で事足ります(笑)。
他の言い方をすれば、「音楽的でないものはない」「社会的でないものはない」「映画的でないものはない」「野球的でないものはない」、、、、、、永遠に続きますが、全てが連環しているのではないかと思います。それを分けることなどできないのではないか。
そのように思います。
「音楽に政治を持ち込むな」という言葉はあまりに狭い範囲のもののように感じます。
恋愛の歌を歌う気持ちと、自民党憲法草案の第二十四条が相容れない、ということが起こっても不思議ではないですね(笑)。同じ地平で語れることだと思います。

2015-08-19 フリーマガジン完成

フリーマガジン完成

| 00:05


この半年ほど、個人でフリーマガジンを作っていました。

本の名称は『ARTIFE』(アータイフ)といいます。アーティフではありません(笑)。

当初の発行予定よりも遅れてしまったのですが、何とか完成させることができました。


f:id:narumasa_2929:20150819000437j:image:medium


テーマは「芸術」です。

といっても僕は芸術活動をしていないので、様々な芸術家の方々に写真作品や絵画などを提供していただき、芸術に関わっている方々へインタビューをさせていただき、「芸術」に関する断片を集めることで一冊の本にしました。サイズはB5で、44ページです。


<提供していただいた作品>

・望月柚花さんの写真作品(http://momo11731.wix.com/yukamochizuki

・なかのひろかさんの動物の絵画

・工房あかねさんの絵画http://www.geocities.jp/studioakane/


<インタビューにご協力いただいた方々>

・the place : f-ritz art centerの小見さん(http://theplace1985.com/

 前橋市に「シネマまえばし」を作られた方です。本、絵本、お花などを売っているお店のオーナーさん


・パレ・デ・パリのフレデリックさん&須藤さん(http://palaisdesparis.org/index.php/jp

 パレ・デ・パリ = 海外アーティストを招聘する機関。高崎市で2ヶ月ほど海外アーティストが滞在させ、制作を行うことを支援しています。


シネマテークたかさきの小林支配人(http://takasaki-cc.jp/

 高崎市が誇る映画館。いわゆる、ミニシアター系です。この映画館がなかったら高崎市はキビシイ。


・ふやふや堂齋藤さん(http://fuyafuya.jp/

 月曜日だけ開店している本屋さん。普段はデザイン会社で、齋藤さんはデザイナー社長。


この他に僕がいくつか文章を書いています。

下記が発行文です。


「複雑なものを複雑に」


なぜ今、芸術か。


芸術は、時間やお金に余裕がある人や、芸術的センスがある人のためのものではなく、全ての人のものであり、全ての人が触れるべきものだと僕は思います。それは芸術が、「人生を豊かにするもの」という人生の味付け的なものではなく、「生きるにあたって必要なもの」であると考えるからです。


芸術は「社会の複雑さ」を教えてくれます。映画でも音楽でも、それを体験することで人は自分の「好き」「嫌い」を知ることができます。さらに「好き」の中にも、「すごく好き」「まあまあ好き」や「大嫌い」「ちょっと嫌い」などのグラデーションがあることにも気付かせてくれます。その結果、芸術に触れれば触れるほど、自分の複雑性に気づくことになります。そして重要なことは、それが自分だけでなく他の人も同様である、ということを芸術は教えてくれることです。自分も複雑であり、他人も複雑である。それは、人の総体である社会が白と黒で分けられる単純なものではないことを意味しています。

しかし現在の日本社会を「複雑なもの」として扱われているでしょうか? 僕には「複雑な社会を単純な社会」として扱おうとしているように感じられてしょうがありません。特に近年その傾向が顕著だと感じていますが、そのような「歪な社会」は何かを隠蔽し、何かを無視し、何かを見ないふりします。既にその弊害が様々なところで表れてはいないでしょうか。


「読書は,人生の全てが,決して単純でないことを教えてくれました。私たちは,複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。」


これは美智子皇后の言葉です。(第26回IBBYニューデリー大会1998年)僕はこの言葉に同意します。そしてこの「読書」を「芸術」に替えてみることで、より広く考えてみたいと思います。


「複雑なものを複雑に」。そのことを「芸術に触れること」からもう一度見直してみたい。その思いからこの冊子を作りました。この冊子が芸術に触れるきっかけになってもらえれば、そう願っています。


少しでも、音楽、映画、本、写真、絵画などに触れる人が増えたら嬉しいですね。

文字をもっと大きくすればよかった、と反省。


送料をご負担していただく形になりますが、もし興味ある方がいらっしゃいましたらお送りします。


artife2015○gmail.com

(○をアットマークに)


までご連絡いただけましたらと思います。

よろしくお願いします。

yonnbabayonnbaba 2015/08/19 07:29 『ARTIFE』のご発刊、おめでとうございます!
個人でフリーマガジンの発行なんてすごいですね。
更新が少ないなあ・・・と思っていたら、こんな素晴らしいことに挑戦なさっていたのですね。

numapynumapy 2015/08/19 10:46 おはようございます。
発刊、おめでとうございます。

>芸術は「社会の複雑さ」を教えてくれます。

この一文、目から鱗、でした。流石、です。

A0153A0153 2015/08/19 20:45 すごいですねえ。敬服します。随分とエネルギーを使ったのでしょうね。