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2011-04-29

グローランサって何さ(リサイクル)

| 10:34 | グローランサって何さ(リサイクル)を含むブックマーク グローランサって何さ(リサイクル)のブックマークコメント

中二病の力〜 Today Is A Beatiful Day (supercell) - まりおんのらんだむと〜く+

まりおんさんにidコールされたので、言及された記事をリサイクルしてみる。

はてなに引っ越してきたばかりのときだったんで、記事を分割しすぎて読みにくくなってたんですよね。

初出は2008年3月で、いまよみ返すとだいぶ論旨が飛んでいるし恥ずかしい論調もありますが、まあそのままいきますw




※この記事は過去サイトからの移設記事です


少し連続して呟いてみようかと思う。

wikiよりブログのほうが向いてるんだけど、いまでも10以上抱えてるサイトをこれ以上増やしても仕方がないのでここで。


まりおんさんのTOMEがwikiになったので、ざざっと内容をチェックしていたら、グローランサの他のサイトの解説ページへのリンクが多数潰れていた。


ああ、グローランサ、ほんとに遊んでる人が少なくなっているんだなぁ。


あまり外向けに発言しないようにしていたけど、テーブルトークゲーマーがグローランサを知る手段もほぼ皆無になっているので、グローランサとは何かということについて少し呟いてみようかなと思います。


グローランサって何さ(表の話)

表題としては「テーブルトークと公式設定」とでもしたほうがいいかも。

グローランサは剣と魔法による冒険に満ちた世界です。

多数の神が実在し、多くの魅力的な種族・文明が互いに覇を争っています。

プレイヤー達は様々な独創的なキャラクターで(以下略)

というよく聞くアオリは置いておいて、何がグローランサかといえば「ヒーロークエスト」です。

人は神々の行いを模倣することで、その神様が手に入れた「利益」のおこぼれに預かることができます。


どうやって模倣するかと言えば、普段から神様の教えに沿った行動をして、魔術的な力が高まる日には魔術で「異界」に踏み込んで「歴史以前に神様が実際に行った英雄譚」を演じて帰ってきます。

危険の大きいクエストに成功すれば相応の対価を得、失敗すれば命を失うことも多くあります。


あれ、これって何かに似てませんか?

  • キャラクターを演じて
  • シナリオに参加して
  • 成功すれば報酬を、失敗すれば命を失う

そう。グローランサって、テーブルトークRPGそのものなんです。


なにを書きたいのかな?

書いてるうちに誰向けに何が書きたいのかよくわからなくなってきたので整理してみる。

  1. テーブルトークが大好きで、グローランサを遊んだことが無い人に「グローランサで遊んでみたいな」と思わせたい。
  2. 自分と遊んでくれそうな人に「なゆたと遊んでみたいな」と思わせたい。
  3. グローランサファンに「こういう風に遊んでるよ」と伝えて安心?させたい。
  4. グローランサが衰退していく中で、なんで自分がグローランサで遊んでいるのか見つめなおしたい。
  5. プレイヤーに少しだけネタばらしをしたい。

しかし、1はねぇなw。こんなサイト見ないから。

でも「グローランサ」で検索を書けたときに引っかかって、ちょっとしたきっかけになる程度には意識しよう。

まあ、それ以外主体で。


グローランサって何さ(裏の話)

上に書いたのは表の話。


で、グローランサ魅力的な魔術法則や、莫大な文化人類学的な設定が{議論好きの人を集める}要素になっていて、「正しいグローランサはこうだ!」っていう議論がループで出る原因にもなっていたりします。

それは一定解決もされていて、だいたい下記のまりおんさんの記事がすべてです。

http://d.hatena.ne.jp/mallion/20070511/p1 より引用。

略語

  • GAG – Generally Accepted Glorantha. 「だいたいみんなが認めているグローランサ設定」。
  • Gregging - 「グレッギング」。グローランサ創造者のグレッグ・スタフォードが突然以前の設定と矛盾することを言い出してみんなを混乱に陥れること。エルマルが突如あらわれたり、クラロレラ中心部が第二期に沈んでいなかったことになったとか、HeroQuest のサプリメントによれば、1621年に起こるらしい「Fimblewinter」(1年にわたる冬)が、同じ時期を扱った「グローランサ年代記」には全く記述がないことなどが一例。設定を忘れたのかと思えば、しっかり設定は認識していながら意識的にやってるらしいのが質が悪い(笑)。しかし最近は「あーそうですか、では前の設定はどう解釈されるんですかねえ」とか流されることが多い。
  • MGF – Maximum Game Fun. 「正しいんじゃなくて、楽しいことをしろ」というプレイ指針。グローランサは設定が多いのでことさら強調されるみたい。
  • YGWV – Your Glorantha Will Vary. 「みんなグローランサは違うんだ」。たとえグレッグ・スタフォードでさえ、他の人のゲーム内でのグローランサには口を出せないんだという認識のこと。「グレッギング」があっても、俺のテーブル内の MGF を優先させろ、ということですね。もちろんグレッギングを取り込んで、ゲームが面白くなるなら取り込んだ方がよいでしょう。最近は、グレッグ氏が自分の発言の前に必ず言っている(笑)。

Q.公式設定のグローランサってあるの?

A.ありません。でも、グレッグ氏が一番権威がある。二番目が商業出版された本(新しいものほど優先される)。でも今は商業出版された本(HeroQuest と Mongoose RuneQuest)にグレッグが事前に手をいれていないので、それは注意。


グローランサコミュニティ周りにいない人にはこの文章だけだとなんのことやらわからないと思います。

まとめると

・設定がどうだとかぐだぐだいってないで、楽しいゲームをしろ。

・そのセッションの中で設定したこと、起ったことがそのセッションの事実だ。

・他人のセッションに自分のところの話を持ち込むな。

・グレッグ(グローランサデザイナー)の設定を知ってると、他の人とゲームがしやすいかもね。

・だけどグレッグは世界設定をよく変える。整合性はつけないから自分達で考えろ。

ということですね。


グローランサ、何が面白いの?

さて、グレッグの頭の中から出てきた種(世界観)が、土(システム)や水(仲間とのセッション)や肥料(ファンのセッションや反応・勝手設定)など、環境の影響を受けて育ったのがいまのグローランサです。


以下、若きグレッグ君の行動について、勝手に失礼な想像をしてみます。


  1. D&DなどでプレイしたセッションでPCが「俺カッコイイ」ヒーローになる。
  2. シナリオのためにその場で作った世界設定が積みあがっていく。
  3. 厨二病の常でオリジナル世界をどんどん作っちゃう。
  4. 小説も出だしやカッコイイシーンだけ書いて、途中で放り出す。
  5. 参加してるプレイヤー達が勝手に設定作ってくる。
  6. 気に食わない設定も人間関係的に断れず認める。
  7. プレイ中にその場のノリで放ったギャグや苦し紛れの辻褄あわせがログに残って設定になる。

「オリジナル世界を作りたい」意思ありきではなく、気がついたら育っていたんだろうな、と。

だからグローランサは整合性の取れた世界ではなくて、「厨二病とパクリとパロディ言葉遊びと悪ノリ」がベースw


で、もともと詳しかったのか、RPGのネタの為に調べて詳しくなったのか、相乗効果だろうけど。

複数の神話体系と文化人類学ネタが世界を強化していく。


もちろん若きグレッグ君は知識的にも人間的にもすくすく成長しています。

  1. うわ、俺の昔の設定恥ずかしい。もろパクリじゃん。ナシナシ。
  2. 後付だけど、この神話がモチーフだったことにしたら、深みが出るよな。

とやって、若気の山を削ったり、無知の穴を埋めたりして世界を発表できるものに仕上げていきます。

グレッグの偉いのは、ここで丸めきることをよしとせず、意図的に残したり、さらに高く積み上げたりしたとこなんじゃないかな。


そして、この過程でグレッグの中にあった「なにか」、グローランサにたくさんのファンを引き付けるコアがぼんやりと浮き出てきたと思うんですよ。


グローランサのコア

グレッグの中にあった「なにか」、グローランサにたくさんのファンを惹きつけた「コア」とは何でしょう。


言葉にすれば「物語」。


パクリ・パロディが物語の類型に、言葉遊びや悪ノリがマンネリを隠す煙幕に。

物語の要素(存在と法則と行為)がすべてルーンという共通言語に。


そして幸運なことに、このコアはベーシックロールプレイという荒々しいシステムで武装されました。


ルーンクエストグローランサ


「物語のための世界」という種を内包したグローランサですが、それはベーシックロールプレイという「物語」を記述するには向いていないシステムで世に広まります。


特にルーンクエスト第三版で、グローランサは「実質的にヒーロークエストを行えない」という鎖に縛られました。

ルーンクエストは、地を這うような戦闘が、非常に楽しいゲームですw

剣と魔法の世界にありがちなエリア魔法やありえない必殺技はプレイヤーの手から取り上げられます。


これが、物語に偏りすぎなない、地に足のついたセッションが積み上げられる土壌となったと言っていいと思います。


なんかどっかで似たようなこと書いたなと思い出した

http://d.hatena.ne.jp/mallion/20060510/p2


……我ながら言いたいことがよくまとまってるw

まあ今回は書く目的が違うのでよしとしよう。


ここまでのまとめ

グローランサにはヒーロークエストがあります。

ヒーロークエストは「神を演じる」冒険の方法です。


グローランサには莫大な文化人類学的な設定があります。

でもそれはグローランサのコアではありません。


グローランサのデザイナは中二病で、偉そうな設定も後付です。

多くの設定は周囲のプレイヤーやコミュニティの功績です。


ルーンクエストではヒーロークエストはできませんでした。

おかげでグローランサは英雄的でない物語に満ち溢れました。


ルーンクエスト

さて、私はカルトブックの功績も大きいと思いますが、それ以上に「ルーンクエスト」という名前を評価しています。

ルーンクエストのルールはルーンをクエストするためのものではありませんでした。

しかしグレッグがそこかしこに織り込む「何か」が、ルールとは別に、グローランサを深く識る者に「ルーンの探索」を示唆しました。


「ルーンとは何か」


この問いがグローランサを動かしてきた大きな原動力だと私は確信しています。



グローランサクエスト

ルーンのクエスト、英雄の探索行を目指してルールの制約を打ち破ろうとするマスター達/プレイヤー達の挑戦は、それ自身がクエストでした。


従って、ルーンクエスト3版は意図せぬ仕掛けで

  • 物語を求める人
  • システマチックな戦闘を求める人
  • 世界とシステムの不整合を埋めようとする人

を惹きつけたと見ることも出来ます。


そしてこの齟齬はいい具合に隠蔽されていて、嗜好の違う人々を気づかぬうちに刷り合わせ、問題を混同させ、混沌とした活気を作りました。


現在のグローランサはHQとMRQのラインで展開されていますが、安易にヒーロークエストを記述しているために、奥深さが損なわれているかもしれません。

グレッグが頑なに隠蔽していたものが、寄る年波とともに緩くなっているようにも見えます。


グローランサクエストと共感

マスターとしてのなゆたは、セッションを通じてグローランサを発見することを楽しんでいます。

グローランサの資料とマスターの説明。

これを通して表現されたキャラクターの行動やセッションで話し合われた世界観。

そして物語として「起ってしまったこと」は、マスターの予想を超えてはるかに魅力的なグローランサを出現させます。


「そっか〜、グローランサって、こうなんだ!!」

と、驚きを持って実感することが楽しいんですよね。


これはグローランサの資料を読んだり、コミュニティで何か言い合ったりしていても絶対に得ることのできないものです。

自分だけで考えたものではダメで、他者と体感し、共感してはじめて世界は本物になります。

つまり「Maximum Game Fun.」≒楽しいゲームをしろ、ですね。


グローランサというルーン

ここまででいろいろ「グローランサって○○」と書いてきましたけど、グローランサっていったいどの範囲を指すんでしょうね。


なゆたが今現在認識するグローランサは「箱庭の中から見渡した世界」ではなく、

  • グレッグの作った
  • ゲームのための世界
  • ヒーロクエストがある
  • よく設定が変わる
  • でも公式設定って何?

という、作られた目的や取り扱いの指針を含めてグローランサです。

これも人によっていろいろ認識の違いはありますが、それでも「グローランサ」という単語を介して会話が出来ます。


これがつまり、「グローランサ」というルーンなんでしょう。


私の考えるグローランサの姿も変わってきましたし、これからも変わっていくでしょう。

「公式設定」で「実はヒーロクエストなんてないぴょ〜んwww」なんてこともあるかもしれません。

しかしそれも含めて、グローランサという単語で会話が出来る限りはグローランサでしょう。


テーブルトークの楽しさ

ここから先はグローランサマニア向け、もしくはうちのプレイヤーへのネタの小出しになるので、グローランサってなに?という人は読んでもよくわからないかも。

ただ熱量をもって書くので、グローランサを知らない方にも楽しんでることが伝わればいいなぁ。


テーブルトークの楽しさというのはいくつもあるわけですが、私が強く賛同しているのが

『フレームとはその個人の神話=世界観=価値観=哲学に他ならないので、(マスター/プレイヤー全員による)物語の主導権争奪戦こそ、人間と遊んでいる実感がある。』

http://www30.atwiki.jp/hazama/pages/224.html

という我がプレイヤーの発言で、他で紹介するときは

『世界観のぶつけ合いと認知のプロセスがテーブルトークの楽しみだ。』

と省略させてもらってます。


世界を実感させるものは何か

ちなみにこのプレイヤーは『「お話」は10%でいい。90%の戦闘が本当の人間関係を作る。』(意訳)という戦闘狂ですが、実際にその通りのセッション(キャンペーン/死剣? 30セッションで80戦闘w)をやってみたら、驚くほど本当だったと言う経緯があります。


なゆたは比較的徹底してセンス・オブ・ワンダーを追求するほうで、

http://www30.atwiki.jp/hazama/pages/241.html

技術主体になって、魔術はいらなくなるんじゃない?

裏を返せば魔術があれば技術はいらないんじゃない?

魔法で≪破裂≫が使える世界で、爆薬の研究するかなぁ。≪破裂≫を強化しようとするんじゃないかなぁ。

みたいなスタンスで世界を構築していきます。


ただ、あまりにも突飛な、プレイヤーの想像できないものを押し付けてもしかたありません。得意なんですけどねw

1の不思議を記述するには、9のリアリティが必要です。

その点でグローランサは優れていて、文化人類学的なアプローチで書かれたこと細かな設定が、魔術のある世界を地に足の着いたものにする手助けとなっています。


そして、ルーンクエストの詳細な戦闘ルールはこれと同じ役目を担っていると言えます。

戦闘のときの1ストライク・ランクの一挙手一投足、手足が飛び、内臓が飛び出す戦闘バランスが、プレイヤー達にリアルな世界を体感させ、そこで結ばれた信頼関係(or敵対関係)に重みを持たせます。


「結果が明確」というのも大事なことです。

政治戦や恋愛譚では評価しにくい結果が、戦闘ではキャラクターシート上の数字、それも詳細に現れると言うのは素晴らしいことです。


文字で書かれた世界設定よりも、システムで表現され、その項目がプレイされて初めて、プレイヤーは世界を実感します。


世界観の物理的衝突

この記事で書くのは、TRPGの楽しさで、私が感じている「部分」です。単純に課題達成として楽しいとか、馬鹿話の時間として楽しいとか、さまざまな要素と複合しています。ここに書くことがすべてではないので、そのあたり誤解の無いよう。


世界を実感することは、TRPGの楽しさとイコールではありません。

楽しいですけど、質のよい小説・映画・漫画などの物語から得るもののほうが多いかな。


TRPGならではの楽しさは、実感した世界を他者に受け取ってもらうことでしょう。


一方的な受け手ではなく語り手として、自分の世界観を行動で表現する。

すると、他者の行動として自分の表現が反射してくる。

視点を翻せば、語り手の行動に対する評価を行動として返すことができる。


現実世界では困難な「世界観の物理的衝突」を、キャラクターを通じた事象として体験できる

というのは、他の遊びでは見られない面白さです。


もちろん優れたゲームとゲーマーは(例えばディプロマシーのように)、ゲームを通じて同様の会話をできますし、スポーツでもそうですね。たぶん。知りませんけどw


しかし、数字だけでなく「言葉」を共にテーブルに乗せたことで、TRPGは世界観を闘わせる優れた遊びになりました。

言葉だけではダメです。言葉だけよりは数字だけの方がマシですが、それでは敷居が高く範囲が狭いものになります。


共通言語として数字を使い、事象の解釈を言葉によって為す。

これによって、テーブルトークはプレイヤーの感情とその背後にある世界観へとダイレクトにアクセスする機能を提供します。


なんかTRPG論みたいになっていますが、主題は「TRPGグローランサ」ですw

このあたりまでが前フリ。


世界観の衝突とヒーロークエスト

あれあれー。ちょっと待てよ?

世界観の物理的衝突ってどこかでも起こっていませんでしたっけ。


そう。グローランサは現実世界では不自然なほど文明レベルが異なる「社会(種族も含む)」が混在しています。

そして社会は世界観を振りかざし、互いに干渉し、争います。

この文明レベルと言うのも私たちから見たものに過ぎませんが。

そのあたりの考察 ⇒ http://www30.atwiki.jp/hazama/pages/240.html


もちろん文明レベルに差が無くても社会の世界観というのは異なるものですが、グローランサではその差は私たちの世界の比ではありません。

また、信仰が思想というよりも物理法則として働くグローランサでは、世界観の変化は物理法則の変化を意味します。


さらに、グローランサでは世界観の衝突が、戦争以上にはっきりとした手段で用意されています。


ヒーロクエストですね。


ヒーロークエストの秘密でさえない本質

ヒーロークエストが世界観の衝突を表す・・・なにかおかしいですよね。

最初の説明では、ヒーロークエストって神様の行動をマネして、神様の神様が手に入れた「利益」のおこぼれを貰うんじゃなかったっけ?


おそらくこれがグローランサ入門者が気づかなければいけない最初の壁でしょう。



ルールブックに記述されるヒーロークエストは、常に「さわり」だけが書かれています。


しかし歴史やサプリメントを見れば、英雄達は、ヒーロークエストで大戦争に匹敵する勝利を引き起こすことも、神となることもできます。

あたかも「最初からそうであった」かのように、世界を作りかえることさえできるのです。



これが昔から公式にはルールにされない、ヒーロークエストの本質です。

代表的なのが「女神のすげかえ」や「赤の女神の神格化」ですね。


ヒーロークエストとグローランサ

グレッグがヒーロークエストをグローランサの柱に据えたのは計画的でも偶然でもないと私は思っています。

世界観=神話の衝突がテーブルトークの本質であること、衝突の結果が時を超えて世界を書き換えることが、グローランサに必要なことを経験的に確信し、実プレイを通して模索してきたのでしょう。


私がグローランサを評価する最大のポイントはここです。


グローランサは「小説のための世界」でも「テーブルトークでも遊べる世界」でも「テーブルトークのための世界」でもなく、

「テーブルトークの楽しさを骨格に据えた世界」

なのです。


すべてのグローランサは正しい

ここまでで「グローランサ」と「ヒーロクエスト」についての私の認識をざっくり書いたし、ゴールデンウィークで時間ができたので、本論に入ってみようかな。


さて、この呟きを書こうと思ったネタのひとつが「俺グローランサ」の問題です。

とりあえずは話の発端を。


http://d.hatena.ne.jp/mallion/20080306/p2#c

http://d.hatena.ne.jp/mallion/20080308/p1#c

mallion

G・ガイギャックス氏逝去のニュースでちょっと思い出したのですが、RuneWars が動き出したら、グレイホークみたいに各自のセッション、キャンペーンの情報を取り込むかたちでログを保存し、共有世界みたいにできたりしたら面白いと思うなあ。

別のテーブルの出来事が、ほかのテーブルのシナリオの事件の発端になったりとか、キャンペーンアークがあって、各テーブルでいろいろとやったりとかね。1621年あたりから始めて。

でも、管理の問題はでてきますけど。グレイホーク(?)で「わたしは核爆弾を爆発させたのでこの街の周囲にいたPCは死亡してください」と宣言した話をどっかで読んだ記憶があるのですが(結局ほかのパーティに退治されたとか)、ストーリーの齟齬をどうするんだというところですね。妙案はない。

なゆた

#blockquote(){「本当の世界」を作らずに、すべて同時並行かつ相互補完。直線的な物事の因果を放棄。

セッションはひとつのヒーロークエスト。参加者の食い違う認識はすべて真実。

記憶が改変されれば事実も変わる。グローランサにかかわるすべての人々の残した記録と変わり行く記憶が真実。

グローランサはそのためにあると思っていて、私はそう扱ってます。


グレッグは「すべてが真実だ」ってよく言いませんでしたっけ(嘘)?

mallion

うん、いってた(笑)。そうでした。Your Glorantha Will Vary だった。


" Your Glorantha Will Vary" =「あなたのグローランサはだんだんと俺(グレッグ)のグローランサとは変わっていくけどそれでいいんだ だってそれがTRPGだもん」、すなわち、「(誰にとっても)『俺グローランサ』が正しい」。


「One True World」や公式設定にこだわりすぎる悪夢にとらわれてはいけないということですね。もちろん公式に沿っていればそれだけ共有がラクなのは確かではあるんだけど、グレッグが「ラリオス地方にフーマス(フマクトの元となったと David Dunham がいった神)はいないよ」と言っても「いや、いる!その方がおもしろいもん!」という人はいることにしていいんだ、ということ。

なゆた

「俺グローランサ」より広いニュアンスのつもりで書いてます。

「総体グローランサ」かな。他者のグローランサも俺にとってすべて正しい。


そもそも、同じセッションに参加していても、見えているものが違う。マスターに見えていないことがプレイヤーに見えてることも、プレイヤーに見えていないことがキャラクターに見えていることもありますよね。

テーブルトークをやって残るのは、キャラクターシートの数値と不完全なログ、そして参加者の記憶。これさえも長期間のうちに失われ、歪められていきます。


だから、ひとつの場所、ひとつの時で、複数の異なる事実が同時に存在してよい。

事実は変わってもよい。

違うセッションで行われた二つの事柄を、誰がどちらが真実だと証明できる?

異なる場所、異なる時で行われた同じ事象はひとつの行為と見なすことができる。

簡単なのは固有名詞をすべて伏字にしてしまうこと。

そこには歴史ではなく行為だけが残る。

──つまり、ヒーロクエストだ。

ああ、しまった。書き終わってからもっとシンプルな書き方を思いつきました。

グローランサで行われる事象はすべてヒーロークエストであり再演である。」

ですね。

mallion

それも一つのかんがえ方ですね。説明が難しそうですが……

その場合、複数の歴史が存在することになりますね。

なゆた

歴史は存在せず因果関係の変動する無数の事象が存在するだけなんですが、なかなか理解してもらうのは難しいですw

ま、俺語りになってしまうので、この辺で。


基本的には書くべきことは上に書き尽くしています。


ただこれだけ読んで伝わるとも思わないので、具体的な事象と処理を引きながら、詳しく展開してみようと思います。

目的は主に

>5.プレイヤーに少しだけネタばらしをしたい。

ですね。


ここまでのまとめ2

2008-04-15

世界観のぶつけ合いと認知のプロセスTRPGの大きな楽しさです。

システムで表現され、プレイされて初めて、世界は実感されます。


2008-04-16

TRPGは数字と言葉を使って直接的に世界観を闘わせられる遊びです。

現実には困難な事象をシミュレートできるのも表現を助けています。


2008-04-17/2008-04-18

グローランサでは「世界観の衝突」がヒーロークエストとして世界の根幹に組み込まれています。

グレッグは「テーブルトークの楽しさを骨格に据えた世界」としてグローランサを成立させるのに成功しています。




以上!

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