私と川の道

道。
川の道。

スポーツエイド・ジャパン「川の道フットレース」は、4月30日に葛西臨海公園を9時にスタートし、5月5日の21時の制限時間内に新潟にあるホンマ健康ランドを目指す大会だ。

その道の距離は520kmにも及ぶ。太平洋から日本海へ。
荒川、千曲川信濃川沿いを一本の道でつなぎ日本を横断するのだ。自分の脚で。


そんな壮大な目標を持って挑んだ一人のランナーが、まだ100km少ししか進んでいない道の途中で、その夢を断たれた。
飲酒運転の走る凶器の車によって、命を失ってしまった。

その事故の一報を、レストポイント「こまどり荘」で、いつも通りにカレーを作りながら受けた。

「本当ですか?本当ですか?本当ですか?」電話を受けた実行委員長・舘山さんの声が今も耳に残って離れない。
現場に飛んで行った舘山さんの後を任された私。
「出来るね?」と。
でも、カレーも野菜スープも味が分からない。やればやるほど味付けがおかしくなる。

レースが中断、そのあと中止となり、コースにいたランナーのみんなから不安いっぱいの電話が鳴り続けた。
みんな寒くないだろうか。
大会中止になって目標を失って途方にくれているんじゃないのだろうか。
仲間を失ったことでどんなにショックを受けているんだろうか。

さぁ、しっかりしなきゃ。今、やらなきゃいけないことはいっぱいあるんだから。

でも後に事故を起こした車が飲酒運転だったと聞いた時は怒りでいっぱいになった。
彼の「川の道」を返して欲しい。みんなの「川の道」を返して欲しい。


許せなかった。


朝になると容赦なくマスコミから次々と電話が入るようになった。
また、後半の小諸スタートをするランナーに「大会中止」を伝えるという辛い仕事が待っていた。
スポーツエイド・ジャパンを名乗ると「どうぞ明後日からよろしくお願いします」と先に言われてしまう。
大会中止とその理由を伝えたが、最後には、ダメだって思っても、泣いてしまった。たくさん、たくさん泣いてしまった。

こまどり荘には20人ほどのランナーが戻って来ていた。
言葉少なく、みんな静かに私のカレーを食べてくれた。

こまどり荘を後にするランナーのバスを見送る。いつもは新潟で手を振りながら見送るのにね。

でも、どうかまた来年会えますように。きっと、きっと。
また、会えると信じているから。


みんなが帰ってしまいスタッフ5人。本当なら大にぎわいな時間なのに。

福岡から来ていたランナーさんが二人別棟に宿泊されていると聞いて「寂しいので来て」と呼び出してしまった。
舘山さんは、私の作ったカレーを「まことちゃんカレー」に味付けをやり直してくれた。
私の味付けとは全然違ってた。

みんなにこれを食べさせてあげたかった。これが「川の道」の味なんだよね。
カレーを食べながら、また涙が溢れた。
母になったり、姉になったり、妹になったり、友になって、みんなと川の道を旅して行こうと思っていたのに。
果たせないまま川の道が終わってしまった。


その日の深夜のこまどり荘から見える星。キラキラと輝いてる。
星を見上げて彼の名前を呼んだ。
もしかしたら、彼もどこかでこの星を見てるんじゃないか。
驚かせてごめんって。
お待たせして悪いねって。

あれは、本当じゃなかったのかも。
それとも、本当に本当で、あの星の1つとなってしまったの?


去年の津南駅での会話も、今年のスタート前の奥様を含めた3人での会話も、CP3桜堤での会話も全て覚えてる。

翌朝事故に遭った場所に行ったけど、彼のゴールはここじゃないと思った。彼はきっと新潟を目指しまだ走っているはずだ。


お通夜、告別式。
遺影は葛西臨海公園のスタート前の時の写真。
いつもの少年のような瞳だった。
棺に入ってしまった彼はちょっと窮屈そうだったけど、穏やかな顔。でも、瞳は固く閉じていたままだった。


出棺の時に、棺に入ったまま移動して行く…「そんな車に乗って行かなくても、彼は新潟まで走って行けるすごい脚があるんだよ」



彼には、来年の川の道の永久ゼッケン81番を着けて走ってもらうことになった。
彼は、今年唯一の完走者。


彼に永久ゼッケンを着けてもらい、気持ち良く走ってもらう為には、この一年やらなきゃいけないことがたくさんある。
そして、一緒に走ってくれるランナーのみんなの為にも。

でも、私が出来ることは何だろう?
「みんなに喜んでもらいたい。楽しんでもらいたい。豊かになってもらいたい」
感動のお手伝いがちょっとでも出来ればいいんだ。
その為には、もっともっといい大会にする努力をしなくては。
そして、飲酒運転を撲滅することにも力を入れて行きたい。



通勤の電車から毎日見る「川の道」。どんなに疲れていても、どんなに眠くても、荒川に差し掛かると必ずシャンとする。
あぁ、ここがランナーが通る場所だなって。


また一年が始まる。
荒川を走るランナーを思い浮かべよう。
一年後きっと、きっと、また会える。