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むしのみち このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-03-11

日本人と生物地理

 去年の3月11日は、私自身にとっても日本全体にとっても忘れない日となりました。地震が起こったのは、ちょうど、札幌で開催されていた日本生態学会の大会にて、私自身が企画した研究集会の発表の最中でした。


この一年を振り返って、自身の研究の意義を見失っていたし、なんとか投稿した論文も悪い結果ばかりで、いろいろな意味で大変心苦しい日々でした。この国難に、自身が興味をもつような些細なことをブログに記すという行為自体が、好ましくないのかもしれないとさえ思っていました。私は、記念日や行事というのにあまり関心がない性格ですが、こういった災厄から年を刻むことを認識することで、何かを一歩踏み出す機会になるかもしれないと、考えを改めつつあります。


企画した研究集会の内容については、講演していただいた方々の協力を得て、なんとか原稿をとりまとめて先日投稿することができました。ゆっくりとですが、自身の研究についてのやる気や意義も回復しつつあるように思います。


 この一年、日本とは、日本人とは、地震とは、エネルギーとは、いろんなことを考え勉強する日々でした。そして、日本は、ユーラシアの東端にある大陸島であることが、今ある日本文化や考え方にとても強い影響を与えてきたということを改めて感じています。そうした考え方は「島国根性」という言葉で古くから言われてきました。しかし、同じ島国でも、イギリスとは異なった地理的条件を有しています。例えば、イギリスより緯度は低く、大陸の東側にあり、温暖で湿潤な気候で、先進国となった今でも7割もの国土が森林に覆われています(イギリスは1割程度)。また、日本はプレート間の境界近くにあって、長い時間スケールでみると、今回のような大地震が頻発してきたことがあげられます。このような地理的条件が日本人の風習、考え方に大きな影響を与えてきたといって良いでしょう。


地理的な条件が文化の形成・発展に与える影響を明確な形で示したのが、ジャレッド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』です。日本語訳が出版されたのはもう10年以上前ですが、読んだ時の印象は強烈でした。このブログでも紹介してきたように、ダイアモンドは、マッカーサーとウィルソンの島嶼生物地理学の理論の登場とともに、真っ先にその検証や拡張、そして自然保護区への応用などを行い、精力的な研究を展開してきた生態学者です。その彼が、ヒトが5つの大陸で全く異なる発展をとげてきたのは、たんなる地理的な条件(大陸が東西に長いとか、たまたま農作物や家畜に適した原種が分布していたとか)によって説明できることを提唱しました。歴史学者など社会学者がこれをこの考え方をどう捉えたのかはわからないのですが、この数年間生物地理学を学んできた私にとっては改めて納得のいく理論だと感じています。続く、『文明崩壊』に関しても、同様の感じ方をしました。


『銃・病原菌・鉄』


ダイアモンドは同じ手法、考え方で世界全体の大まかな流れをまとめあげました。しかし、彼は個々の国や地域について少なからぬ謝った情報で誤解をしているようにも感じます。さまざまな言語に通じているダイアモンドとはいえ、主要な文献すべてをチェックしているとは思えません。加えて、世界共通の法則を導き出そうとしているゆえに、自説に都合の悪い証拠を無視する誘惑に勝てないのかもしれません。


そうしたダイアモンドの誤解は、記された国や地域の人でないと気づきにくいでしょう。日本語訳の『銃・病原菌・鉄』には、日本についての話はほとんど出てこないのですが、その後英語版では日本について記した追加の章があったということです。この2月に、文庫本版として『銃、病原菌、鉄』が出たにも関わらずこの章については触れられていないとか。


しかし、そんな日本についての章を日本語訳として読めるようにしてくださっている方がいます。これを読むと、ダイアモンドの誤解の一端を垣間見ることができるかもしれません(もちろん改めて納得するところもあります)。


ダイアモンド『銃、病原菌、鉄』2005年版追加章について

http://cruel.org/diamond/GGSaddition.html


 ちなみに、このページの中で「ダイアモンドは鳥類学者ではない」という記述がありますが、彼は鳥類学者であることに間違いはありません。詳しくいえば、彼はもともと生理学学位をとり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の医学部で(生理学)教授を務めながら、全く別の仕事としてニューギニアで鳥の研究を行っていました(ニワシドリの研究でも有名)。そして、カリフォルニア近傍の島の鳥類ニューギニアソロモン諸島鳥類の分布から、島嶼生物地理学の発展に寄与してきました。つまり、生理学生態学(進化学も含む)の二足のわらじをはいていたわけです(科学者の熱い心または1998年コスモス国際賞受賞者紹介を参照)。


科学者の熱い心―その知られざる素顔 (ブルーバックス)


ニューギニアに通う中、その狩猟を主とする文化に興味を抱き、『銃・病原菌・鉄』へとつながったようです。現在では、鳥の研究をしていないので、「鳥類学者だった」とした方が良いと考える人がいるかもしれません。とはいえ、『銃・病原菌・鉄』の刊行後も、『メラネシア北部の鳥類相』という書物をかのエルンスト・マイアーと著しています。



The Birds of Northern Melanesia: Speciation, Ecology, & Biogeography



ダイアモンドの生物地理学的研究についての参考ページ

チェッカー盤分布をめぐる論争

島嶼生物地理学の理論を保全へ応用:SLOSS 論争とは

面積と密度の関係:密度補償はおこるのか?