安田純平氏に関する自己責任論に僕が与さない理由


安田純平氏が10/25(木)に帰国しました。
「解放」「帰国」といった事実報道の次にきたのは、安田さんの行動についての様々な人からの言及です。
それは主にネット空間、とりわけSNSで行われています。


安田純平さんへの「自己責任」批判に賛否両論 著名人の見解まとめ」
安田純平さんへの「自己責任」批判に賛否両論 著名人の見解まとめ


有名な方々のツイッターでの発言です。
これらの発言の前提となるものは「自己責任論」です。
「安田さんの自己責任だろう」ということを軸に、「そうだ、そうだ」か、「いや違うだろう」にそれぞれの人が発言しているわけです。


そもそも「安田さんにおける自己責任論ってどんなこと?」を確認したいのですが、それは以下の言葉が端的です。

(ビート)たけしは「フリージャーナリストっていうのは現地へ行って記事を書いて、それを出版社に売って儲けるわけでしょ?戦場カメラマンと同じで、危険を冒してもいい写真を撮りたいわけじゃん。仕事のために危険を冒すのはリスクだから、それに政府がお金を出したのかどうかはわからないけど…どうなんだろうね」


ビートたけしが安田純平さんの自己責任論に同調「失敗したんじゃ」 - ライブドアニュース

「安田氏が拘束されたのは自己責任であるから、まず謝るべきだ」
「安田氏は救助費用を国に弁済するべきだ」


「自己責任論の正体【安田純平氏解放と日本型ネオリベラリズムの蠢動】」
自己責任論の正体【安田純平氏解放と日本型ネオリベラリズムの蠢動】(古谷経衡) - 個人 - Yahoo!ニュース


とても分かりやすい。
これらが安田氏に関する自己責任論の要点でしょう。
「危険なところにいって捕まったんだから自己責任だ。それに国がお金を出すのは違うんじゃないの」
ということですね。


それでは安田氏が拘束された2015年6月頃のシリアはどれくらい危険だったのでしょうか。
2016年2月19日のものですが、日本国外務省のシリアについての注意喚起をみてみます。


1.概況
(1)シリア国内においては、ISIL、ヌスラ戦線等のイスラム過激派組織、反政府武装勢力クルド勢力及びシリア軍・治安当局等の勢力が入り乱れて衝突しており、全土で多数の死傷者が発生しています。首都ダマスカス、アレッポやラッカを含むシリア全域で日本人渡航者・滞在者に深刻な危険が及ぶ可能性が極めて高い状況が継続しています。
(2)2015年、シリアにおける邦人殺害テロ事件が発生しました。ISILは、公開した映像の中で今後日本人が同組織の攻撃の標的となる旨警告しています。
(3)国際社会を中心にシリア危機を終結させるための努力が続けられていますが、一方でシリア情勢は短期間に改善する見通しが依然として立たないことから、ますます治安が不安定かつ流動的になる可能性もあります。また、ISILなどのイスラム過激派組織や犯罪集団等による誘拐・強盗等の凶悪犯罪が多発しており、極めて危険です。
(4)特にシリア北西部から北東部にかけての地域では様々な勢力が衝突を繰り返しているため、戦闘に巻き込まれる蓋然性が高く、ISILなどのイスラム過激派組織等に誘拐・拘束されるおそれもあり、非常に危険です。また、反政府勢力等が自主運営する国境検問所を通過してシリア領内に入域した場合は、シリア政府から不法入国の罪で逮捕・拘束されるおそれもあります。

2.各組織の活動状況または各地域の治安情勢
 1.概況のとおり。

3.誘拐事件の発生状況
(1)2011年3月のシリア危機勃発から現在まで、シリア政府軍・治安当局、イスラム過激派組織、反政府武装勢力クルド勢力等が入り乱れて衝突しており、シリア国内ではこうした混乱に乗じた形で、犯罪集団は、外国人・シリア人双方を標的とした身代金目的の拉致・誘拐・強盗を多数敢行しているほか、ISILなどのイスラム過激派組織は計画的に外国人ジャーナリストなどを拉致・誘拐しています。
(2)また、ISILは、2014年8月から断続的に、誘拐した外国人ジャーナリスト及び援助活動家等の殺害映像をインターネット上で公開するとともに、その支持者に対して、一部欧米諸国人を明示しつつ「連合」参加国の国民に対する攻撃を実行するよう呼びかけています。

4.日本人・日本権益に対する脅威
(1)2015年のシリアにおける邦人殺害テロ事件に関し、ISILは、今後日本人を更なる攻撃の標的とする旨警告しています。特にシリア国内においては、日本人がテロを含む様々な事件に巻き込まれる可能性が高く、極めて危険です。
(2)2012年8月、北部アレッポで、日本人ジャーナリストが取材中に銃撃を受け、死亡する事件が発生しました。首都ダマスカスにおいても爆弾テロ事件や砲弾の着弾が散発的に発生しており、日本人が巻き添えになるおそれも依然高いままとなっています。

(注記)
 「テロ」については国際的に確立された定義は存在していませんが、一般には、特定の主義主張に基づき、国家等にその受け入れを強要し、又は社会に恐怖等を与える目的で行われる人の殺傷行為等をいうものとされています。本情報は、このようないわゆる「テロ」に該当するか否かにかかわらず、外務省が、報道等の情報等に基づき、海外に渡航・滞在される邦人の方々の安全確保のための参考資料として編集したものであり、本資料の掲載内容がそのまま外務省の政策的な立場や認識を反映するものではありません。


海外安全ホームページ: テロ・誘拐情勢


となっています。


「深刻な危険が及ぶ可能性が極めて高い」
「ISILは、公開した映像の中で今後日本人が同組織の攻撃の標的となる旨警告しています。」
「ISILなどのイスラム過激派組織や犯罪集団等による誘拐・強盗等の凶悪犯罪が多発しており、極めて危険です。」
「反政府勢力等が自主運営する国境検問所を通過してシリア領内に入域した場合は、シリア政府から不法入国の罪で逮捕・拘束されるおそれもあります。」


繰り返し危険であることを記しています。外務省は相当「行かないでね」と行っています。
これをもって、「国が危険だと言っているところに勝手に行って捕まるのは自分が悪い」という自己責任論が生成されるのでしょう。


安田氏に関する自己責任論の肝は、
・国(権威をもつもの)の指示を無視したこと
・一般的に明らかに危険(悪い)と思われているもの、ことを実行していること
にあることがわかります。
もっと馴染みのある言葉があります。「自業自得」です。
自己責任なんていう、ちょっと形式ばった言葉で語られますが、要は「それお前が悪いんだろ?」という自業自得。


ここで重要なのは、安田氏に関する自己責任論は武装集団に誘拐されたという結果とともに、「国の指示」や「一般的常識」を逸脱したことをも射程にいれていることです。
ただ「武装集団に誘拐された」という結果だけで、それまでに日本国外務省の指示・忠告や一般的常識が醸成されていない状況であるなら、自己責任論は起きなかったでしょう。「不運な事件だ。かわいそうに」
具体的にその状況とは、日本国外務省が「シリアは危険」というメッセージを発していない、またその認識が一般的には語られていない状況です。
ということは、今回の自己責任論には「国の指示」「一般的常識」を逸脱したことも含まれているはずです。
「国の指示には従えよ」「みんなが危険って言っているだから危険なんだよ」
言うことを聴かない人が失敗したんだからそれは自業自得だよ、と。


安田氏の自己責任論に同調する人は、自分が病気になったとき「これは自己責任だ。国民健康保険は使わずに10割自己負担するぞ!」と元気に宣言しなくてはなりません。
日本国厚労省は様々な健康リスクについて見解を発表しています。


厚労省ホームページ>


睡眠
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf


たばこ
たばこ|厚生労働省


お酒
アルコール|厚生労働省


運動
身体活動・運動|厚生労働省


「良い睡眠」を規定・推奨し、「たばこ」、「お酒」の危険性を謳っています。
「運動をやりましょう」と言い、「野菜を一日350g食べましょう」と訴えています。
「適正体重を維持しなさい」「平均食塩摂取量を一日10g以下にしなさい」と忠告しています。


まだまだ数限りなく続くこの手のリスト全てをクリアしていないのであれば、「自己責任」として全て自分で医療費を負担すべきです。
なにせ「国が指示・忠告」していることであり、「一般常識」としても認識されていることなのですから。それらより逸脱しているのなら、選択肢は「自己責任」以外ありません。
安田氏に関しても
・国(権威をもつもの)の指示を無視したこと
・一般的に明らかに危険(悪い)と思われているもの、ことを実行していること
が自己責任論の論拠になっているのですから、それに加担する人は、自分も同じ基準で自分を処遇しないと道理が通りません。


そんな方々には朗報です。時の大臣がお仲間ですよ。

麻生氏は「おれは78歳で病院の世話になったことはほとんどない」とした上で「『自分で飲み倒して、運動も全然しない人の医療費を、健康に努力している俺が払うのはあほらしい、やってられん』と言った先輩がいた。いいこと言うなと思って聞いていた」と話した。


不摂生な人の医療費負担「あほらしい」に麻生氏が同調:朝日新聞デジタル


この方も病気になったら10割自己負担されるのでしょう。
厚労省の指摘や一般常識に登録されているリスト全てをクリアされているのなら別ですが。



僕は、国が指示することや一般常識を逸脱しない自信はありません。
何かしらで逸脱するでしょう。そして失敗するでしょう。
だからそうなっても助けてもらえる社会を望んでいます。
自分を守るためにも。
それが安田氏に関する自己責任論に僕が与さない理由です。