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砂鉄フィクション

Satetsu-Fiction
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20160910 - Sat

栗コーダーカルテット - 遠くの友達 - 夏から秋へ渡る橋


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20160909 - Fri

これこそはと信じれるものが

この世にあるだろうか

信じるものがあったとしても

信じないそぶり

悲しい涙を流している人は

きれいなものでしょうネ

涙をこらえて笑っている人は

きれいなものでしょうネ



男はどうして女を求めて

さまよっているんだろう

女はどうして男を求めて

着飾っているんだろう

いいかげんな奴らと口をあわせて

おれは歩いていたい

いいかげんな奴らも口をあわせて

おれと歩くだろう



たたかい続ける人の心を

誰もがわかってるなら

たたかい続ける人の心は

あんなには 燃えないだろう

傷つけあうのがこわかった昔は

遠い過去のこと

人には人を傷つける力があったんだろう



吹きぬける風のような

おれの住む世界へ

一度はおいでョ

荒れ果てた大地にチッポケな花を一つ

咲かせておこう

おれもきっと君のいる太陽のあるところへ

行ってみるョ

そして きっと言うだろう

来てみて良かった 君がいるから



長い長い坂を登って

後ろを見てごらん 誰もいないだろう 長い長い坂をおりて

後を見てごらん

皆が上で 手を振るサ

きどったしぐさがしたかったアンタ

鏡を見てごらん

きどったアンタが映ってるじゃないか

アンタは立派な人サ



古い船には新しい水夫が

乗り込んで行くだろう

古い船をいま 動かせるのは

古い水夫じゃないだろう

なぜなら古い船も 新しい船のように

新しい海へ出る

古い水夫は知っているのサ

新しい海のこわさを



いったい

おれ達の魂のふるさとってのは

どこにあるんだろうか

自然に帰れっていうことは

どういうことなんだろうか

誰かが言ってたぜ

おれは人間として 自然に生きてるんだと

自然に生きてるって

わかるなんて

何て不自然なんだろう



孤独をいつの間にか

淋しがり屋と かんちがいして

キザなセリフをならべたてる

そんな自分を見た

悲しい男と 悲しい女の

いつものひとりごと

それでも いつかは

いつものように 慰めあっている

20160409 - Sat

薬師丸ひろ子 - 大貫妙子トリビュートアルバム - Tribute to Taeko Onuki- - 色彩都市


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 遊びながら/きれいになるのよ/私だけの秘密

20160408 - Fri

pomodorosa - 桜前線*1


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 まだけっこう肌寒いけど、桜いったいどこいった

20160405 - Tue

i am robot and proud - light and waves - A Way of Organizing Time


猫に時間の流れる (中公文庫)
保坂和志猫に時間の流れる

 ぼくには恋愛をプログラミングにちかい拘束と思う気持ちがだんだんと強くなってきていたのだが、外を歩いている猫を見て、その猫のことが気にかかったり、猫のからだつきや仕草をかわいいと思ったりするのは恋愛や性の感情とはずいぶん違っている。それは恋愛や性のように激しい心の動きではなくて、特に昂揚感を伴うわけでもなくて、強いて説明しようとするなら、猫を見ているときの気持ちはたとえば海を眺めている時間と似ているのかもしれない。あるいは海という例をあげることで、ぼくは昂揚感を伴わないでそれをいいと感じる感情が特殊ではないことを説明できたかもしれないと思う。
 どちらもあまり長い時間見ていると飽きるところも同じだけれど、海は猫を見るときと違っていちいち細かく見ないで漫然と見る。ぼくは植物や昆虫を採集したり観察したりしたことがないが、猫を見るのは海を見るのよりそれに近いかもしれなくて、海ほどの普遍性を持っていないところも似ている。海にはまったく内面性がなくて海に内面性を見ようとすればすべてが比喩になるか見ている人間の内面の投射になってしまうかのどちらかだが、きっと昆虫にはいくらかの内面性もある。内面性とは西風が吹いたときに木なら東になびくが、それと違って西風が吹いているときに蜂が風の動きと別の動きをするその原因とでもいうようなもので、ぼくは内面性あるいは内面の領域のことを必ずしも“心理”や“精神”とは限定していない。


 チイチイもパキもピルルもサスケも屋上に出ると入れ替わりで降りていってそこの臭いを嗅ぐ。猫たちの態度は注意深いようなそうでもないような、何かがわかっているような何もわかっていないような、こっちの気持ちによってどうとでもとれる態度で、それは二匹で飼われていた猫の一匹が死んでいなくなったあとに、残された一匹がもう一匹を毎日探しているという話を聞くとかわいそうだと思い、残された一匹が死んだ一匹のことを次の日からすっかり忘れてしまって何事もなかったようにしているという話を聞いても同じだけかわいそうだと思うのときっと同じで、人は結局のところ猫とのコミュニケーションは肝心のところで絶たれているのだし、猫は猫に向けて自分の記憶を残すことがないということでもあって、記憶を伝えるというのは人間だけにかぎられた特殊な作用で、それがいいのか悪いのかわからないがとにかくそうするようにできている。

20160404 - Mon

星野源 - YELLOW DANCER - 桜の森


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 人ばかり多くて、あちらこちらで携帯電話がにょきにょき生えている。これではまるで、千鳥ヶ淵というよりも自撮りヶ淵ではないか、などという、僕はそれを見てる、ただ見てる、花びらに変わるまで見つめている

20160403 - Sun

WITCH NUMBER 4 - H-A-J-I-M-A-L-B-U-M-!! - SAKURA


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 そして終わってしまったの 夢見草舞う夜