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蒼き月の囁き このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2009-11-23

RPG関連twit-200909

| 09:51 | RPG関連twit-200909を含むブックマーク RPG関連twit-200909のブックマークコメント

20090910

【島話】うーむ。かなりまじめに探しているのにライノカークの魔術シートがない。元データはあるものの、確かあの紙にはプレイ中のメモもあったと思うので見つけたい><

【島話】そして絶対にあるはずのライノカークの指輪設定のファイルさえ見つからない><なぜだー!

【島話】ファイルはあったー!これで最低限のことはわかる。あとはGコースにメールしてみるか。

【島話】よし、だいたい最低限の準備はできた気がする。あとはプレイヤー資料待ちと体力と気合とダイス目に祈る。

【島話】お、Gコース氏が提出してくれた。

【島話】うぉ、前回のセッション処理にひどい失敗発見w セラキアのファンブルは・・・ブルブル!

20090914

散歩中。物語力について考える。 年齢に相応。それじゃあ狭い。楽しさと価値。他の娯楽。高みと視野の狭さ。天の邪鬼。結局は天の邪鬼。

言葉が違うな。天の邪鬼じゃなくて負けず嫌いだ。 ただ自分に対してではなく人の輪の中でだから、ええかっこしい、か。

幸せをシステムにしたい。 幸せの結果ではなく、幸せを求める心を。

最近自分の中で中二中二とうるさい。 歳をとったあがきでもあるだろうし、物語の本質だとも思う。しかし本当に自分の若さがどんなものだったかはわからない。

そして自分の若さといまの若さも違うんだろうな。 そしつ同じことを繰り返してもいるんだろう。

論調も語尾も感傷的だ。 これはよい中二。……と、脱構築してみるw

帰宅。散歩中のメールでtwitterはいいな。何がいいって、短く打たなきゃいけないのがいい。そして自分のポストを読み返せないのがいい。比較的「人に見せる」前の自分の言葉になる。完全匿名でやればもっと生っぽい心が晒せるんだろうけど、特定されたら人として終るw

20090920

現在予定している連休の作業 1.欲求値ルール作成 2.【大大】構想調整 3.【島話3】構想調整 4.PoW専用システム作成

さて、書き物やるぜ!

人間行動生態学 http://bit.ly/86z2J

20090921

お、なんか面白い話してる。 「シナリオ・ストーリー・物語とは」http://trpgnews.g.hatena.ne.jp/accelerator/20090913/p11

反応したいがやること多すぎて追いつかんw

作成中の欲求値ルールの思考を整理してみる。「なぜ必要なのか」→不要かもしれない。しかしマスターの中で何かが整理されずに残っていて、こういうときは必ず何かが出てくる。

ルールを突き詰めていく中で最終的に突き当たるのはプレイヤーの欲求とキャラクターの欲求の乖離、そしてその距離感がプレイヤーによって違うということだった。

いちおう俺の立場としては「行動への動機は理性からは出てこない」。大脳辺縁系のみが快・不快を判定しているという立場をとる。ゲーム上魂が規定されていたとしても、ルールの挙動としては現代の大脳生理学心理学を基準とする。

まず「何がしたい」ということについては、いくつかの項目について、それぞれ増加法則や解消法則や解消されないときの精神的・肉体的影響がある。実際は「何がしたい」がそのまま積みあがることは少ない。生理的な欲求はキャラクターのフィルターを通して表面上は他の欲求や行動に転化される。

コレを単にシミュレートとして設計するのは難しくない。問題は「キャラクターがこうしたいと思っている」というパラメーターをプレイヤーがどう受け取るか。

プレイヤーにも「キャラクターにこうさせたい」と考える人と「キャラクターはこうしたい」と考える人がいる(もっとゲーム的な人もいる)。俺は多分この二つを両立させることに快感があって、キャラクターの欲求が定義されたらそこからキャラクター性とどう一致させるかという作業そのものが快感。

ところが「キャラクター性」こそ主でキャラクターの情動はそこから導かれるというアプローチをとる場合、このシステムは邪魔になる。またキャラクターから自然に情動がわきあがってくるプレイヤーもいる。この場合は湧き上がる情動と定義される情動との相違が問題になる。

なぜ欲求値ルールは他のルールと違い、こうした困難にぶつかるのか。何が違うのか。週単位経験表、死剣のガイドライン、WILLルール、こうしたものもかなりキャラクター性に影響を与えるルールだけど、これらはプレイヤーに一定受け入れられている。

もし欲求値ルールで定義しようとしている範囲がうちのTRPGをうちのTRPGたらしめているものだとすれば、ここを突き詰めることには意味がある。

プレイヤーの譲れない美学、偶像。TRPGをしていて俺のセッションエログロに近づくのは、物語上、浄化されたキャラクター、人間としての立脚を持たない個性が出てきたときに、その足を地につけるためでもある。

そのアプローチが正しい(正しいというのもおかしいけど)かどうかといえば、最近の萌え全盛を見る限り、間違っているということになる。キャラクターに焦点を当てた物語では、浄化されたキャラクター・つまり偶像が必要で、時系列で均等に人生を追うような視点は余計。

例えば5歳、10歳、15歳、20歳、25歳と描いて見せるのは絵になるけれど、65歳、70歳、75歳、80歳、85歳と描いてもそこに切り取るべき絵を見出すのは難しい。これはつまり変化こそ物語だということでもある。

欲求値ルールは二つの要請から出てきている。ひとつは「ヒャッハー!」な方々。このデフォルメされた悪人はなぜ物語上成立するのかというところ。なぜプレイヤーはこれを「楽しく」ロールプレイしつづけられないのか。

瞬間的に楽しむことはできる。30回のセッションでそのテンションを保つことはできないだろう。「ヒャッハー」は何が、どうデフォルメされ、その必要性は何なのかというのがひとつの視点。

もうひとつは裏切りの苦悩。自分の人生を否定することをどうゲーム上記述するのか。キャラクターシートに落とすことはまあできる。だけどそれは結局数字。本当に起こる自己正当化などの防衛的な反応までプレイヤーに体感させるにはどうするのか。

コントロールされた人間性だけをロールプレイするのには飽きたということかもしれんけど。そもそも自分を制御できないのが人間だと思うんだよね。

ということは……TRPGの楽しみの大きな部品として「コントロール可能な人間性」をプレイすることがあるのか!?

風呂入って考えるか。

20090922

「欲求値ルールを考える」の続き。そもそもどこでも使うためのルールというよりは、ある特殊環境を描き出すためというのが発端なので、まずは広げすぎた風呂敷をいったんたたんでコンパクトに設計してみよう。

風の旅団(注意-オリジナル設定)の現況は非常に不安定。なぜなら基本構成は「落ち武者の集まり」だから。風の旅団に所属するには主に二つの理由がある。1.ルナーに復讐する。2.犯罪者としての追求から身を守る。

第一に「ルナーに復讐する」それも武力でと考える輩は、そもそも知識も想像力も足りない。世界地図をわかっておらず「ルナーの軍隊」がどれだけの背景の上に成り立っているのか理解していない。

最大でも「部族」同士の決戦の延長線上で考えており、さらに「オーランス神話」に従って、「一人の英雄がルナーを倒せる」と思っている。つまりその視点においては「力こそ正義」であって、集団を維持するとか、社会的秩序といったものは実は二次的なものになる。

ただしここにはジレンマがあって「なぜ復讐するのか」の根源は血族を殺されたことへの反射的な報復であり、現代人の直情的な「恨み」とは若干異なるヒョルトの義務というメンタリティが顔を除かせる。ヒョルトの義務を守らないのであれば復讐の正統性はなく、ヒョルトの義務には集団の維持も含まれる。

力を信奉するものにはそうした義務や信仰と現状の重なり合いに「うまく頭を回せない」人物が多い。彼らは弱いものは自分の庇護下にあり、そいつらは自分が守ってやっていると思っている。

次に「犯罪者としての追求から身を守る」ために所属したいる輩は、そもそもルナー兵を殺したりルナーから盗みを働いたりした犯罪者だけではない。

もともとの安定したオーランス社会では「犯罪者」として扱われていた者を多数含んでいる。例えばルナーに囚われたヒョルト人が彼らによって解放されたり、落ち延びる先がなかったところを放浪していた元親族に拾われたりしている。

この元犯罪者達はルナーへの怨恨もあるが、元の社会への怨恨も相当ある。しかし現在「官憲」として権力を振るうのはルナーであり、それを避けるために風の旅団に身を置いている。

指導者達が彼らを集団内においている理由が戦力という以上にもうひとつある。つまり彼らは、風の旅団内にいないのであれば、即、風の旅団への略奪集団に変わる。

集団として対峙したときにリーダーを殺すか落とすかして一時的に無力化することはできるが根絶は難しく、戦えば旅団の戦力を削ぐ。そして放置すれば後日少なくない被害をもたらす。

指導者達はこうした犯罪者達を「どうにもならないもの」は除いて、少なくとも社会生活の仮面を被れるものは旅団に加えざるを得なかった。

もちろんこの両者のどちらでもない、いかにしてルナーと戦い、長期的なビジョンを持って「勝利」ではなく「撃退」するかと考えている者たちもいる。

彼らはさまざまな手を使って、この「まとまるはずのない組織」を常識では考えられない規模に膨れ上がらせるのに成功している。しかし当然末端まで施策が行き届くものではなく、集団の末端、とくに小集団として動いたときに風の旅団としての規律が守られることは珍しい。

ではなぜこの集団で欲求値ルールが必要なのか。プレイヤーがこの集団に所属するキャラクターを作成したとき、犯罪者のメンタリティーで長期にキャラクターを維持することは難しい。

プレイヤーは頭がいいので、どうしても「やる気のある」「うまく立ち回る」キャラクターになる。「やる気のない」「うまく立ち回れない」キャラクターを故意にやるのはかなりテクニックがいるし、実際問題楽しくない。まったく楽しくないのではなく、比較すると楽しくないなんだけど。

特に週単位経験表(独自ルール)の影響が大きくて、明らかに1日7時間もトレーニングしないはずのキャラクターが、なぜか成長していく。

違うんだよ!あの成長表は最大限やる気のあるキャラクターが使う表なんだよ!こんな目先のことしか考えないクズ集団にいるキャラクターは、もっと怠惰や直情に引きずられるはずなんだよ!もしその中で力を積み上げているなら、それはそういう欲求と日夜戦っているはずなんだよ!

というのが、欲求値ルールの必要性です。さて、もうひと練りしよう。

夜更かししてしまった。そして書き物は進まない。わずかに知見があがった。寝よう。

20090927

TRPG関連でやることが山積み過ぎる。明らかにキャパを超えているんだがどうしてくれようか。

まずは基本的なところから。キャラクター作成ルールver4.0の正式版を紙にするか。

TRPGで現実的な辛酸を嘗め尽くしたいというプレイヤーはレアなのか。

昨日のゲーム中で「キャラクターとのシンクロ率」という言葉が出た。俺はあきらかにシンクロ率を軸にするTRPGを好む。

20090928

ダイエットスタートなう。誰か競争しませんかーw

20090930

だー!!!!!何か煮詰まってる!!!!!!煮詰まってるよ!!!!!!!!

これはあれか?もしかして食事量減らしてる反動なのか?

ということで逃避的に最優先ではない作業をやろう。

風歌は、もっとヤクザ風味に踏み込んでみることにした。カルトとの競合が心配だ。

おそらく「バンド」なんだろうけど、プレイヤーへの意識付けから「組」で行く。カルトが兄弟杯扱いか。問題はデメリットと命令系統の競合。

「仕事をしないと責められる」と「仕事をすると褒められる」という鞭と飴があるとする。これは表裏のように見えるがそうではなく、回避と接近という異なる動機が両立している。どちらかだけでも動機は成立する。

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